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みじん娘っ!  作者: スタイリッシュ土下座
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はじめまして

 僕の名前は身上みのべ 光一こういち。幼い頃から生物科学が好きだった僕は東京の名門一流大学に入学。数々の論文を書き上げ、大学院にまで駒を進め、博士号を取る───はずだった。

「おい、なんだこの『超生物』……っ?よくわからんが、とにかくこんなものでは無理だ!諦めろ」

「はい、すみません……」

 教授の圧を受け、泣く泣く僕は大学を後にした。せっかく世紀の大発見をしたのに、やはり自分じゃダメだったのか……?目を擦っても視界は水っぽくぼやけるばかりだった。

「そんなことないよ」

「……えっ?」

 突然目が覚め、辺りを見回すとそこは自宅。なんだ、また変な夢でも見たか……と思ったが、目の前には、真っ裸の幼女が。しかも上乗りで。

「あそぼ」

「いや、全然理解できないんだが、どーなってんだ僕の頭!」

状況が飲み込めない。そもそもさっきまで教授に怒られていたはずなのに何で自室で幼女に上乗りにされているのだろうか。全く理解できない。

「もしかして、これ?」

彼女が取り出したのは、ただのビール瓶。僕は記憶のない頭を振り絞り、ようやく応える。

「いや、それだよまさしくそれ……っというかそれ離せ!子供が気軽に持っていいもんじゃない!というか服着ろ!」

そう、僕は教授に怒られた挙句、やけ酒をして寝込んだのだ。それなのになんなんだこの幼女……?まるっきり僕を恐れていないし、そもそもこんな奴とは縁などある訳がない。

「そう言えばお前、どっから来たんだ?」

そう言うとすぐさま彼女の腹が鳴った。

「……飯でも食べるか?」

「うん!」

力強いいい返事が返ってきた。


「すまん、こんなのしかなかった」

僕が持ってきたのは食べかけの牛丼。流石にこんなものはいくら無垢だとは言え、食べないだろうと思っていたが……。

「いや、めっちゃ食いつきいいし!」

というくらいガツガツ食べ始めた。何か食いつき良すぎて若干怖いレベルに。

「らっておなふぁふぃてたはら」

「口閉じて食え」

「うん」

コイツが食ってるのを見ると僕も腹が減ってきたので食パンを1枚焼いて貪った。何故か田舎のおばあちゃんが焼いてくれた食パンのことが脳裏によぎったが、一瞬のうちに記憶の彼方へ飛んでしまった。

「おじちゃんも食べる?」

「おじちゃんじゃねぇ、お兄さんだ、僕のことは考えず残さず食え」

「あい」

何だかんだで僕の食事が終わってもこいつの食事はまだ終わっていない。色々と気になることがあるので聞いてみることにした。

「お前、家は何処だ?」

「すいちゅう」

「ん?」

一瞬聞き間違いかと思った。多分幼児期に良くある覚えたての言葉をすぐ使おうとする癖が残っているのだろう。

「もう1度聞くぞ?家は何処だ?」

「すいちゅうだってば」

「おい、すいちゅうって何だよ」

「みずのなか」

いや、間違いない。こいつはやはり人間らしからぬ何かがあるのかもしれない。昔漫画とかで読んだ妖怪だとか怪物の類なのか?慎重に聞いてみる。

「水中ならば帰らなくていいのか?」

「うん、いい」

「何でだ?水中じゃないと生きられないんじゃないのか?」

「わたし、今にんげんだから」

聞けば聞くほどますますわからなくなる。彼女は食事を終えると、うーんと背伸びをしている。恐る恐る聞いてみる。

「今にんげんって……それじゃ、君は何なんだ?」

「えっ、みじんこだけど」

衝撃の事実。今まで上に乗せていた生物も、餌を与えていた生物も全て、ミジンコだったのか!そもそもこいつがミジンコだと言うのならば矛盾が多すぎる。

「お前、ミジンコならミジンコらしく植物性プランクトンだとかバクテリアとか食べないのかよ」

「いま、にんげんだから、いい」

さっぱりわからない。何があってミジンコから人間に進化したのかも全くわからないが自分の存在が人間であることが分かるという所くらいは流石は単細胞と言えるところか。

「今人間から戻れるんじゃないのか?」

「いや、もうもどれない……かなしい」

「もどれない、とは?」

「あの、やくひんかぶったら、しぜんとこのすがたになった」

僕はすぐさま目線をそちらに移した――――そこにあったのは、僕が教授に見せた『超生物進化薬』である。

「お、お前なんてことしたんだよ!?」

「いや、だって、わたしすいちゅうおよいでたらなんかきれいなえきたいがおちてきたから、つい」

そうだ、あの超生物進化薬はキチンと蓋をしておかないと垂れてしまう物だった。それをミジンコが含んでこの様に人間レベルまで進化してしまったという訳だ。

「そういうこと」

「何でお前がわかってんだよ」

「てきとうにいっただけ」

どうすべきか。この娘はとにかく人間にまで育ってしまった。となると、この娘の保護者は……。

「僕か」

「やしなって」

「いや、無理だろ、どこの娘かもわからない生物なんか飼えない」

「だってわたし、(元)たんさいぼうせいぶつだし」

「そういう問題じゃないんだよ!」

「たんさいぼうせいぶつってことば、さいきんおぼえた」

「知るか!」

しかし彼女の言う通り、こうして生み出してしまった以上、僕の責任なのは確かだ。

「あぁ、わかったよ、僕の不手際の問題だ!養ってやる、ただ問題は起こすなよ!」

「うん、わかった」


あれから1週間が経った。特に何も変わった様子は無く、ただ僕は研究に没頭し、ミジンコはコンビニ弁当を貪っている。まだトイレや着替え等はできないらしいから少しは手伝ってやるが、こいつはすぐ覚えてしまった。とても単細胞生物とは思えないスピードだった。これも進化薬の成分のおかげか。

「おにいさん」

「何だ?今研究に没頭してんだ、後にしてくれ」

「なまえつけて」

「えっ」

渡されたのは書物庫から見つけただろう、一冊の本。表紙には『名前の付け方大全集』と書いてあった。

「すまないがこれはできない」

「どうして」

「お前は少なからずミジンコって名前があるだろ?」

「そんなのやだ、ふつうのなまえがいい」

「文句言うな、お前は戸籍もないし、人間としても認められてない、当然だ」

「ぷぅー」

彼女(?)は頬を膨らまして出ていった。流石にこれで懲りるだろう……と思った矢先。

「これでどう?」

出てきたのは先程の名付け関連の本10冊。こんなに小さいのによく探して運べたものである。

「……わかったよ、考えてやる」

「やった」


数時間が経ったがやはり名前は思いつかない。適当に付けてやろう、と思ったがどうも女の子の名前、とやると凝ってしまう。最近の名前は妙だし、考えてると何となく眠くもなってきた。

「決まった?」

「うおおお、突然目の前に出てくるな!」

「決まったの?」

「……そうだな、何か人間らしい名前すぎるのも考えものだし、かと言って生物を尊重をしない名前っていうのもどうかと思う」

「うんうん」

「だから、こんな名前はどうか、『身上みのべ 仁子じんこ』!」

「おぉー」

「身上っていうのは名字だ、これは進化薬ぶっかけられたお前でもわかるはずだろ?本名は仁子、つまり仁の心を大切にする子供ということだ」

「じん……?」

「いや、ちょっと早すぎたかな……ハハ」

何となく乾いた笑いも出てきたので少し気を引き締めることにする。

「つまりお友達を大切にするってことだ」

「おともだちを……だいじに……すごーい!いいおなまえ!」

「わかったか?それなら今日はもう遅いだろう、おやすみ」

そうやって部屋から追い出すような感じで外へ出した。少し経ってから、また後ろでドアが開く音がした為、振り向くと仁子がいた。

「すてきなおなまえ、ありがと……」

扉は閉まった。何となく僕が忘れかけていたものを思い出したような気分にもなった。


また1週間経ち、今日は久々の休日である。今まで講義やアルバイトで忙しかった為、有意義に過ごしたいものである。と、そこへ例の仁子が。

「これ……」

「ん?」

見てみると、それは遠足のチラシだった。それもこの地域のPTA辺りがやっている小学生対象の遠足。

「ひとつ言っておくけどな」

そう言うと仁子が2回頷いた。どうやらこの前名前を付けてもらったことがよっぽど嬉しいのだろう。

「これは今日実施のものだろ?そもそもこの手のイベントには受付っていうのがあって、事前にしとかないと参加出来ないものじゃないのか?それに僕はPTAと関わりないし」

「きらい」

言い切る前に仁子はチラシを持って別の部屋に行ってしまった。どうやら余程楽しみにしていたらしい。それはまぁ残念なことだが、僕にも僕の予定がある。残念だが彼女には我慢していてもらおう。


「あんたって最低やな」

「いや待ってくれ、誤解だ」

「私は誤解って言葉を5回聞いたわ」

そう言って僕の彼女は去っていった。説明しよう。僕は確かに彼女と一緒にレストランに入り、確かにレストランで食事を摂り、デートしていたはずである。しかし、ここで急に大学からの連絡が入り、行かなくてはならなかった、それを彼女は5回目と言っていたのだ。

僕はフラフラになりながら、大学の研究室に戻った。

「確かに僕は最低な人間なのかもしれんな」

「まぁ、元気出せ。今日の実験はお前らしからぬ大失敗ばっかだぞ、ほらもっと元気だせって」


「ただいま」

自分に呆れて部屋に戻るが、誰もいない。やはりあれは幻覚だったか、と思ったがやはり仁子はいた。何故か物陰に隠れていた。

「おかえりなさい!」

「ややこしいな、お前は」

勢いづいてハグしてきた仁子に僕は心が温かくなった。あの日から何もかもダメダメで救いようがなくなっていったが―――。

「なぁ」

「なに?こういちおにいさん」

「来週の土曜日にでも……遠足……行くか?」

僕の素っ気ない言葉に彼女は

「うん!」

とやはり大声で応えた。

そろそろ桜が満開を迎える、そんな時期が迫っていた。

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