あの桜の木のように
私は小さい頃から、時は進まないものだと思っていた。
私はこのまま大人にならず、大人になった瞬間にはまた子供に戻る。
大人は全てNPCであり、思考が存在しない社会の歯車でしかない、子供が生きていくための機械でしかないと思っていた。
時は進まずに停滞する。そう、思い込んでいた。
この何もない白い部屋に横たわって、私は思う。
私はあともう少しで子供からやり直せるのかな。そう思う。
小さい体で大きく動いていた頃の私とはまるで違って、今じゃあ大きくなった癖に臆病になってる。
一人で深く考え込んでは泣き出して、進みたくない。止まってよ。と止まることのない時間に流される。
きっと目を閉じれば時間は止まる。そう信じて、今日も瞳を閉じた。
次に目が覚めた時は、真っ白な部屋の外からやって来た無数の管に私は繋がれていた。
ああ、また時が進んだんだ。
それは酷く悲しくて嫌なことのはずなのに、私はそうは思わなかった。
きっと、思えなかったんだ。
開いた瞳は重いまぶたに押しつぶされそうで、ぐらぐらする頭はまるで働いてくれない。
無数の管が柊の棘のように生えている腕は、重くて重くて持ち上がりもしない。
私は何が出来るわけでもなかった。
動かない脳みそで進んでいく時を感じながら、ぼんやりと止まってほしいな、と考えている。
ふわふわとしたまま時間の波に飲まれて時間旅行をしていると、不意に視界が暗転した。
もうすぐ短い時間旅行も終わりらしい。
もう一度、目が覚めた。
ほとんど機能しない体でもこれだけは分かった。
きっと、これが最後だ。
私の人生っていう、時間旅行は終点にたどり着いたんだ。
今まであったのか分からない、小さな窓を発見した。
そこに映るはまるで白黒映画のスクリーンのように白黒の桜の木だった。
葉っぱ、ないな。
生命を感じさせないその木を見ると、少し悲しくなる。
きっと私もああなるんだ。未来に何も残せずに消えるのだ。
そんなの、嫌だなあ。
私の頬を雫が伝った。
それが床に落ちて消えた頃、私の命も消えました。
ねぇ、お母さん、私死んじゃうの?
とある病室の真っ白な布団に寝かされた少女が、心配そうに母親に問いかけます。
彼女の病気は決して軽いものじゃありませんでしたが、母親は心配ないよと笑っていいます。
あの窓の外を見てご覧なさい。あの桜の木も元気いっぱいに花を咲かせているのよ?あなたもすぐにあの桜のように元気いっぱいになれるわよ。
けれども少女は顔を顰めます。
お母さん、窓なんてどこにもないよ?