②
ついにこの時が来た。
私が待ち望んでいたこの瞬間を。
「いらっしゃいませ!」
「〇〇円になります」
「〇〇円のお釣りです」
「こちらレシートになります」
「カバーはお掛けになりますか?」
「お待たせしました」
「ありがとうございました!」
頭の中では擦り切れる程イメージしてきた一連の流れ。
当たり前だ。時間はいくらでもあったのだから。
少しの興奮と緊張の中、待ち望んでいたそのお客が1冊の本を手にレジカウンター前に来るのを、今か今かと待ち構えていた。
1歩、1歩と踏み出し獲物を狩るかのように真っ直ぐにこちらへと来る。
望むところと、私も迎え撃つ態勢を整える。
だけど、私の中の膨れ上がった期待に反して、そのお客が放った言葉は意外なものだった。
「この本の続刊を下さい」
---
『勇者の大冒険』
女性が差し出したその本は作者や出版社も書かれていない、おそらく手作りで作られたようなものだった。
その他に巻数やサブタイトルといった手がかりはなく、想定外の事態に頭の中が真っ白になった。
(どどど、どうしよう?スマホで調べようか?でも、その時間お客を待たせるわけにはいかないし・・・。とりあえず何とかしなくちゃ・・・!)
「あ、あの作者や出版社は分かりますか?」
「いえ、そういうことではなく・・・」
彼女も詳しく知らないのだろうか?あまり歯切れのよい返事ではなかった。
お互いに突破口を見出せずに、しばらく膠着した状況が続きそうなところに救いの天使が現れた。
「あの、お客様?続刊の取り寄せですか?」
そう2人に微笑みかけるアリスちゃんは紛うことなき天使、いや大天使だった。
きっとこの時の状況を有名な画家に描かせることができたらタイトルはこうだろう、『大天使と迷える子羊』と。
彼女も突然現れた外国人の美少女に呆気にとられたのか、しばらくの沈黙の後に「は、はい」と答えるだけであった。
「分かりました。こちらへどうぞ~」
そう言って店の奥の扉へと案内するアリスちゃん。
「アリスちゃん、ありがとう~!」
「ごめんね、栞お姉ちゃん。お姉ちゃんにはまだ詳しく話してなかったよね。このお店、こういった仕事もやってるの」
「なんだそうだったの~」
仕事の内容のことについてはよく分からなかったが、とりあえず事態が解決しそうになったので私はすっかり安心したが、お客の女性はまだ不審な様子で、
「あ、あの!本当にここで続きが見られるのですか?」
(続きって何のことだろう?)
少しの疑問はあったが、アリスちゃんの「任せて」という言葉と共に2人は扉の奥に入っていった。
---
(奥で何やっているんだろう?)
2人が奥に入って10分程度。店長も含めて3人であの本について調べているのだろうか?
気にはなったが店番という手前、この場を離れるわけにはいかない。
モヤモヤとした気分でいると、奥から店長の優さんだけが出てきた。
「今日もお疲れさん。悪いんだけど・・・今日はこれで店を閉めても構わないか?」
「えっ!どうしてですか?」
頭の中に真っ先に浮かんだのはさっきのお客への対応。もしかして苦情を言われたのだろうか?
「もしかして店長、さっきのお客さんから何か言われました?私まずい事しました?」
心配そうな顔をしている私を見て店長はきょとんとした後、少し間を置いてわざとらしく大真面目な顔を作った。
「実はな・・・さっきのお客さんからきつーく言われているんだよ。あの店員にはきついお仕置きが必要だってな」
半泣きになりそうな私。一体どんな処遇が通達されるのだろうか?最後通告を言い渡されるサラリーマンってこんな気分なのだろうと落ち込んでいると、店長はとぼけた態度で冗談っぽく言った。
「こりゃ、しばらくは時間通りに店に来てもらって、きっちり店番してもらわないとな」
思わず座り込みそうになる。
「・・・店長~ッ!冗談は止めてくださいよ!ちょっと本気にしちゃったじゃないですか!」
「あれ?冗談だと分かるように話したつもりだっだけどな」
そう嘯く店長。働いて1週間と少しだけど、基本無愛想な人だと思っていたので大真面目に受け止めてしまったが、この人がこんな冗談を言うのかと少し和んだ場でそう思った。
珍しい店長を見た後だったが話を戻すと、いつも通りの終了時間のバイト代を出すので早引けしても構わないとのことらしい。
それならばと、帰り支度をする。
「あ、でも店長、さっきのお客さんまだ帰っていませんよね?店を閉めても大丈夫ですか?」
奥の部屋に入ったままのお客はまだ出てくる気配がない。一応裏口もあるにはあるのだが、人が出て行った様子はなかった。
「・・・ああ、さっきのお客とこれから詳しく話をするのさ」
何だかあのお客と同じように歯切れが悪い。やっぱり店長も苦労しているのだろうか?さすがにその道の専門家でもあれだけの情報からは難しいのだろう。そんな時にこのまま帰るのは忍びないけど・・・
「じゃあ店長、このまま帰りますけど・・・」
「ああ、気をつけてな。また、次もよろしく」