①
見返し堂で働き始めて1週間と少し。
この店が繁盛しない最大の理由が分かってきた。
そもそも本を売ろうという気が感じられないのだ。
新刊という本や雑誌は無く、置いてあるのは一昔前に流行った漫画や小説、よく分からない専門書など。
書店に限らず商売とは最先端の流行を取り入れた物を仕入れ、素早く売り払い、利益を確保するのが基本なのにだ。
そうでなければ、ターゲットを絞り込み、特定のジャンルに特化した書店にするなどの方法もあるが、ここにあるのはジャンルがバラバラの本ばかり。
これではせっかく来てくれた客もすぐに帰ってしまう。
実際に店に立ち寄ってくれた希少な客も中に入った後に怪訝な顔して立ち去っていった。
「このままじゃダメだよねぇ・・・」
私だって、この店の店員。
多少なりともバイトとしての責任感もあるし、何よりこんな好条件のバイトを失うのも痛い。
客がいない&本が売れないなら、逆に最近流行りのカフェスタイルはどうだろう?
店先に椅子とテーブルのセットなんか置けば、この昭和風味な書店の外見と相まって意外に流行るのではないか?
でも私にはそんなオシャレなカフェ店員なんて似合わないし―――
「な~に悩んでるの!?栞お姉ちゃん!」
思考の迷路にハマりかけていた私を現実に戻したのは、この店に似合わない陽気な声と外見をした少女。
「アリスちゃん・・・私仕事中~」
「大丈夫!大丈夫!滅多にお客なんて来ないから」
聞く人が聞けば、「けしからん!」と不真面目な態度を叱られるかもしれないが、彼女の愛らしさにかかれば全くの無意味。
端正な顔立ちに、キラキラとしたウェーブがかった金色のロングヘアー。クリっとした透き通るような青い瞳。歳は11歳らしいけど、もう少し幼くして、フリフリの服なんかを着せたら、人形としてアンティークショップに飾られていても違和感がないだろう。
(ああっ、もう可愛いなっ!ほんとに!)
彼女の無自覚な可愛さを伴った「私と遊んで!」オーラに当てられ、ノックアウト寸前の私。
(今は仕事中、仕事中、仕事中・・・)
念仏のように唱えて何とか自分に言い聞かせる。
「アリスちゃんも何か・・・こう・・・パッとお客が来るような良いアイデアない?」
「ん~あたしは別にこのままでもいいよ」
「でも、このままだとお金なくなっちゃうよ。ひもじい思いするよ。好きな物食べられなくなるよ。」
そう不安を煽るように言っても彼女は表情を全く変えずに言う。
「そんなことにはならないって~」
彼女からは嘘を言っている感じはしない。
もしかしたら彼女は外見通り、どこか別の国の超お嬢様なのだろうか?
でも、そんなお嬢様がこんな古びた書店で働く理由は?
そんな疑問が思い浮かんでる中、彼女は発した言葉は非常に呑気なもので、
「あ~でも、もしそうなったら困るね」
「ちくわぶや厚揚げ食べられないのは嫌だなぁ」
お嬢様の好みは非常に渋かった。
「じゃあ、今日もお疲れ様でした」
結局、今日もまともな接客をすることなく終わってしまう。
「ああ、お疲れさん」
長身でスラッとした体型にトレードマークのもじゃもじゃ頭。
この人が『見返し堂』の店主『荒玉 優』さん。
いつも気怠げな感じであまり店の表には出てこない人だけど、普段は何をしているんだろう?
あまり感情を表に出すこともなく、イマイチ掴みきれないふわっとした印象の人だ。
さらには書店を経営している身なのにタバコの臭いがする。
(ほんと何考えているのかな・・・?)
「じゃ、これ今日の分ね」
「あ、ありがとうございます」
タバコと店主の胡散臭さから顔をしかめていたのを慌てて隠す。
今時では珍しく毎日手渡しでバイト代を渡してくれる。
すごく失礼な話だが、来月にはこの店もどうなっているか分からないから、これはこれで有難い。
あまり働いている気がしないので、少し後ろめたい気がするけど・・・
「じゃあまたね!栞お姉ちゃん」
そう言ってまだそんなに遅くないのに、もう店仕舞いをする2人。
「ねぇ今日の晩御飯なぁに?」
「今日は肉なし肉じゃがだ」
「それただの『じゃが』じゃない!じゃがいもと人参の煮物だよ!」
2人して仲良く?晩御飯の献立の相談なんかをしている。
帰り際、振り返って店を眺める。
私はいまだにあの店で働いているという現実感が持てないでいた。
一体どうやって生計を立てているか謎な書店、素性の知れない謎な外国少女。
そして何を考えているか分からない謎な店主。
私が『本当に本との意味』での店の一員になるのは、もう少し先のことだった―――