89.一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会
執務室に戻った僕とリーパーは、ローウェンの元気な声に迎えられる。
「カナミっ、スノウからいい話を聞いたぞ!」
「いい話?」
「もうすぐ、この国で強さを競い合う大会があるそうじゃないか。それに出て優勝すれば、きっと私の望みは叶うはずだ。どうやら、カナミの手を煩わせることもなさそうだな」
「そういえば、そんなのもあったような……。確か、『舞闘大会』だっけ? 確かに、丁度いいね。ローウェンの望みにぴったりだ」
「ああ。早速、登録しに行こうと思う!」
「いや、いやいや。もう遅いよ。明日にしようよ」
いまにも出て行こうとするローウェンを僕は窘める。
「む、いまは夜なのか? そうだな……、ならば仕方がないか……」
ローウェンは残念そうに足を止めた。
僕は彼が大人しくなったのを確認し、疲れた様子のスノウに声をかける。
「スノウ、疲れてる?」
「……う、うん。色々と質問責めにあった」
「それはお疲れ。けど、ローウェンの人となりが少しはわかっただろ?」
「……確かに悪人には見えない。けど、悪人が悪人に見える保証なんてないと言っておく」
「それは捻くれすぎだろ」
「……それにカナミにとっての悪人と、私のとっての悪人は、きっと違う」
「そりゃそうだけどさ……。なあ、そんなにローウェンが受け入られないのか?」
「……いや、彼は問題ない。ただ、私は別のことが気に入らないだけ」
「別のこと?」
「……もういい。問題はない。けど、疲れた。とにかく疲れた。もう帰る」
スノウはゆらりと動いて、窓から出て行く。
最近、執務室の窓が出口になっているような気がする……。
僕はスノウを見送って、ローウェンたちに話しかける。
「さて、僕らも一眠りしようか。とりあえず、僕の妹の部屋まで行こう」
「……待ってくれ、カナミ。まさか、私までその妹の部屋に泊めようとしていないか?」
「え、駄目かな?」
「駄目に決まってる。カナミ、私たちのことは気にしなくていい。私たちは人間じゃないからな。どうとでもなる」
「どうとでもなるって……、どうなるの?」
「丁度いい……。モンスターらしいところを見せてあげよう……」
ローウェンはその台詞と共に、両腕を僕に見せる。
その両腕は石と石がかち合うような音をたてて、水晶に変化した。
「水晶になった……?」
「私は化物石像系統のモンスターが混ざってるからな。これくらいはお手の物だ」
「えっと、それで……?」
「石像になった私を、この建物の上にでも置かせてくれ。周囲の警戒と休息を同時にできてお得だ。きっと魔よけにもなる」
「え、それで休めるの?」
「十分だ。そもそも、モンスターは人間ほど休息を必要としない。それに、私は君の警護を任された身だ。このくらいはさせてくれ」
僕はローウェンの目をじっと見て、その真偽を探る。
少なくとも、僕の見る限りでは嘘をついていない。
「わかった。ローウェンはそれでいいよ。けど、リーパーはどうする?」
「あいつは空に浮かばせて眠らせたらいいんじゃないのか。たぶん、できるだろ」
「いや、それはまずいよ……」
ただでさえ、建物の上に男の石像が夜にだけ建つのだ。これ以上の怪奇現象を『エピックシーカー』で起こさないで欲しい。まだ石像は言い訳がきくが、空に浮かぶ女の子は言い訳しようがない。
「やだっ、アタシはやだ! せっかくだから、ベッドで寝たい!」
リーパーは当然のごとく反対する。
しかし、否定しないということは空で寝ようと思えば寝られるようだ。
「リーパー、私たちは居候だぞ。もう少し慎みを持て。そして、慎みを持って、空で寝ろ」
「いや、慎みで空で寝られても困る……」
ローウェンはローウェンでどこかずれていると思いながら口を挟む。
「アタシはお兄ちゃんと一緒に寝るから、いいの!」
「とりあえず、リーパーは妹の部屋まで来てくれ。女の子であるリーパーを野宿させようとは思ってないよ」
「流石、お兄ちゃんっ!」
僕はリーパーを手招きして呼び寄せる。
それをローウェンは酷く驚いた様子で見ていた。
すぐにローウェンは表情を戻し、肩をすくめて、僕たちとは逆方向に歩き出す。
「そうか……。では、私は外に出てくる。リーパー、ちゃんと大人しくしておくんだぞ」
ローウェンはリーパーに釘を刺して、窓から屋根へ素早い身のこなしで登っていく。
止める暇もなかった。窓から出て行くとは思わなかったからだ。しかし、よくよく思い返せば、僕もスノウも窓で出入りしていた。もしかしたら、ローウェンはそれを見て、窓を出入り口だと勘違いしているかもしれない。
明日になったら、その勘違いは直そうと心に決めながら、僕はリーパーを連れてマリアの部屋まで向かう。
落ち着きのないリーパーに釘を刺しながら、僕は階上に移動し、マリアの部屋まで辿りつく。
ノックをしたあと、中に入る。
部屋の中にはベッドの上に座るマリアがいた。マリアは僕に気づき、顔を明るくする。しかし、その明るい顔は、僕の背後にリーパーがいることを感じ取り、固まった。
「マリア、ただいま」
「お、おかえりです、兄さん……」
マリアは固まった表情のまま、挨拶を返す。
しかし、マリアの注意はリーパーに向けられたままだ。
視界は閉じられているが、足音から誰かいることがわかるようだ。
「えっと、こいつは『エピックシーカー』で預かることになった子だ。名前はリーパー。仲良くしてやってくれ」
「リ、死神? 一体、その子は――」
マリアの言葉を最後まで待つことなく、リーパーが割り込む。
「やった、大人じゃない! うんうんっ! ナイスな妹を持ってるねえ、お兄ちゃん!」
リーパーは嬉しそうにマリアへ近づいていく。
どうやら、マリアはリーパーにとって好ましいようだった。リーパーは同年代くらいの相手を欲しているような気がする。
「お、おにいちゃん?」
しかし、問題がありそうなのはマリアのほうだった。
固まった表情を引き攣らせている。
「どうした、マリア?」
「兄さん、その子とどんな関係なんですか?」
「え、えーっと、迷宮で迷子になってたから保護したんだ。リーパーは迷宮で強いショックを受けて、記憶が不安定みたいだから、優しくしてあげると助かるんだけど……」
この言い訳は、帰りの道中でローウェンと決めたものだ。
ちなみに、ローウェンは修行のために放浪中の剣士になっている。
「へえ……。つまり、兄さんは弱っていた女の子を拾って、「お兄ちゃん」と呼ばせているわけですか。それはそれは、大変崇高なご趣味ですね」
「いや、勝手に呼んでるだけで、別に呼ばせているわけじゃないけど……」
なんだか、雲行きが怪しくなってきた。
いつの間にか、マリアの表情はほぐれ、隙のない笑顔に変わっていた。
笑顔なのは確かだ。
しかし、そのマリア笑顔から底知れぬ重圧を感じ、僕の皮膚から汗が噴き出し始める。
「呼ばせているわけじゃない? でも、呼ばれても止めなかったんですよね?」
「ま、まあ、そうだけど……」
「つまり、それは「お兄ちゃん」と呼ばれることを選んだということですよ。――大罪ですね」
「罪に問われるの!?」
マリアから放たれる熱気に似たプレッシャーが強まる。
まずい。
何がまずいかはわからないが、本能がまずいと警鐘を鳴らしまくっている。
言い訳をしようと僕の演算能力を限界まで稼動させようとしたところで、リーパーが無邪気な声をあげる。
「む、むむ、えっと、『お姉ちゃん』? 余りお兄ちゃんをいじめちゃ駄目だよ?」
その声を聞いたマリアは急に熱を失う。
「お、お姉ちゃん? 私がですか?」
「うん、アタシのほうがちっこいからね。お姉ちゃんはお姉ちゃんって呼ぼうと思うけど、駄目?」
リーパーが「お姉ちゃん」と呼ぶたび、マリアの顔が少しずつ緩んでいく。
「わ、私は構いません。別に何と呼ばれようとも……」
「やった! ありがとっ、お姉ちゃん!」
お礼の言葉と共にリーパーが抱きつくと、マリアの表情は固まる。正確には、頬が緩むのを抑えるために、仏頂面を保っているのだ。
《ディメンション・決戦演算》を発動させたから間違いない。いまマリアは嬉しいことをリーパーに悟られないがために、必死で感情を隠している。
マリアは仏頂面を保ちながら、絞るように声を出す。
「……私はお姉ちゃんでも構いません。しかし、兄さんを「お兄ちゃん」と呼ぶのはやめましょう」
「え、なんで?」
「そ、それは……兄さんには私という妹がもういますから、二人も兄と呼ぶのは紛らわしいんです」
「別に紛らわしくないよ! なんだったら、私はお姉ちゃんの妹ってことにすればいいよ。それなら、お姉ちゃんのお兄ちゃんは、私のお兄ちゃんになるから!」
「わ、私の妹――!?」
狼狽しているマリアを放置して、僕は《ディメンション・決戦演算》を解く。
もはや、リーパーに任せていれば何もかも解決しそうな気がしてきたからだ。
リーパーはローウェンが関わると狂気の死神になるが、それ以外のところでは純真無垢な女の子だ。ここで僕が下手な言い訳をするより、リーパーのほうが適任だろう。
「ねえ、お姉ちゃん! アタシも、そのふかふかに入っていい!? ベッドって初めてなんだ!」
「え、え? ベッドにですか……? そのくらいなら別に構いませんけど……」
「ひひひ、ありがとー」
リーパーはベッドに乗りこんで、借りてきた絵本を広げる。
それをマリアは頬を染めた状態で迎え入れた。
もはや、推測は確信に変わった。
マリアは妹的存在に弱い……!!
最低年齢の立場であることも多かったこと。年齢の割りに発育が遅く、子供に見られやすいこと。そういった事情が重なり、「お姉ちゃん」と呼ばれるのがすごく嬉しいみたいだ。
「うわ、何ですかこれ……?」
「絵本だよ。お兄ちゃんがトショカンで借りてきた。アタシが読んであげるねー」
そして、自然な流れでマリアはリーパーの面倒を見始める。
それを見届け、僕は毛布を一枚だけ拝借して、部屋の隅に座り込む。
二人をおいて、このまま眠っても問題ないだろう。
「――あ、兄さんには、あとでちゃんと話がありますから」
しかし、僕が目を瞑った瞬間、マリアの冷たい声が通る。
僕は冷や汗を流しながら、それに対して頷くことしかできなかった。
何とかリーパーが誤魔化しきってくれたと思ったのは幻想だったようだ。
しかし、いまはリーパーが何とか防波堤となってくれている。今日の夜は何とか安心して眠れそうだ。
マリアとリーパーの遊び声を子守唄にして、僕は夢の世界へと逃げ込んだのだった。
◆◆◆◆◆
そして、翌日の早朝――
「――なんて美しい光! これが太陽!? これが空!? ああっ、なんてっ、なんて綺麗なんだ!!」
日が昇ると同時に、建物の上から聞こえてきた歓声によって僕は目を覚ます。
僕は顔を青くして、すぐに部屋の窓から飛び出て、屋根上のローウェンに注意する。
「ロ、ローウェン。うるさいっ、静かにっ」
「この空が! あの『青い空』か……! これこそが、みんなの目指していた光景……。ああ、よかった。世界はちゃんと『青い空』へ辿りついたんだな……」
しかし、感極まったローウェンは僕の注意を聞こうとしない。
うっすらと涙を浮かべているようにも見える。
僕は仕方がなく《フリーズ》を使って、ローウェンの頭を冷やす。
「さ、寒い!?」
「静かに……、朝だから……」
僕は再度、注意を促す。
「す、すまない、カナミ……。取り乱した……」
ローウェンはしおらしくなって頭を下げる。
そして、『エピックシーカー』本拠地内で寝ていたメンバーたちが、目を覚ましているのを《ディメンション》で感じ取る。
すぐ後ろでは、釣られて飛び出したリーパーが、ふわふわと浮きながら空を見ている。
「ん、んー? なんだこれ。青っ、すっごい青い。へえ、これが『アオイソラ』かぁ。こっちのほうが綺麗だね、ローウェン」
「同感だな、リーパー。あの澱んだ空とは比べ物にならない」
気軽に二人は話しているが、こっちは頭が痛い。
「お喋りしてないで、早く建物の中に入ってくれ。誰かがここまで見に来るかもしれない。あとリーパー、迷宮外で浮くなって言っただろ」
ローウェンは僕が困っているのをようやく察してくれたのか、大人しくマリアの部屋へ入っていく。無論、窓からだ。
ちなみに、リーパーは霧になって僕の中に入った。理由を聞くと「浮かずに歩くのが面倒」と答えたので、僕を乗り物か何かだと思っている可能性がある。
マリアは新たに現れたローウェンに驚いたものの、リーパーの保護者みたいなものだと説明すればすんなりと受け入れてくれた。
リーパーの時とは違って、危機感は感じなかった。やはり、リーパーに「お兄ちゃん」と呼ばせていたことが不味かったと見える。
次はメンバーたちにもローウェンの説明を行う。
今日、『エピックシーカー』内で寝泊りしていたのは数名ほどだ。その全てがローウェンの奇声を聞いてしまったので、早急に紹介の必要があった。
僕は《ディメンション》でメンバーを見つけては、ローウェンを連れて自己紹介を行なっていった。
客人だと紹介すると、意外なほどあっさりと受け入れられた。どうやら、国外の客人を囲うことはギルドを運営していく上ではよくあることらしい。
それを繰り返していくうちに、スノウが起きるのを《ディメンション》で感じ取る。
廊下でスノウと会い、朝の挨拶を交わす。
「……おはよ。今日はどうするの?」
「おはよう、スノウ。ローウェンのギルドメンバーへの紹介はそこそこできたし、ローウェンと『舞闘大会』の登録に行こうかと思ってる。だから、今日は仕事も迷宮探索もなしだ」
「……よし。なら私は執務室で寝てる。……ああ、今日はいい日になりそう」
「たぶん、寝れないと思うぞ。リーパーは置いていくから」
「……え、え? なんで?」
「リーパーがいると時間がかかりそうだから。ほんとそれだけ。ほら、リーパー出ろ」
僕は短く答えて、中からリーパーを追い出す。
「おう? アタシはお留守番?」
ぬるりと僕の影から這い出たリーパーは首をかしげる。
「そういうことだ。絵本は置いていくから、そこのお姉ちゃんに読んでもらえ」
「絵本? ん、んー、確かにどちらかといえば……絵本のほうがいいかな。ようし、いってらっしゃい。ローウェン、お兄ちゃん」
どうやら、外よりも絵本のほうがリーパーは良いようだ。
僕は安心して『持ち物』から借りた絵本を取り出して、スノウに無理やり渡す。
「……へ? え、絵本?」
「うん、頼んだ」
「……ちょ、ちょっとまってカナミ。私はまだ――」
スノウは拒否しようとするが、すぐにリーパーが擦り寄って甘える。
「お姉ちゃん、読んで読んで!」
「え、ええ? えぇー……」
スノウは困ったような顔で笑うが、邪険にはしない。
一度押し付けさえすれば、スノウはそれなりに責任もって仕事をこなす。それは間違いない。一先ず、リーパーはこれで安心だろう。
僕はスノウとリーパーが二人で執務室へ入っていくのを確認して、ローウェンと一緒に街へと向かった。
◆◆◆◆◆
ラウラヴィアの公的機関を回り、『舞闘大会』についての情報を集める。そして、参加の登録を行っている役所の場所を見つけ、そこの門を僕たちはくぐる。
空間を広めにとった木造の建物の中に、様々な人間が溢れかえっていた。
ラウラヴィアには珍しい人種ばかりで、国籍の違う人間がほとんどであることがわかる。そして、その多くが腕に覚えがあるであろう武芸者であると、足の運びからわかる。
見たことのない武具を身につけた大の大人たちが、物騒な目つきでうろつき回っている。時期的に、ほぼ全員が『舞闘大会』の参加者だろう。
「うわぁ、こりゃすごい……」
「ふふふ、いい空気だなぁ。やはり、戦いの前はこうでないと」
僕は殺伐とした空気に気後れしたが、ローウェンは逆に興奮していた。
思ったよりも好戦的な性格をしているみたいだ。
僕は長居したくないと思い、《ディメンション》を広げて情報収集し、受付を探す。
隅のほうで空いている受付を見つけたので、僕はローウェンを連れて話しかける。
「すみません。『舞闘大会』の参加について聞きたいんですが……」
「『一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会』の参加者さんですね。では、こちらにサインを」
説明を聞きたかったのだが、受付のお姉さんは契約書のような紙をすぐに差し出してきた。
い、一ノ月? 舞踏会? 『舞闘大会』ではなく?
聞いた事のない単語を並べられてしまい、僕は固まってしまう。
しかし、ローウェンは横から備品の羽ペンを受け取ってサインを書き始める。
「あ、ローウェン、よく確かめもせずに――」
「これで間違いないさ。要するに、連合国が開催する騎士たちのための大会ってことだろうさ。大会の名前が仰々しいなんてよくあることだ」
「そうだとしても、もっと大会規約とか読んだほうがいいと思うけど」
僕は差し出された紙にびっしりと書き込まれた文字を見て、ローウェンに注意を促す。
「こういうのは死んでも文句を言うなってことがほとんどだ。あと、報酬を誤魔化すための罠が細かく書かれていることが多い。けど、今回の目的は名誉だから何も問題ない」
「なら、いいけど……」
ローウェンに説得されながらも、僕は《ディメンション・多重展開》を使って紙に書かれた契約内容を把握する。
どうやら、ローウェンが言っていることと、ほぼ変わりはないようだ。
「それで、カナミは参加しないのかい?」
「え、僕も……?」
確かに紙は二枚あった。
『エピックシーカー』のためにも、ここで僕が参加するのはありだろう。
ただ、例の二人組の件があるため、いまはそちらに集中していたほうがいいと判断する。大会に気を取られて、あの二人への対応をおろそかにしたくはない。
僕が考えを纏めたところで、受付のお姉さんが僕へ声をかける。
「……えっと、カナミさん、ですよね?」
「あ、はい。そうですけど。なぜ、名前を?」
急に名前を呼ばれたので、僕は驚く。
「あ、やっぱり。入ってきたときから、ずっとそうじゃないかなって思っていたんです。人違いじゃなくてよかったです!」
「え、え?」
「あ、すみません。勝手に盛り上がってしまって……。最近、『エピックシーカー』のギルドマスターってラウラヴィアではとても有名で。だから、人相のほうも噂で聞いていたので……」
「ああ、それで僕の名前がわかったんですね……」
どうやら、風の噂で僕のことを知っていたようだ。こんなところで受付をしているのだから、そういった話に詳しいのだろう。
僕が照れていると、受付のお姉さんは手を差し伸べてくる。
「私、ファンなんです。握手してもらっていいですか?」
「あ、はい。僕なんかでよければ」
ファン――つまりは応援してくれているということだろう。
僕は気恥ずかしくも手を差し出す。
「「僕なんか」って……。本当に聞いていた通りですね。首に火傷のある美男子。腕は立つけど、少し気が小さいのが難点」
受付のお姉さんは握手をしながら、僕の噂を言葉にして教えてくれる。
「び、美男子? そんな馬鹿な……」
「お兄さんほどでしたら美男子でも問題ないですよ。探索者なんて、むさくるしいのばっかりなんですから、期待の若者をちょっと誇張して喧伝するくらいはラウラヴィアの活気のためにも必要ですよ」
「はあ……。そうですか」
僕は苦笑いを浮かべて、それを受け入れる。
なぜか、その後ろではローウェンが「いいな。突如現れた若き騎士。そういうのでもいいな」と僕を羨ましがっていた。
もしかしたら、ローウェンの中の栄光って、結構ハードルが低いのかもしれない……。
「それで、カナミさんについてなんですが……。『一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会』には、ラウラヴィア国の推薦枠としてもう登録されていますよ?」
「え、推薦枠?」
「はい。国が推薦しています。とても珍しいので、間違いありません」
「え? それって本人の了承もなく、勝手にされちゃうものなんですか?」
「いえ、そんなことはないはずです……。えっと、推薦担当官がパリンクロン・レガシィと書かれています。この人から何か聞いていませんか?」
「あっ。全部わかりましたので、もういいです」
パリンクロン・レガシィ。
その名前を聞いただけで全てが解決してしまった。
そういえば、パリンクロンは国にも仕えていた。そのコネで僕を推薦枠とやらにねじこんだに違いない。
「現在、カナミさんは一人パーティーで登録されてます。どうします? そちらの方とパーティーを組みます? そうすれば、そちらの方は予選を受けなくてもすみますよ?」
「え、パーティーですか? この大会って一人で挑戦するものじゃないんですか?」
「それは偶数月の大会ですね。一ノ月は『騎士団種』、つまりパーティーでのトーナメント戦です」
僕の世界での知識では、こういった大会は一対一のトーナメントが多い。どうも前提を勘違いしていたようだ。
「つまり、僕は一人で三回試合を行わないといけないんですか?」
「いえ、基本的には一人で三人と同時に戦うことになります。ただ、相手が礼節を重んじる騎士や貴族なら一対一で三回戦うことになる場合もあると思います」
どうやら、一対三で戦うことのがほとんどらしい。
パリンクロンの奴は何を考えて、僕を一人パーティーにして登録しやがったんだ。
「それじゃあ、ローウェンは僕のパーティーに入ってもらおうかな。残りはスノウかリーパーでも入れて――」
「待ってくれ」
しかし、それをローウェンは止めた。
そして、その理由を真剣な表情で話す。
「せっかくだから、私はカナミ君とも戦いたい」
「優勝を目指すなら、同じパーティーでもいいんじゃ……?」
「ああ、そうだ……。しかし、嫌な予感がする。強敵を避けて優勝した場合、果たして本当に私は消えられるのか……。私自身が納得しないかもしれない」
「ああ、そっか。そういう場合もあるのか」
ローウェンの『未練』をなくす。
その基準は、ローウェンの感情によるところが大きい。ローウェン自身が納得する形でないと、全てが無駄になる可能性がある。
「だから、一人で一般参加にするよ。どうせ優勝するなら、名誉も一人占めしたいしね」
「難儀だなぁ。しかも、それって僕も本気で大会に取り組まないといけないってことじゃないのか?」
「そうなるね。いや、申し訳ない」
僕が手を抜いてローウェンを優勝に導いたとしても無駄だろう。
もし、手抜きに気づかれたら、全てが徒労に終わってしまう。
「いや、いいよ。『エピックシーカー』のためにも、本気で取り組むのは問題ない。ただ、そうなるとローウェンの目標達成の難易度がすごく高くなるね。困ったな」
「ほう、なかなかの自信だな」
「元々、30層の守護者を倒そうとしていたんだから、そりゃ自信はあるよ」
自信はある。
ただ、それは自分で得た自信ではなく、いつのまにか与えられた類の自信だ。
僕はこの世界に優遇されている。力・才能・システム、どれも反則くさい。
まるで世界の『英雄』のように贔屓されてしまっている。だからこそ、人類未達成の30層の守護者討伐を、当たり前のようにできると思っていた。
「『舞闘大会』は面白くなりそうだな。やはり強者の中を勝ち上がってこそのトーナメントだ」
自信満々の僕を見て、ローウェンは武者震いしていた。
僕はローウェンが言うほどの強者が『舞闘大会』にいるのか気になった。はっきり言って、僕は連合国にいる人間の中で一番強いだろう。30層への到達を経て、人類最強の探索者グレンにも負ける気はしなくなっていた。
果たして、その僕と同等ほどの力を感じるローウェンを満足させられる強者がいるのかどうか……。怪しいものだ。
「すみません、『舞闘大会』にはどんな人が集まっているんですか?」
「どんな人、ですか? そうですね……。まず例年通り、各国の代表たちが揃っていますね。ここはシードです。……あとは腕に覚えのある傭兵や犯罪者たちが参加しますね」
「犯罪者も?」
「ええ、そういえばカナミさんって、ギルドマスターになる前は辺境の地にいたんですよね。でしたら、知らないのも仕方がありませんね。説明させていただきます」
「あ、はい」
ファンと自称しただけの事はある。
僕のプロフィールを、ある程度は知っているみたいだ。
「『舞闘大会』の開催地は、ラウラヴィア国とエルトラリュー国を流れる運河の上です。巨大な運河に浮かぶ移動巨大劇場『ヴアルフウラ』で行われます」
「運河の上……」
「試合をするときは錨が落ちていますので揺れの心配はいりませんよ。ここで重要なのは『一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会』の日、その移動劇場はラウラヴィア国とエルトラリュー国の境に位置することです。つまり、どこの国にも属さないところで開催されるので、どの国の法も適応されません。犯罪者たちは自分たちの罪状を気にすることなく参加できるわけです」
「いや、いやいや、そんな馬鹿な理屈――」
「ええ。当然、無法は誇張表現です。しかし、罪人が集まるのは本当です。『舞闘大会』は力の有り余ったならず者たちにチャンスを与える場であり、金のある者がフリーの強者を雇う場でもあります。言わば大陸最大最後の就職活動の場ですね」
「けど、犯罪者が堂々と参加するなんて、危なくないですか?」
「その分、警備もすごいですよ。五国の警備のプロたちが目を光らせています。ここで揉め事を起こそうものなら、五国分の罪状がつくわけです。通常の五倍です。なので、毎年、『舞闘大会』で問題はそうそう起こりません」
「…………」
僕は言葉を返そうとは思わなかった。
何を言っても、それは違う文化圏からの意見であり、この場の質問にそぐわないことがわかったからだ。
この異世界では、こういう大会を開く文化がある。それを受け入れるしかない。
要は、数日ほど無礼講の大規模なお祭りがあるだけのことだ。
「あとは貴族様方の参加も多いですね……」
「貴族が?」
意外な参加者だ。
高みの見物をしていると勝手に思っていたが違うようだ。
「単純に騎士として研鑽するためだったり、箔をつけるためだったり、理由は色々ですが……。やっぱり、本命は発言の機会を得るためですね。いわゆる、結婚活動が多いです」
「け、結婚活動……? さっき就職活動の場って言ったじゃないですか」
「両方を兼ねています。なにせ、大陸最大の大会ですので」
「りょ、両方ですか」
もっと気軽なものを僕は期待していたのだが、思ったよりもややこしい大会のようだ。
「『舞闘大会』本選での発言は、全て公式化されます。多くの権力者の立会いの元での発言ですので、もはや決闘の宣誓に近いです」
「そこで求婚すれば、さぞ盛り上がるでしょうね……」
「ええ、すごく盛り上がります。国民や権力者の支持を得れば、ノリで結婚までもっていけちゃいます。なので、地位の低い男性貴族が地位の高い女性貴族との結婚を認められたいときに利用されることが多いです。そして、見ている側も、それを期待しています」
受付のお姉さんは楽しそうに求婚について説明する。過去に多くの例があるようだ。
どうやら、受付のお姉さんのような人の恋路が楽しくてたまらない人が多いため、許されている求婚方法のようだ。
そして、真剣な顔で注意を促してくる。
「カナミさん、ローウェンさん。とにかく、試合前の前口上には気をつけてくださいね。二人とも、顔が綺麗ですから、狙われやすいと思います」
「ね、狙われる?」
「口車に乗せられて、いつの間にか結婚させられたり、働く先が決まってたり、破産させられたり、奴隷にされたりするかもしれません」
「いつの間にかにで、そんなことが起きるんですか……?」
「結構、あるんですよ。「そなたほどの騎士は見たことがない。私に勝てれば我が娘をやろう!」と叫んでわざと負ける騎士とか、「この戦いを愛するあなたへ捧げます。そして、勝利をもって我が思いを褒美としてあなたへ伝えさせてほしい」と言って断れない空気の中で告白する貴族とか、「この大舞台で賭けられる宝物がはした金では観客に申しわけない! どうだ、共に全ての財を賭けて剣を交えようではないか!」と上手く乗せて全財産を毟り取ろうとする賊とか――」
受付のお姉さんは迫真の演技で、色々な例を教えてくれる。
それを僕は青い顔で聞く。どれも笑えない話ばかりだ。多くの人の人生が狂っている。
最後に、受付のお姉さんは重ねて注意する。
「とにかく、会場の空気に流されて、売り言葉に買い言葉で変なルールを認めちゃ駄目ってことです」
僕は何度も頷いて、注意を心に刻む。
参加者の中に強敵はいなかったが、大会のルールそのものが強敵だったようだ。
隣ではローウェンも苦笑いをしながら頷いている。
ローウェンは書き終わった紙を受付のお姉さんに渡す。
「はい、これでローウェンさんの参加登録は完了です。ふふっ、あのカナミさんのお友達が参加となると期待しちゃいますね。……きっと、今年の『舞闘大会』はすごく盛り上がりますよ。あの『聖人ティアラ』の『予言』の年ですからね。過去最高の人数が集まっています」
受付のお姉さんは受け取った紙を横の紙束に重ね、その厚みを見て笑う。
「『聖人ティアラ』の『予言』の年、ですか?」
僕は参加人数に興味はない。むしろ、その前の部分が気になった。
「ええ、連合国の主教であるレヴァン教には『予言』が残されています。――「始祖ティアラが再誕せし年」、「剣と剣が結ばれ、『本当の英雄』が現れる」。その『予言』を人々は信じています」
「ああ、なるほど」
僕の世界でもそういう予言はあった。
ただ、この世界ではそれに宗教が絡んでいるので、過度の期待がかかっているみたいだ。
「先日の『聖誕祭』が残念な結果に終わった分、『舞闘大会』には国民の期待がかかっていますね」
「『聖誕祭』が残念な結果?」
「あれ、知らないんですか? 『予言』では今年の聖誕祭に『聖人ティアラが再臨する』はずだったんですが、それらしい話が全くなかったんです。いつも通りのお祭りに、いつも通りの儀式で終わったので、みなさんがっかりしてるんですよね。だから、『舞闘大会』でこそ『予言』に相応しい何かが起こるはずだって、敬虔なレヴァン教信者の間でまことしやかに囁かれています」
「へえ……」
受付で働く人ならではの小話を色々と聞き、僕たちは最後に大会の細かなルールを確認する。
そして、『舞闘大会』の参加登録を終える。
受付のお姉さんは「応援しています」と手を振って見送ってくれた。
僕とローウェンはおしゃべりだが気さくな受付にあたったことを感謝しつつ、建物から出る。
「参加登録期限がギリギリだったな。カナミに呼び起こされた時期が丁度よかった」
ローウェンはほっとした様子で歩く。
「ああ、本当に丁度良かった。それじゃあ、あとはスノウとリーパーにお土産でも買って――」
僕も問題なくことが終えて安心する。そして、リーパーが大人しくしているかを確認しようとして《ディメンション》を広げ……一人の少女を見つけてしまう。
「――確かに丁度いいね、キリスト」
「なっ!?」
鈴の音のように透き通った女性の声が響き、僕は振り返り、建物の上に目を向ける。
そこには浮世離れした美しい少女ラスティアラ・フーズヤーズが座っていた。
心臓が跳ねる。
この光景を、いつかどこかで見たことがある気がした。
そう。
いつか、どこかで――
過去の『89.一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会』の『読者さんからの感想』と『投稿者による感想返信』は
http://novelcom.syosetu.com/impression/list/ncode/360053/index.php?p=492
あたりになります。