85.張りぼての幸せこそ
群れを乗り越えたあとも、18層と19層の道中の指揮は僕が執った。
限界を超えた魔法の運用で、シッダルクさんは声を出すのも辛い状態だったからだ。
それに対して、一行から不満の声はなかった。
まず、先の戦いで誰も死なせなかったのが大きい。あの活躍で、僕の指揮官としての手腕は認めてもらえたようだ。それに、最近の『エピックシーカー』の目覚しい活躍から、そのギルドマスターを試してみようという動きもある。
その期待に応えるため、僕は一切の油断なく列を先導していく。
そして、道中、《ディメンション》が敵を捉えた。
「……前方から、大型のモンスターが来ます。大型モンスターのカーマインミノタウロスです。すぐに行軍を停止して、魔法使いの方は並んでください。次に、その後ろで重量のある武器を扱える人は控えてください。先の角から対象が現れたら、魔法で釣瓶打ちにします。もし、息の根を止められなかった場合は、魔法使いの方々は後退して前衛に任せること。たぶん、これで完封です。何かあれば、僕が氷結魔法でフォローしますので気楽にやって下さい」
すぐに奇襲に備えた陣形から迎撃の陣形への変更を指示する。
探索者たちは慣れた様子で、陣形を変更してくれる。
最初は敵もいないのに陣形変更することへの拒否反応はあった。しかし、何度も最適な答えを出していったことで、いまでは素直に動いてくれる。
僕はカウントダウンを告げる。
「あと五秒……三、二、一、撃ってください」
同時に、先の角から牛頭の怪物が姿を現す。
十分な詠唱の時間を得ていた魔法使いたちの魔法が、散弾銃のように襲い掛かる。
何の抵抗もできないまま、カーマインミノタウロスは光となって消えていった。
「はい、終わりです。それでは、さくさくと進みましょう」
僕は対象が消えたのを確認したあと、進行を再開する。
その後ろで、他の探索者たちはざわついている。
僕の策敵能力の異常さについて、話しているようだ。
《ディメンション》で、その会話を僕は拾っている。
基本的には「頼りになる」といった称賛の声が多いものの、その異常な感知魔法の詳細を気にしている声も多い。
気にしているものの、相手は仕事が終われば競争相手になる他ギルドのマスターだ。聞きたくても聞けないだろう。
僕も正直に教えるわけにもいかないので、愛想笑いを浮かべながら一行を先導するしかなかった。こうして、僕たちは何の問題もなく20層に到達する。
《ディメンション》のおかげで群れを回避でき、モンスターが現れても必ず先手を取れるのだから問題なんて起きようもない。保険として、戦闘中は《次元の冬・終霜》の準備もしていた。
がらんどうとなっている20層に辿りつき、各々は『正道』補強への作業に移っていく。
僕は肩を貸しているシッダルクさんを連れて、離れたところで休憩に入る。
二人で座り込み、そこでシッダルクさんは口を開いた。
「すまない……」
一言だけ、小さな声で呟いた。
その殊勝な態度から、僕はシッダルクさんの中にある誠実さを強く感じ取る。
「いえ、気にしないでください」
「くっ、今回は後れを取ったが……、次は絶対に……!」
ただ、その勝気な性格を抑え切れはしなかったようだ。プライドが負けっぱなしを許さないらしい。難儀な人生を送っていると思い、僕はシッダルクさんに強く共感する。
シッダルクさんを休ませて、僕は工事の手伝いと休憩を繰り返す。
途中、無理をしてシッダルクさんが動こうとするのを何度も諌めた。
その作業を、数時間ほど繰り返して、とうとう僕たちの仕事は完遂される。
細い線でしかなかった『魔石線』が、目に見えて太くなり、肌で感じられるほどに結界が強化される。
僕は隅に置いてある《コネクション》への影響がないか心配になったが、20層も大丈夫のようだ。流石に、広い部屋の隅っこまでは結界も届いていない。
そして、一行は依頼達成に喜びの声をあげ、少しの休憩のあと、地上を目指して出発する。しかし、まだシッダルクさんの体調は回復していない。身の丈に合わない魔法を限界を超えて連発したことによる負債は、一朝一夕で返せるものではないらしい。
僕が肩を貸そうとしたところ、シッダルクさんは拒否する。
「いい。戦闘は無理だが、歩くくらいならもう大丈夫だ……」
そして、心許ない足取りで列の中を歩いていく。
だが、声をあげて先導しようともしない。そこまでの体力はないようだ。
いや、いまの隊の状態を理解しているからかもしれない。
隊の皆は、僕から指示を貰おうとしている。
その期待に応えて、僕は列の中心で指示を出すしかなかった。
「このまま進んでも大丈夫です。モンスターはいません」
それを聞き、一行は安心した様子で進行を始めた。
僕は全体の様子を見守っていると、スノウとシッダルクさんが近くで話しているのを捉える。
両者の表情は真剣で、スノウ特有の気だるさもない。
僕は少しだけ聞き耳を立てる。
そう遠くもないので、《ディメンション》も必要ない。
「――……つまり、シッダルク家からの招待ですか?」
「そうだね。本当は、この仕事で完璧に終わらせて、招待の話をしたかったのだけど……。情けない結果に終わってしまった……」
「きっと、ウォーカー家もシッダルク家も了承の上の話でしょうね……。しかし、エルはそれでいいのですか?」
「僕はスノウを歓迎している。だからこその話だ」
話の流れから、シッダルクさんがスノウを家に招待していることがわかる。
二人のプライベートに関わる話だと思い、僕はこれ以上聞き耳をたてるのをやめる。
しかし、スノウは会話を切り上げて、僕のほうへ近づいてくる。
「……カナミ、シッダルク家にお呼ばれされた。明日、丸一日は拘束されそう」
「え、えっと、なんでそれを僕に?」
「……ギルドマスターの許可が必要かと」
「ああ、そういうことね。そりゃ、もちろんかまわない。行ってきていいよ」
「……丸一日拘束される。いいの? 本当にいいの?」
「自分で断れないからって、僕を出汁にしようとしてない?」
「……そんなことない。ただ、確認とってるだけ。――マスター、本当に許可を出しちゃう? 明日、迷宮探索に私がいないと困らない? やめといたほうがいいんじゃない? ね?」
「いや、許可は出すけど……」
「……はぁ、使えない」
「ひどい言われようだ」
思ったとおり、スノウは僕を使って話を断ろうとしていただけのようだ。一言でも僕が難色を見せれば、全ての責任を押し付けようとしたはずだ。
それも四大貴族の二家を袖にしたという責任を……。
「……じゃあ、エルに報告してくる」
スノウはとぼとぼと歩き、シッダルクさんのほうへ向かう。
それを僕は見送り、シッダルクさんが安心した様子を見せるのを《ディメンション》で確認する。どうやら、明日はスノウなしでの迷宮探索になりそうだ。
しかし、そういった日があるほうが自然だ。
僕は僕の都合で誰かを拘束しようとは思わない。『エピックシーカー』の運営においても同様だ。
僕は明日のソロ探索の計画を練りながら、一行を先導していく。
僕が先導すれば危険な状態に至ることはない。ただ、なまじ見えすぎるため、些細な危険も避けて遠回りになりやすいのが欠点だ。
時間は超過したものの、僕たちは20層から地上まで何の問題も起こさずに先導し切る。
地上へと出たところで、このあとのことがわからないのでシッダルクさんに目で助けを求める。シッダルクさんは頷いて、代わりに声をあげてくれる。
「あとは、我々『スプリーム』で事後処理を行う。みんな、今日は苦労をかけた。ありがとう」
まずは全体に一言かける。そして、各ギルドマスターに声をかけ、報酬と今後について話をつけていく。最後に、シッダルクさんは僕に声をかけた。
「『エピックシーカー』ギルドマスター・アイカワカナミ。此度の助力に感謝する。報酬などに関しては、追って『エピックシーカー』本拠に人が行く。待っていてくれ」
「わかりました」
無難な言葉を交わし、作業的に話は終わる。
そして、別れの間際となったとき、シッダルクさんは個人としての言葉を発する。
「アイカワカナミ、僕は君に絶対負けない……」
一方的な宣戦布告だった。
帰りの道中、ずっと大人しくて不思議だったが、彼の中で僕はライバルというポジションに落ちついたようだった。今日のところは負けを認めるが、次は負けないということだろう。
僕が何かを答える前に、シッダルクさんは離れていく。
その後方ではテイリさんが満面の笑みで、様子を見ていた。
「いつの間にか、面白いことになってるわね」
「そこで面白そうだと言えるのが、あなたたちのおかしいところですよ。僕はシッダルクさんと、より良い関係を結びたかっただけです」
「ふふっ、いいわぁ。スノウの婚約者エルミラード・シッダルクのライバルとなったカナミ君っ。これから、どんな物語が待っているのやら。うふふっ……」
「別に何もありません」
「そこは乞うご期待ってところかしら。それで、私はどうすればいいの? もう解散でいいの?」
「かまいませんよ。後ろのほうで疲れ果てているスノウにも、そう伝えてください」
「わかったわ。それじゃあ、また今度ね。カナミ君」
「はい」
テイリさんはさらに後方でうなだれているスノウを連れて去っていく。
一行も解散の空気になり、少しずつ人が減っていく。別れ際、僕に挨拶をしてくれる人は多かった。やはり、終盤の指揮が印象に残っていたのだろう。
僕も全体に倣って場から離れる。
行き先はアリバーズさんの工房だ。
もう夜遅く、やることはないが、武器の出来具合の様子ぐらいは見られる。予定通りならば、完成品を受け取れるかもしれない。
僕は自分専用の剣を思い描き、自然と早歩きになる。
なんだかんだで、愛剣の存在は男の子の憧れなのだ。
暗くなったラウラヴィアの街を抜け、明かりのついている工房に辿りつく。
「すみませーん」
挨拶をしながら、僕は工房の中に入る。
そして、内部の惨状を見て僕は驚く。
たくさんの若き鍛冶師たちが倒れ、死屍累々の様相を見せていたのだ。ほとんどの者が埃まみれで泥のように眠り、起きているものは目の下に濃い隈を作って死にそうな顔をしている。
そんな死にそうな顔をしているうちの一人、アリバーズさんが僕を見つけて近づいてくる。
「マスターじゃないか! いいタイミングだ!」
「あ、アリバーズさん。こんばんわ」
いい笑顔でアリバーズさんは寄ってくるものの、どう見ても徹夜明けにしか見えない。このハイテンションは、最後の灯火の可能性が高い。
「マスターの剣が出来たんだ。こっちだ、見てくれ」
僕はアリバーズさんに引っ張られるがまま、工房の奥へ進む。
その先には、一振りの直剣が飾られてあった。
それは以前の要望通りのデザインだった。
純白の刀身に青の紋様が施された、シンメトリーの直剣だ。
その横には鞘が飾られている。
【クレセントペクトラズリの直剣】
攻撃力4
装備者の速さ10%分の攻撃力を加算する
敵対者の速さが所持者の速さを上回った場合、
所持者の速さに+30%の補正がかかる
「これが、僕の剣……?」
「ああ、そうだ。マスターのために作った自信作だ。受け取って欲しい」
そう言って、アリバーズさんは僕に剣を手渡す。
『クレセントペクトラズリの直剣』を受け取り、その軽さに驚く。
「軽い?」
「ふふっ、軽いだろう? しかし、安心してくれ。軽いが、頑丈さは折り紙付きだ。ここにあるどんなものでも、その剣を傷つけることは出来ないよ。それとも、マスターカナミは重みがないと剣が使えないタイプなのかい?」
「いえ、僕の剣術なんて我流なので、重さ云々で困ることはありません。嬉しい限りです」
「そりゃよかった」
僕は剣を軽く振って、鞘の中に納める。
その一連の動きが、以前よりも数段と速く感じた。いや、現実に数段と速いのだろう。それほどまでに、この剣は扱いやすく、軽く、手に馴染んだ。
「いいですね、これ。あとはクリスタルを斬れたら完璧ですね」
「斬れるさ。それは実地でしか確認できないが、自信はあるよ」
「ありがとうございます。では、明日試してみますね」
僕がお礼を言って頭を下げる。
まだアリバーズさんの話は終わらない。
「それと、前に言っていた炎に干渉するマジックアイテムも渡そう。これも純度の高い魔石を使った一品だ。ほらっ」
アリバーズさんは何かを僕に投げ渡す。
【レッドタリスマン】
装備者の火炎属性耐性に+20%の補正
見た目は赤い宝石であつらえたネックレスだ。
「小さいのにすごそうですね。こういうのを一杯持って迷宮に行ければ楽そうです」
「もし色々と持ち込むなら、マジックアイテム同士で干渉し合うから気をつけてな。もちろん、その剣とレッドタリスマンは干渉し合わないのは確認済みだ」
「ありがとうございます。これで20層以降の探索がぐっと楽になりそうです」
「いやいや、礼はいい。むしろ、こっちが言いたいくらいだ。マスターが強くなれば、それだけで俺は楽しい。迷宮を進んでもらえれば、俺はそこで入手した魔石で本業の勉強もできる。いくらでも酷使してくれ」
「了解です。次はもっと魔石もってきますから、覚悟していてください」
僕たちは笑顔で拳を合わせて、このいい関係の継続を約束し合った。
残ったスノウ用の重装備も受け取り、僕はアリバーズさんの工房を後にする。
そして、マリアの部屋まで戻り、ゆっくりと今日の話をして眠りにつく。
こうして、僕は今日も充実した時間を終えた。
人並みに悩みがあって、それなりにがんばって、ささやかな楽しみのある生活。
これこそ、僕が長年求めていたもののはず――
はず?
本当に、これが僕の幸せでいいのか……?
相変わらず、僅かな痛みが頭の中から張り付いて消えなかった。
けれど、確かな充実感と共に、僕は深い眠りについていった。
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あたりになります。