81.30層を目指せ
「要するに、ぱぱっと30層の守護者を倒せば解決なんだ。あれで、約束は破らない性質だからな、パリンクロンのやつ」
「……破りはしないけど、上手く言い逃れはする」
「確かに、その可能性は高いけどな……」
数日はギルドの仕事がないことを確認した僕たちは、迷宮の20層までやってきていた。
執務室から《コネクション》でショートカットしたので、たっぷりと時間はある。
「やきもきしていても仕方がない。どちらにせよ、迷宮には潜らないといけないんだ。パリンクロンとの取引もあるけど、あの二人組に対抗するためにも強くなる必要がある。それには迷宮が最適だ」
「……確かに。カナミがあの二人に圧勝できるようになれば、何の心配もいらなくなる」
「本当はスノウが洗いざらい話してくれればいいんだけど……」
「……洗いざらい話してる。言うべきことは初日に全て話した。あとはカナミが判断して行動するだけ。そもそも、私だって詳しくは知らない話」
「わかった……。何度も聞いてごめん。スノウが僕の味方なのは確かだ。――よし、気を取り直して、迷宮だ。今日は深めを目指すよ」
「……私はついていくだけ」
「それでいいさ。安心感が違う」
ついてきてくれさえすれば、口とは裏腹に手伝ってくれるのは昨日で実証済みだ。
僕は素直じゃないスノウを連れて、20層に移動し、下へ続く階段に向かっていく。
21層に下りる。
目標が20層から30層に変わっただけで、方針は昨日と同じだ。
『正道』が引かれている23層までは、その道を辿るだけで簡単に次の層に行ける。それに『正道』の結界が敵を遠ざけてくれもする。たまに大型モンスターが侵入するものの、さほど問題はない。
案の定、21層を歩いていると、四本腕の化け物フューリーが僕に襲い掛かってくる。
僕は余裕を持って迎撃する。少し前までは苦労していた敵だが、もう問題はない。以前に来たときはレベル12だったが、もうレベル15だ。全ての能力が格段に上昇している。
僕がフューリーを倒すのに数秒もかからなかった。
身体の至るところに剣の突き刺さったフューリーは倒れこむ。
そして、同時に光となって消えて、突き刺さった剣たちがカランカランと地面に落ちる。
僕は魔石と剣を拾っていく。
剣の中には、まだ使える剣もあれば、刃こぼれした剣もあった。
その全てを『持ち物』に戻していく。アリバーズさんのおかげで再利用できる目処が立っているから、節約しないといけない。
「フューリーが仲間を呼んだと思うから、少し急ごう」
「……わかった」
フューリーの特殊能力をスノウも理解しているようだった。
当然のように駆け出す彼女の姿から、経験の豊富さが見て取れる。
僕は走りながらスノウに聞く。
「スノウって、どこまで迷宮を潜ったことがあるんだ?」
「……20層」
「20層? けど、21層のフューリーについて詳しいみたいだけど」
「……これでも学院生だから、それなりに詳しい。それに兄から話を聞いたこともある」
「ああ、なるほど」
よく考えれば、スノウは兄に最強の探索者を持っているのだ。
迷宮について詳しくても不思議ではない。
最強の探索者の情報となるとお金に換えがたい宝だろう。
僕は道中、スノウから迷宮について聞くことにした。その途中、いくらかのモンスターが寄ってきた邪魔をしてきたが、いまの僕の敵ではない。
――続く22層も、21層と似たようなものだった。
21層よりも難易度は高かったものの、スノウの魔法のおかげで労なく進めた。
僕がリオイーグルの上空からの攻撃に手を焼いていたのを見たスノウが、無属性の魔法を使って助けてくれたのだ。広域を振動させる魔法によって、リオイーグルはバランス感覚を失い、高度を保てなくなる。そこを僕が斬り刻むだけの簡単な作業だ。
こうして、23層に辿りつき、僕たちは『正道』の端までやってくる。
「……ここで『正道』は途切れてる。どうするの?」
「大丈夫。前に来たことがあるから、道はわかる。そう、前に――」
前に?
前に、僕は一人でここまで来た?
そうだ。
そうでないとおかしい。
でないと視界に広がる23層の『マップ』が埋まっている理由に説明がつかない。
僕は必死に記憶を掘り起こす。
そして、23層でフレイムスコールというボスを倒したことを思い出す。ただ、少しだけ引っかかる。
あのフレイムスコールを、レベル12の僕が一人で……?
「……どうかした?」
「い、いや、この層、少し暑くて……」
「……そうだね。ちょっと暑いかもね。私は平気だけど」
「ちょっと? とんでもない暑さだぞ?」
「竜人だからね。このくらいは余裕」
「種族差か……」
「そういうこと」
よく見れば、スノウは汗一つ流していない。
竜人という種族の強みを理解する。身体の造りからして人間と違う竜人は、どんな苛酷な環境でも自由に動けるようだ。
僕はスノウの身体を羨みながら、先に進んでいく。
『正道』は途切れたが、『マップ』があるため、24層まではすぐだった。
24層の溶岩地帯まで辿りつき、この層で『マップ』が途切れているのを確認する。
「この層の途中までしか僕は来たことがない。ここからが本番だ」
「……わかった」
「溶岩に気をつけて。中にトカゲのモンスターが潜んでるから」
「……知ってる」
どうやら、最強の探索者グレン・ウォーカーは、この層まで来たことがあるようだ。
スノウは言われるまでもなく溶岩から距離を取っていた。
「しかし、この暑さは堪らないな。氷結魔法で僕の周囲だけ気温を下げようかな。――魔法《フリーズ》」
僕は《フリーズ》で周囲の熱を抑えようとして、違和感を覚える。
魔力の通りが良過ぎる。
そのスムーズな氷結魔法の運用に、自分自身で驚いた。
「え、あれ?」
「……私も?」
《フリーズ》は僕の周囲どころか、スノウも含む範囲まで気温を抑え込んだ。
「いや、そんなつもりはなかったんだけど、なんだか妙に氷結魔法の調子が良いんだ。熱に対して、氷結魔法が使いやすいというか、何というか……」
僕自身が理解できていない現象だった。
それを言葉にしてスノウに伝えるのは難しい。
本当に感覚的なものなのだ。
感覚的に熱に対する――いや、炎に対する理解度が高まっている?
いかにして分子が振動しているのか、こと細やかにわかる。そして、それをいかに抑えればいいのかを、なぜか身体が理解している。
僕の魔力が覚えているとでも表現したほうがいいかもしれない。
氷結魔法が、自動で最適な分子運動制御を行ってくれていた。
「なんだか、すごく熱を冷めさせやすい?」
「……そう。なら、よかった。別に悪いことじゃない」
「うん。そうだね……」
僕は腑に落ちないまま、24層を進んでいく。
《フリーズ》を使ってはいるが、《ディメンション》も切ってはいない。とても薄い《次元の冬》を展開しているようなものだ。
そして、その《次元の冬》は24層において無類の強さを発揮した。
以前来たとき、《ディメンション》は溶岩内へ浸透しなかった。
しかし、《次元の冬》ならば、溶岩内まで感覚を広げることができてしまった。それは溶岩内に隠れるモンスターを丸裸にするのと同義だった。
溶岩を移動するモンスター、ポイズンサラマンダーが僕たちの背後に忍び寄る。
僕たちの死角を確認したポイズンサラマンダーは、溶岩から飛び出して、その爪を光らせた。
僕は振り向くと同時に、『持ち物』から剣を取り出して投擲する。
投擲された剣はポイズンサラマンダーの頭部に突き刺さり、その光る爪が届くことはなかった。
「――グゥァッ!!」
短い鳴き声と共に、ポイズンサラマンダーは絶命した。
「……え?」
「溶岩に潜れる代わりに、基本能力の低いモンスターみたいだね。一撃で倒せた」
何が起きたのかわからないスノウを置いて、僕は剣と魔石を『持ち物』に入れる。
「……後ろにモンスターが?」
「いた。けど気にしないでいい。スノウには絶対触れさせない」
「……む、むぅ。私でも気取れないタイプのモンスターが出るのか。うん、カナミから離れないでいよう。そうしよう。なんとかして」
「そうしてくれると、こっちも助かる」
スノウは僕のすぐ後ろを歩き出す。
何かあれば、僕に敵をなすりつける気満々である。
僕は《ディメンション》で溶岩内にも気を配りながら、道を進む。
そして、『マップ』が途切れているところまで辿りつく。
ここが以前の僕の限界だったようだ。
「――魔法《ディメンション・多重展開》」
ギルドの仕事で街に《ディメンション》を広げるのと同じ要領で、魔法の感覚を薄く広げる。邪魔な魔力の多い迷宮では、地上よりも少し広げにくい。
だが、地上の経験のおかげか、なんとか25層に続く階段を見つける。
同時に、24層の特殊なエリアやボスも把握した。
――そして、おかしなものを一つ見つける。
迷宮には珍しい人工物、祭壇だった。
人の手が入ったとしか思えない祭壇が、溶岩に囲まれて建造されていた。そして、その中央に一振りの剣が捧げられている。
「……階段、見つけた?」
僕がやったことを察したスノウは結果を聞く。
「うん、見つけた。けど、変なのも見つけた」
「……変なの?」
「奥に、祭壇のようなものがあって、剣が置かれてある」
「……祭壇、剣。ああ、なるほど」
スノウは僕の言葉を聞いて、一人で納得している。
「なるほど? 何か知ってるの?」
「……知ってる。けど話すのが面倒」
「いや、教えてよ……」
流石に面倒の一言で片付けられると困る。
迷宮での情報は命にも関わるのだ。
それをスノウも理解している。
なので、嫌々ながらも小さな声で説明し始める。
「……おそらく、迷宮のドロップ」
「ドロップ? モンスターが落とす魔石のこと?」
「……そう、あれと同じ。迷宮が過去のアイテムを『想起収束』している。探索者の手が届かない23層以降では、そういうものが手付かずで残っている」
「過去のアイテム……」
この世界のことを僕は詳しく知らない。
迷宮なんて、まだ数週間の付き合いでしかない。
しかし、スノウは違う。この迷宮と何年も付き合い、学院で多くの知識を学んでいる。僕の知らないことを、たくさん知っているようだ。
「……そもそも、ここは過去の遺産を大陸が吐き出すところ。迷宮は、大地に溜まった魔力と過去を、収束させて吐き出す循環器の役割も担っている。――と、学院で習った」
「初耳だ。迷宮にそんな機能があったなんて」
「……学院でも知っている人は少ない。とにかく、その祭壇は過去の遺物だと思う。もしかしたら、その剣、過去の名剣とかかも」
「難しいことはわからないけど、それが僕たちにとっては一番重要な話だね。ここから、その剣を調べてみる」
面白い話が聞けた。
そして、僕は迷宮の存在について自分なりに考察していく。
いまの話を聞き、この迷宮が自然に出来たものだとは思えなくなる。異世界だから、こういう迷宮があるのだと言われれば、それで話は終わりだ。しかし、そうではない気がするのだ。
この迷宮は何かの目的を持って、誰かに作られたとしか僕は思えない。
誰かが作ったのならば、迷宮が人にとってこうも都合のいい存在であることも説明がつく。
ならば、誰が迷宮を作ったのか。
誰が――
《ディメンション》で祭壇にある剣を『注視』し、情報を得る。
【ルフ・ブリンガー】
攻撃力7
精神汚染+2.00
「カナミ、どう?」
「珍しいものなのは確かみたい。……けど、危なそうだ」
「……回収する?」
「一応、しようか。お金になるかもしれない」
僕はスノウと一緒に怪しい祭壇まで歩いていく。
途中、ポイズンサラマンダーが数匹襲ってきたが、溶岩の中まで把握できる僕の敵ではなかった。
そして、数分ほど進んだところで、溶岩の川に囲まれた祭壇まで辿りつく。
普通ならば溶岩が邪魔で近づけないが、いまの僕の身体能力なら飛び越えられるだろう。川の幅は十メートルもない。ただ、僕の世界の感覚で考えると世界記録に近い距離だ。それを余裕だと思った自分が、少しだけ恐ろしく感じる。
「飛び越えて取ってくる」
「……いってらっしゃい」
当然のようにスノウは跳ばない。
僕は溶岩の中の安全を確かめて、十分な助走をつけて跳ぶ。
予想通り、余裕をもって跳び越えることに成功した。そのまま、祭壇に近づき、僕は例の剣を観察する。
近くで見れば、その剣に宿った魔力は中々のものだ。中堅の魔法使い一人分の魔力は有しているように見える。
何より、その剣は美しかった。
機能美を無視した独特なフォルムに、黒一色のデザイン。少しばかり刺々しさを感じるが、それも味のあるセンスだ。決して、その美を損なうようなものではない。
そして、その美しい剣を彩る――美しい紫の魔力。それは漆黒の剣の一体感を害せず、紫のアクセントとして、より剣を引き立たせる。
アリバーズさんと一緒に考えた剣も素晴らしかったが、こういったタイプも悪くはない。
ああ。何より、この黒い刀身に、真っ赤な血が滴れば、どれだけ美しいか――
「――《ブラストインパルス》!」
僕の背中に魔力の衝撃波が襲い掛かる。
横に飛び跳ねて、それを僕はすれすれでかわす。そして、その攻撃を行った人物に非難の声をあげる。
「ス、スノウ――! いきなり何を!?」
しかし、当の本人のスノウは更なる魔法を構築しながら、あっけらかんと答える。
「……いや、剣に魅入られていたから。とりあえず、吹っ飛ばして正気に戻そうかと」
「魅入られていた? 僕が?」
「……剣の魔力がカナミの身体に入り込みかけてた。かなりやばいよ、それ」
僕はスノウの言葉を頭において、再度、剣を見直す。
その剣の異常さに気づく。
禍々しい怨念にも似た剣の魔力が、僕の身体の中に入り込もうと蠢いていた。それは、先ほどまで感じていたような美しい魔力とは程遠く、決して人間が触れてはいけない類のものだと、見るだけで理解できる。
こんな見るからにやばそうな剣を、僕は美しいと思っていた?
「た、確かに、やばい……」
「……カナミが近づいたら、本性を見せたね。どうする? 諦める? たぶん、持ったら殺人鬼化すると思う」
「いや、諦めない。他の誰かが、これを所有して殺人鬼になるのは防ぎたい。おそらく、僕の魔法なら、持てるはずだから――」
「……い、いやぁ、私は反対。たぶん、カナミが持つのが世界で一番危ない気がする」
「触りはしないから、安心して。この距離から、剣を無力化する。――魔法《次元の冬》
「……慎重に。もし、失敗したら、まず私がカナミに殺されるというのを忘れず。ほんと慎重に」
不安そうなスノウを置いて、僕は魔力を展開する。
もちろん、自信があるからこそ回収しようとしている。
僕の《次元の冬》ならば、この距離からでも魔力に干渉ができる。数メートル離れたところから、《次元の冬》で僕に近づこうとする剣の魔力を遠ざけていく。
同時に、僕は少しずつ剣に歩み寄る。
剣の魔力に触れないように、一歩一歩進んでいく。
数分ほどの時間をかけて、僕は剣の前までやっと辿りつく。
ここからが本番だ。
依然として、魔力は遠ざけつつ、次は《アイス》を唱える。
もちろん、狙いは剣そのものだ。
剣は身の危険を感じたのか、魔力をうねらせて冷気を拒絶する。しかし、《次元の冬》に魔力を込め直して、それを防ぐ。
数秒後には氷付けの魔剣が一つ完成した。
僕は細心の注意を払って、その剣を『持ち物』の中に入れる。
「……ふぅ」
僕は息をついて、額の汗を拭う。
これで封印は完了だ。
溶岩を跳び越えて、スノウの元に戻る。
「ただいま」
「……おつかれ。それ、迷宮の中では出さないでね」
「ああ、わかってる」
「……うーん、不安だなぁ。もうそれ、ここで壊さない?」
「いや、壊すくらいなら、アリバーズさんや神聖魔法が使える人たちを呼んで解体したほうがいいと思う。何かの材料になるかもしれない。もしかしたら、すごいお金になる可能性だってある」
「……確かに、解体できたらお金になるとは思う。けど、やっぱり不安」
珍しくスノウは食いついてくる。
それほどまでに不安なのだろう。僕は仕方がなく、『持ち物』から『ルフ・ブリンガー』を取り出す。
「スノウがそこまで言うなら、折るぐらいはしておこうか」
「……うん、折ろう。私に任せて」
そして、スノウは『ルフ・ブリンガー』の氷塊に手を乗せて、魔法を唱える。
振動の魔法を至近距離で受けた『ルフ・ブリンガー』は、ぽっきりと二つに折れてしまう。
同時に、溢れ出ていた凶悪な魔力が静まっていくのを感じる。これでこの魔剣の価値は失われたかもしれない。しかし、代わりに安心を得ることはできた。
「うん、これでよし。ありがと、カナミ」
スノウはお礼を言いながら、二つに分かれた『ルフ・ブリンガー』を僕に手渡す。
僕は『持ち物』の中に入れながら、首を振って答える。
「いや、無理に回収したのは僕だからね。お礼を言われることじゃない」
それに対してスノウは薄く笑う。
そして、迷宮の奥を指差して言った。
「それじゃ、進もっか」
少しだけスノウの声に張りが生まれたような気がした。
本当に僅かだけど、やる気を出しているように見える。
「ああ」
その小さなやる気の焔を消さぬように、急いで僕は迷宮探索を再開していく。
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あたりになります。