80.特殊魔法戦
例の少女たちを撃退して、その後の警備活動は滞りなく終わった。
たまに無作法者が現れはしたが、そのどれもがギルドメンバーたちでどうにかなる相手だった。先の少女たちのように僕が出なければいけない相手は、一人も出てこなかった。
僕は執務室でメンバーたちが解散していくのを見届けながら、木彫りを続ける。
《ディメンション》の展開と木彫り、それと並列して、例の少女たちについて考える。
少女たちは何者で、その目的は何か。
それを推測しなければならない。
現状、そのための情報を持っているのはスノウとパリンクロンだろう。
まずスノウに聞いてみたものの、「最初の日の夜に言ったことが全て」とだけで話は終わってしまった。あの少女たちには関しては「ただの知り合い」とだけ答えて、深い話には付き合ってくれない。
面倒という理由もあるかもしれないが、本当に詳しくは知らないように見える。
僕はスノウへの詮索を止めて、次の候補であるパリンクロンを待つことにする。
スノウもパリンクロンに聞くことを薦めていた。ただ、薦めたあとは、居眠りをし始めたのが少し気に入らない。
僕は溜息をつきながら、思考し続ける。
おそらく、彼女たちとはまた出会うだろう。
そして、僕は彼女たちと戦うことになる。
そんな予感がした。
その時を見定めて、僕は準備をしなければならない。
そのためには――
「悩んでるな、カナミ」
僕が難しい顔で木彫りをしていると、パリンクロンが執務室に入ってきた。
もちろん、彼がここに入ってくるのは《ディメンション》で把握していた。
窓際で寝息をたてていたスノウは、突然の来訪者に飛び起きる。そして、バツが悪そうに仕事へ取り掛かる振りを始めた。
「ノックぐらいはしてくれ。スノウがびっくりする」
「カナミにとっては、この建物に人が入ること自体がノックみたいなものだろ?」
「そうだけどね……」
パリンクロンは僕の能力を、誰よりも知っている。
そう。
誰よりも知っている。
パリンクロンは本当に色んなことを知っている……。
ゆえに僕は、単刀直入に聞く。
「パリンクロン、おまえは僕に何か隠しているのか?」
「おっ、何かスノウから聞いたのか?」
不躾な問いだったが、パリンクロンは全くうろたえることなく返した。
「スノウもだけど、街中で僕を『キリスト』と呼ぶやつに会った。そいつはパリンクロンを探していた」
「へえ、早いなぁ。もう来たのか」
パリンクロンは嬉しそうに――そして、どこか懐かしそうに笑う。
「いいから答えてくれ。『キリスト』って何だ。おまえは何かを隠しているのか?」
「それには答えられないな。それは、たとえここで俺が隠していないと言っても、何の証明もできないからだ。正直者である証明なんて誰にも出来ない。隠してるやつが隠してますって言うはずないだろ?」
「そりゃそうだけど……」
相変わらず、パリンクロンは人を食ったような物言いで答えを返す。
回りくどくあったが、それは論理的でもあった。
疑っている本人に聞いても意味はない。
しかし、僕はパリンクロンから聞きたかった。
なぜなら、彼は命の恩人であり、数少ない信頼できる大人の一人だからだ。
だからこそ、パリンクロンの口に答えてもらいたいと――いや、パリンクロンと対峙しなければならないと、そう僕は思う。
「……なあ、カナミ。それはそんなに重要か?」
じっと見つめる僕を見て、パリンクロンは真剣な表情で問いを投げる。
「は? そ、そりゃ重要だろ?」
「いまカナミは、幸せじゃないのか?」
「幸せ……?」
「マリアちゃんは快復に向かっている。カナミはギルドマスターとしても尊敬され始めて、スノウとの迷宮探索も順調だ。このままいけば、何の不自由もない、豊かな生活が待っている。そう、マリアちゃんは大好きな兄と、カナミは大好きな妹と、幸せな生活が送れるようになる。――いま間違いなく、カナミとマリアちゃんの望みは叶っている。それでも、カナミは嘘を探すのか?」
見たことのない顔で、パリンクロンは問いを重ねていく。
その顔に遊びはない。
ただ、真剣な表情だった。
「ぼ、僕は――」
重ねられた問いを前に、僕は脳が甘く溶けるような錯覚がした。
パリンクロンの言うとおりだ。いま僕の願いは全て叶っている。元の世界では叶わなかった全ての望みが、この異世界に来てから叶っている。
妹が生きて傍にいる。やりがいのある仕事があり、生活に苦労もしない。仲間も良い人ばかりで、パートナーと呼べる存在もいる。非の打ち所なんて一つもない。
それは、とても幸せなこと。
幸せなはず。
はずなのに――
僕の心は落ち着かない。
このままでは駄目だと、僕の全細胞が叫んでいる。
拒絶する何かが脳の隅に潜んでいて、それを許そうとしない。
僕は本能のままに、言葉を紡ぐ。
「それでも、嘘は暴かないといけないと思う。『嘘では誰も救われない』。なぜかわからないけど、確かにそう思うんだ……。たとえ、暴いた先で幸せを失っても、僕はまた幸せを探すから……。だから、僕は全てを知りたい……」
潜んでいた何かを言葉に変えて、パリンクロンに伝えた。
それを聞いたパリンクロンは、神妙な面持ちで確認を取る。
「それが優しい嘘でもか?」
「ああ」
その問いに対して、僕は間髪入れず頷いた。
理性的に考えての答えではない。
それは酷く本能的な答えだった。
いま僕は論理の檻に囚われていない。
それはとても爽快なことだった。そして、この本能的な答えが正しいと、その爽快さが証明していた。
「くくっ、流石だな。流石、カナミだ」
そして、パリンクロンは僕を讃える。
僕の何を褒めたのかはわからない。しかし、パリンクロンの琴線のいずれかに触れたみたいだ。
「だから、パリンクロン。何か知っているなら教えてくれ……」
僕は感動しているパリンクロンを置いて、真実を求める。
「しかし、いま教えなくとも……どうせ、すぐにわかることだ」
「すぐにわかる?」
またパリンクロンは遠まわしに答える。
そういう人間であることは知っているが、この場では煩わしいだけだった。
そのまとわりつくような言葉が、身体を蝕むようで不安になる。
そうだ。
『何か』、まとわりついているような気がするんだ。ずっと……。
「ああ、わかるようにしてる。だから心配しなくていい」
パリンクロンは晴れやかな顔で断言する。
誰もが納得してしまうような迷いのなさで言葉を紡ぎ続ける。
僕は揺らぐ。
そして、『何か』が僕の中に入ってくるのを感じる。
ああ。
あのパリンクロンがそう断言するのなら、これ以上追求は――
「さて、これで問題は解決だな。さあ、俺はラウラヴィアへ向かう準備を急いでしないとな。早く行かないと、会っちゃいけないやつらと出くわしちまう」
――いや、違う。
その『何か』を僕は外に弾き出す。
僕の心の底にある別の『何か』が、それを拒んだ。
違う。
まだ僕は何も教えてもらっていない。
「待て、パリンクロン! もっとはっきりと答えてくれ!」
「む、やはり納得しないか……。相変わらず、カナミの抵抗力はすごいな……」
部屋から出ようとしたパリンクロンを、僕は呼び止める。
止められたパリンクロンは困ったような顔で頭を掻いた。
「何を言ってるんだ、それよりも早く――」
「そうだな、仕方がない……。なら、取引をしようぜ?」
「取引……?」
「そうだな……、30層の守護者を倒せば教えてやろう。『キリスト』のことを、そして、今日出会ったであろう少女たちのことも。全部教えてやる」
「ガ、守護者だって……?」
「交換条件だ。知っての通り、俺はタダでは動かない捻くれた男だ。しかし、取引はする。欲しいものがあるなら、相応の何かを用意してみろよ。カナミ」
名案を思いついたかのような顔で、パリンクロンはとんでもないことを言い出す。
「だからって、いきなり守護者なんて無茶だ。30層なんて、前人未到の世界だぞ?」
「いいや、いたって良心的な提案だぜ。皆のためになる話で、難易度もさほど高くない。いまのカナミなら余裕だ」
「…………」
この条件が、パリンクロンにとって最大の譲歩なのだろう。口八丁ではなく取引を持ち出してきたのが、その証拠だ。パリンクロンが取引に関してだけ誠実なのは、『エピックシーカー』の誰もがよく知っていることだ。
その言葉を最後に、パリンクロンは部屋から出て行こうとする。
これ以上食いつくのは得策ではないと僕は思い、それを見送った。あのパリンクロンから、言質を取れたのだ。時間稼ぎされたのは否めないが、ひとまずは前進している。
ここでパリンクロンの機嫌を損ねて、この取引すらなしにされては最悪だ。
何も聞けずに、全てが終わってしまう。
なにより、彼は命の恩人だ。
命の恩人を、これ以上困らせるのは……。
命の、恩人……?
パリンクロンを追おうとせず立ちすくんでいる僕を見て、スノウは疑問の顔を見せる。
「……追いかけなくていいの、カナミ?」
「あ、ああ。もういい。パリンクロンは交換条件って言った。取引に関してだけは、あいつを信じられるから……」
「……そう」
スノウは不満そうな顔で短く答えた。
いまのやり取りに納得がいっていないようだ。
そして、スノウが納得がいかない理由に――薄々とだが、僕も理解してた。けれど、それを認めることができない。
認めるには何かが足りない……。
まだ足りない……。
状況も、情報も、状態も、足りないものだらけだ。
ゆっくりと僕は執務室から出る。
スノウは解散だと思ったのか、窓から出て自室に向かった。
今日は少しばかり疲れた。
ふらふらと歩き、マリアの待つ部屋まで向かう。
もう日は落ちて、真っ暗だ。
しかし、マリアは眠い目をこすって、僕の帰りを待ってくれていた。
「おかえり、兄さん」
最愛の妹が、最高の笑顔を見せてくれる。
それはとても幸せなことだ。
けど、あの日から感じ続ける違和感が僕を苛む。
ずきりずきりと、頭を痛ませる。
「ただいま、マリア。それで調子はどう?」
「ええ、かなり回復してきました。もう、動いても――」
「頭痛は? 頭は痛くないか?」
僕はマリアに聞く。
あの少女たちはマリアを仲間と言った。パリンクロンだって、マリアに関しては口数が多かった。確認を取らなければいけない。
「頭痛ですか? た、確かに、少しはしますけど……」
「じゃあ、ラスティアラ・フーズヤーズ。ディアブロ・シス。この名前に聞き覚えは?」
「いきなり何ですか……? 聞いたことありません」
「そう……」
マリアは何も知らないように見える。
しかし、頭痛はしているようだ。もしかしたら、僕と同じ類の頭痛の可能性は高い。
僕は少しずつ状況を理解していく。
クロスワードパズルを埋めていく感覚で、答えに少しずつ近づいていく。
だが、まだ足りない。
まだ埋め始めだ。
全体の影を薄らと捉えられても、確信は持てない。
やはり、いまはパリンクロンとの取引が一番手っ取り早い。
なにより、あの取引を果たそうとすることで、そのまま現状の防衛策にも繋がるのが大きい。
あの異常な少女たちとの戦いに備え、迷宮でレベルを上げるのはどちらにせよ必須なのだ。その先に30層の守護者がいるのならば、それを目標とするのは当然の流れだ。
結局は、取引を選ぶことになる。
そして、それをパリンクロンはわかっていた気がする。
仕方がなく、僕は30層を目指して迷宮に潜ることを決める。
「兄さん、どうかしました……? さっきの名前の人達が何か……?」
「いや、何でもない……。ちょっと気になっただけだよ……」
「そうですか……」
「心配はいらない。それよりも、頭痛が残っているなら、さっさと寝よう」
「あ、はい」
寝ると聞いて、マリアは嬉しそうに隙間を作り、僕をベッドに入るように誘う。
「や、やっぱり、一緒に寝るのか……?」
「兄妹だから、当然です」
「……わかった」
マリアが心細いことは知っていても、未だに慣れないものがある。
ここで断ると、マリアが悲しむので僕は頷くことしかできない。
そして、いつものように、僕とマリアは手を繋いで、目を瞑る。
マリアの温もりを感じる中で、僕は考える。
わからないもの。疑っているもの。足りないもの。大切なもの。
考えれば考えるほど、頭が痛む。
しかし、やめようとは思わない。
やめれば後悔するとわかっていた。
だから、どんな痛みが襲おうとも、眠りに落ちるまで、僕は考えることをやめなかった。
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あたりになります。