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国生みの記 征服者の系譜  作者: テリー ヨーク
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使命の完成

 第六章 使命の完成へ


「耶馬大国トノ戦ノ勝利ノ後、タケル王ハモウ一度国ノ立テ直シヲシナケレバナラナカッタ。大勢ノ兵士ヲ死ナセ、コレ以上他国ヘノ侵略ハ不可能ダカラデアル。王ハ自分ノ青春時代ニ世話ニナッタ草原ノ民、海ノ民、森ノ民ニ使者ヲ送リ、一緒ニ統一国家ヲ造ロウト呼ビカケタ。タケル王ノ成功ヲ噂デモ聞イテイタ彼ラハ喜ンデ参加スルト伝エテキタ。タケル王ハ彼ラノ民ノ受ケ入レヲ図リ、自国ノ民ノ不足ヲ補ッタノデアル。ソシテ、アクマデモ奴隷ハ解放セズ重要ナ労働力トシタ。

コウシテ又五年ガ経ッタ。耶馬大国ヲ完全ニ自国ノ領土トシタタケル王ハ次ノ遠征ノ計画ヲ考エテイタ。既ニタケル王ノ兵力ハ一万ヲ超エテイタ。馬ノ数モ三千頭ニナッテイタ。ソレニ破壊兵器モ進歩シテイタ。王ノ軍隊ハ今ヤ天下無敵デアッタ」

        一

 タケルは重臣たちを招集した。

 今や、グストは亡くなっていた。カンダイは老いていた。しかし、カケルは意気盛んな二十五歳になっていた。ひと月前に妻をめとったばかりであった。それにヨシキは経験も積んでタケルの右腕の一人になっていた。ヤスクはタケルの一番大切な側近であった。

 会議にはそのほか、海の民の代表でギョライの息子のギョシン、森の民の代表でボクセイの息子のボクリン、草原の民の代表でソウシンの息子のソウトウが重臣として参加していた。

「私たちの国はいよいよ全国を統一するにふさわしい力を持った。周辺の国を治めるのに大変な苦労をしたおかげでその力量は今や天下を治めるにふさわしいと考えておる。予てから準備していた統一のための体制は出来つつある。私は今日から半月後に全国統一の遠征に出る。北に上るのだ。そして、この国に残って私の代わりに治めるのはカケル、お前に任せる」

「えっ、私はお供できないのでございますか?」

 カケルが残念がった。

「私の血筋はお前一人だ。私には残念ながら子がない。私の後を継ぐのはお前しかおらぬ。だからしっかりと国を守るのだ」

「はい」

 カケルは力なく返事をした。

「カンダイも、もう歳だから残ってカケルの相談相手になってやってくれ」

「はは、承知いたしました」

「よし、後の者は皆私と一緒に遠征のための準備をしてきた者たちだ。お前たちが力を出さねばこの使命は果たせぬ。しっかり努めてくれ」

「ははあ……」

 一同は力強く返事をした。

         二

 遠征の準備は着々と進んで行った。

 一万の兵力、そのうち三千の騎馬兵を擁し、後方支援のための奴隷は二千人を引き連れての大遠征であった。半月はあっという間に過ぎた。

 タケルは出発の前夜、モクレンと珍しく酒を飲み、夜遅くまで話し合った。

「モクレン、私ももうすぐ三十の声を聴くようになった。時の過ぎるのは速いものだ。振り返ってみると、私はそなたに何にもしてやれなかった。それどころか、いつも公務が忙しくお前を一人ぼっちにしておった。本当にすまなかったな」

 モクレンが思いがけないタケルの優しい言葉にびっくりした。こんな言葉は知り合った頃以外では聞いた覚えが無かったからだ。

「どうしたのですか? いつものあなたらしくない? 今宵はいやに優しいですね?」

 モクレンが逆に不安がった。

「別に、どうもしていない。本来なら、これから始まる大事業に心昂ぶるばかりであるはずなのだが、今宵は妙にそなたが愛しいのだ。それにこの度はいつ帰るやも知れぬ長期にわたる遠征だ。そう思うと余計にそなたが愛しいのだ。それが悪いか?」

 タケルは優しい素直な気持ちでモクレンに話しかけた。

「いいえ、それどころか、モクレンは夢を見ているようでございます、モクレンは幸せです」

 モクレンがタケルの胸に顔をうずめた。タケルは愛しいモクレンを力いっぱい抱き寄せそのまま夜具の上に倒れかかった。その夜の二人は久しぶりの熱い熱い愛の交わりを幾度も繰り返した。モクレンは今宵こそ彼の子供が欲しいと思った。

         三

 大遠征の出発の朝がやって来た。総勢一万五千を超える軍勢が勢揃いした。それはこれまで考えられなかった大軍勢であった。タケルが三代目のフウソク号にまたがり、列の先頭に立った。隊列の両脇ではカケルを始めモクレン、スイレンたちが見送った。

「出発!」

 タケルが力強く号令をかけた。全軍が、おう! と雄たけびをあげ、遠征部隊の兵士が次々に進軍していった。これからの大遠征に誰もが成功を確信し、大きな希望を持って未知の世界に突き進んで行った。

 タケル軍の隊列が見えなくなる頃には、太陽()は既に真上にまで上っていた。火龍山の頂上からは相変わらずの煙が、タケルたちを見送るように真っ直ぐに天に向かって立ちのぼっていた。そして、葦津大和の平和な自然が、隊列を静かに見守っていた。

 ある日、スイレンはモクレンを訪ねた。

「これはお母上様、ようこそお出で下さいました」

 モクレンが姑を丁重にお迎えした。

「いつも、タケルがいなくてさびしい毎日じゃのう?」

「いいえ、そのかわり、一緒におられる時は大変優しくしていただいています。 私は、タケル様の無事のご帰還を毎日祈っています」

「そうであればよいのだが……」

 スイレンは、少し間をおいて話し出した。

「実は侍女から聞いたのですが、あなたに子供が出来たらしいな?」

 スイレンは、にっこり笑って語りかけた。

「えっ、もうお耳に入りましたか?」

 モクレンが驚き、喜んだ。

「本人が隠していてもそれは傍にはすぐ分かること。何も隠すことなどない」

「とんでもない。隠すつもりなど毛頭ございません。もう少しはっきりとしてからご報告しようと思っておりました」

「いずれにしても大変めでたい。これまで、世継ぎができない状態が非常に心配であったが、先ずは一安心。これからは皆で大切に見守って行くから、心配せずにおれ」

 スイレンは優しくモクレンを見つめた。

「ありがとうございます」

 モクレンがスイレンの慈愛に感謝した。

「ところで、そうとなればそなたに話しておきたい要件がある」

「はい?」

「お前も分かっている通り、今のタケルは世界征服しか頭にはない。それもその目的のためには冷酷に他国の人々を殺している。我が夫、スサノオ大王は世界を統一する使命に燃えておったが、それはすべて人々の平穏を祈ってのこと、それが今は全く逆転しておる」

 スイレンは、突然、厳しい口調で話し出した。

「今さら、私たちがそれを止めるにも止めようがない。されば、次の王になる子にはもう一度出発点に戻って、世界の人々の平穏な生活のために身を捧げるように育てねばならない。また、そうすることで我が王家は繁栄する。さもないと、この王家を造られた大神様はお怒りになり我が王家はもちろん、この葦津大和の国も滅ぼされるであろう。分かるか?」

 スイレンは顔を近づけた。

「はい。ようく分かります。私も、タケル様の情け容赦のない物事の進め方に、いずれ恐ろしい事態が起こるのではないかと、恐怖を抱く時もありました。このお腹の子は、決して大神様を裏切らない、人々の平穏な生活を助けるような王になるように育てます」

 モクレンはきっぱりと言い放った。

 それを聞くと、スイレンは安心して我が住まいに引き返した。

 こうして、モクレンが、タケルから順調な遠征の報を聞き、又、周りの愛情にあふれた看護を受けながら日々を過ごし、やがて臨月がやって来た。

 モクレンが、立派な男の子を生んだ。その産声は城中に響き渡るほどの力強いものであった。

 傍の者は喜びに包まれ、その報を待っていたスイレンにもすぐに伝えられた。スイレンにとってこの上ない吉報であった。

 スイレンはすぐにでも飛んでいきたかった。しかし、スイレンの体は病に侵されていた。既に体力は衰え、病床でそれを黙って聞くしかなかった。

 それでもスイレンにとっては待ちに待った吉報であった。病の床でその吉報だけをひたすら待ち続け、スイレンは、その知らせを聞くと、大きく息を吐き、そのまま静かに息を引き取った。

 スイレンの最後の笑顔はすべての苦しみから解放された喜びに満ちていた。

 スイレンは天光大神から命を授かり、この世にあらわれた神の子であった。大神の大切な使命を背負い、人生は波乱に満ち、決して幸せな人生とは言えなかった。スイレンは、今、ようやく役目を終えて天国に旅立った。

 吉事と凶事が重なった。しかし、王家にとっては明日への希望を告げる記念すべき日に違いはなかった。

         四

 この報はすぐに戦地のタケルに伝えられた。タケルは、男の子だと聞き、まるで子供の様に飛び上がるほど喜んだ。母の訃報は辛かったがそれをはるかに超える喜びであった。

「この子は私の後を継いで世界を支配する王となる。私はこの子のために全世界を統一するのだ」

 タケルにはそれまで子供は出来ず、自分の使命が空しく感じる時があった。その上、弟サトルを処刑にした自責の念に苦しみ、遠征している間も心はいつも陰鬱であった。

 そんな時のこの知らせはタケルにとってこの上ない吉報であった。それまでの苦しみを全て打ち払うほどの明るい知らせであったのだ。

「私に希望が出来た。私の思いを託せる跡取りが出来たのだ」

 タケルには自分が今やり残している使命をしっかりと成し遂げる力が湧いてきたのだ。以前のタケルの活力が戻った。ここにきて、タケルの征服欲は益々膨らんでいくのであった。

 王子の名はタケルによって「ヒカリマル」と付けられた。永遠に続く栄光を頭に描いて名付けたのだった。

        五

 一方、国に残るカケルはこの報を最初に聞いた時、内心穏やかではなかった。初めは王である兄が、嫁をとり、いずれはその子が王の後を継ぐものとして納得していた。しかし、なかなか二人に子供が出来る様子がないうちに、兄が戦場に行った。

 出発前に兄は自分に後を託したのだ。そうなると、もうこの後は自分が王になるものと思ってカケルは喜んでいた。

 しかし、又、事情が変わった。心のわだかまりが一挙に噴き出してきた。

(これまで兄の言うとおりに文句も言わずに何でも従ってきた。しかし、私は一度もそれに見合う処遇を受けてこなかった。やっと王を継ぐ立場になったと思っていたら、今頃妃に子が出来た。なんと私にはツキがないのだろう? このまま、兄上の下で働いていて私に幸せが来るのだろうか? ひょっとしてサトル様のように少しでも間違いを犯すと殺されてしまうかも知れない?)

 カケルの気持ちがそうなるのは自然だと言える。

 カケルはだんだんと不安に苛まれるようになった。

 カケルには相談する相手がいなかった。彼はいつもタケルと一緒にいたが、タケルには相談できなかった。

(私は兄上にとって、ただの使い勝手の良い家来としか思われていないのだ)

 カケルはそう思うようになった。

 その上、いつもタケルと戦場に出ているため、カケルが母スイレンと話し合う機会は皆無であった。  やっと、彼は国に残ることとなり、スイレンと話が出来る時を得たのだが、スイレンは、重い病気に罹っていた。カケルが話す機会もなくスイレンはこの世を去ってしまった。

更に、カンダイは歳が離れすぎていて相談するにはためらいがあった。カケルは妻を娶ったが、心は常に孤独であった。こうして、彼は悶々とした日々を過ごした。

         六

 その年の暮れ、タケルの軍は遥か葦津大和を離れ、海峡を渡り、豊実の国に差し掛かっていた。この国は文字通り作物が豊かに実る繁栄の国であった。国王フヨウは国民に慕われ、慈悲深い人物であった。平和な国民性は戦争を嫌い、軍隊は最小限に抑えていた。

 タケル軍は偵察からそれらの情報を得て、征服は簡単であると感じた。今や、二万になろうとする兵力をもってすればあっという間に攻略できると思った。

 豊実の国の都のはずれにまで進攻したタケル軍は、ここから一気に攻め込んで街の向こうにある城まで落とそうと考えた。前に耶馬大国で失敗した作戦だ。

しかし、彼にはその教訓は生きなかった。今回の軍の規模と敵の軟弱さを考えると、その記憶は彼の頭から飛んでしまっていた。

「良いか、騎馬軍三千が先頭に立って突撃する。その後に歩兵部隊だ。城までそのまま進撃するぞ。止まらずに付いて来い!」

 タケルはフウソク三号にまたがり、自らが先頭に立った。

「かかれ!」

 突撃の号令をかけて、タケルは真っ先に突撃していった。慌てた後の騎馬兵がその後を追った。騎馬部隊は、ワアァーという喊声を上げながら街の中へ突進していった。

 その時、今まで賑わっていた街から突然人が消えた。そして、タケルたちの目の前に現れたのは、なんと、弓を構えた敵兵士たちであった。タケルたちは驚きたじろいた。

次の瞬間、矢の雨がそこら中からタケルたちに向かって飛んできた。

 ぎゃあ、ヒヒーン、味方兵士の悲鳴と矢を受けた馬の悲鳴が沸き起こり、バタバタと兵士が倒れて行った。

 運命の矢がタケルの胸に突き刺さった。タケルはもんどりうって落馬した。

「うぅー」

 タケルは低い声を発しそのまま動かなくなった。

「大変だ、タケル王が落馬された」

 それを見た味方の兵士が慌てて馬を降り、タケルの許へ走った。

「王様、大丈夫ですか!」

 兵士はタケルを抱き必死に声をかけた。

 タケルは痛みをこらえながら言った。

「おい! よく聞け! 攻撃を止めるでないぞ! 私のことは後でよい。攻撃を続けよ! それから私をヤスクの所へ連れて行け」

「はっ、分かりました」

 タケルを抱きかかえた兵士が、傍らに駆けつけてきた兵士に伝えた。

「タケル王が大変だ。すぐに後方へお連れ申さねば。目につかぬよう後方陣地のヤスク様の所へお連れするのだ」

 タケルの体から鎧兜は外され、一般の兵士の物が被せられた。そして、素早くヤスクがいる部隊の後方へ運ばれた。ヨシキはタケル同様突撃の先頭を走っていて、タケルの負傷を知らなかった。

         七

 ヤスクはいつものように後方で武器の手配をしていた。そこへ、タケルが運ばれてきた。

「どうしたのだ?」

「ははっ、タケル王様が敵の矢に当たりました」

「なんだと!」

 ヤスクは、心の臓が止まるかと思うほど驚いた。

 兵士が静かにタケルの体を下に降ろした。

「タケル様、大丈夫ですか!」

 タケルが、うっすら目を開けて、かすかに口を開けた。ヤスクは素早く耳を口元に寄せた。

「…………」

 かすかに口は動いているのだが、ヤスクには何を言っているのか分からない。

「タケル様! なんでございますか? タケル様」

 何度か声をかけてみたが、やがてその口も動かなくなった。

「タケルさまあー」

 しかし、タケルの口は二度と動かなかった。やっと息をしている状況だった。

        八

 タケルは夢を見ていた。

 父スサノオ王が彼をにこやかに見ていた。横には母スイレンが同じようににっこりと笑って彼を見ていた。

『父上、母上、お元気そうですね?』

 横を見るとサトルがいた。サトルの顔はあのソウボク村に付いていけなかった時の我慢の顔であった。 サトルの思い出が次々と浮かんできた。火の国攻撃のあの元気な姿、奴隷について会議でいがみ合った時の顔、最後の処刑をされる時の寂しい顔……。

『サトル、すまなかった、許してくれ』

 タケルの眼から涙がこぼれていた。タケルには取り返すことのできない辛い悲しい過去であった。

 次にカケルが明るく笑ってタケルを見ていた。カケルが恐る恐るユウダイの上に乗って泣きそうになっている姿が浮かんできた。

『カケル、このたびのお前の働きは素晴らしかったぞ。兄はまことにうれしいぞ』

 カケルがその時、兄の言葉に感動して涙を流した。

『お前はやっぱり泣き虫だなあ』

 タケルはやさしく笑って見せたのだ。

 それから、大蛇退治で大蛇の上から叫んでいる姿が浮かんできた。

『私たち家族は幸せだった。皆愛し合っていた。兄弟が助け合って戦ってきた。それなのに私は今まで何をして来たのか……? 』

『父上、母上、サトル、カケル、……』

タケルの意識の中に不意にモクレンが現れた。モクレンの顔は優しく笑っていた。

「モクレン、今まですまなかったな。ヒカリマルを頼んだぞ」

 これがタケルの最後の言葉にならない言葉であった。

 タケルの意識は徐々に薄れて行った。

 タケルは静かに息を引き取った。

 この時タケルは三十歳、スサノオの死んだ歳と同じであった。

        九

(タケル王が戦死した!)

 ヤスクは声を出して泣きたかった。しかし、戦は今始まったばかりだ。王が死んだなどとは絶対に言えぬ。こみ上げる悲しみをこらえてヤスクは立ち上がった。

「王様を陣屋にお連れしろ、そこでしばらくお休みいただくのだ。王様は負傷なされただけだ。良いな、分かったな?」 

 ヤスクは何事もなかったように又元の仕事に戻った。

        十

 最初の突撃でタケルの騎馬隊は大きな痛手を受けた。しかし、一万五千の大軍はさすがに豊実の国の軍には強大過ぎた。城までの彼らの抵抗も限界があった。

 ヨシキらが率いる軍勢は遂に城の手前に到達した。そこで、ヨシキはタケル王のいないのに気付いた。ヨシキは部下に王の居所を探させた。しかし、誰も見つけたという報告をもたらさなかった。

 やがて、軍が城に到達したと知ったヤスクが伝令をヨシキに送り、タケルの死を知らせた。ヨシキにとってそれは大き過ぎる動揺であった。これからの指揮は自分がしなければならない。

(私にそれが務まるだろうか? いや、そんな弱音は言っておられん。攻撃を続けるのだ)

 ヨシキは気を取り直し指揮を続けた。

 しかし、タケルの抜けた穴は彼にとってあまりにも大きかった。

 その結果、城攻略は困難を極めた。

 豊実の国の王フヨウは平和主義者ではあったが、一方自国の防衛には力を入れていた。軍隊の規模は小さく五千人ほどであったが、精鋭を擁し、特に情報に関する技術は飛びぬけて進んでいた。

 タケルの軍がいずれ攻めてくるのを予期し、密偵を何人も派遣し、タケル軍の動きを常に観察し、その戦略を分析し、対応策を練っていたのだ。まさに耶馬大国とそれは同じであった。その上に、彼らの城は邪馬大国よりも更に強固で、戦術は巧妙であった。

 タケルの死と豊実の国の意外に強力な抵抗に、タケル軍は多くの犠牲を払い、陥落させるのに一月を要した。

 ヨシキは城の陥落を見届けると、軍の重臣たちを呼び、ここで一旦、葦津大和に引き返すことを告げた。タケル王の、国を挙げての葬儀を葦津大和の国で挙行するためであった。タケルの遺体は冬の臥龍山から運んできた雪で冷凍し、洞穴に保存してあった。

 ヨシキたちは駐留の兵を残し、冷凍されたタケルの遺体と共に葦津大和に向かった。     

       十一

 タケル王の死は五日後の朝に葦津大和に伝えられた。

 それを聞いたモクレンは全身の力が抜けその場に倒れてしまった。

 モクレンの気が付いたのはその日の夕方であった。彼女は寝室で目が覚めると、一瞬、何があったのか分からなかった。そして、はっと気が付いた。

「大変だ、タケル様が亡くなられた。タケル様が亡くなられた」

 モクレンは侍女を呼んだ。そばに控えていた侍女は慌てて枕元に寄った。

「ヒカリマルの所へ行きたい。私をつれてゆけ」

 侍女に連れられてモクレンはヒカリマルのいるところに向かった。

 ヒカリマルのふくよかな頬は桃色に輝き、眼差しは生き生きとしていた。ヒカリマルはモクレンの顔を見るとニコニコと笑い、何やら伝えたそうにうぶうぶと声を出した。

「なんとかわいらしい笑顔じゃ。父上の死もそなたには遠い話じゃのう」

 モクレンはあふれ出そうな涙を懸命にこらえて、ヒカリマルを抱き上げた。

「そなたはこの国の王として父上の後を継ぎ地上の世界の統一を成し遂げねばならぬ。そなたはそういう運命に定められておる。そなたのおじい様は火の国への復讐までしか頭に無かった。そなたの父上は世界の征服を目差された。しかし、征服だけが目的で残念ながら人々の幸せで平和な生活は眼中に無かった。そなたは世界を統一して、人々に幸せで平和な生活を与えておくれ。それでやっと神の子の使命が果たされるのじゃ!」

 モクレンは優しく、しかし、力強くヒカリマルの顔を見て、語りかけた。

         十二

 カケルはタケルの死を聞かされて、胸をドンと突かれたような衝撃を受けた。

(兄上がこんなにも早く亡くなられるなんて、とても信じられない。それが本当なら、次の王は誰がなる? ヒカリマルはまだ赤子だ。と言うことは……、私しかおらぬ。そうか、遂に私の順番が回って来たのか!)

 カケルは冷静な顔で、自分の部屋に戻った。そして、誰も見ていないのを確認してから体中を使って喜びを表した。自分の肉親である兄タケルが死んだと言うのに悲しいそぶりはみじんもなかった。

(ヨシキが帰ってきたら早速会議を開き、兄上の葬儀のことはもちろん、王位の継承について話さなければならない)

 カケルは今後の状況をいろいろと考えていた。

         十三

 一か月後、ヨシキの率いる軍列が葦津大和に帰って来た。それは凱旋と言うよりも王を亡くした軍隊の敗走する姿に見えた。それほどに力なく暗い行列であった。

 次の日、早速、カケルが会議を招集した。

 その会議にモクレンは特別に参加した。

 ヨシキが戦いの報告と、現在の自国の勢力範囲についてその状況を説明した。次に、タケル王の死の状況を報告した。

 葬儀は二日後と決まった。国中で偉大なる国王の死に対し、国全体で喪に服すこととなった。

 次に、国王の後継者について話が持たれた。カケルが口火を切った。

「この度のタケル王の死にあたって、その重責を引き継ぐ者は私以外にないと思うが、それで異存はないな?」

 一同は一瞬沈黙した。そして、了承の声を上げようとした時、モクレンは立ち上がった。

「異存はないけれど、一つだけ申し述べたい条件がある」

 モクレンは、はっきりした口調で話し出した。

「申し述べたい条件? お妃様、どういう意味でございますか?」

 カケルが意外な伏兵に戸惑っている。

「皆もよく聞いてほしい。ヒカリマルは赤子である。今王位を継承はできぬ。それゆえ、カケル殿が今、王になられるのに異論はありません。しかし、これから十五年後、ヒカリマル元服の時にはカケル殿から王位を継ぐという条件を約束してほしい。彼は神の定められたこの国の王の正当な継承者である。それを忘れぬよう」

 重臣たちが、お互い顔を見合わせて、それぞれ頷いた。カケルが黙った。なぜなら、今妊娠している妻が男子を生んだならば、彼に自分の後を継がせたいと思っていたからである。

「お妃様、先のことは、先で考えましょう。何が起こるか分かりませぬゆえ」

 カケルがうまく結論を引き伸ばそうとした。

「ならぬ、その約束は皆の前で、今、決めてほしい。どうじゃ? 異存はあるのか?」

 カケルが、じっと黙ったまま、モクレンの顔を見ていた。抵抗したいが重臣たちが全員モクレンに付いているのは明らかであった。

「分かりました。もちろんそういたしましょう」

 これで、ヒカリマルの王位が約束された。モクレンは胸をなでおろした。タケルの望みをこれでかなえられる。これが何よりもタケルが心に思っていた望みだからだ。

 天光大神から与えられた王位の血は、スサノオからタケルへ、そして、カケルを経て、ヒカリマル(後の初代天帝、龍心天帝)に引き継がれていくことになった。

「もう一つ言っておきたい話がございます」

 モクレンは真剣な顔で話を続けた。

「我が王家は龍神様のご守護でここまで発展を続けて来ました。初代スサノオ大王は龍神池の畔に神社をお建てになり毎年感謝のお祭りを行われた。しかし、今は誰もそれをしようとせぬ。これでは我が王家は何時滅びても不思議でない。龍神様に感謝しこれからもお守りいただくために、我が王家は毎年龍神様に感謝のお祭りを続けねばならぬ。それを是非お願いいたします」

 これには誰も異存はなかった。モクレンの言う通りだからである。

         十四

 二日後、今やスサノオと並び大王と呼ばれるタケル王の葬儀が葦津大和の国を挙げて行われた。

城の前の広場には、国中からタケル大王を慕って人々が集まっていた。集まった人々には酒や食べ物が振舞われた。城の中では王の館の中央にタケルの遺体が納まった白木の棺が置かれていた。その周りにはやはり多くの臣下のものが座り酒や食べ物が振舞われた。そして三日三晩盛大な宴会が催された。

 四日目の朝、城門が開き白木の棺が隊列と共に人々の前に現れた。隊列の後ろには泣き女たちが大声で泣きながら行進した。棺は兵士らに担がれてゆっくりと城から少し離れた王の墓所に運ばれた。

 王の墓所には既に大きな穴が掘られその前には祭壇が組まれていた。棺はその他の埋葬品と共に慎重に穴に納められた。

 先ず、神の使いの巫女が厳かに祈りを唱え、楽員の奏でる音楽に合わせて踊りだした。

次に、カケルが祭壇の前に立った。カケルが朗々とタケルの生涯を語り、その偉業を讃え、彼の遺志を継ぐことを誓った。

「偉大なるスサノオ大王の息子、我が葦津大和の国の建国の父、タケル大王は天光大神より使命を受け、生涯を我が国の発展に尽くされ、又、世界統一を目指し、又世界の平和を実現させるためにその生涯を捧げられた。龍神様から頂いた龍頭の剣をスサノオ大王から受け継ぎ、その剣で山中においては大熊を退治され、海辺にては海賊を殲滅し、草原にては大蛇を退治され、遂には、赤龍を倒し火の国を征服された。タケル大王は、こうして今日の葦津大和の国の礎を築かれました。又、その後は、世界統一の使命を果たすべく、はるか遠国まで遠征を続けられ、血のにじむ艱難辛苦の道を歩まれた。しかし、神の何たるお心か、神の子タケル大王は、使命を果たすこと叶わず、その道半ばで命を終えてしまわれた。その無念の思いは限りなく深く、胸中を察するに余りあるものがございます。タケル大王の偉業を我が民は決して忘れず、永遠にその功績を語り継ぐものでございます。私、カケルは王位を継承し、大王の遺志を果たすべくこの命を捧げるつもりであります。天光大神様、スサノオ大王、タケル大王、そして龍神様、どうか、我々をお守りください」

 カケルが朗々と力強く弔辞を読んだ。

 その後、重臣たちや大勢の参列者が墓所に向かって次々と拝礼した。

 悲しみの中、大きな石のふたが大勢の人々の手で引かれて、ギシギシ音を立てながらタケル王の棺の納められた墓穴に据えられた。小高い墓所が夕暮れの太陽の光を受けくっきりとその影を浮かべていた。

 モクレンは少し離れたところから、ヒカリマルと一緒にタケルを見送った。

「タケル様、ヒカリマルがきっとあなたの遺志を果たします。ヒカリマルは必ず世界の王となります。私がしっかりとヒカリマルを育てます。そして、龍神様との約束を果たします。安心して神様の許へお帰り下さい」

 

「タケル大王ハ、偉大ナ足跡ヲ我ガ葦津大和ノ国ニ残シテ、大神ノ許ヘオ帰リニナラレタ。ソノ偉業ハ真ニ神ノナシ得ル技デアッタ。我ガ葦津大和ハ、ソノ後モ天光大神ノ御加護ノ許、栄光アル発展ヲ遂ゲテ行ッタ。コノ後、カケル王ノ後継ヒカリマル即チ、初代天帝龍心天帝ガ遂ニ世界統一ヲ成シ遂ゲラレ、人々ニ慈愛ノ心ヲ持ッテ統治サレタ。ココニ葦津ノ原ノ龍神トノ約束ハ完遂サレタ」


終章

         一

「これにて、葦津大和の国の建国の記第二の巻は終わりでございます。いかがでございましょう?」

天帝の顔は曇っていた。難しい顔で家持の顔を見た。

 天帝はおもむろに話し出した。

「サトル王子の処刑は少し酷いのう? サトル王子は病死ではなかったのか?」

「は?」

 家持は始め天帝の言葉の意味が理解できなかった。

「サトル王子は病死であったのう?」

 天帝は厳しい口調で家持に迫った。

「は、さ、さようでございました。早速書き直してまいります」

「白衣の踊り子の話は作り話じゃ。そんなものは記することはいらぬ」

「分かりました」

「カケル王子は初めから王位をヒカリマル様にお譲りするお心であったと思うがな?」

「は、さようでございました」

 家持の声がだんだんと小さくなった。

「それに、タケル王は慈悲深いお方で人殺しはお嫌いであったはず。征服した国の民はそのまま民として受け入れられ、本国から派遣された国司がその国を統治したのだ。奴隷制度はほんの初期の話だぞ。その事情も忘れずにな」

「さようでございました。申し訳ございません。訂正して後日ご覧いただきまする」

「ふむ、頼んだぞ」

 天帝は不機嫌な様子で引き揚げられた。家持は、うつむいたまま暫くそこを動こうとしなかった。やがて彼は気を取り直して立ち上がりそこを去った。

         二

 数日後、家持は書き改めた建国の記を携え参内した。天帝の前で家持は再び第二の巻を朗々と読み上げた。タケル王は慈悲深く、サトル王子は病死し、カケル王はヒカリマルに王位を喜んで譲った。白衣の踊り子の話は削除された。

「よくやってくれた。うれしく思うぞ。これで我が国の栄光は後世まで讃えられよう。また、国の外に対しても我が国の権威を知らしめるであろう。ご苦労であった。いよいよこの後第三の巻に入るのう。初代天帝龍心天帝の世界統一の完成である。この後もよろしく頼むぞ」

 神明天帝はそのできに満足され、家持に黄金百貫を贈呈すると約束したのであった。

家持は最後に天帝に向かって申し上げた。

「天帝様、黄金はご遠慮申し上げます。お褒めいただきこの上なく光栄ではございますが、家持はどうも納得がいきません。これがはたして歴史書かどうか? 私にはよく分かりません。どうか私のわがままをお許しください」

 大石の家持はその場を下がった。

「バカバカしい。これ以上付き合っておれんわい」

 宮殿を出ると、家持は呟いた。

 その後、家持は都を去り、その行方は誰も分からなかった。第三の巻は、その後完成されたのかどうかその存在は定かではない。



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