工業製品の少女達
「ミッションは成功しました、損害はヴージェ、エミュレイタ共に軽微です、彼女達に帰投命令を出してください」
第一次反抗作戦は無事に成功し、少女達は欠けること無く基地へ帰投の指示を出せとヘスノから伝えられる、だがどうして俺が帰投命令を出さなければならないのだろうか?
「なんで俺が出すんだ?へスノからでもいいじゃないか?」
「上手く仕事をした猟犬を褒めるのは、良い猟犬を育てるための方法です、私はあくまで貴方の補助が主体です、この仕事は貴方がやるから意味が生まれる仕事です、通信を開きます」
ヘスノが提示するもっともらしい理屈の中に、エミュレイタを物や動物の様に扱う様子を見つける度に心が荒み、俺の了承の言葉すら聞かずに開かれた回線にも、心の澱が溜まっていくような気持ち悪さをがへばり付いていく。
だが、あちらに戻るために自分でやると決めた以上、無理やり明るい声を作り音声だけで彼女達に語りかける。
「皆、良くやってくれた、誰ひとり大きな怪我もせず無事に作戦の成功を聞けたのを嬉しく思うよ」
俺が精一杯取り作った声は思った以上に良い出来だった、その偽物の声が立体映像と俺しか居ない空虚な部屋に響いて消えると、天井のスピーカーを通じて彼女達の反応が帰ってきた。
「はい隊長、ありがとうございます、作戦目標の97%を撃墜できました、残存の3%は撤退を開始、マザーからの追撃指示がなかったので追撃は行いませんでした」
リーダーに任命したイチカの声で作戦の結果を説明される、その声は褒めて欲しい子供が親に自分のテストを見せるような喜色を漂わせている。
「だから楽勝やっていったやん!」
「ホント簡単だったよ~、ムツミも上手く出来たよ」
「本体は朝鮮半島、これはただの試験でしかない楽勝で当然」
「そうですわね、私達は選ばれたエミュレイタですもの」
「でも思った以上に簡単だったね、隊長の約束のおかげかな?」
リーダーの報告の後に、少女達は各々の思いを楽しそうにこちらに伝えてくる、まるで女子高生が電車の中で友達と語り合うような気軽さだ。
だが彼女達が行っているのは人類の未来を掛けた生存闘争だ、その不釣り合いな二つの事実に薄ら寒い恐れに似た何かを感じ、それが表に出ない内に言ってしまおうと返事もせずに俺は帰投の指示を口にする。
「約束のパンケーキちゃんと準備しておくから、気を付けて全員帰って来るようにね」
己の中にある彼女達への気持を隠し、何とか帰って来いと伝えることが出来た。
「はい、エミュレイタ小隊 イチカ、今から帰投を開始します」
「フタバ、帰投命令を受託した、隊長、パンケーキ期待している」
「はいな~、ミサも帰投するわ~、思ったより楽勝でしたわ~」
「隊長、本日の最大撃墜はシホですわ!帰ったらいっぱい褒めてくださいませ!」
「シホ!ちょっとスコアが良かったからってずるいよ!イツキも帰りまーす」
「隊長!ムツミもムツミも頑張ったからね!今から帰るから待っててね」
俺の言葉に少女達が各自好きな事を言いながら返事をする声が、空っぽの部屋の中に鳴り響く、現実感のない戦いの内容と大差なく、俺の耳にはただの情報としてつめ込まれただけだった。、
「では隊長、通信終わります」
イチカの声で通信が終了し、俺の口からは何についてかも解らない深い溜息が出た、そして自分の言った言葉をを実行しないといけないと思い、鉛のように重くなった心と体を動かした。
「周護さんお疲れ様でした、一号から6号まで血冷式精神機関の状態も良好で問題ありません、素晴らしい仕事です」
俺の胡散臭い詐欺師のような一人芝居をヘスノが大げさに褒める、あんなの何処がいい仕事だといえるのか解らないが、AIにあたっとしても意味が無いので無視して約束のことを考える。
「あいつらと約束したパンケーキの準備でもするか……、体重を気にしていたからカロリー軽めのヤツを作るか……」
揺り籠の内部には各種の製造拠点があり、そこでは人工的……、いやもう起きている人類が一人も居ないので機械的というべきだろうか?眠っている人達の代わりに働く人造の少女達や、それに準ずる者達の用の合成食料製造ラインの他に、様々な生物の育成をする方舟と呼ばれるエリアがあり、そこで家畜や家禽を飼育して保護しており、その気になれば安定的に食肉や卵や乳製品を手に入れられるらしい。
「材料をフェイルアーに届けさせます、周護さんは身体を清めること推奨します」
出来損ないと呼ばれる、血冷式精神機関を積むことが出来なかった素体、それはこの世界に生きていたはずの人達が残した残滓といえる。
俺はやっぱり誰かの生きた証拠の欠片を、出来損ないと呼ぶような気持ちにはどうしてもなれない。
そんな暗い気持ちがまた首を擡げ、なんとか立て直している最中だった俺の心が滅入る、そんなこちらの感情を余り理解出来ないヘスノの言葉にも、刺のある返事を返してしまう自分が嫌になる。
「ああ確かに推奨されるだろうさ……、確かに吐瀉物にまみれたまま調理する気はない、例えソレで彼女達が腹を壊さないとしてもね」
やっぱり駄目だ、一度シャワーでも浴びて頭をスッキリさておかないと感情が不安定になり叫んでしまいそうになる。
「一度頭を冷やしてくる、服の代えを用意しておいてくれ、それと出来れば俺の気持ちを落ち着かせるような話の一つも頼むよ……」
当てるけるようにそう言って、俺はシャワールームへ向かいながら、自分の幼稚な行動に嫌気がさす。
「AI、しかも立体映像でしか無い相手に何を言っている……」
独りで愚痴を溢している俺の心中を知ってか知らずか、ヘスノは少女達の帰還予測時間を俺の側に表示する、減っていく数字が俺に残された、自分を慰める時間といえるだろう。
「いや、そうでもないか……、彼女達が帰る前に俺はパンケーキの準備もしないといけないからな……」
自虐的で吐き捨てるような台詞が口から漏れる、やっぱり俺は悪い大人に成れる気がしない、時間を考えればあと二時間もすれば彼女達は帰ってくる、パンケーキの準備時間を逆算して俺に残された自由時間は一時間程度だろう。
「ははっ!せいぜい世界を救う為、とっておきのパンケーキを焼いてやるさ!ああっ!焼いてやるともっ!」
抑えきれなかった激情が直ぐ側にあった洗濯用のかごを蹴飛ばし、壁にぶつかって大きな音を鳴らす。
「馬鹿らしい……、とっと入って準備をしよう……」
転がってしまった籠を立てて、汚れた衣服を放り込み裸になると、彼女達に合わせた空気は少しだけ肌寒さを俺に伝えてくる。
その冷たさが俺の感情を少しだけ冷却し、まるで自分自身もエミュレイタと呼ばれる少女達のように、感情で熱を放出しているような錯覚を覚えてしまう。
自らの想像で身体が小さく震える、そんな下らない妄想をかき消す為にシャワールームに足を踏み入れ、バルブを開く。
シャワーヘッドから勢い良く暖かな湯が降り注ぎ、空気と冷えた心を温める、その温もりに俺の固まっていた様々な思いが溶け出して来るようだった。
溶けた思いに揺さぶられながら、俺に出来る事をしてこの狂った世界から早く出て行きたいと事を考えて、目頭が熱くなって嗚咽が漏れ出した。
情けない男が漏らした嗚咽はシャワーの奏でる音に紛れ、きっと誰にも届かないまま消えていくのだろう、そんな下らない傷心の思いは、頭から被ったお湯と一緒に排水口へと流れていった。