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血冷式精神機関

「一つ聞きたいことがある、血冷式精神機関ってのは一体何なんだ?詳細を知らないと俺は何をすればいいのかすら解らない、済まないができるだけ凡人の頭でも理解できるように教えてくれ」


 敵……、ではないが、対象を知らないと何が効果的で何が駄目なのかすら俺には解らない、なので素直にヘスノに聞いてみるべきだと思う。


『では説明します、簡単にいえば感情は二種類に分別することが出来ます、正と負です、どちらも強力な力を持つエネルギーで時として新しい宇宙や世界を生み出すのもと言われています、例えるならそう、物語を思い描きます、それが存在すると強く念じれば、平行する世界にその世界が生まれる可能性がある、そういうものだと思ってくださって結構です』


「要するに、空想や妄想が現実になるって事でいいのか?こう言っては何だけど、ずいぶん宇宙ってのは簡単に生まれるものなんだなと思ってしまったよ」


 人が思うだけで宇宙が生まれるのなら、俺達の世界の70億の人間が個々に妄想する世界が日々生まれていることになる。


『いえ、あくまで可能性の話です、そこまで妄執的に一つの世界を明確に思い浮かべる人は殆ど居ません、もし居たのであれば、その人は何らかの創作活動などをしているでしょう、彼の創作物を現実だと信じる人が増え、それを望む感情が多ければあるいは可能である、その程度だと思って下さい』


「なる程、だとしたら感情というエネルギーはそこまで大きくはないんじゃないのか?」


 率直な疑問をヘスノにぶつける、そこが気になる点だし、俺がどうして関係するのかが解らない。


『確かに只の人間ではそこまでが限界点です、しかし宗教や魔術と呼ばれた概念がその感情エネルギーに指向性を与え、奇跡や魔法と呼ばれる超常の力を発言せしめた例は幾らでもあると私のデータには有ります、科学という光でこの世が照らされる前の時代、人々はそれを信じ、時として超常の力によって血脈を繋いできました、貴方の世界にも神話や伝承は幾らでもあったと推測します』


「ああ、日本には八百万の神が居ると言われているし、神風なんて話もあったりする、妖怪や幽霊なんかも古くから信じられてきたね」


『ええ、それらは確かに存在しました、ですが、科学という光は彼らが住まう神秘の宵闇を照らしてしまったのです、結果、肯定する感情が減れば概念は力を失い、いずれその痕跡すら消してしまいます』


 八百万の国と言われた日本は、いつの間にか技術大国と言われ、最新の科学を研究する世界有数の科学国家になった、結果として川から河童は消え、山々の動物は人を化かさなくなり、幽霊なんてのは若い男女が夏の思い出づくりや怖いもの見たさで出かけるような、手軽でチープなレジャーに成り下がってしまった。


「まぁ今の話はなんとなく理解出来たよ、だけどそれと俺や彼女達がどう関係していくんだ?」


『血冷式精神機関とは一番感情が豊かな時期の人間が持つ可能性、それを具現化し行使する方法と言えます、例えるなら恋する乙女は無敵等と言われるように、その感情エネルギーは多くの人の心を動かしたり影響を与えたりします、その時に無軌道に発せられるエネルギーに指向性を与える物が血冷式精神機関です』


 未だに良く分からないが、少なくとも彼女達には可能性と呼ばれるエネルギーがあり、それを集めて一定の力へ変換するのが血冷式精神機関という訳なのだろう。


『そしてヴージェはエミュレイタから開放された感情エネルギーによって量子学的なホログラム宇宙を作り出して投影し、敵性対象を閉じ込めた後、エネルギー供給を停止しホログラムを対象ごと霧散させる、要するに小さな世界を構築し敵を封印する装置と考えて下さい、我々の計画で立案された攻撃方法で唯一効果を実証出来た反撃方法です』


 ヘスノが淡々と話す内容は妙に抽象的というか、分かった様で分からない様な嫌な感覚だ。


「要するに敵をこの世界から消してしまう、そういうことだな?だとしたら怒りや憎しみで十分なんじゃないのか?そういう感情の方が強く感じるし、世の中はそうやって回ってきたと俺は思っているよ」


 もし、俺が言っている事が間違っているのであれば、人類はとっくの昔に戦争など辞めて、貧困など無い平和で文化的な理想郷を構築出来ていたはずだと思う。


『残念ながら負のエネルギーは破壊には向きますが、同時に制御も難しく私達の世界も滅ぼしかねない危うさを内包しています、核分裂などもエネルギー取り出した後でも放射線で生物を殺し、中性子線で機械が破壊する様に、負の感情も撒き散らしたエネルギーで多くの命を奪い、人を争いへと駆り立てます、それは貴方の語った歴史が証明しているでしょう?」


「そう言われると納得せざるを得ないが、正の感情だって時として悲しい擦れ違いを起こしたりするじゃないか?一人の王が自らの国の民を飢えさせ無い為や、虐げられた人々を開放するために戦った話だって歴史にはいくらでもある、彼らだって発端は人を思って始めたんだと俺は思うよ」


 そうでなければ、死んでいった人々が浮かばれない戦いだってあったと俺は知っている、だからこそ引っかかるのだ。


『ですので貴方にはリアクターとしての役割を期待します、エミュレイタが感情を暴走させてしまわない様に制御をして欲しいのです、制御されないエネルギーはただの危険ですが、きちんと制御され目的に正しく消費されるのであれば、資源である、そういうことです』


「その方法というのが全くわからないし、理解したくないというのが本音だが、それでもやらなければ俺は帰ることすら諦めて、ここで死ぬしか無いんだよな、だったらやってやるさ、道化でも悪い大人でも何でも演じてやる、だけど必ず俺を元の世界へ返してくれ!」


 あちらのは家族の墓がある、それに今までこんな俺を支えてくれた人達がいる、俺のそういった全てを捨てる程、ここに愛着を感じてはいない、帰る事こそが最優先だと今も思っている。


『了承します、全ての敵勢力を排除の後、貴方を元世界へ戻す事をお約束します』


「結構、今はそれで十分だ」


 それだけでも知っていれば俺はまだ頑張れる、たとえ終わりが遠くても終わりがあると知っていれば、耐え抜く事だって出来る、今は諦めない限り可能性はあると感じられる事が重要だと思う。


「じゃあ話を戻そう、血冷式精神機関とはどんな構造の物で注意点はあるのか?」


『構造としては脳科学を中心として精神医学と生物物理、魔術の魔法円と呼ばれる物を参考しています、エミュレイタの各部にはナノテクノロジーで構築された様々な多層式の魔法円が立体的に描かれています、大きく分けて瞳には収縮、脳に当たる有機コンピュータには濃縮、心臓には増殖、両手には開放の4つで構築されています他にも排熱や貯蔵などの魔法円が体内の至る所に描かれています』


 収縮というのはきっと小さく希薄な可能性の欠片を集めることなのだろう、濃縮は集めた物をより濃度上げるプロセスだと理解した、増殖というのがいまいちイメージが付かない、開放、排熱、貯蔵は言葉そのままの意味で間違いないと思う。


「増殖と言うのが解らない、どういう意味なんだ?他はきっと概念的になんとなくは理解出来そうだけど、そこだけは解らない」


『増殖と言うのは、人間の考え方で言えば思い込むという言葉に近いでしょう、そして副産物として熱が発生します、恋は熱病だと言う言葉の源泉は恐らくここから来ているのだと思います、微々たるものだと思うかもしれませんが、彼女達は虚構世界を作れるほどの思い込みをします、発生する熱量は時として生物的に危険な領域に達するのです』


「道理で揺り籠(クレイドル)の中は妙に肌寒いと思っていたが、それも彼女達の生命維持のためだったってことだね?」


『はい、エミュレイタは常に発熱しています、外気温が20℃を超えると排熱が追いつかなくなり肉体のコンディションが低下します、25℃を越えた時点で人間でいう所の高熱を出した状態になりますので、周護さんの生命維持に問題が無い15℃を維持するように設定されています』


 ようやくこの肌寒さに合点がいった、彼女達の生命維持に関係するのであれば仕方ないだろう、服を着てさえ居れば俺の健康には問題がないし、さして反対する理由もないのだから合理的といえる選択だと思う。


『但しこれはあくまで、正の感情の場合です、負の感情というのは異常とも言える熱を発します、燃え盛る業火が全て焼き尽くすように負の感情は非常に危険です、遭遇した場合は素早く感情を消す方向へ持って行って下さい、負の感情と言うのは初期であれば冷めやすいものです、一瞬であれば大きな影響はありません』


「万が一失敗した場合はどうすればいい……?」


 俺は自分が全て完璧にこなせると思えるほど立派な人間ではない、だから失敗した時の次善策を聞いておきたい、いざというとき失敗しましたでは笑い事にもならないだろう。


『まず迅速に対象を緊急停止させるのを推奨します、その後再調整を行い復帰試験をクリアすれば現場へ復帰させます、クリア不可な場合は直近のバックアップからロールバックを推奨します、それでも症状が緩和しない場合はマスターデータから再構築で対処する形で対処します』


「そんな言い方だと本当に彼女達はプログラムで動くコンピュータみたいなだ……、あんなに人間そっくりなのに……」


 アンドロイドがどこまで精巧になったとしても彼女達のようにはならないと思えるほどに、彼女達は普通の少女なのだ、生き物だと思う、人間だと思ってしまう。


『周護さんの考えを私は肯定します、あれはあくまで脳を模したまがい物です、人間の脳の繊細さとは隔絶された粗悪なデッドコピーしか出来なかったと、製作者であるロリーエ博士もおっしゃっていました』


 自らの残滓を、生きた証をそんなものに閉じ込めた博士の感情とは一体どんなものだったのだろう、俺には全く想像がつかない、彼女達の思いを理解できる日は永遠に来ないのかもしれないと、その時はおぼろげに感じているだけだった。


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