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懇願

『クシーナ博士からのアダムになる方に、この映像記録を見せるようにと遺言を承けていますので御覧ください』


 混乱する俺に対して、ヘスノはクシーナ博士からの遺言である記録を見せてきた、ヘスノのモデルというだけあり、彼女そっくりの姿、いや今写っている女性こそオリジナルで、長い胡桃色の髪をバレッタで束ね、白衣で身を包んだ女性が目の前に現れた。


『はじめましてアダム、私はクシーナ、貴方をこんな目に合わせた張本人の一人よ、いきなりの事でごめんなさい、きっと混乱している、いいえ確実に混乱しているわよね、だってそれで普通よ、多分一回目の出撃の後よね?』


 少し困ったような表情を浮かべて、彼女は肩を竦め青い瞳をで俺の方を見つめている。


『騙したような形になるかもしれないけど、まずは貴方にお願いすることがどんな事なのか知って欲しかったの、その上できちんと選択して欲しかったの、次元どころか違う宇宙へ飛ばされる旅行なんて、私だってまるでSF映画やアニメの話だとしか思えない事だもの、だからきっと夢や妄想の類だって考えても不思議じゃなかったし、一度体験してからこの現実に立ち向かって欲しかったのよ』


 初対面であるはずの彼女が見せた知的な美人の少しだけおどけたような顔に、なぜだか俺は妙な親近感を覚えて自然と話しへ集中する。


『貴方がこの記録を見ているってことは、概念実証も碌に出来ていないから名前は変わってるかもだけど私の提唱した血冷式精神機関の仮説が正しく実証されて、そこから生み出された特殊なエネルギーで空間や次元を超えて影響を与えた結果、貴方がここにいる現実があるの、アダムくん、ここまでの理解はOKかしら?』

 

 まるで女性教諭が出来の悪い生徒に教えるように、ゆっくりとわかり易く説明するクシーナ博士、彼女が大学の教授ならゼミに入ってみてもいいと思えるような気持ちになる、だが今は残念ながらそんな状況ではない。


『貴方がどちらの返事をしたか、貴方にとっての過去の私には解らないから本題に入るわね?私がヘスノに設定したのは、近似値の世界で瀕死の人から真面目で優しそうな日本人って設定よ、年齢は30代位がベストって言ってあるわ、私の初恋の家庭教師そうだったから、きっと貴方は私の好みに合致しているはずよ、あ~あ、生きてる間に逢えないのが残念だわ』


 微笑みを浮かべながら冗談を話す彼女、だがそこには自分の未来が無い事への覚悟を確かに感じられた。


『ヘスノから聞いているかもしれないけど、彼女やこれから生まれるエミュレイタは私の感情や肉体をコピーして作られるわ、だからある意味自分自身とも言えるし、子供のようなものと言えるかしら?遺伝子は残すことは出来なかったけど、模倣子(ミーム)は残して逝けるって役得よね』


 男性が居ない世界では子供を残す事は出来ない、それは多くの女性にとっては悲しい事だと思う、有無を言わさず子を産む事を奪われるのだ、不妊で苦しむ友人の奥さんが漏らした言葉を思い出す、彼女は自分が母になれない苦しさを抱えて苦しんでいた。


『それすら許されない人だって一杯居たわ、だから材料としてでもこうして何かを残して逝ける私は幸せな方、もし貴方が前に進むために誰かを恨まないと駄目なら私を憎んでもいいわ、私は人類のためって言いながら貴方をから拉致した、人やその感情を踏みにじってきたマッドな科学者だからね』


 腰に手を当てて楽しげに笑う彼女、どうしてそんな顔を出来るのだろう、どうして自らの全てを世界のために投げ出して笑えるのか、俺には解らない。


『でもね、もしも貴方が私……、いいえ、この世界の人類を哀れんでくれるのなら力を貸して、そして叶うならこの世界を平和へ導いて欲しいの、それはアダム、貴方にしか出来無い事でヘスノが選んだ貴方だからお願いすることなの』


 先程までの空気を一変させた真剣な声と口調、強い意志を感じる表情と瞳に見つめられて俺は姿勢を正した、恐らくここからが彼女の話したい事なのだろう。


『私達の立案した計画では、恐らく貴方が来た時が人類に残された最後のチャンスだと思うわ、これ以上遅くなると遺伝子の多様性が担保できずに人類は戦いに勝っても、いずれ死滅するでしょう、だからアダム貴方にお願いするわ、どうか私達に力を貸して、そして私達に未来を見せて欲しい』


 虚像の彼女が深く頭を下げる、この時になってようやく俺は理解した、彼女は後悔も苦しみをすべて乗り越え、その上でみずらかを犠牲にすると決めたのだ、まるでジャータカに出てくる兎のように、その身を全て捧げようとしているのだろう。


『私が言いたいはそれだけよ、あとは貴方の感情の赴くままにしてくれていいわ、今まで人類の為にさんざん人の感情を踏みにじって苦しんできたんだもの、最後くらい尊重したって許されるはずよね?』


 そう言って力なく笑う彼女の顔に初めて苦悩が見えた、俺の想像など及ばないような事が沢山あったのだろう、それでも諦める気がないと彼女は笑顔を作る。


『だから貴方のいい返事は期待しているわ、それと私ね、自分の模倣子(ミーム)が貴方とどんな恋をするのか、ちょっとだけ楽しみなの、だって恋なんて初恋以降はずっと許されないままでここまで来たのよ?少しくらい夢見たっていいでしょ?』


 胸に手を当て夢を語る彼女の姿は、まるで恋に恋する乙女のように可憐だった。


『でもね、アダムはエミュレイタに何かあっても気にしないで、私達は全て覚悟しているの、その残滓すら使うって決めているの、だからもし貴方が心を痛めて止めたくなったら、もし辛くなったら返して上げることは難しいかもしれないけど、冷凍睡眠で穏やかな夢を見ながら朽ちていく選択肢も残してあるから、ヘスノに言ってね?』


 そう言いながら笑顔を崩さないままでクシーナ博士は泣いていた、押し殺した感情が溢れてしまったのだろう、どんなに強い女性(ひと)でも人類の重責全てを背負えば泣き言も言いたくなると思う。


『あれ……、おかしいなぁ……、涙なんてもう枯れ果てたと思っていたのに、ごめんねアダム、私きっと悲しんだと思う、私達に全く関係の無い貴方に、世界の行方なんて荷物を背負わそうとしている事が悲しいんだと思う、ごめんなさい』


 次に出た言葉は泣き言などでは無かった、彼女は自らの選択でここに来た哀れな被害者に対して重荷を背負わすことへの謝罪と、自らが犯した冒涜への懺悔だった。


『貴方の未来が幸せな物であることを願いつつ、私は抽出機へ向かうわ、アダム、聞いてくれてありがとう、顔も知らない貴方と出会える日を模倣子の中で楽しみにしているわ、それじゃ、またね?』


 泣き笑いで手を振る彼女の姿が暫らく続き、不意に映像が途切れ室内が暗くなる、その数秒後に先程まで映っていたクシーナ博士と同じ姿なのに、無機質なヘスノの虚像が浮かび上がる。

 

『クシーナ博士の映像記録は以上です、周護さん改めて返答をお願いします』


 どうやら一回目は解らないままでやらせて、この絵以上を見せて考えさせる計画は彼女の思い通りの効果と結果を導き出したようだ。


「分かった……、クシーナ博士から託された未来、それを繋いで行くことは俺にしか出来ないんだろ?だったらやるよ、だけど俺は弱いからヘスノ、もし俺の心が折れそうな時は君も手伝ってくれ」


『ええ、その為の私です、エミュレイタとは違って、文明再建の任務も有りますので使い潰せとは言えませんが最優先権限を周護さんにお渡しします、そして只今の時刻を持って貴方の安全を最優先事項として稼働します』


 きっとまだ俺の知らない絶望が待っているのだと思う、そして自らの決断を何度も後悔する時が来るのだろう、それでも何もせずただ座して死を待つ生などしなかった彼女達の思いに報いたいと俺は思ったのだ。


 こうして俺は並行世界で決戦兵器であるエミュレイタ達の隊長という、人類の運命を掛けた戦いの渦中に、その身を投げ入れる覚悟を決めたのであった。


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