悪い大人への第一歩
「全員整列、隊長の訓示である、傾注せよ!」
俺の目の前に年場の行かぬ少女たちが整列する、これから彼女達は訳の分からない化け物共と戦いに行くのだ、俺の知っている日本ではあり得ないことだが、日ノ本ではよくある話の一つだ、俺は今、自分の生まれた世界ではない量子物理の世界でも語られる平行世界、一つにいる。
「全員ゆっくりしていい、戦場に出ない俺が言うのもおこがましいと思う、だけどあえて言う、死ぬ事は許さない、化け物共を倒してそれで全員俺の元へ戻ってこい、俺はみんなともっと一緒に居たい」
彼女達がマザーと呼ぶ量子コンピューターが彼女達の戦意高揚のために用意した存在、彼女達の偶像である俺に求められている役割は部隊の隊長であり、教師であり、父親であり、恋人であり、彼女達の精神を安定させる依存先になる事だった。
少女達の精神安定に繋がり能力を引き出す為には、如何に俺が彼女達を必要とし、少女たちに執着をしているかを言葉と態度に表すことが重要であると、量子コンピューターは弾き出したのだ。
「はい!隊長のご命令とあらば必ず帰ってまいります」
「勝率は97%、問題無い」
「分かってるって、隊長は心配性やねぇ」
「勝利を必ず隊長に捧げますわ!」
「大丈夫だよ、今日は大型もいないし平気平気!」
「でも隊長さんがそう言ってくれると、私は嬉しいなぁ」
六人の少女のが語る返事はまるで女子校の教師に生徒が返すようなような言葉だが、これから行われるのは人類の生き残りを掛けた反攻の狼煙を上げる作戦なのだ、心配しない理由など何処にも無い、たとえそれがマザーがほぼ成功すると計算したとしても何の慰めにもなりはしない。
隊長などと呼ばれているが俺は軍人としては何も出来ない無能だ、その渦中に彼女達を投げ込むのが自分の仕事だと言われても出来る事は、ただ彼女達がせめて無事に帰って来ることを祈ることしか出来ない事に変わりはない。
「うん、みんなが元気で安心したよ、それじゃあ機体に乗り込んでくれ、各自の健闘と無事を祈っているよ」
俺がそう言うと少女たちは一斉に返事をして機体へ乗り込んでいく、全高5メートルの人型兵器鋼鉄乙女通称ヴージェだ。
日ノ本の技術と科学の粋を集めた決戦兵器だそうだ、俺にはこれが何なのか全く理解すら出来なかった、ただ言葉通りにそういうものだとしか解らない、唯一俺が理解出来たのはこの鋼鉄の塊が彼女達にとって、棺桶の類似品である事実は嫌になる程分かってしまった。
器用に備え付けの搭乗はしごを登っていく彼女達の背中を眺め見守り、棺桶とも言える鋼鉄の塊を見上げて準備が整うのを待つ、この時間はいつも嫌気が差すほどの自己嫌悪で死にたくなる。
「隊長、各員発進準備が出来ました、いつでも発進できます」
少女たちのリーダー格であるイチカが俺にスピーカー越しに声を掛けてきた、これから俺は死出の旅の片道切符になるような発進命令を彼女達に指示しなければならない。
「隊長さんどうかしたの?」
己の罪深さに言葉が出ないでいると、彼女達の中で一番年下のムツミが声を掛けてきた、一番の甘えん坊だが、狙撃手としての腕前は一流で、今回の作戦では彼女の仕事が一番重要になる。
「すまない、ちょっと睡眠不足でボーっとしていたようだ、それじゃあみんな、カタパルトへ移動してくれるかな」
「了解です、総員位置につけ」
「了解、フタバ位置に着く」
「はいな~、ミサ位置に着いたわ~」
「隊長!シホは何時でも行けますわ」
「イツキもいつでも行けるよ~」
「ちょっと待って~、ムツミも行けるから!」
まるで遠足の準備のように軽々しく言っているが、今から電磁カタパルトとヴージェが背負ったロケットで加速し飛び上がり、朝鮮半島から九州へ上陸を果そうとする化け物共に置き土産を落として帰るのが彼女達の役目だ。
そしてそんな彼女達に、行って来いというのが俺の仕事だ。
「よし、全員聞いてくれ、射出後は量子通信でマザーの指示で動けばいい、俺はここでみんなの帰りを待っているからな、リーダーはいつも通りイチカに任せるぞ」
「はい!隊長、イチカしかと拝命しました!」
しっかり物のイチカは嬉しそうに返してくる、俺から見れば完全に責任放棄としか思えない指示にもかかわらずだ。
「それとみんなに繰り返し命令する、全員ちゃんと俺の元へ戻ってこい、誰一人掛けることなくだ!帰ってきたら、みんなにパンケーキを焼いてやるからな」
まるで子供お使いのご褒美としか思えない言葉だが、彼女達は愛情に餓えるように作られた、世界を活かす為にマザーの立案した非情とも思える理由によって、俺の言葉を求めているのだ。
少女たちは男性への愛情を物理エネルギーに変え、ヴージェを動かすように構築された兵器として生を受けた人造人間で、人類の反抗の切り札として製造された生贄、その生み出すエネルギーは大きく人類が生存を掛けるに値するものだった。
だが、この兵器には重大な欠点があった、Y遺伝子持つ人類、すなわち男は化け物共が撒き散らした未知の素粒子に因って地球上から消滅してしまった、それを解決する為にマザーが立案計画したのが平行世界から男性を連れてくるという、あり得ない作戦『アダム作戦』だった。
無限とも言えるような可能性の中、彼女達を理解し愛情を注ぐであろう人物を並行世界からサルベージする計画、そんな狂気の沙汰としか思えない計画をマザーは実行し成功させた、これが今、俺が神山周護がここにいる理由で、先程の言葉の理由だ。
「やったぁ!イツキ隊長さんのパンケーキ大好き!」
「それは期待、私も頑張る」
「隊長のパンケーキって美味しんやけど、食べ過ぎて太りそうやわ~」
「隊長!美味しい紅茶も一緒にお願いしても?」
「おかわりい~っぱい用意してね?」
「あなた達!もう……、では行ってきます、帰ってきたら抱きしめて下さいね?」
賑やか声が格納庫いっぱいに響き渡る、その声に俺は胸を締め付けられそうになるが笑顔を崩さない崩してはいけない、もしそんな事をすれば彼女達が不安定になり、作戦の実行すら覚束なくなるからだ。
「ああ、おかわりも紅茶もしっかりマザーに言って用意しておく、だからちゃんと無事に帰ってくるんだ」
言っている間にも発進の準備が進んでいく、カウントダウンが始まって、いよいよ彼女達が基地から飛び出す寸前になってしまう、言い忘れたことはないかと考え、先程のイチカの発言に返事をしていない事に気が付き慌てて返した。
「イチカもみんなも、ちゃんと抱きしめてやるから、無事に還って来てこい」
俺の発言を最後に爆音が辺りを支配する、それに遅れてロケットから噴出する大量のガスで辺りが見えなくなり、電磁カタパルトがけたたましい悲鳴を上げて、彼女達を空へと放り投げてしまった。
そんな姿を見送った瞬間に、俺は内臓の全てを吐き出してしまいそうな気分になる、自分がたちの悪い人間の仲間入りをしたと自覚したからだ。
あの日俺は車に跳ねられ森に落ちて死んだはずだった、そんな死にかけの俺をマザーは発見し命を助けてくれたマザーが語った世界の現状を知り、俺はその契約を飲んだのだ。
「覚悟はしていたはずなのに……、こんなにも気持ち悪い事なのか……」
ひとりごちた言葉は、誰にも届かずに格納庫に残った残響の中に消えていった。
自作品のパラレルワールド的な感じで、ノリと勢いで書きました!