表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

1 人と魔(前)

 はてさて、目の前の存在の返答に、彼は面食らうを通り越して唖然としていた。

「魔王、だぁ?」

 それはもう、一瞬前までの驚愕と畏れにも近い気持ちを忘れて怪訝な顔をしてしまう程だった。彼の信じがたいと言った様相に、自称魔王の種は色違いの両目を不思議そうに細めた。

「……先程の問いからして、君はここに偶然入り込んでしまったようだが……そんなに私が妄言を吐いているように見えるかい?」

「当たり前だろ。つーかやっぱお前も魔物か」

「マモノ? 君の国かどこかでは魔族のことをそう呼ぶのかい?」

「へー、魔物って自分達のことそう呼んでたのか。知らなかったしトリビアだわ」

 彼はそう吐き捨て、さっさとここから出たいが為辺りを見渡し変化を探していた。扉などという親切なものは期待していないが、空間に罅も何も無い。これだけの変化を起こしたというのに、全く不親切な空間である。先程から酷い疲労感で神経が刺々しくて仕方なかった。

「君。一つ質問して良いかな?」

 そんな彼の具合を知っているのかいないのか、自称魔王の種は落ち着いた声で再び言葉を並べる。彼は精神が逆撫でされる心地がして、相手をきっと睨み付ける。

「魔王なんてもんをナチュラルに自称する奴は魔物以外にいねーよ。それとも何だ、お前の言う魔族とかいうのは五十年前の襲来より先に来てるとかってのか?」

「五十年……?

 はぁ。ふむ、ほうほう」

 自称魔王の種は、叩きつけられた情報に最初は驚いた顔をしたが、すぐに思案する顔をしながら数度頷いた。彼から向けられた敵意も全く意に介した風もなかった……というか、そこまで気が回らない様子だった。

 が、そんなどう見ても余裕たっぷりな様子に、彼は逆に腹が立って仕方がなかった。この空間から出して貰えない部分も含めて。

「てめーそんな悠長にしてる暇あると思ってんのか」

「悠長とは少し違うな。対話するに当たって君が落ち着くのを待っているのだよ」

 冷静さを失っている自覚は彼にもあった。が、恐らく魔物だろう相手に図星を突かれて、彼はぎくりとすると共にとうとう我慢の限界に達した。

「っだーからぁ!! お前ら魔物だか魔族だかとお喋りするだけの暇は俺にはねーんだよ!! 察しろ! そんでさっさとここから出すか何かしろよ!」

 なりふり構わない彼の怒鳴り声で、自称魔王の種はようやく彼が苛立っている理由を悟ったらしく、一つ息を吐いた。

「成る程。そうだね、ここでは些か居心地は良くないだろう。加えて君は心身の力の消耗も激しいのもあり、無事に家に帰り着きたいようでもある」

 分かるならさっさと帰らせろ。彼は内心で毒づき、じめじめした靴で足元に転がる宝石の欠片を蹴った。いや、これも自称魔王の種を封印だかしていたものであって、本物の宝石ではないのだろう。

 今何時だよ。俺は疲れてんだよ、帰りたいんだよ寝てーんだよ普段の生活に戻りてーんだよ金輪際お前らとは関わらずに。

「では君の家に向かおう。ただ、それに当たって一つお願いをして良いかな?」

「聞くと思ってんのかよ?」

「君が私の問いに答えてくれるのなら、そもそもこのお願いは半分は必要が無かったのだけれどね」

「俺以外のもっと友好的な人間でも探せ。いるか知らねーけど」

「それも勿論検討するが、個人的な理由もあって少なくとも現時点、君の放置は出来ないのだよ。このままだと君の命にも関わる」

「前後が繋がってねーぞ何の話――」

 と、苛立ちを込めて顔を上げた瞬間、彼の靴底がさながらコンクリートを踏んだよう分かかじゃり、と音を立てた。



 そして気がついた時には、自称魔王の種の後ろに自分の家の扉があった。



「……え?」

「ここで間違いは無いかな?」

 間違いが無いとかそれ以前に、何で俺の家が分かってるんだ。どうやって外に出たんだ、お前何なんだよ本当に、

 そう問いかけようとして、彼の目の前が突如ブラックアウトした。



 ***



 ある日、父がやりきれない顔で泣いていた。元々やたらに涙もろい人ではあるのだが、その日はいつもと違う空気を察し、彼はどうしたのかとそれとなく聞いた。

 父は泣きながら語った。会社の若手の一人が、魔術適性の高さを買われて養成施設へ移ることになったのだと。

 魔術の養成施設に収容されるとはすなわち、いずれ訪れるだろう魔物との全面戦争での尖兵になるということだ。それを知らない人間は、少なくとも現代日本にはいなかった。

 本人もそれが分かっていた。だから避け続け、要請もずっと蹴って魔術とは無縁の企業に就職した。

 だが一ヶ月前、魔物に家族を連れ攫われ、家を焼かれた。それがその同僚を戦意へ駆り立て、今回の施設移動に相成ったということだった。

 あんなに仕事熱心で良い奴なのに。この仕事にやりがいを感じ始めていると語っていたのに。父は眼球が萎んでしまうんじゃないかと思う程、涙を枯らすこと無く語っていた。もの凄く主観的で感情的な語りだったが、それだけに気持ちが彼にも染み込むように伝わってきた。

 そんな泣きはらす父を見ている内に、彼も思うようになった。魔物がいなかったのなら、養成施設も必要なくて、大戦争も起きることなんて無いのに。

 何日、何ヶ月、何年とこの国に積み重ねられてきた負の感情を、彼もまた生活の中で育ててきていた。


 だが、彼のどこかはそんな世間や魔物にすら、乾いた気持ちを抱いていた。或いは現実に冷めていたとも言えただろう。

 こんな騒ぎ立てるばかりの世界、下らない。こんな世界を征服しようだなんて、魔王もいかれている。

 そしてそんなイカレに振り回される人間も――自分も、あまりに愚かではないか。

 つまらない。

 何を以てこの世界がつまらない、下らないと思えてしまうのか。それを追求することすら彼には下らなく思えていた。

 きっかけさえあれば、気持ちも一変する気がしてはいたのだけれど。



 ***



 暖かさを感じた。柔らかく保温性のある布に包まれているかのようだ。

 というか、寝ている。ベッドの上で今、自分は布団を被って寝ている。

 あれだけ疲れる目に遭ったのだ、風呂から上がって食事も取らずに睡眠に直行してもおかしいことは何も無いとも言う。

 ……え? 俺、何で家に帰って風呂に入って寝てるんだ? だってあいつの前で、

 何故か齟齬のある記憶が急に押し寄せてきて、彼はくわっと目を開いた。明瞭な視界に見慣れた木の天井と円い電灯が映り込む。

「ああ、起きたようだね」

 それと同時、すぐ近くから穏やかな声音が聞こえてきた。彼は慎重にそちらへ目をやった。

 暗いが、彼の自室だった。部屋の間取りも、向かいの壁際にある机とパソコンも、本を几帳面に並べた背の高い本棚も、記憶にある自室と寸分変わらない。そんな親しみ深い空間で尚恐ろしく美しい、異質な存在が空中に座っている姿が映った。

 その異質な存在に、彼は口元を引き締め警戒を込めた声を発した。

「……何でお前ここにいんの?」

「言っただろう? 個人的な理由で君を放置は出来ない、ついでにお願いがある、と」

 それは銀の煌めきを纏う白い手袋で一本指を立て、怯えもしなければ驕った様子もなくこともなげに答えた。よく見ると背後に柔らかく漂う夜の色のマントらしきものを羽織っている。最初に見た時は身につけていなかったはずだが、どこにそんなものを持っていたのだろうか。

 が、彼の聞きたいことはそうではない。

「治療も兼ねて君に暫し憑依させて貰った。故に君の御両親にも見つからず、私は今ここにいるという訳だ。ついでに君のふりもして入浴と就寝も済ませたよ」

 彼の心境を見透かしたように、今度はまともな返答があった。しかし、彼はその内容のせいで眉間に皺が寄った。

「謎は解けたが不穏過ぎるわ」

「心配は無用だ。君の記憶と思考行動ルーチンをトレースして活動したからね、おかしな真似は出来ないししていないし君が疑われる異常も起こしていないさ」

「それは安心だけど不安しかねーよ。つか何でんなこと出来てついでにやってたんだ」

「君は本当にアンビバレントだね。人間らしからぬ魔力のせいかな? おかげで治療は容易だったが」

 新しい疑問点作ったり、回りくどい言い方したり、何でこいつ全部を分かりやすく言わねーんだよ。彼は相手の不明瞭な物言いにむすっとし始めていた。寝ている姿では睨んでも格好がつかなかったので、布団をまくって起き上がる。

「ふむ、ようやく君の関心を買うことが出来たようだね」

 と、ベッドに腰掛け向かい合った彼に、自称魔王の種はどことなく嬉しそうに口角を緩ませた。悪意らしいものの感じられない、子供っぽいまでの雰囲気だった。

「……確かにまあ、お前に疑問投げつけたり話聞いたりはしてるな」

「素晴らしい理性だ。君のような人に巡り会えて私は嬉しい」

「それならそれで、分かりやすい話し方してくれねーか。うぜーから」

 彼も段々警戒心が緩んできて、純粋に喜ぶ相手に容赦ない文言を投げた。

 あーまた天邪鬼な真似しやがって。彼のどこかがそう冷たく突き放す中、相手は怯む様子も無く、「勿論。お望みとあらば」と座っていた体勢から床に銀の靴を降り立たせた。失礼に当たらないように配慮しているのだろうか。

「まずは私の行動についてだが、全ては至って単純。私には君達人族と対立する理由も無ければそのつもりもなく、事を荒立てる問題を起こしたくなかったのだよ」

 語られたその言葉に、彼はやっぱりという納得を覚えた。

 目の前の相手は、出会ってこの方彼にも人間にも敵意や悪意が全く無い。そして対立する必要も無ければ、何の問題も起こすことはないのだ。

「次に君の治療についてだ。要するに君は、あの結界への侵入と私の復活を行ったせいで、魔力を限界を超過して枯渇させていた。放置しておけば生命の危険があった。故に私は憑依する形で魔力を君に分け、回復させた」

「薄々その辺は察してたけどな」

 魔物及び奴らの使う技能との接触の結果、精神エネルギーは不可思議な現象を起こすことが、現代日本でも認められている。魔物から逃げる中途で爆発した精神エネルギーが急速に消えたのも、何か出てこいと念じた瞬間頭に衝撃が走ったのも、ここへ転移――恐らくその類だ――してすぐに倒れたのも、それらのせいだ。

 そして自称魔王の種は、いざこざを起こしたくなかったか、それとも殊勝な恩義からか、彼を救った訳だ。また納得して、彼は腕を組んで頷いた。

「そして、君が恐らく最も知りたいだろうこと。私の正体についてだ。

 私はおよそ六千年前、我が母によって眠りについた、この星の原生魔族の王族だ」

 最後に語られた言葉に頷こうとして、彼は固まった。彼の前で、それは居住まいを正して紫と金の眼を引き締めた。



「名乗るのが遅くなったね、失礼を。

 我が名はマクシミリアン・ゴルディエス・ジェダイア・エルメンライヒ。この星を本来・・治めている王家、エルメンライヒ一族の者である」



 何の話だか、彼はさっぱり理解できなかった。

 しかし自称魔王の種……マクシミリアン、というのが多分名前だ、そいつは彼の反応を予測していたとばかりに苦笑した。

「五十年前から魔王がいるなら、私の言葉は信じられないだろう。しかしそうとしか私は今の所語れなくてね」

 何せこちらも六千年分情報が不足しているものだから。冗談めかして小首を傾げるそれはしかし、嘘ではないと主張していた。

「……何言ってんだ?」

 彼は本気半分、試し半分でそう言葉を発した。マクシミリアンはしかし、気を悪くする様子も無く、その一言を真剣に受け止めていた。

「誇大妄想か虚言かを疑われるのは予想していたがね。私も君か別の何かから情報を得ないことには、何故信じて貰えないかを解き明かせないな」

 そう語り、マクシミリアンは頭を振る。

「だから私は君にお願いしたいのだ。私を復活させた人族の若者よ、私に今の世界について教えてくれないか?

 我ら一族ではない者が、魔王として君臨しているという、この現代を」

 脅すでもなく、ただ真摯に。マクシミリアンという魔王の一族は、一介の人間に、お願いをしていた。

 全く信用に値しない申し出であり、情報だった。ソースが無い。信用出来るだけの裏付けが無い。そうなれば言い出した相手自体を信用できたものではない。そんな相手に一般常識だろうが、教えてやる義理など彼には無い。

 そもそもこいつ、これまでの人間離れした所業を見るに、絶対に人間ではない。宇宙人の可能性は捨てきれないが、だが魔王の種を名乗った時点でこいつは魔物の一派だ。

 そんな相手に心を許す人間は、少なくともいない。それが現代社会だった。

 だがその時。拒むとか、疑うとか、それらを頭一つ乗り越えた感情が彼に芽生えていた。



 なんかよくわからんが、面白そう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ