うちの少年野球チームには、試合中に投手と捕手だけは水を飲んでも良いというおかしなルールがあった。
部活の準備をするやつ、席でだべってるやつ、さっさと帰るやつ、教室がにわかに活気付く。
俺は、いろいろあった今日という1日の疲れを軽くストレッチなんぞしてほぐす。
軽く教室を見回してみると、とある一点をじーっと見つめるさなちゃん。
視線の先には・・・ははーん、なるほど。野球部の練習着に着替える男子の姿だ。
「さなちゃん、あいつが今履いてるでっかいトランクスみたいなの、なんだか知ってる?」
「ひぇっ!あっ、これは、そのっ、あたし、なんにも見てないよ!」
「いや、見てたでしょ。がっつり。あれはね、スライディングパンツって言うんだよ。」
「そ、そうなんだ。へー。」
「さなちゃん、スライディングパンツの股間のとこ、物が入るようになってるんだけど何を入れるんだと思う?」
「ええっ!・・・ほ、ほんとにあんなとこに物を入れるの?」
「うん。ボールがぶつかったら大変なことになるからね。男の大事なところを守るためにチンカップを入れるように出来てるのさ。」
「へ、へぇー。た、大変なんだね。」
「そう。あそこに入れるのはチンカップ。わかった?リピートアフタミー?チンカップ。はい!」
「え?え?・・・ち、ちんかっぷ。」
「そう!チンカップ!セイッ!」
「ち、ちんかっぷ!」
「いいね!さなちゃん、次はチンカップって10回言ってみようか!」
「ええっ!そ、それはちょっと・・・。はずかしいよ。」
このクラスは良いクラスだ。
男子がみーんな、こっちに聞き耳立ててるのがわかるぜ。
オゥケィ!太一ちゃんに任しときな!
「さなちゃん、チンカップの一体何が恥ずかしいんだい?」
「も、もうっ!たいちくんのすけべ!」
「すけべ?チンカップは、不慮のアクシデントに備える防具であって決してすけべなものではないよ。もしも、すけべだと思うんだったら、それは俺じゃなくてさなちゃんがすけべなんじゃない?」
「あっ、あたしはすけべじゃないもん!たいちくんがいやらしい顔してるのがいけないの!」
「ひどい・・・。俺は良かれと思ってさなちゃんに教えてあげてるだけなのにそれをいやらしい顔してるだなんて!傷ついたよ!謝って!太一ちゃんに謝って!」
「えっ?!えっ?!ご、ごめんなさい!」
「反省した?」
「う、うん。ごめんなさい。」
「そしたら言えるね?チンカップ、15回だ。口答えしたからね。」
「ぅ、わかった。ち、ちんかっぷ、ちんかっぷ、ちんかっぷ・・・・・・。」
すると、肩を叩かれたので振り返る。
元金髪リーゼント金子のお姿が。
「女の子になにやらせてんだよ、お前。・・・まあいいや、ちょっと一緒に来いよ。」
おうふっ、さなちゃんいじりに夢中になって忘れてたぜ。
だが、お前なんざ後だ!さなちゃんのが優先だ!
「それでは問題です!スライディングパンツに入れて大事なところを守るものは?」
「ちんかっぷ!」
「そう!大正解だ!さなちゃんには、ご褒美としてチロノレチョコをあげようね。」
「やったっ!ありがとう、たいちくん。」
えへえへ笑いながらチロノレチョコをほおばるさなちゃん。ああ、可愛い。
チンカップはなにを守るカップでしょうって聞いても良いかな?だめかな?
まあ、焦るまい。俺自身が愛理に言ったようにまだ、さなちゃんは冬のサナギなのだ。あんまり飛ばして嫌われては敵わない。
このままずっとさなちゃんにセクハラしてたいのに、急かすように俺の肩を叩く元金髪リーゼント金子。ちくしょう!こうなったら、あいつを召喚だ!
「おーい、畠ー!」
「お!太一!どうしたー?」
ゴツゴツした筋肉質な体型に身長180を優に超える大男なこいつは、畠山大志。
こいつとの付き合いは長い。なんせ少年野球と中学の野球部のチームメイトだからな。
意外だって?太一ちゃんは、こう見えて小、中を投手として過ごしたスポーツマンだったのさ!
畠とは、ずっとバッテリーを組んでいたから、この堂尼化高校野球部でも1年次から不動の四番キャッチャーを務めていると聞いて、俺も鼻高々だったものだ。
ちなみにこいつはガキの頃からずっと加恋に惚れていて、レズビアン騒動があった今もなお、加恋のことを一途に想ってるナイスガイなのだ。
なんせ、全国の甲子園常連校からの誘いを蹴って、加恋を追ってこんな弱小県立高にやって来たんだから筋金入りというものだ。
ただ、一つだけ難点をあげるとしたら、こいつは野球が好きすぎて、自分以外のみんなも野球を好きだと思っている節がある。
この世のすべての人が野球をやったらいい、と本気で思っているのだ。
そのせいか、端から見ていると野球バカを超越した野球教祖様に見えることがある。
「太一!よーやっと野球部入る気になったか?今日からでも大丈夫だよ。先輩には俺から話しとくぜ!堂尼化ファイターズの黄金バッテリー復活だな!」
「いやいや、俺に高校野球は無理だよ。」
な?ご覧の通りだ。
だが、今日はこいつのそんな性質を利用させてもらうぜ!
「俺なんかよりも良い奴紹介するぜ。金子、こいつ野球部の畠山な。」
「お、おう。よろしくな、畠山。」
「おう!よろしく!金子!それにしてもお前、見事な坊主だな!前の高校では野球やってたのか?やってただろ!」
「いや、やってねえよ。さっき先生に刈られたんだよ。」
うちの高校不良がいないからな。
先生方も突然現れた金髪リーゼントにパニックになっちゃって過剰防衛したんだろうな。
わかるよ。俺も少し遅刻しただけで職員室大騒ぎになって何人もの先生に囲まれて矢継ぎ早に質問されて、少しでも口答えしようものなら、こいつ刈りますか、刈っちゃいましょう。ってなノリで刈られそうになったから。
口の利き方が為ってませんね。刈りましょう。・・・なんて感じで金子が無理やり刈られてる光景が目に浮かぶわ。
「いやいや!その見事な坊主は野球部にしか出せねえよ!さぞ良い選手だったんだろうな!」
「いやいやいや!だからやってねえって!」
「いやいやいやいや!あれだろ?学校期待の天才エースだったけど、煙草吸ったり後輩殴ったりでやりたい放題だった不良の先輩を殴って転校してきたタイプの野球部だろ?」
「いやいやいやいやいや!だからやってねえって!野球なんかガキの頃ちょっとやったくらいだよ!」
「なんだ!やったことあるのか!なら、ちょうど良い!練習着は貸してやるから体験だけしていけよ!軽く捕って投げて打つだけだから!本当、すぐ終わるから!」
「興味ねえよ。俺は田中に用があんだ!」
「いいからいいから!な!体験してけって!な!な!」
「おい!離せって!俺は田中に話が・・・って!離せよ!くそっ!こいつなんて力だ!」
な!な!と、畠に連呼されながら、ずるずるずるーっと引きづられていく元金髪リーゼント金子。
どなどなどなー。太一の平和は守られた!