ゴウストエスケイプ
カタカタカタと、文面を打つ音だけが響く部屋。
カーテンも少なく明かりも少ない。
私はただひたすらに書いている。彼のために小説を。
どうして?と言われればどうしてだろう。彼のために何かする。昔からそうだった。
私と彼は男同士だ。だから脅されているだの同性愛者だのと何かと言われていた。けれど私は別に気にもしていない。
彼が動なら私が静、そんな感じだ。
何をするにも一緒で、気付けば成長と共に性格の違いでか、彼が頼んだ事はほぼなんでもするようになった。
そこで叱らなかった私も悪いんだが、現在彼は天才小説家、だ。中身は私が書いているんだがな。
熱中すれば寝食を忘れるため、区切りが付いたら彼に話しかけてトイレや食事や睡眠など。気が付けば、私はずっと小説を書いている。この部屋で。いわゆる軟禁状態と言うやつだ。
だけど私には外に出たいという感情も、抗う感情もない。
まるで壊れたロボットの様に、ただひたすらに小説を書き続けた。
しかしある時生まれた、ふとした疑問でその生活も終わりを告げた。
『もしも私が創作から逃げたら彼はどうするのだろうか』
基本的に私は彼に内容は見せていない。そして、数作ヒットを飛ばしたのちの連載物を出している。上中下巻のうち2冊。
別に外に出る事は禁じられていない。ので、久々に外に出てみた。
外に出て、空を見上げ、大きく深呼吸。何年ぶりだろう。
髪も伸びた。引きこもりの姉がいて、なんて言い訳をすれば通りそうだ。
人は少ないがたまに見かける。そんな人をまるで初めて人間と遭遇したかのような感じで見つめていた。
あれが人か、触ったらどんな感じなんだろうか、髪は?どんな感触だ? と、そんな事を考える。
人と会わなさすぎて私は末期のようだ。
ああ、そうだ。疲れたんだな、私は。
最初はほめたりしてくれた。いや、ほめ言葉がほしいというわけではないが。こう、全てに反応がないと、むなしいのだ。
全てが無駄に思えてくる。小説は売れていても、その評価はすべて彼のものになる。私には何もない。
そうだ、私には何もない。そうだ、いっそ死のうか。生きながらえても、いいネタになるだろう。
ちょうどいい感じに合った作業小屋に入ると、斧とガソリンがあった。迷った末、ガソリンをまいて、斧の摩擦で火をつけた。
体が燃えていく中、声も上げられないのは衰えか達観か。
体が燃えていても、笑顔なのは解放の喜びか、もう狂っているのか。
もう、どうでもよかった。
目が覚めた。
体が動かない。
病院の天井らしきものが見える。
目だけが動かせる。
片目だけ。
彼がいた。
珍しく泣いている。
その涙の意味は何なのだろうな。
さあ、聞かせてくれ、今の心情を。
「 」
その言葉に私は驚き、目を見開き、涙をこぼした。
・・・笑える話だな。
ああ、ならば見させてくれ、私が死んだ後の君の選択を。
君のあがきを、私は空から見るとするよ。
さようなら、わが友よ。