72.泡沫の再会
72.泡沫の再会
メディックさんの姿は半透明で今にも消えそうだった。
だから、抱きしめたいところをぐっと我慢した。例え、カイサルさんにからかわれても気にしなかったところをだ。
「今、俺の前にいるのは何のメディックさん?」
なんだってよかったが、言うべき言葉が出てこずそんな質問が口をついた。
「私にも相応しい言葉は見つからない。あえて言うなら継ぎ接ぎのメディックさんと言ったところかな?」
「……継ぎ接ぎ?」
「エレディミーアームズのメディックさんは悪魔グレムリンに食われた。悪魔のメディックさんはマサヨシ君の仲間の力となるべく、内包していたエレディミーを分散させ消滅した。
今の私のベースはニコライさんのスキル【特殊:メディックさん】。人格的なものはヴィクトールさんとリズさんから。他にも分けた私のエレディミーが今ここで全て合流した事によって成り立ってる。
正直なところ、全員がそろう事は予期してなかった。ここの魔物はあまりに強かったから」
「自慢の仲間だからな」
俺は恥じる事なく胸を張った。
そこへ、空気を読まない事で定評のあるエリカが口を挟んできた。
「メディックさーん。この子達もメディックさんがやったのー?」
この子達とはすなわちミギー&ヒダリーの事で、進化してやたら立派な姿になった。
……雛の姿の方が地味に癒しだったのだが、戻れないのかな?
ユーチューブのうずらの雛の動画をニヨニヨ見ていたのが懐かしい。
「エリカには力を分けてないわ。当然マサヨシ君にも。必要ないでしょ?」
まぁ、そうだな。
悪魔のメディックさんの目的は、この戦いで俺の仲間が生き残る為の強化だったと聞いている。
エリカなんぞこれ以上強化してどうするってところだし、そもそもエレディミーアームズであるエリカの強化なんて不可能だろう。
かつて、俺は職業強化パック(改)で強化されたが、ヘルプさんが言うには、本当のところは単にリミッター外しただけで、今の俺が本来の姿に近いらしい。
【神:進化の導き】だけは俺というよりもスーちゃんのサポートの為に作られた機能らしいが。
「エリカ。それは恐らく、【特殊:進化の道筋】が発動したんだと思う」
ミギー&ヒダリーは、一度俺と契約した際、進化をスキルという形にして保留にしていた。
恐らく、ここがそのスキルの使い道だと感じたのだろう。
頼もしい限りだ。
ん? ヴィクトールさんが何か言ってるっぽい。
「ヴィクトールさんはなんて言っているんですか?」
俺の質問にリズさんは首をかしげた。
「あれ? ヴィクトールの意思は聞こえないんじゃなかったの?」
「聞こえませんよ。ただ、その脚甲の魔力のゆらぎみたいなもんで、リズさんと何かやりとりしてるなーってのは、なんとなくわかります」
「ふーん。ヴィクトールが言うには、そのメディックさん? は助言の為に出てきたんじゃないのかって?」
「助言?」
俺はメディックさんを見やると、彼女は頷いた。
「さっきも言ったけど、力を分けた全員がそろうって思ってなかったのよ。もし、誰かが欠けていた場合、今の私の状態じゃなくて質問にすら答えられないただのメッセンジャーになるはずだったの」
……皆の強さに感謝だな。
「私の助言。というよりも情報提供ね。エレディミーアームズのメディックを喰らったグレムリンは、80階の守護者である、エルダーマギペディアとほぼ同化してるわ。放っておけば将来は分離できるかも知れないけど、今ならば逃げられないわ」
「なんでそんな状態に?」
メディックさんはおとがいに手をあてる。
「複合要因ね。私を喰らっていっぱいいっぱいだった所に、無理してダンジョンマスターなんて取り込んだ事が一つ。
後、神の座へのハッキング状態が現在も継続中なのも一つ。アルラウネとイグドラシルが凍結解除したから、再開したんだろうけど、今なら乗っ取るのも切断して撤退するのも間に合わない。
最後に、ダンジョンマスターとしての権能が、逆にグレムリンを侵食している。ダンジョンも見えざる神のシステムの一部と言えるから、ジョロウグモクラスならともかく、格下の悪魔が手を出すべきじゃなかったわね。
まぁ、自分の弱さを知っているからこそ、あんな罠を張ったんだろうけど」
あんな罠。ヴィクトールさんから人である事を奪った奴か。
「そもそも、その罠はなんだったんだ? そりゃ全員がバラバラになれば死亡確率は上がるだろうさ。でも、その内の一つに俺でもどうにも出来ないトラップがあるからって、いくらなんでもギャンブラーすぎないか?」
メディックさんは俺の顔を見て苦笑する。
「確かに最上はマサヨシ君があの即死罠に飛ばされる事だった。でも、そうでなくても少なからずダメージを与える事を期待してたのよ。……そして、ほんのちょっとだけど効果はあったみたいだし」
……どういう事?
あのマスターリッチは確かに強かったけど、それでもケンザン単体で倒せてしまった。
「肉体的なダメージの話じゃないわ。マサヨシ君は強い。エレディミーアームズであった頃から。皆、あなたの心の強さに励まされた。でも、その強さは敵や外側に向けてのもの。
もし、ヴィクトールさんが完全に死んでしまっていたら、マサヨシ君は今の状態でいられた?」
「……無理だな」
俺はかつて、自分の行った行為に耐えられず、自ら機能停止したような奴だ。
そうだ、俺は決して強くない。ただ、強い力をもっているにすぎない。
「ちょっと、いいか?」
カイサルさんが割って入った。
「そのグレムリンという悪魔が、マサヨシを用心しているのは分かった。だが、だったらなんでわざわざこいつを誘い出すなんて真似をしたんだ。
それにそもそもの話、目的はなんなんだ?」
メディックさんの目が細められた。そこには強い光が灯ってる。それは怒りだろうか?
それともグレムリンがこれから行おうとしている愚行を阻止しようとしている強い意思だろうか?
「その二つの答えは一つです、カイサルさん。奴の目的は居なくなった神に成り代わる事。それを成す為にはマサヨシ君傘下の悪魔なり、マサヨシ君とぶつかると考えた。
いずれ、エレディミーの運用技術の再建も目論んでいるようだし、奴側の認識としては正しいと思うわ」
エレディミーの運用技術の再建。
……確かにそんなもの放置する訳にはいかんわな。
「まぁ、私からの助言はこんなところかな。
あ、もう一つ。グレムリンは私を機体丸ごと喰らったから、水上戦はしなくて済むわよ」
それまでとはうってかわって、メディックさんはいたずらっぽく微笑んだ。
つられて、俺も笑みが零れた。
「それは助かる。最悪、エリカに吊るしてもらって戦うハメになる事も考えてたから」
「確かに格好悪いわね」
「他に良い方法思いつかなかったんだ。だから、最初はエリカと俺とスーちゃんだけでと考えてたんだけど……」
まぁ、結局皆着ちゃったけど。
「水上ってなんのお話?」
ユリアさんが疑問を呈す。
彼女は、この面子の中では俺の事情を聞いたばかりなのに良く話について来てる。
益々彼女の株は上がったが、ドラゴンの肉の件とのギャップがなぁ。
「メディックさんは船。軍船のエレディミーアームズなんです」
正確には空母群。空母本体と艦載機、艦載ヘリ、小型護衛艦。それすべてがエレディミーアームズとしてのメディックさん。
この世界には空母という概念がないので説明のしようがないけどさ。
ちなみに国連には亡霊艦群とか呼ばれて、空の悪夢並みに恐れられてた。
そういえば。
「メディックさん。この世界にいる悪魔って――」
言い終わる前にメディックさんが答えた。
「グレムリンがこの世界に戻って来た段階では複数いたようだけど、今はグレムリンも他の悪魔の所在を把握してないわ。
そもそも、私達を裏切った悪魔達の目的はバラバラ。ただエレディミーの運用技術に関しては利害が一致して協力していただけみたい」
なるほどね。
俺達が悪魔に乗っ取られた仲間に襲われていた時、メディックさんがいたらやばかったけど、グレムリンは目的を果たしてこの世界に帰還してた訳だ。
まぁ、そこへ俺が着ちゃったのが計算外だったと。
「他に説明する事はある? 私が消える前に聞いてね」
俺はぎょっと目をむいた。
「消えるって!?」
メディックさんは人差指を立てて、仕方ないなぁという顔をする。
「言ったでしょ。継ぎ接ぎのメディックさんだって。私の役目は助言を届けるだけだったんだし。この姿を維持出来るのは、私が力を分けた人達が一所にあつまった時だけしか無理なの」
……ん? てことは。
「逆に言うなら、この面子がそろえばまた会えるって事だよね?」
だが、メディックさんは眉をひそめる。
「理屈はそうだけど。正直に言うけど、今のグレムリン相手に被害無しで済まそうというのはあまりに甘い考えよ」
被害。つまりは誰かが死傷する、か。
「先ほど、エルダーマギペディアの名前が出ましたが、それは確かですか?」
ニーナさんだった。
そうだ。俺達が相手をするのは守護者=魔物でもあるのだ。
「ええ、間違いないわ」
「もしや、80階というのは書庫なのですか?」
「そうね。巨大な図書館といった感じだった」
「ニーナさん。その守護者の事を知っているの?」
ニーナさんはすぐには返答せず、しばらく考え込んでいたようだが。
「別の名で天地創造神話で出てくる存在です。魔物としては禁書レベルで情報管理がなされている存在です」
「え、どうして?」
「それは、天地創造神話というからには創造神。つまりは神明がかかわってきますので……」
ニーナさんは言葉を濁したが分かっちゃった。
つまりあれだね。
宗・教・戦・争・の・火・種。再びってことね。
俺は頭を抱えたくなったが、だからといって避けて通れない。
「……ニーナさん。とりあえず、魔物としての情報を教えて下さい」
むしろ神話の方の情報は聞きたくないかも。
「見た目は巨大な書物。この世界の神秘、秘術の粋。
その知は禁断であるが故に、知られざる書架にて眠らん。
その知は禁断であるが故に、禁忌を犯す者に災いを齎さん」
「……つまり問答無用?」
「ですね。その書庫に足を踏み入れた時点で敵対すると同義ととって良いでしょう。
神話クラスな魔物なだけあって、詳細な情報はありませんが、伝承から察するに魔法系のスキル主体だと思って良いと思います。
これに悪魔としての能力、メディックさんのエレディミーコアの個性を合わせれば、冒険者ギルドのランク付けではAがいくつあっても足りないかと」
確かに。今回は敵も規格外だからな。
「後、書庫に収められている本全て、敵だと思って下さい」
「まぢです?」
「伝承では、その書庫に収められた書物は、禁忌を犯した者が魔物に変えられた姿だそうです。断言は出来ませんが――」
「いや、たぶんあってます」
俺は頭を掻きながら言った。
メディックさんは空母群のエレディミーアームズ。
本体の空母部分がエルダーマギペディアという魔物なら、他の艦載機類は何になる?
今更ながら、俺はカイサルさん達や俺の契約魔物に感謝した。
初めは俺達だけとか思っていたが、恐らくそれだと手が回らなかっただろう。
それからしばらく、俺達は79階に留まった。
俺達とメディックさんに気を使ってくれた部分もあっただろうが、敵が強大な事は確定している。
皆が準備を万端にと考えた結果だ。
新しいスキルを見せ合ったり、配置の打ち合わせをしたり。
ミギー&ヒダリーが絶対矛盾が使える事が分かった事はでかい。
絶対矛盾はメディックさんの個性と相性が悪いと考えていたが、それはあくまで単発だからだ。連発できるなら少し事情がかわる。これはこっちのメディックさんのお墨付きだ。
「マサヨシ、短剣の予備あるっすか?」
ふとハリッサさんがよって来た。
短剣の予備?
一応、装備の予備はスーちゃんの収納スペースにある事はあるが……。
「あるにはありますが。予備もってませんでしたっけ? それにダマスカスは?」
ハリッサさんは元々短剣使いで、投擲にも使うから予備を複数持ってる。
しかし、ユリアさんのように投擲を主力に組み込んでいる訳でないし、まさかダマスカスを投擲に使うとは思えない。
ところが、ハリッサさんの返答は俺の予想外のものだった。
「それが、ダマスカス以外の短剣、全部折れちゃったっす」
……折れた? 短剣が? 全部?
「いったい、何をどうすれば、そんなに短剣を折っちゃうんですか?」
言いつつスーちゃんに、ハリッサさん用のバックアップ装備から短剣セットを出してもらう。
複数の短剣を挿したベルトごと交換しながら、ハリッサさんが愚痴る。
「スラッシュ使う度に折れちゃうっす」
スュラッシュで折れる? ハリッサさんは三重スラッシュの使い手だが、いままでそんな事は――。
「職業がシャドウダンサーというのに変わって、【影技:スラッシュ】というのを
覚えちゃったっすけど。どうも、そのせいでスキルに短剣が耐え切れないっす」
うぇーい!?
まさかの四重スラッシュ!!?
別系統同名スキルは重なると乗算レベルで威力が増す。
三重スラッシュでもかなりのものだったが、四重だと俺達クラスじゃなかろうか。
そりゃ、並の短剣が折れても不思議ではない。不思議ではないんだけど。
「それだったら、また折れません?」
そう口にしたら、ハリッサさんも肩を落とした。気付いてはいたらしい。
「そうっすけどぉー。シャドウダンサーのスキルって、左右双武器前提のスキルがほとんだから、どうしても必要で。でも、スラッシュ使わない訳には……」
うーん。確かにハリッサさんの主力はスラッシュだからなぁ。
考えていると、スーちゃんより提案が。
なるほど。
うまく行くかどうかは相性次第だが、やってみる価値はありそうだな。
「何か良い考えが浮かんだっすか?」
ハリッサさんが喜色を浮かべている。
また、表情から読まれた? いや、ハリッサさんはスキル第六感の持ち主。そっちだと信じよう。
俺はケンザンを手招きして、注文を伝えた。
すぐにケンザンのそばに青の光を灯す短剣が現れる。
「この子は……、ケンザンの分体じゃないっすよね」
「武具ズで一番頑丈さに自信がある奴を呼んでもらったんですよ。ちょっと、試してみてもらえます?」
青の短剣がハリッサさんの眼前まで空中移動する。それを彼女は左手で受け取り、右手でダマスカスを引き抜く。
「ちょっと危ないので距離をとるっすね」
短剣の間合いを遥かに超える距離まで歩いていくハリッサさん。
他の面子も何が起きるのかと興味深そうだ。
そして、空間が割れた。
本当に割れたわけじゃない。ハリッサさんが左右の短剣をそれぞれ一振りしただけだ。
しかし、的もないのに、そこに圧倒的な破壊の力を感じた。
今のが四重スラッシュ。
間違いない。ハリッサさんは俺達の領域に足を踏み入れた。
ハリッサさんはぴょんぴょんウサギのように飛び跳ねながら戻って来た。
ダマスカスは勿論、青の短剣のほうも無事だ。
「ありがとうっす。マサヨシ! この子凄いっす」
「いや、凄いのはハリッサさんの方だと思いますが。何だったら、そいつの召喚契約を渡しましょうか?」
ハリッサさんは召喚魔法が使えないので、契約を移したところで召喚は無理だが、契約ネットワークで意思のやり取りが可能になる。
武器は一種のパートナーだから、そっちの方がいいだろう。
ハリッサさんは青の短剣を目の高さに上げる。
「ウチの子になる気はあるっすか? 大事にするっすよ」
あくまで本人の意思を尊重するようだ。
青の短剣は光を明滅させる。
返事がどちらなのか分からないハリッサさんは首を傾げているが、俺はスーちゃんにフリーサイズの短剣の鞘を出してもらう。
まぁ、フリーサイズと言えば聞こえはいいが、短剣なら大抵の大きさが入るほどの鯉口に細い皮ひもで結んで固定するという、あまり使い勝手の良いシロモノではない。あくまでダンジョンで出たお宝を一時的にしまうためのものだ。
「オッケーだそうです。この件が終わったら、ちゃんとした寝床を買ってあげて下さい」
俺が彼女に鞘を渡すと、青の短剣は自分から鞘に収まる。
「ありがとー。すぐにちゃんとした鞘を買うっすからね」
青の短剣が収まった鞘に頭を下げてから、彼女は俺に尋ねる。
「この子って、名前はあるっすか?」
俺がつけない限り、名無しのはずだけど。
一応、ケンザンにも確認してみる。
なし。
「銘はないみたいですので、ハリッサさんがつけてあげて下さい」
「私っすか!? えーと、えーと。この子って水属性持ちっすよね」
「みたいですね。スキルは冷却関係の魔法っぽいです」
ハリッサさんは精神を集中するように目を閉じた。
そして、少し時間を置いた。
「ブルートパーズ」
それは宝石の名だった。
スーちゃん情報によると、かつて〈岩山〉で原石がとれたらしい。
地球にも同名の宝石があったようだが、そちらはトパーズに人工的に色をつけたものがほとんどで、こちらの物とは別物らしい。
「はじめて一人で依頼をこなした素材っす。ダメっすか?」
鞘の中で青の短剣は明滅する。
【契約魔法:権限委譲】
ハリッサさんが涙目で短剣の鞘に抱きついた。
契約ネットワークでOKをもらったのだろう。
ハリッサさんは強大な敵との戦いの前に、心強いパートナーを得たようだ。




