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スーちゃんは俺の嫁  作者: 赤砂多菜
三章 虚本偽書がもたらすもの
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70.引継ぎ

70.引継ぎ






 うぇーい。

 めんどい!


「いや、分かったから。お前らはお前らでギリギリの攻防してたのは分かったから」


 俺の前に土下座状態でいる二人に言ったのだが、ひれ伏したまま頭を上げる気配がない。


 いや、確かにちょっときつい事言っちゃった気はする。

 でも今まで音信不通だったんだったんだ。気にはしてたんだよ。

 勢いあまって、語気がちょっと荒くなってもしかたないだろう!?


 ひれ伏してるのは方や、コミケのレイヤー(コスプレ)にいるような緑の髪の女性。もう一方はデパートのおもちゃ売り場でやんちゃしてそうな半ズボンの少年。

 さぁ、何人がこいつらを見て悪魔などと思うだろうか。


 まぁ、中身は兎も角として、だ。


 いつまでも、へへー(土下座)をされたままだと、外聞が悪いのだが。

 いくら、観客(見物人)が一人とはいえな。


 俺は頭を掻いてため息をついた。

 いつまでも待たせる訳にもいかねぇし。


 俺は振り返って、焚き火に当たっているローブ姿を見やる。


「待たせて悪かったな」


 俺の声にローブのフードをとってそいつは言葉を返す。


「気になさるな。ここ最近、目にかかるようになったとはいえ、ここでは()の客人はめずらしい。ゆるりと話すがよかろう」


 流暢に喋ったフードの中身はガイコツだった。眼窩に赤い光を灯し本人は意識すらしていないだろうが、周囲を切り裂くような壮絶な気配を放っている。


 スケルトンではない。スケルトンの集団の中心にいたりする事が多い事から、亜種ではないかと賢者ギルドでは言われてる、個体。リッチである。

 スケルトンとの見分け方は、ガイコツの眼窩に(ひかり)があるかどうかである。

 真面目な人に言うとフザケンナとか言われそうだが、一応冒険者ギルド公認の見分け方だったりする。ローブを脱いだら半物質化したとも言うべき体があるらしいけど、ローブ脱いで戦う奴見た事ないしな。


 このリッチが只者でないのは気配から一目瞭然。

 俺がこの部屋に転送されてきた時、スキだらけにもかかわらず、――まぁ、スーちゃんやケンザンがいたから不意打ちは無理だったろうけど――身じろぎ一つせずに、急ぎではないのなら好きなだけくつろぐがいい、との言葉。


 いやいや、あんた(守護者)みたいなのがいたら、くつろげんってーの。

 腹が減ってるなら食うか? とか干し肉らしきものを差し出された時は何の肉か、分からんから丁重に断ったよ。

 まぁ、口にはださなかったけども、俺の事だ。表情に出てたかも知れん。

 まぢでフルフェイスマスクを用意すべきか。ここは基本のタイガーマスク(伊達直人)でいくべきだろう。帰ったらハウスさんにお願いしてみよう。



 それはさておくとして、だ。

 魔物の多くは同じ種族でも下位個体である、レッサー。上位個体であるアーク、グレーター。それぞれ名前の前に下位上位区別名をつけるのだが、これに当てはまらない魔物も当然いる。

 ケンザンのような突然変異に近いユニーク固体。同種の集団の中で、自然発生するサハギンリーダーのような亜種個体。


 そして、魔物の中でも極めて危険なものは最上位個体。これは魔物の種族が弱いと位置づけされているものでも、決して油断できない存在になる。

 又、その呼び名も多岐にわたる。

 キング、クィーン、ナイト、テンペスト、パラディン。呼び名は様々だし、種族によっては複数の最上位種が存在する場合もある。


 今、俺の目の前にいるリッチも間違いなくその最上位種だ。


 マスターリッチ。

 魔物の内包する魔力量からスーちゃんが推察したこのリッチの正体だ。


 冒険者においてランクのBとCおいて、大きな差がある。それは単なる強さではなく、冒険者として一線を越えた者か否か。

 魔物に当てはめるのもどうかと思うが、最上位種に達したものは同じ種族であっても別物と思っていい。


 かつて俺が遭遇(エンカウント)した事のある最上位種は、サハギンクィーンだけだ。当時、まだ俺が記憶を取り戻す前の事であったが、スーちゃんが全力を出しかつ俺の魔力供給を要した強敵だった。


 だが、このマスターリッチは同じ最上位種でもさらに格が違う。

 俺の用事――というか、なだめてただけなんだが――が済んだと思ったか、ゆらりと立ち上がった。

 ローブの隙間から見えたのは細い大小の曲刀だった。

 標準的なリッチは魔術師(魔法スキル)タイプなのだが、こいつは違ったようだ。それにその武器も気になる。



 あれは日本刀? この世界(シードワルド)にもあるのか?


 俺はこの世界(シードワルド)に来て、初めて受付に金貨を差し出してから図書館には定期的に通っていた。金貨二枚(二ヵ月分の生活費)という大金を毎月払ってまでだ。現在は正式な賢者ギルド員なので、利用料は免除になっているが。


 念の為にスーちゃん情報も確認したが、日本刀に該当する武器は、少なくともこの大陸にはないはずだ。

 可能性があるとすれば、アルマリスタの北にある街だが。サイタマン(彩の国戦隊)って確か武器もってなかったよな?

 百歩譲ってサイタマ(ワンパンマン)の間違いでも、あの人素手だし。まぁ実在したら色々この世界のパワーバランスが崩れてるよな。



 ん? なに? 本人に聞けばいいって?


 スーちゃんの的確なアドバイス。

 そりゃそうだ。相手が目の前にいるんだし。


「始める前に聞いておきたいんだが」

「なんだ? いくらでも答えるぞ」


 ………………。

 実はこいつ、相当ひまだったんじゃないか?

 こいつの言葉を信じるなら、ここは〈赤い塔〉79階らしいし。ついでに言えば、この階の守護者だそうだ。

 記録では30階どまりだし、ダンジョン発生から一人も来た事がない事もありうる。


「その、腰の曲刀はどこで手にいれた?」

「ん? おお、これか」


 嬉しげにマスターリッチは小太刀と太刀を抜いてかまえる。が、戦うというよりも見せびらかすような感じだ。


「先日、この上。最上階のダンジョンマスターよりもらったのだ。恥ずかしながら、我輩の得物を失ったばかりでな。日本刀というそうだな。まだ手にしてから日もたっていないというのに、手にしっくりくるわ」


 ……ダンジョンマスターか。

 俺が土下座状態の二人を見ると恐る恐る顔を上げようとしていたところだったらしく、またひれ伏してしまった。


 お前ら、オジギソウかい!


 まぁ、二人の話を疑っていた訳ではないんだが、ダンジョンマスター(イコール)悪魔である事確定だな。日本刀はお土産か? お土産の定番っつったら木刀だろうに(ペナントでも可)


「で、なんで得物を失ったんだ? ここじゃ、使う機会もあまりないと思うが」


 それは特に必要な質問ではなかった。このやたらコミュニケーションに飢えてそうな奴につられたのかも知れない。

 だが、少し考えれば気付いたはずだった。こいつクラスの魔物が得物を失う事事態が尋常ではない事に。


「先日、ラシードと名乗る男がここへ辿りついた。なんでも他のダンジョンから直接この階に転送されたとか。確かに、ダンジョン内で最近人の気配はしていたのだがなぁ」


 ラシードさん!?


「ラシードさんはどこにいるんだ?」


 空気の漏れる音がした。それはマスターリッチのため息だったのかも知れない。


「あの苛烈な男と知り合いか、(わっぱ)よ。奴とは我輩が守護者として、戦いを所望した。我輩の得物を砕いたのもそ奴。もっとも、魔力を限界以上に使い果たし、死に至った」


 ……分かっていた事じゃないか。

 ここが〈赤い塔〉79階なんて時点で、もう生存は絶望的だって。


 しかし、マスターリッチは抜いた刃を鞘に戻した。


「どういうつもりだ?」

(わっぱ)よ。あの男の事を知っているようだな。ならば頼みがある」

「……内容による。言ってみろよ」

「なんとしてでも、この〈赤い塔〉より脱出し、下界の者達に告げよ。ラシードの遺言だ」


 遺言?


「これより先は奴の言葉、一言一句違う事なく伝える」


 空間が凛と引き締まる。言動と秘めたる力がアンバランスな奴だったが、今目の前にいるのは紛う事無きアルマリスタ最高ランクダンジョンの守護者に相応しい姿だった。


「《自由なる剣の宴》の皆。こんなお別れになってすまない。だが、冒険者として恥ずかしくない最後だったと思う。

 79階の守護者、マスターリッチを倒せこそしなかったが、奴が持っていた魔剣、魔刀は全てウェポンブレイクで破壊した。

 カイサルさん、マサヨシ。後を頼む」


 …………。


「確かに遺言は承ったよ。感謝する」



 【特殊:魔力供給炉】



「何のつもりだ、(わっぱ)よ? 我の遺言を何としても――」

「必要なし! すでに遺言はこの耳で聞いた」


 俺の魔力を受けてケンザンのサイズが大きくなり、スーちゃんの体積が増していく。


「俺の名はマサヨシ! クラン《自由なる剣の宴》のメンバーだ。ラシードさんのやり残した仕事は俺が引継ぐ!」


 マスターリッチはすぐには刀を抜かなかった。その顎が震えていた。


「おお、万が一と思い託そうとしたのだが。(わっぱ)、いやマサヨシ。お主があの我輩が認めた男が後を託した男であったか」

「悪いが俺は召喚師。召喚魔法が主体だ。ラシードさんのようには戦えないぜ」

「くくっ。強さの形には拘らぬさ。我輩が4本の魔剣を使う邪道とも言える技を見せても、あの男は眉一つ動かさなかったぞ。

 むしろ、失望させてくれるなよ。従えし魔物が弱くて戦えぬなどと言わせぬぞ」


 マスターリッチは再び、刀を両方抜き、今度こそ構えた。


 ラシードさんの死因はスキル乱発による魔力枯渇だろうが、殺したのはこのマスターリッチと言っていいと思う。

 だが、俺はその事で恨み事を言うつもりはない。

 ここはダンジョンだ。冒険者が魔物を狩る場であり、そして冒険者が魔物の前に倒れる場だ。ラシードさんはここに送られたのは変則的な形であった。しかし、魔物に生死を賭けて挑み敗れた。

 恨むのは筋違いであり、逆にラシードさんに対して礼を欠く行為だと思う。


 タダーシ。なんか、別方面でスイッチオン(ぷっつん)しちゃった奴がいた。


 多数の分体を高速旋回させ、紫電を目に焼きつくほど発光してる奴が――って。


「うぇぇぇぇい!? 痛んじゃボケー!!」


 叫びながら、思わずケンザンの本体にとび蹴りを食らわす。

 火花が肌に触れたらしい。普段なら大した事ないが、現在の俺はヘルプさんの好感度低下による制裁(いやがらせ)を受けている。

 たんすの角に小指を全力でぶつける×(かける)10くらいの痛みが全身に走った。



 やる気は分かったから、周囲に被害を出すな。特に俺!


 俺は息を整えながら、やや引き状態のマスターリッチのほうへケンザンを送り出す。

 スーちゃんには元のサイズに戻ってもらった。

 マスターリッチはいぶかしげな声を上げる。


「そちらのスライムは来ぬのか? いや、そっちは防御を――」

「難しく考えんなよ。あんたが余計な事をいったから、こいつ(ケンザン)がぶち切れただけだよ。戦うのはこいつだけだ。いや、こいつだけで十分だ」

「ほう?」


 温度が下がった気がした。

 マスターリッチがトントントンっと蹴り足で、リズムを刻む。


(わっぱ)よ。傲慢とは言わぬ。だが、持てる力を機に全てを注ぐもまた戦うものとしての正しき戦法。

 我輩相手にそれを捨てると言うか。

 そこのスライムもそれでよいのだな?」


 スーちゃんがちょっとだけ縦に伸びて前方にぷにっと折れ曲がる。

 あー、うん。頷いてます。

 どうにか、通じたようで、マスターリッチはやや憤りつつもケンザンに向き直る。


 いや、つーかね。俺もケンザンとスーちゃんで戦うつもりだったんだけど、あんたが余計な事言って怒らせちゃったんだからね?

 ケンザンはナイーブなんだから、何かと拗らせたらなだめんの大変なんだから。

 ちょっと、そこらへんの苦労を身をもって知ってもらおう。




 そして、太刀、小太刀を両手に構えた骨の魔物と、紫電纏う剣の魔物の戦いが始まった。


 小手調べのつもりだったのだろう、瞬間移動まがいの俊足で直接俺を狙いにきた太刀の一撃はたやすく分体に盾にはじかれる。

 しかし――。


「まずは一つ」


 ケンザンの本体。剣の腹に小太刀が刺さっていた。


 まさか、いきなり投げた(投擲)だと!?


 そのままマスターリッチは分体の攻撃を危なげなくすりぬけ、小太刀の柄を手にする。

 一閃、斜めに走る傷がケンザンに刻まれた。


 ……やってくれる。


「む?」


 一度引いたマスターリッチが怪訝な声を出す。

 自信があったろう、今の一撃の傷が修復されていくのに気付いたのだろう。


 戦うのはケンザンとは言った。

 スーちゃんも参戦しないとも言っ……てはないが、まぁボディランゲージ(ぷに)で肯定した。

 しかし、俺自身は助勢しないとも言ってない。

 卑怯とか言うなし。それが俺、召喚師マサヨシの戦い方だ。

 つーか、まだスケルトンアーミーの出番も残ってるんだ。分隊長役のこいつに何かあってもこまる。


「は、ははは。ははははははははっ!!!!」


 そこから先はもう、破壊の嵐だった。そして、その中心でマスターリッチが笑っていた。

 破壊力においては、間違いなくケンザンのほうが上だ。

 しかし、戦闘巧者はマスターリッチだ。本体、分体を織り交ぜた攻撃をたやすく、いなす。逆にスキを見て、ケンザン本体に一撃入れようとするマスターリッチだが、分体を反射しつつ襲う連鎖電撃に手をやいている。

 連鎖電撃は本来は敵の集団に放って命中個体の付近の敵にも襲い掛かる、本来は範囲攻撃の一種だが、ケンザンの場合、分体に当てる事によって自分の周囲に感電地帯を生み出す。一度そこにつかまれば、大技がまっている。

 マスターリッチもスキルかあるいは勘で理解しているのか、それだけはさせじと目にも留まらぬスピードでかわしている。


 目にも留まらぬと言ってもスーちゃんを通してなら見えるだろうが、相手が相手だ。余計な負荷をかけて、万分の一のスキもつくりたくない。



 まぁ、もっとも。


「うっわぁ。ケンザン派手にやってるね」

「合流出来る前に死ぬかと思いました」


 俺の背後に無敵の戦闘機(エリカ)嘘つき大魔王(ニーナさん)が到着していた。じきに他の面子(パーティメンバー)も来るだろう。


 一人(ヴィクトールさん)は人ではなくなってしまったそうだがな。それでも生きているだけでも救いか? 俺が判断していい事じゃないと思うが……。


 そして、思い出したように土下座コンビを見ると。

 起き上がりかけだったのが、またパタンと倒れた。


 いや、だからそれはもういいって。




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