62.力があっても無力の時もある
62.力があっても無力の時もある
冒険者ギルド舎のロビーで行われている女の戦いが未だ、続いてるので、のんびりラウンジでくつろいでいる俺がいます。
二人の獲物を除く。
が、平和だと思われたラウンジにもきな臭い空気が。
もう個人的にギルド舎からスーちゃんと共に逃げ出したかったが、ちょっと放置するのは厳しかった。
「ずっと、一緒にやってくんじゃなかったのかよっ!」
若い――つっても俺と同年代くらいの二人組み。
一人がもう一人の襟首を掴みかかってる。
「もう限界なんだよ。お前も言ってたろ? 懐が厳しいって。俺だって同じさ」
「だから仕事紹介しただろ! 俺も楽じゃねぇけど――」
「俺達、冒険者なんだよな?」
その言葉に掴みかかっていたほうが息を飲む。
「そりゃ、この街で。アルマリスタで生きていくのはどうとでもなるよ。お前の親戚が商人ギルドの偉いさんだから、色んな仕事を貰ったよ。賃金に不満はないよ。けどさ、けどさぁ」
襟首を掴まれたほうが、その手を掴み返す。
「俺達、冒険者になる為にアルマリスタに来たんだろ! Fランクから依頼をこなして金払ってまでスキル教えてもらったりして。
Dランクになって一人前なんだよな? なら、なんで毎日ここでただ、茶を飲む毎日なんだ!」
襟首を掴んでいたほうが手を離したが、もう一人の手は離れなかった。
その手は震えていた。
「ダンジョンでやってけないんじゃ、もう冒険者じゃねぇじゃん。……なんでこうなったんだ? 俺達こんな惨めな思いをする為にこの街に来たのか?
もう、いいだろ? 返ろうぜ、村に」
「バ、バカッ! だったら、別の街のダンジョンで――」
そして、さっきまで襟首を掴んでいたほうが周囲を見渡す。
さすがにギルド舎ではまずい台詞だと思ったんだろう。
別に冒険者は別の街に移籍してはいけないという法はない。
それに状況も理解出来る。彼らを責める人はいないだろう。
ただ、一応お世話になったギルドだ。己のウチに留めておくべき言葉もある。
襟首を捕まれていたほうが、ようやく手を離した。というよりも脱力して外れたような感じだった。
「別の街でも……うまくいくとは限らないだろ」
ラウンジお通夜モード突入。
危険物は男の取り合いだけではなかった。他にも爆発物はあったか。
問題の存在を常に意識していたが、着火のタイミングに出くわすハメになるとは思わなかった。
その二人はさすがに周囲の視線を気まずく思ったのか、ギルド舎から出て行った。
不幸中の幸いというか、受付カウンターではまだ女の戦いが続いていたので、登録証返納という行為にはならずに済んだ。
というか、お二人さん。揺るがなすぎです。
特にシルヴィアさん。あなたはギルド職員ですよね? 結構ヤバイ展開だったんですが、ラウンジを一瞥もしないってどうなんですか?
……怖くてちょっと言えないですが。
まぁ、あの二人は放っておこう。そのうち獲物がこっち側にいる事に気付くだろうし。
カイサルさんを差し出せば、向こうは放置してよし。
薄情?
カルネアデスの板って言葉もあるんだ。
「たく。他人事じゃねぇよなぁ」
「まぁな。ウチも下位ランクの奴がクラン抜けたいとか言い出してな」
「お前のところもか」
なにやらあちこちで、苦労話をタネにヒソヒソ話が始まった。
「まぁ、遅かれ早かれ、だな」
その台詞を真顔で言われても、今の状況じゃ決まりませんよカイサルさん。まぁ、真面目な台詞だったんだろうけど。
……すでにウチでも抜けたDランク、Eランクがいたし。
少なくとも、アルマリスタで生活していくのは、仕事を選ばなければさほど難しい話じゃない。
住居は剣の休息亭のような長期滞在者用の部屋を持つ宿がいくつもあるし、賃貸用の集合住宅もある。
あまりお勧めしないが、下層地区にあるスラムの近くなら半銅貨一枚で食事付きで泊れる宿もある。まぁ、その食事はお値段相応だと思うけど。
スラムの情報はハリッサさんから聞いた。アルマリスタのスラム出身らしい。酒の入ったハリッサさんがスラムの話をする時だけ笑顔が消えていた。
のっぴきならない事情がないかぎりは中層区にするべきだろう。
話を戻すとして。
仕事にしても、商人ギルドにいけば、雑用系な仕事をいくらでも紹介してくれる。紹介してくれる仕事の中にはアルマリスタの他のギルドの仕事も紹介してもらえる。紹介料は差し引かれるが、街中を仕事を探して歩くよりマシだろう。
それの賃金はしれたものだが、それでも宿と食事と少しの蓄えには十分だ。
だが、それならアルマリスタである必要なんてない。
そして、冒険者である必要もない。
冒険者達はダンジョンで稼ぐために冒険者となったんだ。
俺も変則的ではあったがそうだった。
Dランクになれば、収入が跳ね上がる。決して嘘ではなかった。
だから、ハイリスクハイリターンを目指す者が冒険者となった。
だが、それが改変期という現象によって、下位ランクの入れるダンジョンはアルマリスタから消えうせた。
正直ギルドも彼らの扱いには困っているだろう。
なにせ、なんであろうが下位ランク向けのダンジョンがないという事実は揺るがないのだから。
ただ、こればっかりは俺達にはどうにもならない。
冒険者の仕事はダンジョンの資源の採集者。
たまに他の街への商隊の護衛とか、そういったものはあるけどおまけ程度のものだし、街道間の魔物、獣、そして悪意を持った人の排除が仕事内容だ。ほとんどが伝手や、その伝手の紹介がいる事がほとんど。信用第一。
まぁ、その辺は仕方がない。実は護衛が強盗でしたではシャレにならないのだから。
「街の外の魔物を狩るってのはないんですか?」
カイサルさんは眉潜めていった。
「アルマリアの森の事を言ってるのか?」
「あっちはもうドラゴン族の縄張りになっちゃってるじゃないですか。今更、あそこに冒険者がうろちょろしたらトラブル続発ですよ。
南はどうなんですか?」
アルマリスタの街は外壁に守られていて、東西南北それぞれに門がある。ただし、東と西の門に関しては非常事態用で、普段は閉じられている。
「北の方はたまにアルマリアの森からのはぐれ魔物討伐依頼とかあったりしますけど、南の依頼は依頼掲示板で見かけないんですが。
獣はともかく、魔物がいないって事はないですよね?」
この世界においては魔力の濃淡はあれど、全ての存在に魔力が宿っている。
理論的には魔物どころか、ほぼあらゆる存在を作り出せる事から万素とも呼ばれる。
魔力にはより濃いほうへ寄りやすい傾向がある為、濃い魔力溜りのあるアルマリアの森がある北方の街道は比較的安全とされている。
だが、北方ですら時々討伐依頼が出るのだから、南方の街道の方が魔物が発生し易く、しかも魔物のランクは下がるはずと思うのだが。
「考えてる事は分かるが」
困ったように頭をかいてカイサルさん。
そろそろ、俺は顔に考えてる事が出るって確定だな。
「そっちは街兵士が定期的に狩ってるのさ。街道の安全の為にな。時には遠くまで遠征する時もある」
「あー、そっちの縄張りかー」
脳裏をクレメンティさんの顔がよぎる。立ち直ってくれてるかなー。
「良い考えだと思ったんだけど、考えたらその程度で解決するならギルドがやってますよね」
「まぁ、そんな所だ」
……あれ?
何かが引っかかる。
何だろう? 矛盾ってほどではないにしてもボタンを掛け違ってるとかそんな感触。
ん? スーちゃんどうしたの?
ちょいちょいとズボン裾を引っ張る姿がプリティ。
だが、次の瞬間、スーちゃんの意思によって違和感がはっきりする。
「南方の街道に討伐依頼がないのは分かりましたけど、ならどうして南方への護衛の依頼は存在するんですか?」
街道の護衛依頼は北方と南方、ほぼ同じくらいのはず。何かの折に一般的な相場表をラヴレンチさんに見せてもらった事がある。……後から、それは極秘資料なのに気付いて深みにはまっていく自分に頭を抱えたのでよく覚えてる。
あー、うん、ラヴレンチさんにも商人ギルドに登録しないか勧誘されてたりする。これ以上責任を上乗せしないでー!
ただでさえ、この世界では権利に対する義務が重くて、そこかしこに死刑、死罪って言葉が転がってるんだから。
俺が急にうめき出したのを不審そうにしながらもカイサルさんは答えてくれた。まぁ、この程度でうろたえるようでは、あのハリッサさんの上に立てないよ。
「そりゃ、ダンジョン外の魔物は逃げるからさ。攻撃的な奴でも分が悪くなるだいたい逃げる」
あ、そうか。
ダンジョンのほとんどの魔物がやたらと攻撃的なのは、ダンジョンの意思=ダンジョンマスターの干渉によるものだ。
それだって、状況が悪ければ逃げる事もあるし、降伏する事もある。
ダンジョンマスターの干渉を受けないダンジョン外の魔物なんて、おとなしい習性なら攻撃する前に逃げるのがいてもおかしくない。
だが、それは街道利用者の魔物の襲撃、その不安を払拭できない。魔力が随時魔物を産み、さらに狩り残しがいる訳だから。
街兵士達が狩っているという話だが、それも街付近の話だろうし、遠くへの遠征なんてそれこそ数えるほどしかないだろう。
それに、そもそもアルマリスタの管理下にあるのは基本的には外壁の内側。
後はせいぜい街道。確か商人ギルドの管轄だっけ。
勝手に街外で何かする訳にはいかないし、そもそも街法の範囲外なら、最低でも街の管理者達の会議であるマスター議会で、議題が俎上に乗ってからでなければならない。
勝手な事して死刑なんてゴメンだ。
何か命の扱いが軽いみたいに見えるが、実際のところ地球と大して変わらない。俺がいたニホンが平和すぎただけ。
紛争地や発展途上国では、地雷で、飢餓で、疫病で、麻薬で、そして人の手によって多いの人間が死んでいた。
クジラが絶滅しそう? イルカ漁は残酷?
笑わせる。つまらん漁の妨害してる暇があれば人間を救えってんだ。
俺の知る限り、アルマリスタの法は刑が重いものが多いが、少なくとも人に重きをおいている。
リガスのときもそうだった。あいつが即時判決という弁解すら許されない状況に陥ったのも、人を多く殺したからだ。
………………。
リガス?
何か、引っかかった。
いやいや、おかしいだろ。なんでここでリガスが思い浮かぶんだ。
あーでもない、こーでもない。
腕を組んで悩んでいると。
スーちゃんから警告!!
俺は全力でカイサルさんをおいてスミのテーブルに移動する。
他にも勘の良い人達は可能な限り安全と思われる位置に移動している。
呆気にとられた表情のカイサルさん。
この人もダンジョンなら勘が良いんだけどなぁ……。
「あら、いつの間にか、そんな所にいたのね。カイサルさん」
「カイサル殿? 当事者が困ります」
カイサルさんの表情が真っ青になっている。
背中から優雅に歩いていく、二人に逃げ出す事も許されない。
……まぁ、逃げたら色々と終わりかねないしな。
「丁度、部屋が一つ空いてるから、そこでじっくり話し合いましょ?」
「そうですね。ここだと、目立ちますからね。さぁ、いきましょう、カイサル殿」
目立ってる自覚があるなら、やめようよ、クロエさん。
二人に両腕を捕まれ、連行されていく、カイサルさん。
何か周囲に助けを求める視線を向けているが。皆、目をそらす。当然俺も。
や、だって、無理でしょ?
方や元Aランク冒険者。
方や偽エルフの姿をしたドラゴン。
「私も参加したら、さらに面白くなるかしら」
俺が避難したテーブルはユリアさん達、《御馳走万歳》の所だった。
女性の見えるものは男性のそれとは違うのか、カイサルさんの様子を楽しげに見ている。他の女性メンバーで、ユリアさんをけしかけている。
「やめて下さい、頼みます」
これ以上はさすがに、カイサルさんが明日の朝日を拝めない可能性が出てくる。
「あら、残念」
ユリアさんは本気で残念そうに肩を竦めた。
実はこの人もいい性格してそう。
そして、この騒動のせいで、先ほど感じた違和感も忘却の彼方へと旅立っていった。




