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スーちゃんは俺の嫁  作者: 赤砂多菜
三章 虚本偽書がもたらすもの
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57.招く声

57.招く声






 アルマリスタを騒がせていたダンジョン改変期騒動も徐々に落ち着きを取り戻してきた。


 といっても、多くの問題はいまだ解決されていないが。

 それでも、街を維持していくに足る程度の資源はダンジョンから確保出来るようになっていた。


 冒険者ギルドを始めとした各ギルド、及び街の要所では緊急体制が解かれ平時に戻っていった。


 俺の所属するクラン。《自由なる剣の宴》の面々もハウスさん家から、常宿である剣の休息亭へと戻っていった。

 もっとも、エリカはハウスさん家が気に入っているようなので、そのままそこに住む事になった。


 まぁ、夕飯とかは剣の休息亭で一緒に食べるんだがな。

 ただちょっと、困ってるというか、困惑してる事が。






 今日もエリカを伴って剣の休息亭の食堂に行こうとすると、カウンターのカサンドラ(かんばんむすめ)が頭を下げる。


「お久しぶりです。マサヨシさん」

「……。カサンドラ」

「なんでしょうか?」

「俺、昨日も一昨日もずっとこっち(剣の休息亭)を利用してたよね? 食事もこっちでとってたよね?」

「あら、そうでしたか? 気付きませんでした」


 むろん、そんな訳はない。

 騒動が一段落するまでの間、剣の休息亭を利用していなかった事、むっちゃ根にもたれてる。

 そして、それがなぜか俺にぶつけられる。あれの決定はカイサルさんだし、《自由なる剣の宴》のトップもカイサルさんなのだが。


 なぜに俺がひたすらいびられているのだろうか?

 一応、お詫びに食材とかを優先的にここ(剣の休息亭)に流す手はずにはなっていたはずだが。


 だが、少し(かなり)不機嫌そうなカサンドラの様子に、反論が通じそうにないので、逃げるように食堂にいく。と《自由なる剣の宴》の面々、特にカイサルさんがニヨニヨしていた。ちょっと自分が地雷処理中(しゅらば)だからって、人の事をからかってる余裕はあるのかな?


「モテる男は大変ですなぁ」


 よっぽらいのたわ言だと思って流しておこう。


「クロエさんがいないようですが」

「ん? ああ、里帰りだとさ」


 カイサルさんは特に気にしていないようだが、すでに核ミサイルの(とりかえしのつかない)スイッチが押されている事に気付いてないようだ。


 まぁ、俺には関係のない話だ。


 そう思っていると、スーちゃんがうんうんと肯定の意思(こえ)を返してくる。

 ……まぁ、黙っている(ヤバイ)事の発案者はスーちゃんだしな。


 俺は席についていつも通り飲み物とサラダを注文する。主采はすでにテーブルにならんでいたしな。ちなみに俺の飲み物はブドウジュースだが、エリカはビールみたいなあわ立つお酒を飲んでいる。エールというらしい。あまりアルコールの種類に詳しくないのでビールとの違いはよくわからん。まぁ、|ビールとシャウエッセン《ドイツ》の国生まれのエリカも知らないらしいが。


『いや、シャウエッセンはニホンの製品ですが……』


 ヘルプさんが何か細かい事を言っているがスルーしておこう。


 今、食堂の大テーブルを陣取っているのはいつもの面子+ラシードさんのパーティ。

 ラシードさんは今日ダンジョンから出たばかりのはずだ。たぶん、その報告もかねているのだろう。


「まぁ、マサヨシ達も来た事だし、改めて報告してもらおうか」

「いや、といっても。さっき言ったように、〈死者の坑道〉で隠し分岐を見つけたくらいなんですけどね」


 ラシードさんは困ったように言った。

 〈生者無きの坑道〉とは冒険者ギルドによってつけられた新しいダンジョン名だ。ツイストギガスのいたダンジョンは〈森の砦〉、残る一つは〈幻想草原〉と名付けられた。

 どのダンジョンも、産出物は質、量とも文句なし。ただ、3つのダンジョンは共通して一つの問題を抱えているのが、頭の痛い所だ。


「隠し分岐って当然無視したんだよな?」


 カイサルさんが念を押す。

 現在、冒険者ギルドの方針は隠しも含め、未探索の分岐には入らない事になっている。破った場合の罰則もかなり重めだ。

 衣食住を満たすだけの資源の場所を把握したものの、そこまでの情報がそろうまで少なくない犠牲を出した。

 これ以上の犠牲は冒険者ギルドの威信低下に繋がるとの事だ。


 まぁ、街としても必要なものがある程度満たされるなら不満もそれほど出ないだろうし、しばらくは、好事家の依頼もないだろう。


 今のうちになんとかしないといけない問題はいくらでもあるのだ。

 もっとも、それが守られているかどうかは微妙な所だと思っているのだが。


「もちろん、放置して出てきましたよ。ただ、ちょっと気になる事がありましてね」


 行儀悪くローストビーフっぽいものを、ラシードさんはタレで手が汚れるのも気にせず素手でつまんで口にする。まぁ、カイサルさんもそうしてるので、それが伝染してるような気がする。

 ちなみにあくまでローストビーフっぽいもので、ローストビーフではない。

 ワニ系の魔物の肉をビーフというのは無理があるよな。いや、おいしいんだけどさ。この場合はローストワニになるんだろうか? いや、もう万能っぽくローストミートとか。


「気になる事?」


 カイサルさんも本家である事をみせつけるように肉をつまみ上げようとするが、からぶりに終わる。一瞬前にハリッサさんがとっていた。……勿論素手。


 みんな、フォークつかおうよ。文明人らしくさぁ。


 口をヘの字にしつつ、カイサルさんは改めて新しい肉をつまむ。


「何か、トラブルでもあったか? 負傷者はいなかったはずだが」

「その隠し分岐を発見したのが、ラスカーなんですよね」

「ラスカー? ラスカーって確か――」


 カイサルさんは食堂を見渡す。

 恐らくそのラスカーさんを探そうとしたんだろうが、ラシードさんが不在を伝える。


「あいつ、実家がアルマリスタ中層区にあるんでそっちにいっています。家庭持ちって奴です」

「Dランクマイナスのスカウトじゃなかったのか? よく家庭なんて持つ余裕があったな」


 ランクの後ろにつくプラスマイナスは正式なものではなく、冒険者同士の間でつける評価のようなもの。

 マイナスは、そのランクに標準に達していないか、なりたてを意味する。

 ラスカーさんの場合は後者だ。


「元々細工師の一族で、そっちではすでに一人前らしいですよ。冒険者になったのは修行の一環だそうで」


 修行の一環で冒険者。これ自体はよくある話である。この世界では職人は、冒険者と接する機会が多いので、彼らがどういった存在か身をもって体験するのである。職業によっては技術の修行の場でもあるが。ちなみに料理人の卵はどこのパーティでも歓迎される。


「まぁ、事情は分かったが。今のダンジョンの状況で、連れて行くのはちょっと感心しないな」

「まぁ、そうなんですが」


 ラシードさん自身もそう思っているのか、気まずそうに頭をかいている。


「あいつの場合、Dランクに昇格した途端の改変期ですからね。くさっちゃってね。見学がてらでもつれていかなきゃ、どこかの自殺屋に取り込まれかねなかったですから」

「まぁ、それは理解出来るがなぁ」


 カイサルさんは腕を組んでため息をつく。

 自殺屋というのは、もちろんそういう職があるのではなく、自分の実力を省みない個人、あるいはパーティーの事だ。


 ラシードさんの言は、現状冒険者ギルドが頭を痛めている問題と直結している。

 改変期後に新しく名付けられた、三つのダンジョン。


 〈生者無きの坑道〉、〈森の砦〉、〈幻想平原〉。


 それらすべてが、改変期前分岐型で最高位ダンジョンだった〈海岸〉を上回るエリア難度で埋め尽くされていた。

 三つのダンジョンの平均的な難度の差はないが、入口付近ですらCランクのパーティ推奨といった感じで、現在ダンジョンに入っているのはBランクとCランクの混合パーティーがほとんどだ。目指す終端(でぐち)次第でBとCの比率がかわるくらいだ。


 しかし、そうなるとDランク、Eランクはダンジョンに入れない。場合によってはCランクがあぶれる事もある。


 今まではE、Fが見習い。Dで一人前という扱いで、収入も安定していたが今じゃ冒険者ギルド舎のラウンジで一番長くいるのがDランクだ。

 E、Fランクなら掲示板(クエストボード)にダンジョン以外のおつかいレベルの依頼はあるが、さすがにDランク向けのものはない。


 現在のアルマリスタのダンジョン事情は、低ランク冒険者おことわり状態なのだ。


 それでせっかくDランクになったのにってくすぶってたラスカーさんを、ラシードさんが誘ったわけだ。

 カイサルさんが問題にしてるのは、現在の分岐型ダンジョンは足手まとい(ラスカーさん)を連れ歩けるほどぬるくない事だ。

 ラスカーさんの危険もさる事ながら、手を出せる魔物もほとんどいない。本人の為にも、パーティーの貢献にもなっていないと思ったからだろう。


 まぁ、俺の分隊維持状態だと似たようなもんだけど、俺の場合は最悪各隊の監視をやめれば済む話だしな。


「まぁ、いい。スカウトならスキルで隠し分岐を見つけても不思議じゃないだろ?」


 カイサルさんの言う通り、スカウトは探知系スキルの適性が高い。

 三重スラッシュという必殺技を持つハリッサさんといると勘違いしそうになるが、どちらかというと後方支援スキル+偵察などのお役立ちスキルがスカウトという職業の本領だ。


 スキルには任意発動(アクティブ)のものと常時発動(パッシブ)のものがあるが感知系スキルは後者だ。パーティーに同行していたのなら、確かに不自然な事じゃない。


 だが、ラシードさんは首を横に振る


「呼ばれた。あいつはそう言っていたんだ」

「呼ばれた?」

「決してスキルじゃないって。呼ばれた方向に進んだら道が開いたって……」

「それってトラップの類じゃないっす?」


 脇で聞いていてじっとしていられなくなったのか、ハリッサさん乱入。まぁ、もったほうか。


「その可能性もあるだろうな。一応、ギルドには報告を入れておいたが」

「お前にはその呼び声は聞こえなかったのか?」


 カイサルさんの疑問にラシードさんは再度首を横に振る。


「あいにくラスカー以外誰も。まぁ、実際隠し分岐があった訳だし幻聴って事はないと思いますが。まぁ、分岐に入んなきゃだいじょう――」

「それは認識があまいわ」


 背後からふわっとした声には覚えはあった。ただ、ここでは聞くはずのない声のはずだったのだが。はて?


 周囲の視線が俺の頭上に集まる。つまり、そこにいる訳だろうけど。

 ハリッサさんが首を傾げる。


「カイサルさん。誰っすか、このオバサン」


 うぇーい。

 言っちゃったよ。破滅の言霊(ジメツフラグ)を。


「がががが、ンニャー、ギニャー、かおかおかお、はずれるっすー!!」


 ハリッサさんは襟首を捕まれた猫のように暴れるが、その顔をわしづかみに(アイアンクロー)する手はゆらぎもしない。

 いくら、同じBランクとはいえ、あのハリッサさんが逃れる事が出来ないとは。


 ……俺も気を口には気をつけよう。うん。


「私はまだ29よ。29。まだお姉さんよ。分かったかしら、この小娘」

「わひゃひゃ。わかっひゃっす。だからこれ外してー!」


 満足したのか、ハリッサさんの顔から手が外れた。瞬間ハリッサさん脱兎のごとく食堂のスミに逃げ込んだ。


 ……まぁ、気持ちは分からんでもないけど。自業自得だ。

 しかし、29がお姉さん。――いや、これ以上の思考は危険だと生存本能が警告してくる。


 彼女が食堂を一睨すると、ほとんどの人が目をそらした。うむ、巻き添えの可能性を考えると非常に正しい。


 ただ、俺やカイサルさんはそういう訳にいかんのだ。

 この人が常宿でもない剣の休息亭に来たのは、俺かカイサルさん目当てだろうし。


 《御馳走万歳》という食材集めに特化したクランの長。魅惑のアラサー(≠30代)、ユリアさんだった。


「近くの席、よろしいかしら」

「今、アルマリスタで一番ホットなクランの長を拒めんさ」

「あら、大げさな」

「事実さ」


 大仰に肩を竦めるユリアさんだが、これはカイサルさんの言う通りなのだ。


 ダンジョンから得られる資源の中でも食材は特に大きな影響をもたらす。

 この世界において食は生きる糧であり、そして娯楽でもある。

 他の資源とは違い、最低限という訳にはいかないのだ。


 そして、《御馳走万歳》は改変期によってダンジョン情報がリセットされた時、新たな食材入手ルートを開拓するために大活躍(ムチャ)をした。

 その名声がアルマリスタ中にひろまるほど。

 ……そして、多数の犠牲者をだした事によってもはや大手クランの地位から脱落するほど。


 それでも、今の冒険者ギルドにおける食材関係の多くは彼女達が血と信念でもって入手されたもの。

 かつてはドラゴンの肉でいざこざこそあったが、俺もアルマリスタの冒険者として、この人に感謝しなければいけないと思う。


 俺が通りががった給仕を止めると、ユリアさんがお酒を注文する。この食堂は高級店ではないし、彼女が頼んだお酒もちょっとお高い程度だが、別にグルメなものばかり口にしてるようではないようである。


「粗食とまでは言わないまでも、普段は大衆食のほうが多いわよ」


 表情から読まれたのか、鼻で笑われた。

 やっぱ、俺って顔に出やすいのか。


「本当は気になる事があって相談がてら、最大手クランとパイプを築けたら程度に思っていたのだけど、まさか丁度その相談事が話題になってるとはね」

「ほう、相談ね」


 カイサルさんが面白そうに眉を上げる。


 ラシードさん達が自然に席を立ち始めた。クラン長同士の話になるからだろうか?

 俺も席立とうとしたが、他ならぬユリアさんに引き止められた。


「相談事とはいえ、食のある場に二人だけってのもさびしいものよ」


 とはいえ、俺は単なるCランクのクラン員だしなぁ。残るならラシードさんが正しいはずなのだが。

 目で問うたのだが。


「いいから、残ってな。それも経験だ」


 いったい何の経験? と聞きたかったが、すでにスミの席に移動していた。早い。

 そっちではエリカのモノバードと、その親と思しきモノバードがクルクルと弧を描いていた。

 なんか、あっちのほうが楽しそうだ。


 おっと給仕さんからユリアさんの注文したものが届いた。が、お酒のボトルと水のボトルに大きめのゴツイグラス、それに板状の干し肉っぽいのがついてきた。最後のがわからん。おつまみ?

 首をかしげながら、ユリアさんの前におくと、彼女はウィンクをして。


「ホッパーを見るのは初めて? こうするのよ」


 グラスに1/3ほどボトルの液体を落とす。そして、水を注ぎながら干し肉を放り込むと、一瞬で上り詰めそうに泡が昇ってくる。

 思っても見ない事に、俺はその現象に釘付けになった。


「あらら。思ってた以上に気を引いちゃった。あなたの分もいる?」

「やめておけ。それは度数が強すぎて、余程アルコールに強くないと意識が飛んじまう(ホッパー)。マサヨシには早い」

「残念。あなたは?」

「弱くはないつもりだが、自前のものがあるしな」


 カイサルさんは先に注文していたエールのジョッキの縁を指先で叩く。


「それより飲み物も来たし、話を聞こうか? 相談だったか?」

「そうね? 相談というよりも情報共有かな?」


 ユリアさんは背筋を伸ばしてこちらを真っ直ぐみた。


「さっきのダンジョンの隠し分岐で声を聞いた話。ウチのクランでもあったのよ」



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