43.刃を取り戻した戦闘機
43.刃を取り戻した戦闘機
「そちらの女はいつ出すつもりだ」
うぇーい。
やっぱそう来るよね。
いい加減しびれをきらしたのか、カロロスさんが指差す先にはエリカがいる。
単に決闘の勝敗だけを考えたら、桁溢れ組のだれかを出せばいいけど、それぐらいなら始めからそうしろって話だ。
現在、俺の計画では五戦をフルに使っていくつもりだ。そして、そこにエリカを投入するのは、折込済み。……なのだが。
やはり、不安がないと言えば嘘になる。
強さで言えば、エリカの方が上。絶対矛盾がある限り、それは覆らない。
問題はそれ以外の部分だ。
まぁ、いまさら言っても仕方のない話ではあるのだが。
エリカが視線で確認してくる。
俺は頷いて言った。
「行ってこい。エリカ」
「うん」
緩く、空中で弧を描いて、エリカが更地の中央に降り立つ。
……歩いていけよ、あのバカ。
すでに相手に飛べる事を知られているから、特にデメリットはないとはいえ。
街では飛ぶなと言ってあるから飛ぶのをやめたが、一歩出ればこれだ。
ここがエリカの危ういところ。言わなくても分かる、が通じない。
それが裏目に出なきゃいいんだが。
エレディミーアームズ時代は、意思だけのコミュニティだからなんとかなった。俺以外にもサポートしてくれた奴もいたしな。
だが、今は肉体を得て、ここにいるのは俺達だけ。
むっちゃ気が重いが、逆を言えばかつてあいつが人間だった頃は一人でこれに耐えていたんだ。同情はする。
ここで、『絶対に相手を殺すな』と言ってしまえば楽なんだろう。
言った場合、あいつは実行する。たとえ自分が殺される事になったとしても、だ。
だから、それは言わない。
俺にとって、アルマリスタの未来よりも、エリカの命が重いからだ。どちらも選べないなんて寝言を言うつもりはない。どっちも選ぶとかのお花畑も言わない。
自分が正しいなんて自惚れていない。
ただ、選ぶ事の重さを誰よりも知っているつもりだ。別世界の人間を滅ぼすくらいには。
結局、エリカを信じるしかない。そして、変なアクシデントが起きない事も。
念の為に、スーちゃんにスタンバイはしてもらってる。
「四戦目、始め!」
クレメンティさんの声と共に、派手な空中戦が開始された。
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意外だったのはカロロスさんが、実は技巧派だった事だろうか?
雰囲気からバリバリのパワーファイターを想像していたのだが。
空戦という、俺からみたら気の毒なほど無理ゲーの中、善戦していた。
今も火炎とガスの二種類のブレスで果敢にせめている。ガスは状態異常付きだろうな。
空戦にしてもエリカにあわせたわけではなく、自身の得意分野っぽい。あの巨体でよくもと思わせる機動力である。さらには手にはハルバード。斧と槍を組み合わせたような武器だ。それをドラゴン族が手にしているという事は、武器使いなんだろう。
ただ、それでもエリカには通じない。
元々、カロロスさんに勝ちの目なんてないんだ。
エリカの絶対矛盾は対戦格闘ゲームにたとえるならば。
HP無限。
スーパーアーマー。
全ての技がガード不能。
こいつがプレイアブルキャラならゲームとして成立しないだろう。
正直、俺でも対抗手段はスーちゃんの【特殊:隔離空間】に閉じ込めるか、あるいはニーナさんの即死効果くらいしか思いつかない。
これで適当なところで諦めてくれればいいのだが。それはドラゴン族の気質を考えると無理があるだろう。
どうか、無事でいてくれよ。
俺の祈りはカロロスさんに対してだ。エリカの無事なんぞ祈るだけ無駄だ。
エリカの防御を正面突破出来ないと悟ったカロロスさんが、なんとかエリカの防御のスキを狙おうとしているが。元の世界で空の悪夢と呼ばれたのは伊達じゃない。絶対矛盾は、その気になれば全方位をカバー出来る。
空における一振りの剣。こことは違う世界での事とはいえ、かなうものがいなかった横暴な力。
最強の獣であるドラゴンとて、この世界の頂点には程遠い。存在する空が違いすぎる。
そして、何度も交差が繰り返されたが、ついにエリカの拳の一撃が、カロロスさんのハルバードを破壊し、そのまま彼を直撃する。
轟音と凄まじい土煙を上げて、カロロスさんが着弾した。
俺は思わずため息を漏らしていた。
エリカがその気ならば、武器などいつでも破壊できたはずだ。そして、破壊したうえでカロロスさんが落下したという事は手加減したという事だ。
絶対矛盾は槍にも、剣にも、槌にもなる。エリカがカロロスさんの生存を気にかけていなければ、落下以前に肉塊になっていただろう。
国連もよくこんなの相手にしていたよな。
空の悪夢。確かにこれは悪夢以外のナニモノでもない。
土煙が薄れる中で、勝負は決しかけていた。
満身創痍のカロロスさんと、その前の地面スレスレを浮かんでいるエリカ。エリカの方は傷ひとつ、服に汚れ一つない。
あえて擁護するならカロロスさんは強かった。
ただ、エリカは――。いや、俺達とは強さが違いすぎた。
カロロスさんはケモノ。そして、俺達はバケモノだ。獣では化け物に勝てない。
「私の勝ちよね?」
昨日のシルヴィアさんとの一戦を思い起こさせる。
だが、ここで予想外が起こった。
カロロスさんが口を開いた瞬間、爆発が起こった。
……ブレスだ。恐らく火炎とガスの混合。あるいは他にもブレスを持っていたのか。
そんなものは通じるはずもない。現にエリカの絶対矛盾が完璧に防いでいる。
笑っていた。カロロスさんが笑っていた。
通じるなんて思っていない。あの人、死ぬ気だ!
俺はエリカに殺すなと命じていない。その上で、大勢を決した状況での降伏勧告を拒否された。それもあんな形で。
まずい!!
俺はスーちゃんに保護させるつもりだったが、遅かった。
「ぐっ!?」
カロロスさんの羽がへしゃげた。彼の腕が、体が、締め上げられていく。
くそっ、あいつめっ。掴みやがった!
絶対矛盾、いや――。個性である【物質の相対位置固定】の裏技的な存在。たった一度、最初で最後の反乱で、エリカが見つけたもの。
エレディミーコアではなく、固定した物体を基準位置にし、新たな物体を固定する。
これにより、固定した物体をただぶつけるだけでなく、ロボットアームのように見えざる腕として運用する事も可能になった。
スーちゃんをスタンバイさせたのは、カロロスさんに体当たりで絶対矛盾の範囲外に突き飛ばすためだった。エリカを突き飛ばさないのは、スーちゃんでも絶対矛盾を突破出来ないからだ。
しかし、掴まれた。こうなったら手が出せない。
見えざる手の圧力にカロロスさんがうめき声を上げる。
戦車すら握りつぶせるシロモノだ。このままだと、確実に彼は死ぬ。
だが……。
エリカは降伏勧告をした。それをあえて敵対行為で返した。
非は明らかにカロロスさんにある。
今の俺の心境は、一戦目におけるカイサルさんに似ているだろう。
止める言葉が思いつかない。
俺が『殺すな』と、そう言えば止まるだろう。あいつの決断は俺が預かっているのだから。
だが、その『殺すな』は俺の都合だ。
カロロスさんのブレスは通じない事は承知の上だろう。だが、絶対矛盾がなければ致命傷をもたらすシロモノだった。
正直に言う。俺がエリカの立場だったら、確実にカロロスさんを殺す。こちらの伸ばした手を遮って、刃を向けたのだ。これを許せるほど甘くはない。
カロロスさんに生きていて欲しいのは、俺の計画の為だ。
そして、エリカにはその計画は話していないし、話していた所で、カロロスさんのした事が一線をこえてしまっているのは明らかだ。
今もなお、締め上げられているだろうに、彼は苦痛を声にしない。
「言い残す事は?」
それはその後の死の宣告。
少し、圧力が緩められたのか、カロロスさんの呼吸は楽になった。
「……族長に別れの言葉を」
「分かった」
エリカが頷くと、カロロスさんの拘束された体が、サンドロスさんの方へと向く。
「カロロス……」
サンドロスさんの気配は重い。エリカの力の絶対性を理解しているのだろう。
「族長よ。氏族の名誉を汚した事、お詫び……したく」
「いいのだっ、そんな事! なぜ降伏しなかったのじゃ!? 我らは力の種族。されど、より大きな力には従うだけの知恵はあったはずだ。我らの力の信仰は決して死を強いるものではなかったはずじゃ!?」
「これより、我らは街の。人の支配下におかれます」
俺達の勝ち星は三勝一敗。ルール上で、俺達の勝ちは決定してしまっている。
この決闘。ドラゴン族の敗北は決定してしまっている。カロロスさんの敗北によって。
「されど、我らは獣。人と交われぬ。氏族の栄誉を踏みにじる真似をしたら、たとえ力が上回ろうと、死を賭そうと。我らは牙をむこうぞ!!」
最後の叫びは同胞と俺達、双方に対するものだろう。
周りのドラゴン達の雰囲気が変わる。
良くない空気だ。
恐らく、最悪のケースになりつつある。
こちらが決闘に勝利しつつも遺恨を残す。
街の人々は、いつ牙をむくかも知れない彼らに怯えて暮らす。が、そんなもの長続きするはずがない。いつか、破局する。
そうならない為の計画だったが、五戦目に入る前に盤面がひっくり返るとは。
「……それで終わり?」
「ああ、終わった」
エリカの問いにカロロスさんが穏やかに答えた。先程までの荒々しさが嘘のような穏やかさである。
「そう、分かった」
「な!?」
カロロスさんの驚きは俺と同じだった。
拘束がとかれたのだ。
「審判さん。私、降伏するね」
「は? え? ちょっと」
狼狽するクレメンティさんと呆然としているカロロスさんをおいて、一足飛びにエリカがこちらに戻ってくる。
「どういうつもりだ? エリカ」
「だって、マサヨシはあの人を殺して欲しくなかったでしょう?」
そりゃ確かに殺さずに勝つのが理想だったけど。
「相手はお前を殺そうとしてたんだぞ。降伏勧告の時に」
「あれくらいじゃ私は死なないね」
「……殺すなとは言ってなかったよな?」
「マサヨシは、殺せとも言ってないよ?」
こいつは自分が何を言っているか分かっているのだろうか?
自身の判断があてにならないから、俺に決断を預けた。
だが、今こいつは自分で決断を下した。
俺に預けていた刃を、戦闘機は再び手にしたのだ。
今はまだ無自覚なんだろうが。
いずれ、俺がお役御免になる日が来るのかも知れないな。
「あれ? もしかして間違ってた?」
首を傾げるエリカの頭をかき回してやる。
「大正解だよ!」
エリカは痛そうにしていたが、されるがままだった。
そして、クレメンティさんによって勝利宣言がされるはずだったが。
「今の勝敗に異議あり」
サンドロスさんから物言いが入った。
……まぁ、当然っちゃ当然だね。これによって首が繋がるとはいえ、勝ちを譲られた格好だ。ドラゴン族としても、族長としても受け入れられないだろう。
「まさかと思うが、そちら側もこのような事が通るとは思ってはおるまい」
俺はカイサルさんに目で確認する。一応、こっちの代表はカイサルさんだからだ。
だが、カイサルさんは無言で頷いてくれた。
オーケーって事だ。ありがたい。
「さすがに通るとは思ってませんでした。が、都合が良いとは思っていました」
「都合だと?」
サンドロスさんが不審そうな声を漏らす。
「俺は四戦目の勝敗がどうであれ、五戦目も行うつもりでした」
「なぜだ? 決闘で三勝したほうが上につく。そう定めたのはそちら側だろう」
「その通りです。だが、気が変わりました。こちらは決闘での勝利以上を望んでいます」
計画はカイサルさんに話していない。にもかかわらず、カイサルさんは口を挟まなかった。
「勝利以上の何を求めるというのだ?」
「ドラゴン族の支配を」
サンドロスさんが戸惑っている様子だ。
「待て。それは決闘で決着がつく話ではないのか?」
「街が。いや、俺が望むのは決闘の結果による支配ではなく。純粋に力においてドラゴン族の上に立つ事です」
対等の関係。一見、平和そうに見えるが、そういったものはバランスを崩しやすい。交易などで相互に依存している関係ならまだしも、ドラゴン族は違う。
決闘に負けたから不本意だが従ってやる、では面倒の種になる。
力の種族であるドラゴン族の牙を、彼らを上回る力でもって叩き折る。
それが俺の計画。
随分と乱暴で横暴な方法ではあるが、今後彼らと付き合う上で、上下関係がはっきりしているほうがやりやすいだろう。
むろん、街が彼らを虐げるのを許すつもりもない。というか、調子に乗ってやらかされると被害甚大なのは目に見えている。
五戦目はデモンストレーションだ。ドラゴン族の誰よりも力がある、それを見せ付ける場だ。そう位置づけた。
「エリカの負けと引き換えに、次の決闘に条件をつけます。
その人が負けた場合、誰もが納得する人を。そんな人を出してください。
どの道、このまま終わるのは不完全燃焼でしょう?」
場が静まり返る。
ドラゴン族は力の種族。それを真っ向から否定しようというのだ。
さぞ、彼らのプライドを刺激するだろう。
それでいい。それくらいでなければやる意味がない。
「そちらは誰が出るのだ?」
サンドロスさんの手には剣が握られている。予想はしていたが、彼が出るつもりらしい。周りからも異論がない所からすると、強さも間違いがないだろう。
「俺が」
俺は杖を携えて前に出る。
当初の予定ではスーちゃん達、桁溢れ組が出るはずだった。
だが、強力な魔物が勝ちました、ではやる意味がない。
人が勝たなくては。それも僅差ではダメだ。圧倒的な差で勝たなくては。
「五戦目にはドラゴン族の未来を賭けてもらいます。異議があるなら今言って下さいね!!」
俺の宣言に声を上げるモノはいなかった。




