魔国に
「……………やだなぁ……」
所有者の帰って来なかったスラム街で何か貰ったある程度しっかりしたロッキングチェアーを揺らしながら男は嘆息した。現在、彼の周囲は怠惰の力がなくとも清浄な空気を保ち荒れていた街並みも今は賑わいを見せる露店へと変貌していた。
(スラムにいる皆が怠惰と言う訳じゃないよなそりゃ……)
誤算はそこにあった。戦災に巻き込まれた人々は増えていくだろうし、ダメ人間はそう簡単に変わらないだろうと怠惰のリソースは無尽蔵と思って何となくバリアで遊んだりしていた男だが、気付けば周囲のやる気は改善され、男がいる場所は怠惰からの脱却所と売り出されることで爆発的に変わった。
その結果、やる気を出した元商人たちや職人たちが物を売れるスポットとして改装を始めた。更にはそんな彼ら、彼女たちはもう商人や職人の世界に帰って来ないのかと失望していたり嘆いていた人々が復帰祝いとばかりに手伝ったり、その噂が王城にまで届いて男が絡んでいることを知り資金提供を行ったりして今ではスラム区域が半減どころか10分の1にまで減少していた。
(はぁ……皆が真面目になってしまうのは避けたい。逃げるか……)
遊びや趣味で怠惰を食べているのに最近では義務感がしてきたのでそろそろここも潮時かと男はここから逃げる算段を立てる。
(ダメなのは……どこか。地方は貧しいと聞くから怠けてる余裕はないはず……それで栄えてる場所と言えば王都を除けば殆ど魔族に侵攻されてる……)
そこで逆転の発想が起きた。
(そうだ、魔国に行こう。バリアがあれば攻撃効かないし戦争で勝ってウハウハ状態なら必死で戦ってる兵隊の上に怠惰に暮らしてる富裕層があるはずだ……そいつらの所に居れば俺より下が居て安心できる。そうと決まれば……どうやって行こうか……?)
男はのっそり立ち上がった。その目は決意の光を宿しており、単なる怠け者の目ではない。周囲にいた彼に仕える者たちは声を上げて何事かと男に尋ねる。
男は至極面倒臭そうに、しかし世話になったのは事実なので仕方なく口を開いて声帯を震わせて答えるのだった。
「魔国に行く……【トレークハイト】……」
この国が変わる中でも動じなかった選ばれしスラム街の怠惰な者たち数千人の怠惰を使うことで空間の奥行きを怠惰にし、物理法則に仕事をさせない間に男は遠く離れていたはずの魔国へと飛んだ。
「おぉ、救世主様が……」
「なんと慈悲深き方よ……! 我らを救うために、異国より来たりし方は魔国へと飛び立たれた。ここにあの方の教義をまとめて王城へ伝えなければ……」
男が去ったのち、再び謎の憶測が立てられる中で人間の王国は再び隆盛を誇るようになり始めるのだった。
「……うん。今度は行けるはず……何せ、相手は人外だからな……」
男は戦場へと飛び、奴隷として魔国の領土へ送られながら頷いた。周囲には死んだような目の人々や泣き伏している人たちが居る。何となく可哀想になったので檻の結合を怠惰にして開放して逃がしてあげると一人になった檻で横になる。
「貴様! 他の人間はどうした!」
そしてすぐに奴隷が逃げたことが発覚して問い詰められることになる男だが痛いのは嫌なのでその男に怠惰を与えて職務放棄させた。
(バリアより燃費がいいな……スラム街で遊び半分にやってたが効果的だ……)
流石にこれから変わろうとしている相手に使うのは憚られてあまり使用してこなかったが、バリアが全体防御に対してこれは個別防御というノリだろうか。しかし、男はあまりこの技を気に入らなかったようだ。
(俺の怠惰が減るから何か変な気分になるな……仮に働き者になってしまったらそれは果たして俺と言えるのだろうか?)
まぁあまり考えると面倒なので思考放棄してぼけっとして過ごす。職務放棄して腐敗していく軍は何度か男の下に様々な人物を派遣したりするが前任者の怠惰を移されて新任者も怠惰にされ、どうにもならない。男はのんびりと別の者から怠惰を啜り、日々を過ごすことになるのだった。