転生
「はぁ……面倒臭い……」
通学中、朝から俺は溜息をついていた。もう、正直言って発言することが面倒臭い。そんな発言や思考をしている時点で俺の方が面倒臭い人物だと思うだろうが、そんなこと関係ない。他者への気遣いなんて輪をかけて面倒臭い。そんなことを思うと溜息が出る。
「朝から陰鬱な溜息をつくの止めてくれる?」
「……いたんだ。あー怠い……なーんで動かないといけないんだろ……」
気付けば隣に幼馴染が居た。いつからいたのかは知らないが会話が面倒なので特に気にしない。世話焼きな彼女は何か文句を言っているがどうでもいい。思考することは嫌いじゃないが言葉に出すのも動きに出すのも面倒なので放置。しかし、次の言葉は聞き逃せなかった。
「……全く、そんなに面倒臭がってばかりいるとその内生きるのが面倒になるんじゃない? 今からでも改善するべきよ。ちょっと遅いけど部活とか、何なら私が紹介しようか?」
「そうか……」
彼女は珍しく反応を見せたことにか、とにかく喜んでいた。しかしまぁ随分ずばりと言ってくれたなぁ……要するに俺は生きるのが面倒みたいだ……よし……
「死ぬか……」
「そう言えば、私が入ってる部活知ってる? 私の入ってるのは……何か言った?」
何かペラペラしゃべっていたがまぁどうでもいい。漠然とした不安が鎌首をもたげて俺を殺そうとしていたんだ。うん。文学的でいいじゃないか。自殺は罪だからまぁ地獄行きだろうな……怠惰の大罪を司るあの悪魔に出遭えるのだろうか? それとも何も考えずにずっと拷問に晒されるのか……出来れば痛くもない黄泉の国に行って怠惰の悪魔に会ってみたいなぁ……
「帰る……」
「はぁ!? ちょ、本当に帰ろうとしてるんじゃないわよ! ちょっと!」
(悪いが俺の冒険はここまでだ……ずっと変われない俺はもうこれから先の展望にも期待を抱けない。中学、高校とレベルアップして来た君には分からんだろうがね……)
そんなことを考えつつ踵を返すと腕を取られ、近くにいい香りと熱を感じつつ引っ張られた。
「はぁ……高校でもあんたから目が離せなさそう……」
俺は抵抗するのが面倒だったので溜息をつく彼女に学校に連れて行かれて授業中も特に何もすることなく誰とも話さずに家に帰った。
(よし……死のう……先立つ不孝じゃないのがせめてもの救いか……? さて、死ぬとするが……どうやって死のう? 首つりは首の骨が外れる上に苦しいらしい。果ては腸とか糞がケツから出てくるらしいから嫌だな。睡眠薬がいいんだけど、この量で足りるかな……? 練炭自殺がいいらしいけど中途半端な時に起きると嫌だしなぁ……深酒してやるといいらしいけど、流石に自殺という罪をやろうというのに未成年で飲酒までやるといけない気が……というよりまず練炭がない……後、火事になったらことだし……)
何もしないまま死ぬとなれば、餓死か。しかし、幼馴染は自宅の合鍵を持っている。餓死する前に気付かれれば意識がない間に点滴を打たれて死なない上に他人に迷惑をかけてしまう。
(……そもそも、他人に迷惑をかけたくないんだが……現時点で葉子とおじさんたち、そして国民の皆様に迷惑をかけてるからな……迷惑をかけるにしても2人以下にしたい……搬送となると、担架の人だけで2人越しそうだし一気に、誰から見ても分かるように死なないとなぁ……)
「その願い、叶えようか?」
俺が気付けばそこには得体の知れない男が立っていた。返事をするのも会話をするのも面倒だと考えた俺はただ無言で頷いて意識を失った。
(……あれ、死んだのに意識がある……寝てたのか……?)
俺は意識の覚醒と共に目を開こうとした。しかし、目は開かない。代わりに声が聞こえた。
「お目覚めかい。それじゃ、死にたがり屋君。君の命のリサイクルを始めようと思う。」
目は開いていないのでお目覚めではないと思ったが、面倒なのでスルーして思考で返答する。
(リサイクルなら魂を砕いて再利用ですか……? なら、意識がない間にやっておいてほしかったところなんですが……)
ペットボトルを想像しながらそう思うと声は笑いながら否定する。
「違う違う。君には異世界に行ってもらおうと思う。いわゆる武器と魔法で冒険する夢と希望の溢れるファンタジーの世界にね。」
(え……こんなゴミ屑が行って何するんですか……この意味の分からなさ。これは夢……?)
俺が少し混乱してまぁ別にそれならそれでいいかと意識を彼方へと飛ばそうとしていると脳裏に映像が浮かんできて声が否定する。
「違うよ。これは現世の映像だけど……君の幼馴染の泣き顔、君は見たことないだろう? 夢として現れるなんてことはないはずだ。」
(……泣いてる。ウチの遺産が思ったより少なかったとか……? 資産管理を葉子の家に任せるくらいにはお金あったはずだけど……)
「……えー……何でそう言う考えに至るの? 声聞きなよ。君のこと好きだったって言ってるよ?」
(そういえば、俺の死体ってどんな感じだったんだろう。バラバラだと掃除大変そうだし捜査当局の方々に迷惑だったんじゃ……)
「君、人の話聞かない上に変なことしか考えないね。一目で見て死んでると分かるように。そして誰にも迷惑がかからないようにということだったから君にはミイラになって貰ったよ。」
(成程。事件にはならなくて済みそうです。しかも、オカルト好きに娯楽の提供までできた。良い晩節となりましたね……)
しみじみとそのような思念を飛ばしていた彼のことを見てここに連れてきた悪魔は彼の頭に流している幼馴染のイメージを見て疑念を抱く。
(……おかしい。普通なら生きてる間に頑張ればよかったとか、俺への恨みを募らせるとか後悔の念を抱くはず。そこに付け込んで来世を頑張って貰おうと言うのにこいつは……)
気付けば思考を彼方へ飛ばしている。そんなのでは困るのだ。一先ず営業トークだ。彼に来世で頑張ってもらえるような情報を提供するしかない。
「えーと、異世界では力があれば何でもできます。富も、名誉も、地位も、美食も、タイプの異性だって何だってあなたの思い通り。」
(はぁ……そうなんですか……)
何とも気の抜けた返事だ。しかし悪魔はめげない。
「そんなの力があったらどこでも同じとお思いかもしれません。しかし、何と出血大サービスであなたに私の方から力を授けましょう!」
(いや……殺していただいたのにそこまで迷惑をかけるわけには……)
「……というより転生していただけなければそちらの方が迷惑なのですが……」
(そうなんですか……じゃあ適当にお願いします。野垂れ死ぬので……)
(いや、頑張れよ。)
悪魔は困った。欲望を肥大化させて喰らおうと思っていたのに何も出来なさそうだ。怠惰な気配を感じてその罪を喰らい、また自殺という大きな罪もいただけたので期待していたのに期待外れにも程がある。
(ん~……じゃあこいつに地上の罪を集めて来てもらおうかな……俺の眷属として。)
そう決めた悪魔……ベルフェゴールは端的に告げる。
「じゃ、異世界に落とす。適当に頑張ってくれ。」
(はい……まぁ、適当にならやります……)
何もする気がなかった彼の魂に少しだけやる気を与えたベルフェゴールは正しく悪魔の笑みで彼を異世界に送り出すのだった。