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【コミカライズ連載中】幼馴染みで悪魔な騎士は、私のことが大嫌い  作者: 編乃肌
番外編

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6

 レイスやマロさんに、注意を促そうとしたが遅かった。


 天井から溢れ出した黒い靄が、一気に周囲を覆い尽くす。靄に触れた瞬間、ガクンッと体から力が抜けた。

 急速に頭が霞がかって、意識がゆるゆると暗闇に手繰り寄せられる。


 視界が黒一色に染まり、次いでどこからか感情のない、冷たい声が聞こえてくる。



『――――俺はあんな女、好きじゃない。むしろ嫌いだ。大嫌いだ』



 ……ああ、悪夢ってこういうことかと、まだ正気を残した頭の片隅で思う。

 お祭りのときのような、優しい記憶じゃない。ただただ辛く悲しい感情が、鮮明に蘇って胸奥を蝕んでいく。


 靄の中に浮かび上がるように、あの日の光景が再生された。

 まだ少年の面影を残したレイスが、刃物で切りつけるような眼差しで、私を拒絶している。これは悪魔の靄が見せた夢だと、そう理解しているのに、遠い記憶の痛みに抗えない。


 今度は場面が切り替わって、死んだように眠るウォルが、どんどん尻尾から透けて消えてしまう。

 ウォルの名前を叫んだつもりでも、喉から声が出なかった。


 ああ、嫌だ。

 大切な存在が遠ざかるのは、もう。


「レ、イス……ウォル……」


 やっと音になった言葉は、掠れて弱々しく響いた。

 だけど声を出せたことで、少し頭の霧が晴れてくる。悪夢の中じゃない、誰かが私を「スー」と、子供のように泣きじゃくりながら呼んでいるのが聞こえた。


 あれはウォル?

 この洞窟のどこかにいるウォルが、私を呼んでいる?


 ……こんなふうにあの子の声を聞くのは、初めて出会った頃みたいねと、酷い状況なのに笑みがこぼれた。


 レイスと決別してから、心にぽっかり穴が空いた日々を過ごしていたとき、ずっと耳に、私を心配する声が聞こえていたの。


『ねえ、なにか悲しいことがあったの? 元気を出して!』

『イタイのイタイの飛んでけーだよ! 寂しくないよ、ボクが傍にいてあげる!』

『こっちだよ、ボクはここにいるよ!』


 それが精霊だとわかって、こちらから呼びかけて初めて、私はウォルと対面できた。


 お近づきの印に木苺のパイを焼いてあげたら、まだ作り慣れていなくて失敗して焦がしちゃったけど、ウォルは気に入って完食してくれたっけ。

 精霊って人間のお菓子が食べられるんだと、驚いたことを覚えているわ。


『ねえ……ウォル、だったかしら。あなたはこうしてまた、私とお菓子を食べてお喋りしてくれる? ……アイツみたいに、私を突然嫌いになったり、私の前から消えたりしない?』


 探るようなその問いに、ウォルは迷うことなく、もぐもぐと焦げたパイを頬張りながら『もちろんだよ!』と答えてくれた。


『ボクね、精霊として生まれたばっかりだから、誰かと仲良くなれたの、スーが初めてなの! ボクはスーのこと好きだよ! いっぱい遊びたいし、もっと仲良くなりたい!』

『ありがとう……私も、ウォルともっと仲良くなりたわ』

『わあ、リョーオモイってやつだね! やった! それならずっと一緒にいようね、スー!』

『ええ』


 惜しみなく向けられた真っ直ぐな好意に、私も自然と笑って頷いた。

 ささくれだっていた胸奥が、ウォルの無邪気さに救われた気がした。


 そうよ……あの時、ずっと一緒って約束したもの。


 レイスがいなくなっても、私が塞ぎこまずに立ち直れたのは、ウォルがいつでも近くにいてくれたから。あの子が私を支えてくれていたからだ。


 それなら今度は、私がウォルを迎えに行かなくちゃ。

 やっと私の元に帰って来てくれたレイスと、二人でウォルを――――



「――――スーリア!」



 黒が弾けて、目の前がパッと開けた。

 幼い時期の姿ではない、今の私の隣にいてくれるレイスが、怜悧な美貌に焦りを滲ませてこちらに駆けてくる。辺りの靄はすっかり晴れていて、代わりにキラキラと光を纏ったシャボン玉が、無数に宙を漂っていた。


 冷たい地面に座り込む私の前に膝をつき、レイスが私の状態を確認する。

 なんともないとわかると、深い安堵の息をつき、いきなり腕を伸ばして抱き締めてきた。びっくりして肩が跳ねる。


「レ、レイス……っ?」

「俺が油断をしたせいで……すまない」

「……あんな立て続けに非常事態が起こったら、普通は対処しきれないわよ」


 気にしないでの意を込めて、ポンポンと彼の広い背を叩く。落石から守ってもらっただけでも十分感謝しているわ。


 それに……あの悪夢みたいに、レイスが去っていかないだけでも、私はホッとする。


「それより、貴方は大丈夫だったの? 靄で嫌な記憶を私は見せられて……このシャボン玉はマロさんの能力よね?」


 マロさんの姿はシャボン玉に紛れて見えないが、どこかで能力を発動して靄を取り払ってくれているのだろう。このシャボン玉に浄化の作用があるようだ。


 私と同じように、レイスもなんらかの悪夢を見たのかしらと、心配になって問いかけたのだが……なぜか、ぎゅっと抱く腕を強められる。

 間近で彼の黒髪がサラリと揺れた。


「俺は問題ない。言っただろう? 悪魔の気には耐性があると。……俺自身がお前を殺す夢なんて、何百回と見てきたからな」

「レイス……」


 言葉とは裏腹に、レイスの腕は強まるばかりでなかなか離してもらえない。

 重なる心音と体温。

 冷静なふりをしながらも、彼は私の存在がここにいることを、必死に確かめているみたいだった。


 彼の耳元で、私は「大丈夫よ」と囁く。


「安心して。私だって前に言ったでしょう? 貴方に殺されるほどやわじゃないって。簡単に死んでもやらないわ」

「……そうだったな」


 顔を上げて、レイスがほん少し弱ったように、だけど愛しげに赤い瞳を和らげて微笑んだ。ようやく腕が外れたかと思えば、乱れた横髪をそっと長い指先で掬い上げられる。


 丁寧かつどこか色香すら感じる仕草に、じわじわと頬が熱くなってくる。



 これはまさかの。

 いまだに慣れない、レイスの『甘やかし最高潮モード』だわ……!



 この状態になると、彼の天然タラシっぷりに磨きがかかり、私への甘さが倍増する。

 つまり心臓がやられる。破壊力がすごいのよ!


 レイスの指が、髪から頬へと優しく滑る。

 それにくすぐったさを感じながらも、赤い顔で固まっていたら、か細く私を呼ぶ声が耳に届いた。

 急いで、レイスの甘々包囲網を振り切って立ち上がる。



 今のはウォルだわ。

 あの子が近くにいる!



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