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「こんにちは、リョーシュサマ! おひさしぶりだね!」
「おお、ウォルくん!」
呼べばすぐに現れてくれたウォルに、旦那様は諸手を挙げて歓迎の意を示す。毎回、精霊を前にした旦那様と、普段の落ち着いた優秀な領主である彼の差に、驚かされるばかりだ。
「ああ、いい! やっぱり精霊は素晴らしい! ウォルくん尊い、可愛い、素晴らしい!」と興奮気味な雇い主に、若干引いている部下は私だ。
「さぁ、そこのソファでお菓子を食べよう。スーリアも座りなさい。お茶と、ウォルくんの好きな木苺のパイの準備も出来ているよ」
「意図的にそれを用意させていたんですね……」
「やった、リョーシュサマ大好き!」
その言葉にまたデレデレとなる旦那様に、私はこっそり溜息をつく。
精霊姫についてまだまだ聞きたいことがあるのに、聞けるのは先になりそうだ。
結局、まともに話が聞けたのは、ポットの中のアプリコットティーがすべて消えてからだった。
業務中に長時間お茶するなど、サボっているようで気が引けたが、屋敷の主が促しているのだから別にいいか、とすぐに思い直した。
膝にウォルを乗せた旦那様は、酷くご満悦だったし。
ちなみにウォルの尻尾の水状の部分は、人が触れると透けるだけの仕様なので、旦那様のお召し物がびしょ濡れ……なんてことは無い。いや、旦那様なら濡れても笑顔で許しそうだが。
ひとまず旦那様から聞き出せた情報によれば、王都の『精霊教会』から迎えの使者が一週間後に来るそうだ。なんて急な。王都からこの領までは馬車で約5日ほどかかるので、もしかしたらもう発っているかもしれない。
その使者と共に、私は教会まで赴き、そこで儀についての手解きを受ける。そこからまた、聖鐘の森に向かうわけだ。
教会から聖鐘の森へは、特別な行き方があるので速いそうだが、それでも無事に役目を終えて戻るまで、長期で仕事の方はお暇を頂くことになる。その辺りは、旦那様がいいようにしてくれるだろう。
問題は……私を迎えに来る使者、別名『精霊姫の護衛騎士』のことだ。
女王の謁見を許されるのは、精霊姫ともう一人。
精霊姫に選ばれた女性を護衛し、共に森の奥まで連れ添う騎士様だ。
我が国の騎士団は、貴族でも平民でも等しく入団試験を受け、通過した者が『騎士見習い』となる。そこから正式に騎士として認められると、役割の違う各団に振り分けられるのだが、一番の花形は王都の警備などを中心に王族の護衛等も担う『特権騎士団』だ。
選りすぐりの人材が集まったこの団から、護衛騎士は選ばれる。これも古くから続く慣習だ。
騎士にとっても、精霊姫の護衛に抜擢されるのは誉れ高きこと。なお、騎士の方は、霊力よりも護衛としての腕が重視されるので、霊力は0でも精霊姫が力を貸すので問題はない。
何故か精霊姫としてご指名を受けた私の元にも、護衛騎士が訪れるはずなのだが……。
「まさかアイツじゃないわよね……」
アイツ――――レイスは、私の恋心を木端微塵に砕いてくれた、例の誕生日の日から程なくして、アランおじさまに騎士団の入団試験を受けたいと申し出た。
試験自体は13歳から受けられる。アランおじさまは元騎士団で伝手もある。レイスの早々と目覚めた賢さや剣術の実力からも、アランおじさまは本人の希望を優先し、王都に居る騎士団時代の友人に彼を託した。そして試験を見事に合格し……それからこの領まで流れてきた噂によれば、彼は異例の速さで特権騎士団入りを果たしたらしい。
その容姿と敵と定めた者には容赦の無い冷酷さ、人と思えぬ強さを持つ彼は、『悪魔騎士』という異名をつけられているとか。
どんどん遠くなる幼馴染であり初恋だった彼に、そんな話を小耳に挟んだ私は、得も言われぬ虚しさを感じてしまったものだ。
殴って「大嫌い」と叩きつけたあの日から、彼との接触は皆無だったので、私はレイスが王都に旅立ったことも随分と遅れて知った。
昔は、彼のことで知らぬことの方が少ないと、そんな自負があったのに。
「ねぇ、どうしたの? スー。なんかちょっと寂しそうな顔してる。さっき呟いていた、『アイツ』が関係あるの?」
旦那様の部屋から出て、書庫室に戻る途中。
お菓子で満足し、私の周りを気持ちよさげに浮いていたウォルが、目敏くも私の微細な変化を見つけて問うてくる。それに私は、「……別に寂しくなんかないわよ、ウォル。私にはウォルが居るもの。ただ、旦那様のお話で気になることがあっただけ」と、そう返した。
「気になること? 大丈夫、ボクらのジョオウサマはとっても優しいよ。きっとスーのことも気に入ってくれるよ。あんまり悩み過ぎは良くないよ!」
「そっちのことじゃないんだけどね……。でもそうね、ウォルの言う通り、これは杞憂だと思うわ。もう気にしない」
そうだ。
まさかレイスが私の護衛騎士として来て、久しぶりの再会を強いられることになるかもしれないなんて、そんな馬鹿な。奴とはもう決別したのだから、そんな運命あるはずがない。
大体『悪魔』なんて名を付けられている彼が、この国では神聖視されている精霊姫の護衛とか、人選ミスもいいところだ。私を精霊姫に選んだ時点で、いまひとつ教会の人選には疑惑を感じるが、流石にないない。
あったら気まず過ぎるだろう!
「さ、仕事に戻りましょう」
帰ったら早めに荷造りをしておこうと考えながら、私はきゅっと髪を括り直した。