風邪にはご用心 前編
活動報告でお答え頂いたリクエストアンケの番外編です。
甘々と幼少期リクが多かったので、その二つを合わせました。心なし糖分高めです。
それでは良かったらどうぞ!
思えば、朝起きたときから体が少し怠かった。
ただそのときは、「ちょっと疲れがたまってる?」くらいで、そこまで気には止めなかった。
今日は私の方の仕事はお休みだったので、警備団の詰所に向かうレイスをいつものように見送って、家のことをしたり軽く買い物に出掛けたりと、平常通り過ごしていたのだけれど。
夕刻あたりから頭がぼんやりしてきて、具合が悪くなっているのに気付いてしまった。
そこでようやく、「もしかして私、風邪でも引いたかしら?」と思い当たる。
だけど最近、警備団の仕事が立て込んでいるらしいレイスに、余計な心配はかけたくない。
絶対、アイツは過保護になるんだもの。
だから平気なふりをして、帰って来たレイスを笑顔で出迎えたのだが――――。
「レ、レイス?」
玄関先で、ジッと私をその赤の双眼に映したまま、さきほどからレイスは微動だにしない。鋭い射抜くような眼差し。体に穴が空きそうだわ。
彼だって疲れているはずなのだから、早く部屋に入ってくつろげばいいのに。
しかし、もう一度レイスと名を呼び、どうしたのかと問おうとした言葉は、不意に短い悲鳴へと変わった。
「きゃ! い、いきなりなに!?」
急に彼が私の腰に腕を回し、体を抱き上げたのだ。
視界がぶれて浮遊感に襲われる。私を横抱きにしたまま、レイスは無言で黒い団服を翻し、一直線に寝室へと向かった。辿り着いたベッドの上に、そっと下ろされる。やさしく丁寧な動作だ。
なにがなんだか混乱中の私の額に、彼の大きな手が添えられる。
「……熱があるだろう」
「! き、気付いたの?」
こくり、と頷くレイス。
なんて目敏い……!
軽い微熱だとは思うのだが、我が旦那様にはお見通しのようだ。
彼は有無を言わさず、私に布団を掛け、自分の着替えも後回しで、テキパキと薬を探してきたり氷嚢の準備をしたり。口を挟む隙もない。
私はすっかり病人扱いだ。
最後に「大人しく寝ていろ」と言い残し、パタリとドアを閉め、彼は部屋を出てどこかに行ってしまった。
「やっぱり過保護……だからバレたくなかったのに」
一人きりになった室内で、私は仕方なく言いつけどおりに布団に包まる。天井では灯りがゆらゆらと揺れているだけで、あたりは静かだ。静寂と頭に感じる氷の冷たさが心地いい。
なお、こういときに大騒ぎしそうなウォルは、三日ほど前から聖鐘の森のフェイ君のところに遊びに行っている。私とリンスみたいに、あの子達はもう親友同士みたい。
「フェイにお絵かきを教えてもらうのー」と言っていたけど、あの短い前足で描くのかしら?
フェイくんは本当になんでも器用にこなすらしく、ウォルにフェイ君の描いた精霊女王の似顔絵も見せてもらったのだか、似顔絵というかもう肖像画だった。いったい、フェイくんは何者なのかしら……風の精霊、よね。
そんなことをぼんやり考えながら、ふわふわと微睡む意識の中で、ゆっくりと瞼を下ろしていく。心なしか熱が上がっている気がする。
視界を完全に閉ざす前。
どこか遠くの方でレイスが、「スーリア」と私の名前をやわらかく呼んだ気がした。
●●●
「まったく、どうしてあなたは、具合が悪いことをギリギリまで誰にも言わないの!? 倒れるまで我慢するとか! バカ!」
「うるさい……」
幼い私が、ベッドに横たわるこれまた幼いレイスに向かって、頬を膨らませながら説教している。
一応、病人相手なので声の大きさは控え目だが、布団にもぐるレイスは聞く耳を持たないので、ついつい話し方にも力がこもる。
場所はアラン叔父様の孤児院。
仄かな木の匂いに包まれた、懐かしいレイスの一人部屋だ。
――――ああ、これは小さな頃の夢だなと、そう思った。
状況は現在と逆だ。レイスが風邪を引いて倒れて、慌ててアランおじさまが部屋に運んで。私が甲斐甲斐しく看病をしている。
まだ身の内にレイスは悪魔を飼っているのだろうが、私はもちろん、表に出て来てないので当のレイスでさえ、その忌まわしい存在のことを知らないときだ。
子供らしい丸みを残した、レイスの頬は熱のせいかほんのり赤い。声も掠れていて辛そうだ。
アランおじ様に「レイスのことをよろしく頼むな」と言われたので、私はレイスが倒れてからずっと彼に付きっきりだった。
おじ様は街に薬を買いに出掛けている。ちょうど切らしていたらしく、慌ただしく外套を羽織って出て行った。院の小さな子たちはお昼寝の時間。みんな大人しく寝ていたので、たまに様子を確認にするくらいで大丈夫だろうと判断した。
ゴホッと、軽くレイスが咳き込む。
「大丈夫? 水でも持ってきましょうか」
「……別にいらない」
「ダメ。飲んでから寝なさい。風邪のときは水分補給が大切だって、お父様が言っていたもの。水と……あと、頭の氷も変えたほうが良さそうね。ほかにしてほしいことはある?」
問い掛けても、また返事は「特にない」と、それだけ。
風邪のときくらい甘えてくれてもいいのにと、私はちょっと眉を寄せて不貞腐れた。
そうこうしている間に、レイスは瞼を落とし、緩やかに眠りにつき始めている。
……こういう無防備なところを晒してくれるようになっただけでも、たぶん大きな進歩なのだろう。
孤児院に来た当初は、もっと手負いの獣みたいな感じで、誰に対しても警戒心を剥き出しにしていたから。
私はしばらく思案気に腕を組み、水や替えの氷は持ってくるだけ持って来ておいて、今は寝かせてあげた方がいいかもしれないと、レイスの様子を見て思った。起きたら、また鬱陶しがられようがマメな看病を再開させたらいいかと。
そして足音を殺し、私はそっと部屋を出ようとした。
「ん?」
しかし――――そんな私の服の袖を誰かがくいっと引っ張ったのだ。
誰かなんて一人しかない。
「レイス?」





