ロアセル=フィンス奮闘記録 後篇
スーリア様は稽古の途中でしょうか。軽装で、金茶の長い髪を高い位置で一つに纏めております。僕と同じで、合間の休憩なのかもしれません。
俯いて暗い影を背負った僕を心配し、スーリア様は「大丈夫? どこか具合悪いの?」と横に座り、気遣わしげに問い掛けてくれました。
自分の不甲斐なさに打ちのめされ、泣きかけていたなどと明かせるはずもなく。
咄嗟に僕は首を横に振りました。
「だ、大丈夫です! ご心配をおかけして申し訳ありませんっ。その、少し休んでいただけというか……えっと、て、天気が良かったので、ちょっと日光浴を……!」
「そうなの?」
誤魔化すような僕の態度を察してか、スーリア様はそれ以上は追求されませんでした。
僕に合わせるように、「確かに、今日は晴れ渡った良い天気だものね」と笑ってくれます。
「私もまだ稽古の最中なんだけど。ちょっと休憩。気分転換に外を歩いていたの」
「あ……せ、精霊姫様の儀の特訓の方は、いかがですか? すみません、あまり様子を見に行けず……っ」
「…………聞いちゃう?」
青い空を見上げて、遠い目をされるスーリア様。
こ、この話題は、触れてはいけないところだったようです……!
スーリア様の指導役には、レヴィオン伯爵家の三女にして、前回の精霊姫を務められた、マリーナ=レヴィオン様にお願いしております。
仕事柄、貴族の方とはそれなりに接する僕ですが、それでも彼女の気品あふれる立ち振る舞いや、高貴な美しさには、お会いした際にはとてもドキドキしたものです。柔らかな微笑みが印象的な、とても優しそうなお方だったと記憶しているのですが……スーリア様のご様子を見るに、指導はなかなか厳しい模様。
僕は必死に話題を変えようと頭を巡らせます。
だけどやはり今日の僕は、周囲の皆さんに切々と諭されたように、疲れで思考回路が鈍っているようです。
さらに触れてはいけないところに、僕は愚かにも手を伸ばしてしまいました。
「そ、そういえば、護衛の騎士様はご一緒ではないのですか?」
「レイス……?」
スーリア様の眉がピクリと跳ね、薄青の瞳に険が篭ります。騎士様の名を呼ぶ声には、鋭い棘が生えていて。
しまった、と思いましたがもう遅いです。
「……今日もまた、アイツは私の特訓の様子を、離れたところから無言で見ていたのだけれど。今はレイスの方も、作法を教わりに行っているわ。教会内の短時間の休憩でさえ、何処に行くにもあの鉄面皮について来られたんじゃ、休まるものだって休まらないわよ」
「昔はもう少しだけ、本当に少しよ? 可愛いとこもあったのに……」と、一気にやさぐれた雰囲気で、スーリア様は小声でブツブツと悪態をつきます。
脳内では、騎士様の感情の乗らない、端整なお顔を思い浮かべているのでしょうか。
「今は本当に可愛いげの欠片もないわ。私の護衛騎士だって、義務だからって嫌々やっているみたいだし。……まぁ私も、別にレイスのことなんて、まったく気にしていないからいいのだけど」
そう呟くスーリア様の横顔には、何処か寂しそうな色合いが感じ取れました。明るい陽の下で、その影は濃くはっきりと、僕の目に映ります。
だけど、本当に騎士様は嫌々なのでしょうか……?
スーリア様もおっしゃっていたように、騎士様はよく、スーリア様の特訓の様子をご覧になっているようです。他にも小耳に挟んだ話だと、食事担当の者に、幼馴染だからこそ知っている、スーリア様の苦手なものを遠回しに伝えたり。スーリア様が頭を痛そうに押さえていたら(軽い頭痛で、原因は慣れない特訓による疲労から来るものだったようです)、誰よりも逸早く気付き、念の為に医師に見せるよう、近くの使徒に伝えたりと。
世話役の僕を上回るその気遣いは、どう考えても、嫌々傍に居る人には出来ないと思うのですが……。
だけどそのことを、騎士様はスーリア様に気付かれたくないように見受けられます。
気遣っている素振りは、一切表には出しません。そのため表面上では、最初に抱いた印象通り、騎士様はスーリア様を嫌っている冷たい態度です。でも僕からすれば、彼はあえてスーリア様から距離を取られているだけで、本心は別にあるのでは無いかとも思います。
これは、あくまで僕の考察。
余計な邪推です。
さらに思考をそこから展開すれば、何故おじい様は、わざわざ自ら霊力を込め、『精霊水晶』を騎士様に与えたのか。そんな疑問が沸いてきます。
通常ならば騎士様に霊力をお渡しする役割は、精霊姫様であるスーリア様の仕事です。スーリア様本人も不思議がり、理由を尋ねらました。……僕も分からないので、返答に窮してしまいましたが。
いくつか、理由は考えようとすれば考えられます。だけどおじい様は、僕に世話役を任せる際に、『本代の精霊姫様に関する事情は、深く詮索しないで欲しい』という旨を述べておりました。それならば、僕もこれ以上踏み込むのは野暮というものでしょう。
ただでさえ、今日はぼんやりしているのです。要らぬことばかり考えて、また失敗してはいけません。
「っと、ごめんさいね、ロア君。こんな話をされても困るわよね? レイスのこと、つい愚痴ってしまって……」
「ああ、いえ! お気になさらず。僕で良ければ、どんなお話でも聞きますので!」
「そう? ありがとう」
調子を戻したスーリア様は、「やっぱりロア君は癒しだわ」と、何故かしみじみと頷きます。
僕などが癒しなど恐れ多いのです。むしろ僕の方こそ、スーリア様と話しているうちに、涙は自然と引っ込み、少し気分が上向きになってきたように思います。
やっぱりスーリア様は、ちょっとだけ母さまに似ています。傍にいると落ち着くところとか、女性なのに頼りになる雰囲気とか……もしくは、僕に姉が居たらこんな感じでしょうか。
一人っ子の僕には、姉や兄は憧れの存在だったので、不敬を承知でちょっとだけ嬉しいです。
二人でゆるゆると笑い合っていたら、ふとスーリア様が「あ」と声を挙げ、何かを懐から取り出しました。
「そうそう。マリーナさんから、休憩には甘いものがいいですよって、これを貰ったのだったわ」
「これは……?」
――――スーリア様が取り出した物は、可愛らしい包みの飴玉でした。
掌の中に二つ。水玉模様の包みと、花柄の包み。
スーリア様は僕の手の上に、水玉の方を転がしてくれました。
「わ! ぼ、僕にですか?」
「ええ、良かったらどうぞ。本当はウォルに渡すつもりだったのだけど、ロア君にあげるわ」
「あの子は甘いもの、いつも食べ過ぎだから」と、スーリア様は呆れたように嘆息しました。
「よ、よろしいのでしょうか? 恐らく、それなりに高価なものだと思うのですが……」
「あ、やっぱり良いヤツなのね。此処に来る途中で一粒食べたのだけど、甘さが上品というか、凄く美味しかったし、値が張りそうだとは予想していたけど。流石はお貴族様ね。それならますます、すぐ噛み砕いちゃいそうなウォルにはダメよ」
「で、ですが……」
「いいのよ、食べて頂戴。ロア君はいつも頑張っているのだから」
スーリア様は口に飴玉を放り込み、椅子から立ち上がって、服の皺を手早く直します。
それから僕を振り返って、彼女は「小さなご褒美ということで。いつもお疲れ様」と笑顔で告げ、手を振って去って行きました。
いつの間にか結構な時間が経っていたようです。これからまだ、精霊姫様の儀の特訓の続きがあるのでしょう。……慣れない場所で慣れないことをして、お疲れなのは、きっとスーリア様の方なのに。
僕は手の中に残るささやかな重みを確かめてから、ゆっくりと包みを開きました。
半透明な桃色の粒は、陽の光に翳すと宝石のようにキラキラと輝きます。
そっと口に含めば、舌にじんわりと優しい甘味が広がりました。
「おいしい、です」
不思議と疲れが飴玉と一緒に溶けて消えていくような。
そんな感覚を甘さと共に味わいながら、僕は飴玉を口の中でコロコロさせたまま立ち上がりました。僕もそろそろ仕事に戻らないといけません。
包みをくしゃりと握り、軽く頬を叩きます。
「……よし!」
――――母さま。
僕はまだまだやはり未熟です。
おじい様のような一人前の使徒には、この先も長らく成れそうにはありません。身長も、伸びるのはずっと先でしょう。また女の子に間違われてしまうかもです。
でも、頑張りますので。
もう少しだけ、見守っていてくださいね。
ロアはあと2年もすれば高身長ハイスペックイケメンになる予定です。
あと一話、ロア視点のおまけで本編後の番外編あります。





