表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/69

3

 レイスは孤児院の前の、大きな樹の下に居た。

 複数の女の子に囲まれている。真ん中の質の良い衣服に身を包んだ彼女は、ここら辺では一番大きな商家の一人娘だ。巻き髪が綺麗な、気は強そうだが発育も良い美人。周りはその友人だろうか。何やらレイスは迫られている。


 程よく鍛えられた体躯に、すっかり身長も伸び、美貌に男らしさも加味したレイスは、知らぬ間に近隣では評判の美男子として、年頃の女の子の人気を集めていた。

 昔は嫌悪されていた艶めく黒髪も、切れ長の赤い瞳も、『魅力』として捕えられるようになったらしい。


 私は逸る気持ちを抑え、少し離れた場所から様子を窺う。

 

「レイスさんは、バレット家のお嬢さんとは恋仲なの?」


 辛うじて聞き取れたそんな質問に、私は肩を大袈裟に跳ねさせてしまった。バレット家のお嬢さんは私のことだ。我が家は代々、このアルルヴェール領を統べる領主様にお仕えしてきた家系で、それなりの名家として通っている。

 そんな家の娘である私が、もう過去になりかけていることとはいえ、仲良く男の子と並んであちこちに出掛けていたら、私たちが『そういう仲』だと噂されても、なんら不思議ではない。

 レイスは孤児だが、親代わりのアランおじさまと私の父は親友同士だし、公認の『婚約者』として見られている可能性もある。


 レイスはなんと返すのだろう?


 私は胸元に手巾を抱えながら、鳴る心臓を落ち着け、全神経を耳に集中させた。


 『恋仲』では無いから、そこは否定させるだろうが、ほんの少し期待を抱いてしまう。 

 出来るなら『友人』、高望みするなら『家族のような存在』。『ただの幼馴染』でも構わない。 

 現状は疎遠でも、私とレイスはまだ繋がっていると、そう分かるような言葉が彼の口から欲しかった。縋るように、私は彼の返答を待つ。


 だけど、現実は残酷で。



「恋仲? ふざけた事を言うのは止めろ。――――俺はあんな女、好きじゃない。むしろ嫌いだ。大嫌いだ」



 レイスは遠くからでも分かるくらい、眼差しを冷たく研ぎ澄ませ、吐き出すようにそう言った。

 吹き抜けた風に交ざって、その言葉はやけに明瞭に私の鼓膜へと届き。同時に私の胸の辺りから、確かにピシリと、心がひび割れた音がした。

 

 ゆっくりと身体から力が抜けていく。

 今までは必死に誤魔化していた『痛み』が、胸中から溢れて全身を毒のように蝕んだ。


 ……嫌い、大嫌いかぁ。


 改めてその言葉を咀嚼すれば、涙の膜が瞳を覆う。

 しかし、彼の追撃はまだまだ止まらない。


「性格はガサツだ。女らしさの欠片もない」

「容姿も地味すぎて、褒めるところが見当たらないな」

「いつだって鬱陶しく構ってきて、俺はずっと迷惑していた」


 次々と飛び出てくる私への暴言。レイスに対峙していた娘さんたちも、流石にその物言いに狼狽えている。

 …………一方の私は、限界まで達した『悲しみ』の感情が、彼の数々の発言を受けて、じわじわと別の想いに塗り替えられていくのを感じていた。


 

 ガサツ? 女らしさの欠片もない?

 確かに事実だ。『わんぱくでもいい、元気に育ってほしい』という父の教育方針の元、私は家で縫い物や菓子作りなどに興じるより、野山で翔ける方が生き生きとするような、すっかりお転婆娘へと成長した。


 容姿が地味?

 これも否定できない。見目麗しいレイスと違って、私はくすんだ金茶の髪に、灰の混じった薄青の瞳。少し釣り目がちなせいで、全体的にキツク見られることもある。肌は健康的な小麦色で、女性らしい丸みやしとやかさも持ち合わせてはいない。


 鬱陶しい? 迷惑?

 そこまで嫌われていたなんて、気付かなかったわ。ごめんなさい。


 

 ここで黙って泣いてこの場を去るような、殊勝な性格をしていたら、私はレイスから『ガサツ』なんて評価、そもそも受けていなかっただろう。

 元々私は、『お淑やか』や『健気』なんて言葉とは、縁遠い性格をしていたことをようやく思い出した。取り繕う術くらいは知っているが、根の気性は荒いのだ、結構。


 悲しみは一周して、徐々に怒りへと変貌する。

 もっと直接的な表現で言うならば――――私はキレた。


 ギュッと唇を噛んで、零れそうになっていた涙を無理やり止める。そして長い金の髪をうねらせて、彼らの前へと躍り出た。


「バ、バレットさん……!?」


 商家の娘さんが、その大きな瞳を見開いて驚いているが、悪いけど今は引っ込んでいて欲しい。

 お呼びじゃないの。

 

 私は一直線に、こちらも突然の私の登場で、驚愕に固まるレイスの元へと歩み寄った。そしてその綺麗な顔を目がけて、思い切り手巾を投げ付ける。

 頬に僅かに衝撃を与えただけで、リボンの巻かれた手巾は静かに地面に落ちた。その赤い花を目で追う、レイスの呆けた顔にまだ「ちょっと可愛い」とか、「久しぶりに間近で見たレイスは、やっぱりカッコイイな」とか、そんなことを爪の先ほどでも想う自分が許せなくて、私は彼を思い切り睨みつける。


 そして固く拳を握り、腹部に全力で叩き込んだ。


「グッ……!」


 短い呻き声がレイスの口から洩れたが、所詮は小娘の一撃。普段鍛えている彼に、そこまで大きなダメージは与えられなかっただろう。

 それでも、密かにアランおじさまから護身用として体術を習っていた私の、今できる最大限の報復だった。



「――――私もあんたなんて大嫌いよ!」

 

 

 勢いでそう叫べば、彼が弾かれたように私の顔を見たが、その赤い瞳の奥に宿る感情までは窺えなかった。いよいよ私の涙腺も限界だったのだ。


 頬を伝う雫を拭って。

 身体を反転させ、一目散に逃走する。


 レイスの誕生日だからと、気合を入れて編み込んだ髪も片手で解きながら。特別な日にだけ着る、お気に入りのレースのあしらわれたスカートを翻して。


 私はただただ走った。


 そして、レイスと一緒にその成長を毎年楽しみにしていた、我がバレット家の庭のリコラの花壇の前で蹲り。


「うっ、く……っ」


 私は、日が暮れるまで泣き続けた。


 

 ――――こうして私の淡い初恋は、木端微塵に砕け散ったのだ。





お読み頂けありがとうございます!

失恋編はここまでで、次からは再会編になります。暫くは毎日更新致しますので、よろしければまたお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【お知らせ】
ビーズログ文庫様より発売中です♪
ラストは糖分増量してますー!
もしご興味ありましたら、活動報告を覗いて見てやってください。

活動報告
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ