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「ああ、目が覚めましたか、スーリア様! お身体の方は大丈夫ですか?」
「ロア君……?」
ふっと瞼の奥に光がさして、瞳をこじ開ければ、視界に一番に飛び込んできたのは、ロア君の愛らしい御尊顔だった。
次いで、私の顔を覗き込んできたのがウォル。「スー! スーが起きた!」と、水状の尻尾を嬉しそうにちゃぷちゃぷさせている。
そんなウォルを撫でようと手を伸ばすと同時に、ゆっくりと身体を起こせば、ここが自分に与えられた教会内の部屋だと分かった。
見慣れてしまったクリーム色の室内。
寝心地の良い、良質なシーツがひかれたベッドの上だ。
「私は……えっと、あの後はどうなって……?」
額を押さえて脳を少しずつ稼働させる。
マリーナさんを助けたくて、女王の宝剣で悪魔を祓うことに成功したまでは、おぼろげだが覚えている。あれからどうなったのだろう。
マリーナさんは? 犯人の男は?
それに、今は何時だろうか。
身体が怠くて……凄くお腹が空いている。
そう思ったら、ぐぅと腹部から間抜けな音が鳴って、私は慌ててお腹を押さえて俯いた。
なんてこと。
淑女にあるまじき音だ。
ロア君はきょとんとして、ウォルは「スーが腹ペコだー!」と騒ぎ立てる。私がデリカシーに欠けるウォルをジト目で睨めば、ロア君は気遣わしげに苦笑した。
「空腹であって当然ですよ。昨日の事件から、日付が変わりもう夕方……スーリア様は半日以上、眠っておりましたから」
「え……そんなに?」
「はい。霊力の使い過ぎによる疲労が原因ですので、身体に異常は無いとは思いますが、ご無理はなさらず。詳しい話はあとにして、まずは食事を取りましょう。ここに運びますので、少々お待ちください。……あ! その前に、スーリア様が起きたことを、騎士様に報告してきますね!」
「騎士様……って、レイス?」
ロア君は「そうです」と頷きを返し、ベッド横の椅子から、サラサラの金髪を揺らして立ち上がる。
なんでもレイスは今、私の部屋の外のドアの前に居るらしい。私が起きるまで、ずっと待機していたそうだ。
ロア君も普通に部屋の中で傍に付き添ってくれていたんだし、レイスも入って来ればいいのに……と思ったが、私のその疑問を察したロア君は、困ったようにへにょりと眉を下げた。
「騎士様は頑なにスーリア様の傍に近付こうとはせず……。ですが、スーリア様がこの部屋に運びこまれてから、ほぼ四六時中、部屋の外でスーリア様が目覚めるのを待っておられました。彼も怪我をしているので、ちゃんと手当てをしたいのですが……応急処置だけをご自分でされ、断られてしまいまして。それからずっと、この部屋の前に居ます」
「余程、スーリア様が気掛かりなのですね」と微笑み、ロア君は白いローブを捌いて、一旦静かに退出した。
私はボサボサの髪を手で梳いて、横目で茶色のドアを見つめる。
この薄戸の向こうで、ロア君とレイスが話をしている。あの事件の際の、倉庫内でのレイスの言動が色々と引っ掛かって、出来れば私は彼とゆっくり話がしたかったが……いまひとつ、どう切り出すべきか分からない。
次に起きたら、色々聞きたいことがあったはずなのに。
……あと、そう。
ちょっと癪というか、少し悔しいけど、私の一番のピンチに助けに来てくれたのは、なんだかんだレイスだから。
一応、お礼みたいなのも言わなきゃいけない。
でも、まずはロア君から事件の顛末を聞いて、先にご飯よね。身体もベタ付くし、早めのお風呂にも入りたいわ。
ぐっと伸びをして、私はチラリとドアの方に視線をやってから、ベッドから出て床に足をつけた。
●●●
手ずから料理を運んできてくれたロア君に礼を告げ、自室で食事を終えて、彼から聞かされた事件のその後の概要はこうだ。
私が倒れたあと、男は使徒さん達に身柄を拘束され、マリーナさんを含めた被害者たちは教会側が保護した。
幸いにして儀式は未遂で終わったため、攫われた精霊使い達には目立った外傷もなく。むしろ全員、蝶を追いかけていたときからの記憶が、ほとんど曖昧なようだった。
下手に誘拐されたことがトラウマになるよりは、そちらの方がいいのかもしれない。事情聴取も終え、もう皆、無事にそれぞれの帰るべき場所に戻れたみたい。
マリーナさんも、レヴィオン家から昼時には迎えが来て、普通に家に帰ったと聞いた。
犯人と繋がりがあったとはいえ、彼女は男の計画自体は知らなかったのだから、扱いとしてはやはり一被害者だ。御家族はマリーナさんの心身を案じ、暫くは事件があった場所から離れた、遠方で療養することを彼女に勧めたとか。明朝には発つそうなので、結局、私は彼女に、完成した剣舞は見せられなかった。
犯人である男の方は……処分はまだ保留中だ。
悪魔の抜けた男は、全面的に己の非を認め、どんな処罰でも受け入れると頭を垂れたとか。結果的には大きな被害は出ず、悪魔憑きであったことも考慮され、極刑は免れそうだが、男に下るのは軽い罰ではないだろう。
だけど、マリーナさんが私にと、ロア君に預けた手紙を開けば、それでも彼女は男がいつか戻るのを、気長に待つとあった。
『待つのに疲れたら、あっさり浮気しちゃうかもですが』と流麗な字で綴ってあった彼女は、私が思うより強かなのかも。
手紙は最後に、『ありがとうございます、スーリアさん』というシンプルな一文で締め括られていた。
――――そんなふうに、ひとまず精霊使い行方不明事件は終息し、訪れた今晩……満月の夜。
もう満月だからと、警戒する必要もない。……この国に悪魔はすでに居ないのだから。
そしていつの間にか明後日には、精霊姫として女王に謁見をする日だ。
私はロア君と話しを終えてから、軽い湯あみをして、それから部屋で、窓のカーテンを開け満月の光を室内に取り入れながら、今更過ぎる荷物の整理をしている。
理由は簡単、手持ち無沙汰で暇だからだ。
精霊姫特訓生活が忙しく、部屋の隅に放置されていた荷物を改めて検証していく。ウォルは今、窓際で小鳥の姿をした光の精霊たちと戯れているので、作業は私一人だ。
光の精霊たちは声を揃えて、「彼を助けてくれてありがと!」と私にお礼を述べていた。
……そういえば、事件の現場に居た腕章をつけた使徒さん達も、私に深々と頭を下げに来ていたわね。
「素晴らしいお力です! 我々はスーリア様の行動力と慈悲の精神、お力に大変感服致しました!」と熱っぽい瞳で賛美され、「あ、どうも」としか返せなかった。
あまり褒められなれていないの。勘弁して欲しいわ。
「あら……?」
そんなことをツラツラ考えながら、荷物の袋を次々ひっくり返していたら、ふと、私は一つの小袋に目を留めた。
私の持参した物とよく似ているが、若干、口を縛ってある紐の色が違う。
というか、これって。
「レイスの、よね」
彼が馬車にこの袋を積んでいるのを、私はアルルヴェール領を発つ際に見かけた覚えがある。私の荷物と似ているな、と思って。案の定、荷物が入れ替わってしまったのか。
レイスも片づけが済んでいないみたく、間違っていることには気付いていないようだ。これは確かに、よく紐の部分を見るか、中身を確かめなければ分からないと思う。
つまりこの中身は、頻繁に袋から取り出すようなものでは無いということ。でも記憶を辿れば、レイスが大事そうに抱えていた気も……。
……なんか、それが手元にあるというのが気まずいわね。
私の袋の方は、髪留めくらいしか入れてないから、レイスの手元にあっても問題は無いけど。
さっさと交換してしまった方がいいわよね。
それに実は私は、起きてからレイスと一度も接触していない。
部屋から出たのも湯あみの時だけで、付き添いは女性の使徒さんだったし。レイスも一応怪我人ということで、今日は夜間の見回りも無く、もう部屋で休んでいるはずだ。
うん。
今、彼の部屋に行けば……ゆっくり話すきっかけになるかも。
まだ夜中と呼べる時間でも無いし、私は意を決して、袋を持って立ち上がる。
この袋の中には何が入っているのだろうと、そんなことを心の片隅で考えつつ。私はウォルに一声かけて、レイスの部屋へと向かった。





