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多少ですが流血表現あります。

苦手な方はご注意ください。

 思い返せば、『崩壊』が始まったのはきっとあの日。


 レイスと出会ってから早4年。

 すっかり共に居ることが当たり前となっていた私は、いつものようにレイスに会いに、ひょっこりと孤児院に顔を出した。


 他の子達とも戯れつつ、アランおじさまにレイスの居場所を聞けば、彼は部屋に籠って出てこないという。一人部屋を与えられてから、レイスは孤独に黙々と、勉学に励むのが常となりつつある。


 「根の詰めすぎは控えてって言ったのに……」などと小言を呟きながらも、私は軽い足取りでレイスの元へと向かった。

 早く彼に報告したいことがあったのである。


「ねぇ、レイス。居るのよね? 入るわよ。あのね、昨日、父様と領主様のお茶会に参加したら、領主様が私には『精霊使い』の才能があるかもしれないって言ってくださったの。レイス、前に精霊が見てみたいって言っていたじゃない? 私が見せてあげられるかも…………レイス?」


 礼儀として一応ノックをして、慣れた調子で話しながらドアを開ける。レイスは集中すると音を耳から遮断する癖があるので、用事があるときは、返事がなくとも私は勝手に侵入していいという許可を得ている。


 しかし、意気揚々と紡いでいた言葉は、すぐに途切れることとなった。

 薄暗い部屋の中は――――突風でも吹いた直後のように、荒れ切っていたのだ。


「なに、これ……?」


 カーテンは閉め切られ、灯りもついていない室内には、無残に引き裂かれた衣類に、破かれた本。ヒビが入り欠けた、金の鎖に赤い花を象ったペンダントなどが散らばっていた。

 ……ペンダントは、私がレイスにお守り代わりに贈ったものだ。


 恐る恐る部屋へと足を踏み入れれば、カチャリ、と私は何かを踏む。


「え……?」


 銀色の光を宿すそれは、レイスの愛用している短剣だった。

 有事の際と稽古中以外は使用を制限されている物が、何故こんな床に転がって……と、屈んで拾い上げ、私はギクリと身を強張らせる。


 ――――剣の切っ先には、まだ生温い温度を保った『赤』が、べったりと塗られていたのだ。


「っ! レイス! レイス、どこなの!? 居るなら返事をして頂戴!」


 それが『血』だと数秒遅れて理解した私は、張り裂けんばかりに声を挙げた。

 良くない事態があったことは明白。まずはレイスの安否を確認せねばと、私は必死に周囲を見渡す。


 そしてようやく、簡素なベッドと木の壁の間に蹲るレイスを発見した。


「レイス……!」

「…………スー?」


 ひとまず彼がそこに居て、最悪の事態にはなっていないことに、私は安堵する。

 だが、秀麗な美貌を苦しげに歪め、胸元を強く押さえる様子は只事ではなく。手からは赤い液体が滴っていて、あの短剣についた血は、やはりレイスのものだった。


 事情を聞くのは後回しで、まず私は手当てをするため彼に近付こうとして――――次いで、「来るな!」という彼の鋭い制止に足を止めた。

 

「来るな、早く部屋から出ていけ!」

「な、何を言っているの、レイス。すぐに手当てをしないと……」

「こんなもの何でもない。いいからさっさと出ていけ!」


 赤い瞳を獣のようにぎらつかせ、彼は私を拒絶した。ここまで強く跳ね除けられたことは、出会った当初でも無く、厚かましさには定評のある私でも、思わず怯んでしまった。


 結局、レイスは「来るな」の一点張りで……。

 私は踵を返し、アランおじさまを急いで呼びに行くことしか出来なかった。「今はお前の顔を見たくない」とまで言われてしまったら、引かざるを得ないだろう。


 幸い怪我は大したこと無く、レイスの異変もいつの間にか落ち着いて。

 この件はどれだけ経緯や要因を訪ねても、レイスが口に堅い鍵を掛けてしまったので、有耶無耶のままに幕を閉じた。



 ――――だけどその日を境に、彼は私を避けるようになった。

 


 孤児院に会いに行っても、意図的に躱され。

 声を掛けても、露骨に無視をされる。


 アランおじさまも、レイスがそうなってしまった理由は分からないようで、「ごめんな、スーリアちゃん」と申し訳なそう顔をするだけだった。おじさまは何も悪くないのに。

 

 まるで出会った初めの頃のようだとも思ったが、違う。それよりもハッキリとした拒絶を感じる分、なお悪い。

 あの怪我を負った日に、彼の中で私に対する『何か』が変わってしまったのだろうか。

 答えを確かめたくても、目も合わせてもらえないのでは尋ねようもない。私の心はどんどん擦り減っていった。


 …………でも、どれだけ冷たくされても私は、馬鹿みたいにレイスが好きなままだった。


 きっと原因がある。それが解決すれば、元の彼に戻ってくれる。「スー」ともう一度、柔らかく名前を呼んで、不器用な笑みを浮かべてくれる。


 そう信じて、私は彼の14歳の誕生日に、ある贈り物を準備した。

 誕生日といっても、彼の正確な生まれは定かではない。レイスが孤児院に来た日をそう位置づけようと、おじさまと相談して決めただけだ。


 それでも毎年、必ず贈り物をして彼が傍に居てくれることを祝う、とても大事な日。


 私が大好きなレイスを諦めきれず、例年に倣い用意したものは、赤い花の刺繍が入った手巾だった。

 このアルルヴェール領内なら一年を通して何処にでも咲く、『リコラ』という花で、頭痛や肌荒れに効く薬の材料に使われるだけでなく、魔を祓う効果もあるという。


 刺繍に使用した糸も、その花から抽出した液で染めたものだ。もちろん、刺繍は私が頑張った。

 どちらかいえば、刺繍や編み物といった淑女の嗜みは苦手な分類だったが、母さまの厳しい指導の元、なんとか形にはなったと思う。


 リコラの花の色は、レイスの瞳の赤によく似ている。

 

 以前に贈ったリコラを模ったペンダントは、あの日に壊れ、部品は何処へ行ったか分からない。それならまた同じリコラの花を、私は違う形でレイスに贈り直したかった。


「……なんで女ものなんだ。まぁ、いいが」


 そう怪訝な顔をしながらも、ペンダントを受け取って、小さな声で「ありがとな……スー」と呟いたレイスを思い出せば、私の頬はだらしなく緩む。

 文句を言いながらも、彼は肌身離さずつけていてくれた。大事にしてくれていたんだ。


 この手巾だって、渡せばきっと。


 完成した手巾を畳んでリボンを巻き、誕生日当日、準備は完璧だった。

 最近になって、精霊の存在を偶にぼんやりとだが感じ始めていた私は、彼らに「応援してね」と語りかけ、それを手にレイスの元へと走ったのだ。



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