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「わ! て、手が……! あの、は、離して頂けると……!」

「あ、ごめん」


 音を立てて沸騰しそうなほど、ロア君は耳まで顔を紅潮させる。

 私としては、暖かい体温のあるロア君の手を握って、僅かに心が落ち着いたのだが。手に触れただけでここまで初心な反応をされると、こちらが照れる。


 ロア君の乙女度、私より高くて困るわ。


「私は平気よ。話の続きは今聞くわ。ロア君の時間が許すなら」

「ぼ、僕もまだ大丈夫ですが……」


 手を離せば、ロア君はおずおずとクッションに座り直す。そしてコホン、と咳払いして、彼は続きを話してくれた。


「えっと、悪魔が我が国に入り込み、事件を起こすのを許してしまった二つ目の要因なのですが……それは、今が聖鐘節であることが関係します」

「聖鐘節が? なぜ?」

「……これは精霊姫様の本当の役割に関することなので、本来ならば、使徒長様からお話しされるべき内容なのですが」


 『貴方になら、精霊姫の本当の役割をきちんと果たせるでしょう』


 そう笑みを浮かべ告げた、マリーナさんの尊顔が脳裏を過る。

 あのときは、役割って? と疑問を抱いて終わったが、存外早く、ロア君の口から聞けるようだ。


「そもそもなぜ、精霊姫が精霊女王と謁見するのが三年に一度なのか。それはその周期で、女王の『穢れ』が溜まってしまうからなのです」

「穢れって……?」

「『悪い気』なようなものだと、思って頂ければ良いかと。女王はその偉大なお力で、我がナーフ王国を守護してくださっておりますが、それは言い換えれば様々な悪い気を、女王が国内に蔓延る前に、一身に引き受けておられるということです。女王とて力を使えば疲弊し、跳ね除け切れない穢れが少しずつ溜まります。……その溜まった穢れを祓うのが、精霊姫の本当の役割なのです」

「女王の穢れを払うのが……」

「はい。文言や剣舞は、清めの儀式の一貫です。故に精霊姫は、霊力の強さ、性格、身分等を考慮した上で、霊力に浄化の素質がある方が選ばれるのです」


 ロア君はやんわりと頬を緩め、「スーリア様の霊力も、浄化の素質が高いというわけです」と微笑む。


 そもそも水の精霊と相性の良い精霊使いは、その素質を宿している者が多いのだとか。

 ――――水は穢れを洗い流す。

 水の精霊は元より、浄化の力が強い生き物らしい。歴代の精霊姫も、水の精霊と交流を図っていた方が大半なのだそう。そういえばマリーナさんも、爬虫類っぽい水の精霊と仲良くお喋りしていたわ。


 ……ウォルにそんな力があるとは、とても想像出来ないけど。

 穢れを清めるより、お菓子の乗った皿を綺麗にする方が上手だと思うわよ、あの子。


「ここまでの話で、精霊姫様のお役目はご理解頂けたでしょうか?」

「ええ、分かったわ。……なぜ聖鐘節だと、悪魔が暴れやすくなるのかも。穢れが溜まると、女王の加護も弱まるのでしょう? その隙を、悪魔が狙うわけね」

「その通りでございます! 精霊姫様が女王にお会いするまでの準備期間である、聖鐘節。それは別の見方をすれば、穢れが溜まり祓われる前、女王の力がもっとも弱い間を指すのです。……しかし、このことを知る者は、教会の者でも限られた一部。それと、歴代の精霊姫様だけです。此度の事件は、聖鐘節の期間に起こりました。最初は偶然かと思いましたが……悪魔憑きが関わっているとなると、話は変わります」

「意図的に、悪魔憑きは聖鐘節の期間に事件を起こした……?」


 それはつまり。

 聖鐘節が女王の力が弱まると知る者――――教会に関連する人物と、犯人の悪魔憑きは繋がっている、ということになる。


「余計な疑いなど持ちたくはありませんが……。悪魔憑きに情報を漏らした存在は確実にいます。一連の事件は念入りな計画の上。聖鐘節の期間を狙いすました犯行と見て、間違いありません」

「……その犯人の悪魔憑きは、精霊使いを何人も誘拐して、何をしたいのかしら?」

「考えられるのは……何かしらの儀式です。身の内の悪魔の力を使い、より大きなことを為すための儀式。攫われた精霊使いの方々は、恐らくその生贄です」

「生贄……」


 ゾッとする単語に、背筋が冷える。

 それって救出が遅れたら、行方不明者の命が危ない、ってことよね。

 悪魔の儀式なんて想像も出来ないが、おどろおどろしいものに違いない。寒気が走って、私は自分の腕をさすった。


「現在は、悪魔憑きによる犯行という新たな線で調査を進めております。ただ、急がなくては。満月の夜が近いのです」

「満月?」

「悪魔は月の光を力に変えます。太陽の光を好む、精霊とは真逆です。もしこの考察が正しく、悪魔憑きが何かしらの儀式を行うのなら、次の満月の夜が最も可能性が高いのです」


 そうだ。

 風の精霊であるリック君が得た情報でも、行方不明者が消えたのは月明かりの強い夜だった、とあった。

 悪魔は月の明かりの下が、もっとも活動しやすいのだと知る。


 思わず私は、先ほどまで光の精霊たちのダンスを見守っていた、窓の方に視線をやった。今日の月は雲間に潜んでいる。だけど満月の日にあの雲が晴れ、強い月明かりが地に降り注いだら。


 黄金の月を背景に、悪魔が楽しげに笑うのだろうか。


「――――悪魔の儀式の成功など、精霊女王の身許でさせるわけにいきません。必ず儀式は阻止し、攫われた方々は無事に助け出します。そして犯人の悪魔憑きは捕え、女王の元に跪かせます。僕が悔い改めさせてやります。それが、教会の使徒の使命です」


 ロア君はぎゅっと小さな拳を握り、淡い藍色の瞳に、明確な意思を鋭く宿す。

 幼い顔立ちに急に男らしさが生まれ、不覚にも私は一瞬、ドキリとしてしまった。

 

 ロア君、可愛いのにカッコいいとか、将来有望過ぎて、いっそ彼の未来が心配になるわ。天然タラシに成長しないといいけど。


「スーリア様も、月明かりの強い夜は、どうか十分に注意されてください。……といっても、精霊姫様とその騎士様に選ばれたお方には、女王の加護が個別に付与されますので、悪魔憑きに狙われることは無いかと思いますが。弱まっているとはいえ、女王が自らの力を駆使した、聖鐘節の間だけの特別な加護です。普段は感じられませんが、女王の力がスーリア様や騎士様に働いているはずです」

「レイスにも……?」

「はい。しかも騎士様には、『霊力水晶』までお渡ししております。あの水晶は、霊力を溜められるだけでなく、悪魔の力も封じれる優れものです。実は女王の宝剣の装飾にも使われております。あれも聖鐘節の間のみしか効果が発揮されませんが、とっても貴重なんですよ」


 「使徒長様が直々に霊力を込め、あの水晶を騎士様に渡された理由は、たぶん……行方不明事件を危惧して、騎士様がスーリア様を守る助けになるように、だと思うのですが……」と、ロア君はボソボソと呟く。自分で言っていて、その理由がしっくりきていない風にも見える。


 何にせよ、月が顔を覗かせる夜は要注意だ。



「教会の威信にかけて、事件の解決を必ずやお約束します。――――夜分に失礼致しました」



 そう頭を下げて、ロア君は話が終わると素早く退出した。

 「もう泊まっていく?」とからかいを口にし、最後に彼を林檎色にして遊んでしまったのは、可愛い年下をつい弄りたくなる私の悪い癖だ。

 聞かされた話が不気味で不安で、誰かに傍に居て欲しくて、半ば本気で言ったことは……胸の内にしまっておこう。


「ねぇ、ウォル。起きている?」

「――――ん? んー? 呼んだ、スー?」


 私はシンと静まり返った部屋で、そっとウォルを呼ぶ。

 出てこなかったら諦めるつもりだったけど、翡翠色のまなこを擦ってウォルが現れてくれたので、私は人知れず安堵の息をついた。


「起こしてごめんね。……今日は久しぶりに一緒に寝ない? ウォルが傍に居てくれたら安心するの」

「いいよ! スーが望むなら」

「ありがとう」


 そして私は、ぎゅっとウォルのふわふわな身体を抱いて、ベッドの上に転がった。

 意識を飛ばす前、なぜか思い浮かんだのは、いつかのレイスの冷たい赤の眼差しだった。


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