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 悪魔って……レイス?


 奴の『悪魔騎士』という異名から浮かんだだけだが、ロア君の様子を見ると、どうもそんな、「おまえ性格悪すぎ。本当に悪魔だな!」みたいな感じで使われる意味とは違うようだ。


 私が素直に「なんとなく、悪い存在ということしか分からないわ」と答えると、ロア君は神妙な顔で頷いた。


「この国では馴染みの薄い存在です。精霊女王の御加護を受ける、我がナーフ王国で生まれ育った人間は、よく知らぬ者が多いでしょう。常ならば、女王の守護するこの地は魔を寄せ付けません。教会に関わる人間でさえ、悪魔の認識が曖昧な者も少なくはないかと。しかし、精霊が存在するように、本物の悪魔もまた存在します」

「確かに……居てもおかしくはない、わね」

「悪魔は人を惑わせ陥れる、人の心に寄り添う清き精霊とは対極です。気紛れに人間と契約を結び、人知を超えた力を貸す代わりに、対価を要求して自身の力を強めます。……そして、悪魔と契約し、その身の内に悪魔を宿した人間は、『悪魔憑き』と呼ばれます」

「あくまつき……」


 耳馴染みの無い言葉に、私は瞬きを繰り返す。


 悪魔が対価として求めるものは、契約内容によって『支払い』の条件も変わるそうだが、視覚や聴覚等の五感のどれか、身内の命、腕や足などの身体の一部……と、聞いているだけで気分が悪くなるようなものばかりだった。

 

 また、実は教会では、一部の霊力の強い使徒が特殊な訓練を受け、国外に出て悪魔祓いを引き受けることもあるそうだ。霊力は悪魔にも対抗し得る力なのだとか。

 そんなのまったく知らなかった。


「公けにしている話ではありません。ただ此度、悪魔についてスーリア様に明かしたのには、理由があります。一連の精霊使い行方不明事件……あれは、悪魔絡みであるものだと判断されました」

「え?」


 ここで事件の話が出てくるとは思わず、私は身動ぎする。ロア君は、犯人は悪魔憑きの人間だと断定した。

 でも、ロア君の解説通りならばそれはおかしい。


「今月からこの国で起こっている事件よ? 精霊女王の力が働いているこの国に、悪魔は近寄れないはずなのでしょう?」

「常ならば、です。ここまで好きに悪魔をのさばらせてしまったのには、二つの要因が考えられます」


 まだ幼い丸みを残す指を立て、ロア君は語る。


「一つは、『悪魔使い』が絡んでいるからだと予想されます」

「また新しい単語が出たわね……悪魔使いって?」

「何体もの悪魔を自在に従える、悪魔より悪魔な人間です。数えるほどしか居りませんが、奴らは自分以外の人間に悪魔を憑けることも出来ます。単独で悪魔と契約した場合、契約は不完全な場合が多いのですが、悪魔使いが間に介入すると、より細かい契約を強固に取り交わすことが可能です。悪魔使いによって『悪魔憑き』にされた人間は、綺麗に悪魔と同化する。よって、その悪魔の気配が、契約者である人間の気配に紛れてしまうのです」


 なるほど……それで、精霊女王の目を掻い潜るわけか。

 同化が完全であればあるほど、悪魔憑きの人間なのか判断は難しくなるそうだ。ただ、悪魔は基本的には契約に従うが、油断をすれば、契約者の意識と身体を乗っ取ろうともするらしい。同化が進めば、その危険性も高くなる、と。

 

 ロア君は、その中性的な顔に苦い表情を浮かべる。


「おじい様ほどの霊力があれば、一目見ただけでも、同化の進んでいる悪魔憑きを見つけられるかもしれませんが……僕にはまだ無理です。傍に居たとしても、恐らく気付けません」

「おじい様……?」

「あ、ああ! 申し訳ありません! スーリア様にはまだ告げておりませんでしたのに、つい……!」


 「決して故意に隠していたわけではないのですが……」と前置きして、ロア君はクッションの上で居住まいを正した。ウォルが姿を隠して寝ているためか、騒がしさが無く静かな室内で、彼のローブが擦れる音は耳につく。


「おじい様とは、まだスーリア様と面会がなされていない、使徒長であるガウディ=フィンスのことです」

「フィンスって……」

「はい。……実は、僕は使徒長様の孫なんです」

「そうなの!?」


 悪魔などという突拍子もない話より、私にはこちらの方が身近な驚きだった。

 それならロア君がその若さで教会で働き、精霊姫の世話役に抜擢されたのも分かる。いや、もちろん実力もあるのだろうけど。


 ロア君は「うっかりおじい様呼びをしてしまいました……。いえ、別に咎められることではないのですが……お恥ずかしい」とほんのり頬を染めて俯いている。

 先生をお母さん呼びするようなものかしら?

 何にせよ、気が重くなる話の間で、少し気分が解れ癒された。


「おじ……えっと、使徒長様ほどのお力のある方か、精霊でもよほど敏感な精霊でないと、同化の進んだ悪魔憑きは気配だけでは見分けられません。ただ、悪魔憑きにも特徴はあります」

「どんな?」

「胸元に悪魔との『契約印』があるのです。逆さまになった、黒い蝶の印です」


 黒い蝶は悪魔の遣いなのだと、ロア君は言った。

 そういえば薬屋のレオンさんも、黒い蝶は何かの遣いだった気が……と呟いていたわ。そのことからも、行方不明事件が悪魔絡みだと判定されたようだ。


「それと、悪魔憑きは体内に悪魔の『気』が流れているため……体温がとても冷たいです。悪魔に温度は、ありませんから」


 ロア君は自身の掌に視線を落とす。そのため悪魔憑きは普段、手袋などで不自然なまでに手を隠したり、人と触れ合うのを極端に避けることが多いのだと。


 冷たい体温。

 胸元の黒い蝶。

 人との接触を避ける。


 ドクリ、と、嫌な風に心臓が脈打つ。頭の中でロア君から聞かされた言葉の数々が、雑多に踊り狂うのに、一部だけに靄がかかっていてはっきりしないような、そんな気持ち悪さに酔う。

 あと少しで、何かに気付きそうなのに……気付いてしまっては、いけない気もして。

 私の脳は霞がかったまま、思考は緩やかに鈍っていく。


「二つ目の要因はですね……っと、だ、大丈夫ですか!? スーリア様!」

「え……?」

「顔色が悪いです! こ、こんな話を一気にされたら、ご気分も悪くなるかと……短慮でした。残りはまたの機会にして、僕はもう退出します……!」

「ちょ、ちょっと待って!」


 立ち上がり、慌てて礼を取って出て行こうとするロア君を、私は咄嗟に引き留める。

 またの機会って、いつになるか分からない。私は覚えた引っ掛かりも一旦投げ捨て、勢いでロア君の手を掴んだ。


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