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 街に出掛ける当日。

 教会で昼食を取り、私は身形を素早く改めた。

 前のように、オレンジの華やかな服を選ぶなどという愚行はせず、着慣れた丸襟のブラウスに、濃茶の広がりの落ち着いたフレアのスカートを合わせる。家から持ってきた衣服の中でも地味な分類だが、動きやすさを重視してみた。

 お洒落? 最低限よ、最低限。


 レイスの方も変わらずシンプルなベスト姿だったが、それでも見目が良いから、一級品を身に纏っているように映るのが腹立たしい。

 そんな彼の首には、きちんと精霊水晶が提げられていた。貰ってから肌身離さず付けているようだ。濁りなどは見えないので、やはりあの時のは見間違えだったのだと再確認する。


 空は連日の快晴で、金茶の髪を掬う風は心地良い。

 「いくぞ」というレイスの声に続き、私たちは教会を後にした。




 街に出れば、賑やかな音と光景が一気に流れ込んでくる。

 常に静謐な空気が漂う教会内には無い、その騒々しさが私の心を弾ませた。


 まだ昼時のためか、居並ぶ店の中で、飲食関係の店は賑わっているようだ。お皿などが描かれた木製の看板の横には、来客を歓迎するかのように、教会の入り口にもあった小さな鐘が、チリンチリンと控えめに鳴っている。

 初めて足を踏み入れた時はじっくり観察出来なかったが、やはり活気溢れる良い街だ。


 石畳を行く人たちの合間には、精霊たちの姿も垣間見える。

 触れても火傷はしない、燃える甲羅を背負った亀の姿の火の精霊。

 宙を水状の尾ひれを揺らして泳ぐ、ウォルと同じ魚の姿の水の精霊。


 何処を見ても楽しい。


「あっちもこっちも面白いね、スー!」

「ええ」


 ウォルもちゃぽちゃぽ尻尾を振って、ご機嫌な様子だ。


 レイスは離れない程度に距離を空けて、黙して私達の様子を静観している。珍しく気を使ってくれているのか、そうやって空気に徹してくれているのが、今の私には一番有り難い。


 というか、レイスは再会した時より、教会に来てからほんの僅かだが、私への態度が軟化した気がする。正確には、あの精霊水晶を身に付けるようになってから、だろうか。

 ピリついた雰囲気も薄らいで、昨日も何だかんだ、ロア君の頼みとはいえ誘いを口にしてくれたし。


 精霊が見えるようになって、ちょっと心が清められたとか?

 ……無いか。


 まぁ、あくまで気のせいだ。だからなんだという話。

 油断したらまた手痛い言動を取られかねないので、私もウォルを見習って、レイスに対する警戒心を強めている。


「そっちじゃない、こっちだ」


 些か羽目を外しかけてはしゃいでいたら、レイスが店と店の間の路地を指差し、声を掛けてきた。

 先にレイスの用事を終わらせる話だったので、ここは彼の誘導に素直に従う。


 レンガ造りの壁に挟まれた路地は、狭くて太陽の光が届き難く、薄暗い。前を行くレイスの足取りに迷いはないけど、人々の喧騒が遠退いて、不安になる道のりだ。

 やっと開けたところに出れば、ポツンと建つ一軒の店が視界に入った。


 二階建てのこじんまりとした店で、木製の入り口には『レオンの薬屋』と雑な字で書かれている。

 薬屋さん?


 「注文していたものを受け取るだけだ。すぐに済む」と言って、レイスは扉を開け放ち、店内へと進んでいく。

 老朽化の進んでいる木板の床は、足を踏み入れるとギシリと嫌な音を立てた。棚に並べられた無数の薬瓶や、天井から吊るされた薬草らしきものから漂う、鼻をつく匂いが、決して広くは無い空間に無数に混ざり合って充満している。

 

 なんだか怪しげな薬が多いのは、私の気のせいだろうか。


「んー? 客? おお、いらっしゃーい、レイス君。準備は出来てるよー」


 カウンターの奥の方から現れたのは、ダボダボの白衣を引き摺り、野暮ったい眼鏡を掛けた、これまた怪しげな人物だった。藻のような緑のもっさりとした髪に、不健康そうな青白い肌をしている。

 店内には彼一人のようだし、この藻さんが店主のレオンだろうか。レイスは常連のようで、お互いに慣れた対応だ。


「あれー? レイス君が女の子を連れている。珍しいねー。恋人? 妹?」

「いもっ……!?」

「……無駄口を叩くな。さっさと頼んでいた物を寄越せ」


 恋人より、妙に私はレイスより年下扱いされたことがショックだった。私の方が二つも上なのに。


 レイスの鋭い刃先のような睨みにも動じず、彼は「はいはーい」と返事をして、カウンターの下から茶色い紙袋を取り出す。

 中身が見えないので何の薬かは分からないが、次いでレオンさんの口から出た金額に、私は思わず驚愕の声を挙げた。


「た、高っ……!? 私の領でなら、小さな土地を買える金額だわ……! 一体何の薬なんですか!?」

「だって特注で作っているし。このくらい普通だよー? あのねー、睡眠薬」

「すいみんやく……?」


 なぜレイスがそんなものを? 実は不眠症?


 そう小首を傾げていたら、レイスは余計な会話はするなと言わんばかりに、レオンさんの手から袋を引っ手繰った。しかしその瞬間に、中の物が飛び出してしまう。

 床にコロコロと転がった小瓶は、私の足元へと辿り着いた。


 屈んで拾い、ラベルに描かれている文字と花の絵を見て、私は思わず呟く。


「リコラの花……」


 よく見れば瓶の中の液体も、レイスの血色の瞳とよく似た、あの花の赤だ。

 でも、リコラの花に睡眠薬に使われるような成分があったかしら? 確かリコラの花は、頭痛や肌荒れに効く薬になって……あともう一つ、何か効果はあった気がするが、睡眠を誘発するようなものでは無かったと思う。


「あ、知っている? その花。どっかの領で大量に取れるんだけどねー。普通の睡眠薬だとレイス君、効かないって言うから、俺が試行錯誤して調合したの。だから、その花が主成分になっているその睡眠薬は、言ってみればレイス君専用」


 いつの間にか私の傍に来ていたレオンさんが、そのひょろりとした指先で、私の手から小瓶を摘まんだ。そして流れるような動きでレイスに手渡す。


 お喋りなレオンさんにレイスは苛々と金を払い、さっさと店を出ようとしたが、そこでドアが勢いよく開いた。

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