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 陽の下で見ると、レイスの黒髪は光を毛先の上に滑らせ、キラキラと艶めいて人目を引く。悔しいけど見惚れるほど綺麗だ。

 簡素な装いで腰に剣を下げ、真っ直ぐに彼はこちらに向かって歩いてくる。


 てっきり、私は景色の一部として素通りされるかと思ったが、レイスはピタリと、私の座る長椅子前で足を止めた。


「な、なによ?」


 予想外だったため、動揺した声の調子はつい喧嘩腰に。

 ウォルは相変わらず、レイスに対しては警戒態勢を用いている。「出たな、黒頭! スーに近寄るな!」と毛を逆立ているけど、近寄るなってウォル、一応ソイツ、私の護衛だからね。


 あまりに反応が過剰なため、私は密かに「レイスって精霊に嫌われる体質なんじゃ……性格悪いし」などと思っていたが、ここまでの嫌悪を示すのは今のところウォルだけで、他の精霊たちは特にレイスを避けているということはないようだ。

 なんでウォルだけ? と些か疑問には思うが、単純に相性が悪いのだろうか。


「……お前、明日は特訓が休みだったな?」

「え?」


 問われた内容が咄嗟に理解出来ず、目で問い返せば、奴は低い声でもう一度同じことを繰り返す。ようやく理解した私は、おずおずと答えを提示した。


「や、休みだけど」

「…………そうか」


 そして訪れる、謎の沈黙。


 レイスは端整な眉の間に皺を作り、見たことも無いような難しい顔をしている。赤い瞳は、何かしらの深い迷いで揺れていた。


 沈黙が気まずくて、私は彼の首から提げられている、雫型の水晶の方に意識を逸らす。

 静かな輝きを放つそれは、光の加減によって七色に移り変わる。『霊力水晶』というものだ。

 初日に部屋へと案内される前、ロア君がこれを「使徒長様から騎士様に、です」と言って、レイスに手渡していた。


 水晶は一定の条件下でしか得られない特別製。

 使徒長様が直々に霊力を込めたらしいこの水晶を身に着けていると、霊力の無い者でも精霊が見えるようになる。

 つまり、今のレイスには自分を威嚇するウォルがバッチリ見えているわけだが、今の彼はそんなことを気にする余裕も無いのか。歯牙にも掛けず、人の目の前で悩みに耽っている。


 ただ不思議に思うのは、相方の騎士に霊力を貸す役目は、本来なら精霊姫が請け負うのが通例だ。私が旦那様にやったように、私がレイスに(嫌だけど)力を貸すはずなのだが。

 なぜ使徒長様自ら、貴重な『精霊水晶』なんて物を、レイスに用意したのか。それとなくロア君に尋ねてみたが、彼も分からないようで困った顔をさせてしまった。これは、いまだにお会いできていない、使徒長様にいずれ直接お聞きしてみようと思う。


 そんなことをツラツラと考えていたら、レイスがようやく口を開く。

 

「俺は……明日の昼頃から、街に用事があって赴く」

「え、ああ、うん」


 何かと思えば、急に予定の報告をされた。

 だからどうしたというのだろう。そこまで悩んで言うことかと、私は拍子抜けする。


 だって、どうせ一人で街に行くんでしょ。

 護衛とはいえ、私が教会内で人の居るところで大人しくしていれば、騎士が単独で少し出掛けるくらい問題ないはずだ。

 別に行けば?

 いいわよ、もう。私は書庫から本でも借りて読んでいるから。


「………………一緒に行くか」

「は?」


 ――――しかし。

 たっぷり間を空けて飛び出た言葉は、私の思考の斜め上を行くものだった。


「な、何よ、自分から近づくな、なんて言っといて、誘ってくれるわけ?」

「っ、あのロアとかいう使徒に頼まれただけだ。お前が特訓で煮詰まっているから、息抜きに付き合ってあげて欲しいと」


 意表を突かれた故の上擦った声で、私が皮肉を返せば、レイスはグッと強く胸元を押さえながら、早口で理由を説明する。

 そういえば私と一緒に居るとき、彼はこの胸元を押さえる動作をよくしている。こんな癖、幼い頃にはなかったと思うが、頻度が高いので目につく。


 ……いや、そんなことより、今はこの誘いをどうするかだ。

 ロア君が気を回してくれたのだというなら、合点がいく。連日の鬼畜特訓で、憔悴していく私を気遣ってくれたのだろう。そうじゃないと、レイスが自主的に私を誘うわけないもの。


「俺は護衛騎士として、精霊姫であるお前の望みに、ある程度沿う義務がある。俺の用事が済めば、あとはお前の好きにしたらいい。護衛としての職務は果たす」


 あくまで『仕事』という彼の物言いに、心が小さく波打ったが、それならこちらも、単純に護衛という役割だけで彼を利用すればいいだけ。働かせてやるくらいに思えばいいのかもしれない。

 ロア君の気遣いを無下にはしたくないし、何より街に出て気分転換を図りたいのが本心だ。


 それでもまだ決め兼ねて、たぶんついてくるだろうウォルに「どうする?」と訪ねようとしたら、ウォルは「街! 街にいくの!? 行きたい! 黒頭と一緒は嫌だけど行きたい!」と小さい前足を叩いていた。

 思えば私に付き合って、教会内にずっと留まってくれていたものね。


 それによく考えれば、教会に来るまでの道中も、レイスとウォルの二人と一匹での移動だった。

 ウォルが居てくれたら、レイスなんて背景だ。

 

「それじゃあ……同行をお願いするわ」

「……わかった」


 短く返事をして、レイスは踵を返す。

 ――――ただ。


「あれ?」


 太陽光を反射する透明な精霊水晶。その中に、七色以外の黒い濁りのようなものが、一瞬だけ見えた気がして、私は目を瞬かせた。

 しかし、思わず椅子から立ち上がりかけた時には、もうそんな濁りは無く。

 見間違えだったのかとすぐに思い直す。


 そして、去り際にまた、あの胸を押さえる動作をして。レイスは私の前からあっさりと遠ざかっていった。



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