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「ああ、いけませんよ、スーリアさん。礼の角度は45度。宝剣の持ち上げ方も違います。姿勢が悪いですね、もっと背筋を伸ばしてください。はい、やり直し」


 人形のように滑らかな白い肌に、長い睫毛に縁取られた黄金の瞳。ストロベリーブロンドの長い髪は腰まで真っ直ぐ伸び、嫋やかながらもしっかりと芯を感じさせる立ち姿。

 レイスとはまた違う、気品のある華やかな美貌を持つ、如何にも『淑女』な女性の口から出る言葉は、華やかとは程遠い、鬼畜極まりないものだった。



 ――――教会に着いて、すでに五日目。



 私は日々、精霊姫としての儀を滞りなく達成するため、精霊女王へと謁見する際の礼儀作法から細かな段取りまで、みっちりと叩き込まれている。

 

 最初は「え? 儀式って言っても、軽く鐘を鳴らして、ちょっと祈りの文言を挙げて、女王様に一礼するくらいでしょ? 出来るわよ、それくらい」みたいな、かなり甘いことを考えていた。

 そんな舐めたことを考えていた自分の頬を、今は一発平手打ちしてやりたい。


 鐘を鳴らすことに間違いはないが、それまでに色々と過程があり。

 これがもう本当に細かくて面倒臭い。


 文言は長いし、独特のリズムと抑揚をつけて読み上げる必要があるとか、精霊姫の衣装が着慣れない豪奢なもので、滅茶苦茶動きにくいとか。

 女王が初代国王の傍に仕えていた精霊使いに授けたという、『女王の宝剣』に自分の霊力を込めて、簡単な剣舞もどきを披露しなきゃいけないとか。

 とにかく想像以上に、謁見の儀での精霊姫の役割は多かった。


 元々、従来の精霊姫は貴族の娘、教会の使徒がほとんどだ。

 女王に対して失礼の無いような、作法は元より身についているだろうし、舞だって基礎なら学んでいる子ばかりなのではないだろうか。


 しかし、私はちょっと良いとこ出のただの庶民。

 なんならリンスの言うように、所詮世間知らずの田舎娘だ。「作法? 舞? 響きがとっても優雅ね!」くらいの認識しかないのに。

 すべてを一から教わる必要があり、わりと毎日ボロボロである。


 ……そして何より。


「先ほどよりいいですよ、美しい礼でした。剣の扱いも慣れてきましたね。最初に説明したように、剣に上手く霊力を流すことに成功すると、重さも軽減され、使用者の手に馴染むようになります。大分霊力の扱い方も上達してきたのでは?」

「! そ、そうですか? そうでしたら……」

「はい。じゃあ、今の感覚を忘れないうちにもう一回」


 きゅ、休憩とか如何です? と言いかけた言葉は、音にならずに消滅する。


 私の指導役を任されたこの女性・マリーナ=レヴィオンさん。

 なんとレヴィオン伯爵家の三女で、歴としたお貴族様である。前回の精霊姫を務めた私の先輩にあたる人でもあり、『高い霊力と歴代随一と言われる美貌を持つ、伯爵家のご令嬢』とは彼女のことだ。


 噂に違わぬ、女性らしさに上品さを加えた麗人で、パッと見はとても優しげに見えるが……侮ってはいけない。

 彼女の指導は非常に厳しかった。


 初対面時。

 「先に言っておきますね、スーリアさん。私、完璧主義なんです」とにっこり微笑まれた時に感じた寒気。レイスの悪魔騎士なんて名前が可愛く思えるほど、謎の迫力があった。


「さぁ、それでは最初から」


 ……本当に悪魔!



●●●



「ス、スー? 大丈夫? なんかあれだよ、絞り終わった雑巾みたいだよ」

「よれよれってことかしら……」


 教会の内部にある、特訓用に借りている広間から出た私は、覚束ない足取りで中庭の長椅子に腰かけた。降り注ぐ陽が眩しい。今日の特訓はようやく終了し、マリーナさんはもうお帰りになった。

 

 特訓中は他の教会の精霊たちと戯れていたウォルが、現れて私の顔を覗き込んで来る。


「なんかもう、なんて言うのかしらね……ここまで精霊姫の役割が過酷なんて、正直予想もしていなかったわ。疲れた……癒しが足りない……」


 虚ろな目で、整えられた広い庭を眺める私に、ウォルは「イヤシ? イヤシってどうやって渡せるの? スーに今すぐイヤシをあげなきゃ!」と水音を尻尾から響かせ、あわあわと慌てている。

 大丈夫よ、ウォル。あなたのそのちょっとズレた言動で、少し癒されたから。


 ウォルも居るし、ロア君も甲斐甲斐しくお世話をしてくれ、その必死な様子が大変微笑ましいので、決して癒しが皆無なわけではないのだ。ただそれを上回る精神的疲労が積み重なっているだけで。ますますアルルヴェール領が恋しくなる毎日である。


 しかし幸いにして、明日はマリーナさんが用事があり、教会での特訓はお休み。

 自主練だけなので、出来れば息抜きに街に出てみたいなと、私は密かに願望を抱いている。


 ………でも街に出るには、奴に同行を頼まなくてはいけない。


 レイスは私とは別に、お供の騎士にもある、女王との謁見時の作法を教授されているようだが、騎士団で礼儀の面も習得してきた奴は、すでに難なく合格点を得ているとか。

 そのためか、私の特訓の様子を離れたところから無言で見に来ることもあり、それもそれでプレッシャーである。やめてくれないかしら、あれ。護衛だからというより、余程暇なのねとしか思えない。


 そんな暇人野郎だから、時間に余裕はあるだろう。私が同行をお願いすれば、職務として付き合ってくれるとは思う。


 けどやだ。

 アイツにお願い事とかしたくない。


 本音を言えば、私はロア君とウォルの三人(二人と一匹?)で街に行きたい。でもロア君は私達のお世話以外にも、何やらバタついていて忙しそうだ。例の行方不明事件に、教会の人員を割かれているためか、他の使徒さんたちもいつも何処か慌ただしい。


 事件はいまだに続いていて、先日、ついに8人目の行方不明者が出てしまった。

 消えた人たちの安否が気に掛かる。


 そんな中で、やはり街に出掛けるのは止めた方が良いということなのだろうか。ああでも、これを逃したら、もうゆっくり王都を楽しめそうにないし……。そろそろ気分転換の一つでもしないと、本当にボロ雑巾と化してしまう。


 そう私が、訓練中だったので一つに纏めた金茶の髪を無造作に弄り、俯いて葛藤していたところだ。

 乾いた土を踏む音が、不意に耳朶に届く。



 顔を上げれば――――まさにその姿を思い浮かべていた、レイスがこちらに向かって歩いてきていた。



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