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 街の南部へと足を進めて、辿り着いた教会の大きさに、私は圧倒された。

 

 白亜の建造物は、主塔の左右に二つの尖塔が並び立ち、天を突くように高く伸びている。光を受けて輝く薔薇窓が美しい。重厚な入り口の扉の取っ手には、くすんだ金の小さな可愛らしい鐘が提げられており、これは街中でもよく見かけたものだ。教会が配布しているのだろうか。

 教会の周辺には、先ほどの大地の精霊が贈ってくれた、ピンクの花弁を持つ花が可憐に咲き乱れていた。


 敷地内に足を踏み入れれば、花の香りと共に、何処か清廉な空気が漂ってくる。

 精霊の気配もあちこちで感じた。



「――――ようこそおいでくださいました、精霊姫様とその護衛騎士様。教会に居られる間、お二人の世話役を任されております、ロアセル=フィンスと申します」



 「お気軽にロアとお呼びください」と、教会の使徒である精霊使いが着る、白いローブを身に纏ったまだ年若い少年が、深々と頭を下げた。

 応接室のような場所に通され、ソファにレイスと並んで(ただし、二人の間にはウォル一匹分くらいの絶妙な距離がある)腰かけて待っていたら、現れたのがこの少年だった。


 私より4、5歳ほど年下だろうか。

 サラサラの金髪に真ん丸の藍色の瞳。柔らかな輪郭を描く、非常に可愛らしい顔立ちをしており、体つきも小柄で、下手をすれば女の子に間違えられそうな容姿だ。

 だけど、この若さで教会所属の精霊使いとして、一応精霊姫である私の世話役を任されるのだから、なかなかに優秀な人材と見た。


 しかしながら、ガチガチに身体を強張らせ、無理して厳かな態度で礼を取ろうとする様子は微笑ましい。私は自分の方の張っていた気が解れるのが分かり、「よろしくお願いします、ロアさん」とこちらもソファから立ち上がり礼をした。


「わ! さ、さん付けなんて恐れ多い! 敬語もお止め下さい、精霊姫様!」

「え? じゃあ、ロア……君? というか、私の方こそ精霊姫様呼びはむず痒くて……。なんで選ばれたのかも分からないくらいだし。出来れば名前でお願いしたいわ」

「うぇ!? ス、スーリア様でよろしいのですか……?」


 微笑んで「ええ」と返せば、ロア君は「き、綺麗な方を名前でお呼びするのは緊張します……」と顔を真っ赤に染めた。なんだこの可愛い生き物。

 しかしロア君は、冷ややかで全体的に刺々しい様子のレイスには、委縮してしまっているようだ。私は非難の目をレイスに向ける。


「ちょっと、怖がらせるのは止めてよ」

「……お前は変わらず、年下に甘いな」


 独り言のように呟かれた言葉。

 そこは否定しない。私は自分より下の者に、とことん甘い自覚がある。


 そういえば私たちが幼く、まだ仲が良好だった頃。

 レイスは私が孤児院の他の子たちを構うと、いつの間にかその場から居なくなり、よく機嫌悪そうに木陰で不貞寝をしていたことを思い出す。

 あれは、親しい姉のような存在を取られた、幼い弟の嫉妬のようなものだったと思うが、うん、あの頃は可愛げがあったな。


 というか今さらだけど、レイスは私より年下なのよね。

 それなのに何なのかしら、このロア君との差は。再会してからずっとお前呼びで、一度も名前を呼ばないし。

 ……別にもう、レイスに「スー」と呼ばれたいわけじゃないけど。


「スーリア様には、こちらで二週間ほど滞在してもらい、精霊姫としての儀の手解きをさせて頂きます。それから、聖鐘の森に向かって頂く予定です。毎朝の礼拝等には参加して頂きますが、空いた時間は一声掛けて頂ければ、外に出て自由に過ごされても構いません。えっと、騎士様……」

「レイスでいいわよ、ロア君」

「勝手に名前で呼ばせるな。護衛騎士と役職で呼べ」

「レイスでいいじゃない!」

「あ、う、えっと……」


 ソファに不遜な態度で身を沈めるレイスに、私が噛み付けば、私たちの不穏な空気にロア君がローブを揺らしてオロオロする。

 しまった、私が怯えさせてどうする。


「き、騎士様も、こちらで部屋をご用意してあります。あ、あとでご案内します。それから本来でしたら、すぐに使徒長様にご挨拶を……というところなのですが」


 言いにくそうに、ロア君が小さな口をまごつかせる。


「実は現在、この王都では、精霊使いが次々と行方不明になる事件が相次いでおります……。使徒長様はその調査に急遽駆り出されまして、対応に追われているのです」

「え……」

「行方不明になった方々は皆、今も消息を絶ったままです。精霊使いであるということ以外は、行方不明者に共通点はありません。男女の区別なく、年齢もバラバラです。今のところ明確な手がかりも無く、急に前触れなく姿を消してしまい……その行方を追っている最中でして。故にご挨拶は後回しになってしまうかと」


 重々しい口調で語るロア君に、リンスの情報は正しかったのだと、私は目を瞬かせる。


 精霊使いだけが、突然行方不明になる事件。


 誘拐の線もあるとリンスは言っていたが、ロア君の口ぶりだと、人が自然と音も無く蒸発でもしたかのように消えた、という風だ。消えた精霊使いのことを知っている、精霊たちに尋ねても、「いつの間にか居なくなっていた」としか言わないと。


 謎が多く、なんとも不気味だ。

 私が軽い寒気で腕をさすっていると、ロア君が気遣わしげな眼差しを、丸い瞳から向けてくる。


「このような現状の中で、スーリア様を精霊姫としてお迎えしたこと、お許しください。精霊姫が精霊女王に謁見を許される日は、その年により変わります。女王からの使者である精霊からお告げがあり、定められた日を変えることは許されません。事件の解決には、教会側も尽力しておりますが、なるべくお一人になられませんよう……。お出かけになる際は、必ず騎士様とご同行ください。多くの精霊たちが守護する、教会内は安全だと思うのですが、なるべくなら、片時も離れない方が良いかと」

「え」


 「それはやだ!」と感情だけで返しそうになり、私は寸でで口を噤んだ。

 チラッと横のレイスを覗き見れば、鼻筋の通ったお綺麗な顔を、苦薬でも一気飲みしたかのように盛大に歪ませている。

 私の側に居ることに、こんな嫌悪感剥き出しのやつとずっと一緒に?

 それは何という拷問なのかしら。


 やっぱり、あの花弁を取るときに見せた刹那の表情の緩みは、幻だったのだと改めて思い直す。王都の輝きに目が眩んだのだ。あんなので心乱されかけた自分が、心底愚かしい。


「今日はもうお疲れでしょうし、部屋でゆっくりとお休みください。荷物等はすでに各お部屋に運んであります」


 ロア君の案内に従って、私たちは各自の用意された部屋へと移った。

 儀式の作法等については、指導を担当する精霊使いをわざわざ呼ぶらしい。本格的な精霊姫生活は明日からだ。


 部屋は自分の家より豪華で、出された食事も美味しかった。流石の待遇だ。

 だけど、慣れない質の良いシーツに身を沈め、夜の帳が落ちれば、私を襲うのは明日への期待ではなく、レイスのことも含め不安なことだらけ。


 お母様、お父様、ミイナ。

 それにアランおじさまにリンス。

 みんなの顔が見たい。無事に役目を終えて、一日でも早くアルルヴェール領に帰りたいわ。


 そう祈って、私は静かに瞼を下ろした。


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