翼が七羽
──あの一件から数日後。
俺と同じ帰宅部の翼──俺が部長で、翼が副部長だ!(今決めた)最近は阿久津がクラブ活動にうつつを抜かしてるから、俺は翼と途中まで帰っている、帰宅活動中だ!
そういえば、こいつの家とか知らなかったな。親友と言えば家に行ったり来られたり、たまに待ち会わせたりってのが相場だ。いっちょ聞いてみるか。と内心をドキドキとさている俺。
「なぁ~、翼よ。お前の家ってどこら辺? いつもこの先の曲がり角でバイバイしちゃうだろ? こっちの道路より向こうなんか?」
学校を出てすぐにデカイ国道に出る。まぁ国道って言やぁ大抵デカイが。そのデカイ学校前の道路をAとすると、そこを左に進んだら十字路になってて、またデカイ国道Bが重なる。俺は国道Aを真っ直ぐ進むと、国道Bを左に曲がる。国道Aを左に直線するところまでは俺も、翼も、あの阿久津だって同じだ。でも翼は国道Bの十字路の所で、俺が左折するまで見送ってくれる。だからこいつが国道Bからどこ……
「なに? 国道Aとか、国道Bとか」
それはまだ口に出して言ってないのだが……。
「あっ? あれ? 俺そんなこと言ってたか?」
「うん、今、『まぁ国道って言やぁ大抵デカイが』とかなんとか言ってたよね」
確かにそのスマートな言い草は俺の言語だ。表現に恙無い。
「ああ、すまん、すまん。俺なぁ、ちょっとそういう病を患っててな。考え事がポロッとなぁ~」
すると翼は、一瞬俺の体を気遣ってヒヤッ! とした後、語尾になんちゃらリーダーを付けるが如くの、微かな移ろい行く感情の起伏を見せ、こう言って俺を心配した。
「えっ! 病? 大丈夫なの、学校に出てきても……」
翼が優しく俺を心配してくれている。俺のことがそんなにも心配なんだろう。気分が良いものだ。でも心配後無用、佐々良家の呪われた血など俺はヘッチャラだ。
「いい、いい。そんな心配しなくても。これは特殊な病で俺ら一族はみーんな、親戚に至るまで、殆どこの病を患ってるんだ(方向が音痴なのは俺だけだと思うけどな)」
それでも、俺を覗き込むように心配げな顔をしている翼。この前の涼とのことがあって以来、顔が似ているってのもあるが、どうもこいつを実は女なじゃ? と思うことがたまにある。たまにだ。ほんと、ごく、たま~にだ……。
「あのさー。ちょっとそこの田んぼのヘリで話しないか? 青春と言やぁ田んぼだと相場は決まってるしなッ」
ちょっとだけ寄り道してやれ。道草ってのも俺たち帰宅部の、帰宅活動中における主な行事だからな。
「そうなんだ~? 田んぼが相場なんだぁ」
「ああ、覚えてろよ。これは大事なとこだからよ。青春モノの王道パターンだ」
「うんッ」
そう言って俺たちは国道Aに出で左には曲がらずに、そのまま横断して向こう岸の田んぼのヘリまでチャリを押していくと、適当な所に停めて、二人並んで座った。
イケメン二人が田んぼに佇んでいるんだ。女生徒の一人や二人、声かけてくれりゃー言うことなしよ!
いや一人だと翼が可哀想だな……二人だ。こいつも中々イケてるがタッチの差で俺の方がイケメンだもの。二人だな、うん。翼が可哀想だ(見捨てたりしないからなッ)
なんならここの生徒じゃなくても良い。たまたま通りかかったお姉様が「あら可愛い子たちねぇ~」なんてシチュエーションなら最高だ!
シチュエーション? シュチュエーション? どっちだっけ?
「なにニヤニヤしてるの?」
「えっ? 俺、そんな顔してないだろう~? 馬鹿だなぁ、翼クンは~。あは、あは、あはははは」
「さっきからニヤニヤしたり。ブツブツ考え込んだり、今日はどこか変だよ?」
そうなのか? そこまで出てたたか? 俺? 気をつけないと……。
「ねぇ。病の話だったよね?」
ったくよ……。翼も、せっかちさんだ。へへへ。
「よく覚えてるな。まぁその話は大したことじゃないんだ。俺は長々と考えるのが苦手だ」
「うん。ボクも苦手だ」
そう言って胸を張る翼──。
俺は、こいつ胸が本当に膨れてるんじゃないか? と定番の男子学生として学生生活を送る女子という、よくある漫画やアニメの名エピソードを思い出しつつ、女っぽい顔をした翼のおっぱいをジロジロと、そしてジロジロと、まったくもってジロジロと観察した(しかもちょっとHにだ)
「で、でな、おっぱいがよ~、ちょっ──」
「おっぱいが?」
「あ、いや、しまった。じゃなくて……」
いや、違うだろ~……。いけねっ、話があべこべになってしまった。なんとか誤魔化さねばならない。
「そ、そう、胸がな、締め付けられるくらいツライ病気なんだよ。そりゃもう、気分的にも、おっぱい・おっぱいなんだよー」
あっ、いや、違ッ! いっぱい、いっぱいだった……。
「大丈夫じゃないんじゃない! 病院行こうよ~、ねぇ今すぐ!」
マズイぞ! 違う意味で病院を進められてる!
ん?「大丈夫じゃないじゃない」はて……どこかで聞いたフレーズだが──まあいい。
「あっ、いや、締め付けられそうな……感じに精神的にキツイ病ってだけで、実際に締め付けられたりはしないんだが」
なんとか誤魔化せたッ! 翼が赤子の手みたいな奴で良かったッ。
「ふーん。そうなんだー。でも苦しい時はいつでもボクに言ってね」
こいつめッ。なんて可愛いー……い、いや、優しいんだー。ちきしょうめぇ。
「簡単に言うとだな、長々と考え事してるとだな、ブツブツなぜか考えてることが口から出ちまうんだ。まぁ命にベツジョーはないから、大したことは無いんだが」
「ううん。良かった。そうだよね、たまにブツブツ言ってるもんね」
「そんなにかー! ええ?」
「いや……そこまでは……」
いや違うな。優しい翼のことだ……きっと俺に気を遣ってる。普段からもっと色々と口に出てるに違いない。
いや! 待てよ? これって前に阿久津に話したことあったよな? あいつも時々俺のソウルが聞こえる時があるって言ってたけど、そんなのは一年に数回程度だ。よし、この際だ、ちょっくら聞いてみよう、マブダチだしな。
「それって今まで何回くらい聞いてる?」
「そんなに多くないよー。だって毎日じゃないもん。んー……。一週間に二、三回ってとこかな」
おいおい、マジかよ、翼ちゃんよー。それってかなりなもんじゃねーかよ。約二日に一回のペースで言葉ポロリ続出する奴はそうはいねぇだろ? 参ったなぁ……。
──まあいいや。うん。
「ところでよ、ここからが本番なんだけど……」
こいつは人の話を聞く時にいつも、右に、左に、小首を傾げてそのパッチリおめめで覗き込むよなぁ。俺だけか? 他のやつは正直どうなんだ? しょうーじきな話だ。えっ? オレはそんなことないよッ! とかの話じゃなくてだな、こんな可愛いらしいのに、なんで誰も変な気分にならないんだよ? おかしいだろ? 誰も「お前っホントは女だったりしてな~?」とか言ってタッチしようとしないなんて。
俺? いやまあ、俺は……たまにコイツが女だったらなぁ~って思うことだって…………そ、そりゃあ、と、時々は……、ある!
「や、やだなーもう。えへへへ」
「ん? なんだ? あっ、そうか。前置きが長かったな、うん。分かった。言うぞ? それでな、お前いつもあの十字路で俺が左に曲がるまで止まって見送るよな? だよな? そうだよな?」
正直、それがいつも気になっていた。一度も俺より先に自宅方向へ向かった試しがない。
「う……うん。それがぁ?」
「だからな、翼の家ってどっちなんだろうなー、ってな。前から気になってたんだよ」
俺はチラっと翼を見た。もじもじしてるような、気もする。気のせいか?
「ボクの家は………………」
困らせたか? ただ家を見られたくないってんなら良いけど。俺んちも貧乏ったれな家だからなぁ……。気にするな翼。
「ああーいい。いい。やっぱいい。そんな深く考えんなよ。別に家がベニア板とか、プレハブだとか、そういうのだったら──俺は気にしないけど、もし翼が気にするんなら無理には聞かないから」
「もぉ──。ひどいなぁ。普通の家だよ。どこにでもある、ごく一般的なね」
そう翼はあっさりと言った。あれ? あんまり気にした様子もないぞ。
「ふーん。そりゃ良かった。マンション? 団地? 一軒家?」
「一軒家だよ。でもそんな大した家じゃないけどー」
あれ? 俺のイメージと違うな。気になるな、この余裕を持った物言い。どこか品格さえ漂わせてる。
「因みに何階建て?」
「三階建て。でも普通の家だよ」
どんくらいだろうか? 三階建てでも、なかなかなもんだぞ? 坪? へーべー? いや俺はそんなの分からん。あっ、そうだ。
「足の指も使っていいから数えてごらん。その家は因みに何部屋ある? 一番小さい部屋とデカイ部屋は何畳?」
と、まるでジョンなレノンのイマジネーション的な物言いで聞いてみたら、翼はケロっとした蛙の如しに言った。
「部屋の数は~。ん~──どうかな? 数えたこともないや~」
そ、そんなデカイのか? こいつぽか~んとしてるから、知らないだけだろ? まだ首も据わってないネンネだもんなー。
「もぉ、ひどいなー。──えっとね、ボクの部屋は二十帖くらいかな? リビングは四十くらい。こんなので参考にはならないと思うけど」
で、で、でけー。嘘だろ? 俺の部屋でも、お姉ちゃんと共同で六畳を、ビニテで仕切って半々だぞ~? 翼ぼっちゃま? 俺は平民の子だ! 身分の違いとか、俺は気にする性質じゃないが……、じゃないが……、ないが……。
「ま、まぁ~。ま、まぁ~だな。なかなか、快適に暮らせそうじゃん? ははは。最低限のポテンシャルは、あんじゃないの~?、僕はそう思うよ。翼君。うん」
焦りの色を極力最小限に抑えながら俺がそう言うと、翼ぼっちゃまは俺が聞かれたくないことランキングのベスト五の中の一つを早くも口にした。
「ボクはキミの部屋も見てみたいな~。今度遊びに行ってもいーい?」
「ばっ、ばかだなー。翼君。先ずはお近づきの印に、先輩がだなー。こ、後輩の家に遊びに行くもんなんだぜ? 相場だよ」
やっべぇぞ、俺の家なんか見た日には、犬小屋だと勘違いされて、本丸はどこ~? なんて言いかねんぞ? この坊やのことだ。
「でも、そうなったら、どっちが後輩なの? ボクたち同じ学年だし、一年生同士だもんね」
「いや、まぁ君の家の方角さえ分かればね──。元々、気になったのはそんくらい程度だし。翼の家は、どっち方向?」
俺がそう聞くと、翼はまた、もじもじしだしたので、さすがの俺もピーンと来た。はっはーん。うい奴め。こんな可愛いウソを俺に一つつきやがってッ。
「はっはー! さては翼ッ。お前、さっきの部屋のサイズ、あれ盛っただろう?」
「持った? なんのこと? あのね、気を悪くして欲しくないんだけど……」
そう言うと翼は言いにくそうに、眉をひそめ、風になびき可愛いらしいオデコをチラリンと見せて、俺の顔をジーッ見つめてた。まさか! この貧乏人がぁ! とか言うのか? なぁ言うのか?
「そんなこと言わないよー。ははは。でもぉ……」
「ん? なんだ? あ──、あは、あはははは。そか、そか。続けて、続けて(良かった……貧乏はバレてない)」
「うん。ボクのね。きょーだいが……、ちょっと変わってて……」
「ああー、はい、はい。なるほどね。あります、ありますよー。ハイどこの家でも同じー。俺のお姉ちゃんも変わっててさ、未だにこっちは私の陣地だから入んないでよねー、とか高二にもなって言ってるんだよ~。分かる分かる、翼の気持ちはいたーいほど、よく分かる! うん、そうだな。お互い苦労するねー。ほんと」
こいつ……涼、の野郎に虐められてるのか? 俺がお姉ちゃんに虐められてるみたいに? いざとなったら俺がその内ガツン! と言ってやってもいいぞ?
その場合どうなるんだろう? 涼には俺の方から「お前とは喋ってやんねぇー」とか言った手前もあるもんなぁ……。とりあえず一時解除した上で、ガツンと言って、またしシカト継続って手もあるな。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。なーんでもない。あはーはは」
それからまた俺たちはチャリに跨り颯爽と立ち漕ぎレースをした。そして、そのまま俺は定番の十字路を左折した。ここからはいつものように翼とは別方向で俺は一人になる。
今日も、いつもこの時間にガリガリの猫に首輪をつけて散歩させてる、じーさんに会い挨拶を交わす。
「よーぅ! じじーい。毎回、言ってるが、そいつは犬じゃねー、猫だ。ネコキャットな~。あばよー」
そして近道を通り、角のガソリンスタンドの、おねいさんを冷やかす。
「よぉーぅ! さ~なえちゃ~ん。いつもオッパイでかいね~。今度よろしくねー」
「バーカ。死ねッ!」
ここからはちょいと立ち漕ぎだ!──が、暫くするとまた道が緩やかになる、ここらへんは、三日に一回は鉢合わせる元同中の、京香に、なんと今日で二日連ちゃんで会った。
「おっすー。京~。今度はいつデートしてくれんだ~? おぉぉ」
「自転車パンクした時に、勝手に横並んで歩いただけだろー。きもっ!」
そんでここからは商店街を抜けると早道だ。
「おどりゃー! 何度言ったら分かるんだぁ! ここは自転車禁止だろうが!」
「ははははは、いつも威勢がいねー。魚屋はそうでなくちゃなー」
あとは小道を登っていくだけだ。
──とその時
「さっすがだねー。佐々良、人気者ぢゃーん! 羨ましいな~」
俺がぶわっと振り向くと、すぐ後ろに、羨望の眼差しで俺を見るチャリに乗った翼の姿があった。
「ゲッ! なんでお前がここに居んだよ~?」
「ん? だって、親友同士は、言ったり来たり、待ち会わせたりするってのが相場だ。とか言ってたじゃないかぁ? ヤダナーもぉ~、もう忘れちゃったの?」
こいつはマジだ! 目が完全にいっちゃってるよ…………俺の家に。
翼、すまん。成仏してくれ。悪く思うなよ。よし振り切ってやれ! 俺は立ち漕ぎにプラスアルファで爪先押し出し漕ぎという難易度Zの裏技に出た。
りゃりゃりゃりゃりゃりゃー! 竜球ボールみたいな掛け声で気合を入れてラストスパート!
「ふぅ。ここまで来れば大丈夫だろう」
もうすぐそこが俺んちだ。マぁイ・スィートろっ・ホームんむ。心の中でネイティブアメリカン風に発音をした。
「うん。大丈夫。ここまで付いて来れたから、もう大丈夫だよ」
まじすかーぃ? なんで? こいつ女みたいな細い腕に、細い腰、脚もすらりと伸びて、女みたいな顔(いや顔はこの際関係ない)こんな身体のどこにそんな体力が? 俺、いつもブルーワーカーで鍛えてんだぞ?
「なんだかワクワクするねー。ボク、友達の家に遊びに行くなんて、生まれて初めてだよー」
そう言って暗い過去を全く表に出さなかった翼の内情を、今! 俺にだけ、包み隠さずさらけ出した……。そりゃーそんなデカイ家に住んでんの聞かされりゃー。誰でも呼びたく無くなるわッ!
来たもんはしょうがねー……。とりあえず離れだってことにしとこうか?
こうして俺の家に、翼がやって来た──。