翼が三十九羽
──緊急ミーティング
「はい。ミーティングねぇー。集まって。翼は涼のクソ野郎を連れてきて~。はいそこー。如月~、ちゃんと集まって、お前も」
騒がしい教室の中、手をパンパンと叩いて生徒を注目させる先生のような態度で、俺は昨日の俺騙くらかし作戦に参加した組織のメンバーたちを強制召集させた。
阿久津、如月、翼(お前は許す。だって彼女だもの)、涼の四人だ!
俺がこの荒くれ者たちに手を焼いていると、委員長がすまなそうな顔で喋りかけてきた。
「私、ちょっと今から職員室に用事があるんだけど~……。いいかな」
ああ、なんて慎ましい女だ委員長は! 君だけは俺を騙くらかさなかった善良市民なのに……。
それに比べて、やい! 如月、テメェは一番俺を弄んでたくせに部外者面かぁ? この人で無しめっ!
「委員長は、俺を騙くらかし作戦に参戦してなかったんだろ? 昨日、昼飯後に『引越しするんだって?』って聞いてたけど」
「騙くらかし作戦?」
委員長の顔が、片眉をへの字にして困った顔になったから、俺も全部知られるのが、こっ恥ずかしいから、先を促した。
「引越しの話は知ってたんだ? 情報通な委員長としては」
「情報通……? うん。そうだね。肌野君が引越しするのは、職員室でも何回か聞いてたからね~。佐々良が一番仲が良いみたいだし」
よく職員室に出入りして、いつもクラスの仕事を先生に任されてるからな(俺も手伝ってやりたいが、面倒だ。許せ)
そういや、俺が引越しするほど裕福じゃねぇって誤魔化したら『そうなんだぁ~?』とか言ってたもんな。ああ、なんて憐れな……。委員長は真面目だから気づかれにくいけど、隠れ天然だったんだ……。お可哀想に。
「どうした~? 佐々良」
「い、いや、それより、なんで教えてくれなかったんだよぉ~。もぉ~。翼が転校するほど遠くないってぇ~」
と(少々甘えん坊さん風に)聞いて、俺はハッ! と思い出した。
「お、俺たち、前に付き合ってたけど、まだ未練があったとか?」
「えっ? 私が?」
「うん。そうだ(運送だ)」
「佐々良と……? へぇーそうなんだぁ。付き合ってたんだ? ふふふ」
あれ? だって前に、なんちゃら委員会ってので俺に愛の告白してなかった? そうだっ! 良く考えたら、俺ってば如月にも屋上で告られたりしたし、結構モテんだなぁ~。ふひひひひ。
「転校するって思ってたんだ? まさか、そんな風に取ってたなんて知らなかったから。ごめんね佐々良」
アハ。話はぐらかしたぞ。モテル男は辛いなぁ~。なぁ阿久津よ~。
「いやいや! いい、いい! 俺の勝手な勘違いと、プラス、悪の組織の策略の結果がこれさっ。フッ」
そう言って俺は、戦いばかりの生活に疲れ果てた様子を、無理に胸にしまいこんでる、どこか影のある、憂いだ表情の左斜め四十五度で、斜に構えて見せた。
「悪の組織? そうなんだぁ。ふふふ」
いつ聞いても委員長の『ふふふ』笑いは冴えてるなぁ~。他の奴ではとてもじゃないが、こうも使いこなせない。特許申請を勧めてやろうかな? まっ、それは今度でいいか。
「あと、帰って行きかけて振り向いて『肌野君と喋らなくて良いの?』って言ってたけど、それ、どうゆう意味? それも気の毒そう~な顔して」
「もし私の思い違いだったら悪いんだけど、肌野君とあんまり仲が……、ええっと、前ほど喋ってないから、どうなのかな? って」
マジかよ~! どんなタイミングだよ。委員長じゃなきゃ『そんな都合よく聞くか? あの日に』って尋問するところだ。やっぱ ”この人” 天然だ。それも天然キャラとかじゃなく、マジ真正…………。
「OK委員長。君の疑いも晴れた! さぁ行ってくれ! そしてまたいつものように馬車馬のように先生の野郎に奉仕しに行ってくれ。でも! もし耐えられなくなったら、その時は俺に言うんだぞ? 俺があのオッサンをとっちめてやるから! なッ」
「佐々良の冗談って、私にはまだ難しい。ふふふ。じゃあ私はもう行くね?」
そう言って過酷な労働にも辛い顔一つ見せずに、いつものニコニコ顔で教室を出て行った委員長。お前の骨はいつでも俺が拾ってやるッ。
──と、そんな可哀想な星の下に生まれついちゃった委員長をよそに、他の悪の組織たちは、まだミーティングの用意もそこそこに、反省の色も見せずに、とろとろしてる。本当に俺をイラつかせる奴らだ。
今日は、俺、翼、ついでに涼(このッお邪魔野郎)と三人で登校してきたから、朝の憩いの一時にやろうと思ったんだが、そんな短い時間で済む話じゃない。しかも今日は朝学習とか抜かすのがあったから余計にだ!
委員長から教えてもらったHRってのと朝学習というのの違いが今だ分からぬ。中学の時に朝学というのがあったが、それに名前は似てる(本を読むだけだが)また一つ俺の疑問が誕生した瞬間だ。
いや、そんな話はどうでもいいのだ。これは由々しき事態ですぞ。
そんな訳で放課後でも良かったんだが、それは俺が待ちきれない。だから急遽、お昼に招集した。と、こういう訳だ。
「その説明いる~?」
こっちに参加せずにいる如月が、また余計なことを言って俺の気を引こうとしている。
「お前が一番、今回のミーティングの槍玉だ! テメェも早くこっちこい! 上げてやるから、その槍の玉を。もしこれが終わりの会だったら、先生も一緒になって悦楽の表情で、吊るし上げられてる所だぞ?」
おっと言葉が乱れてしまった。危ない。
今日の緊急ミーティングの司会を任された俺は、一応司会者、進行係、メインキャスト、MCなので、少しばかりの威厳を保ちつつも、ジェントルメンに振る舞い、恙無く、このミーティングを成功させなければならない。
「如月っ。翼っ。俺の机とくっ付けて長机にするのだ。椅子は各自、持参だ! 涼はそこら辺に立たせとけ」
俺がてきぱきと段取りをしていると、相変わらず俺とは周波数の合わない耳障りな雑音が聞こえた。
「俺がなんだって? お前の思いつきで始めた遊びに、また付き合わされる身にもなれよ。迷惑な男だよ」
この嫌味な感じの声の主は、もちろん涼だ。手癖の悪い奴だから、もうどこからか椅子をくすねてきて座ってる泥棒猫だっ! こいつをクラスに呼ぶ時は注意が必要だな。今度から万引きGメンを配置せねば。
「ああ~っ! もう! 時間を無駄にするなっ。なんで横長に三つなんだ馬鹿か! 誰がやった。縦に三つ並べに決まってるだろう~。弁当が食えねぇぞ? 頭の悪い奴らめっ! 百人一首大会でもやるつもりなのか? バーカぁ」
「ごめんね佐々良。ボクがそう並べちゃったんだ」
「ちゅ、翼ぁ~。ナーイスアイディーアー! もちろん、それも有りだな。うん。でも、縦長揃えの方がも~っと座りやすいぞ? 次回、翼の意見も反映させよう。うん。今日は我慢してくれ」
そんな可愛らしい顔で困った顔をするなっ。俺がむずむずしてタマラナイもの。翼なら許す! だって、彼女だもの。
「うっわぁ~。露骨~ぅ。気分悪ぅ」
「俺はエコヒイキの達人だ! お前も観念して来い! ご友人たち! そういうことだから、君たちもとっとと去れ」
まだ名前も知らない如月の友人B、C、Dをやんわりと紳士的にご辞退願って、如月の手首を引っつかみ、会議席に連行した。
「離せキモっ。椅子ッ!」
そう言って如月が椅子を取りに行ってる間に、この席使っても良いよと言ってくれた神対応の数人の名無しが現われた。名前はまだ知らない。ごんべいでは余りに可哀想だ。
なんでも部室で昼飯を食べるから良いんだそうだ。よく分からんが新たなシステムを構築してるらしい。俺は帰宅部だから部室は無い……。
「よし、揃ったな! では先ず本題から」
「先ずは本題? ぷっ」
何がおかしい? 俺、変なこと言ったか? まぁいい。いつも頭がブルースクリーンな涼に再起動かけてやる暇も惜しい。そのくらいの煽りは想定内、俺もまだ平常心維持だ。早速だからコイツから導入するか。
「涼は前に職員室で、住所とか、名簿とか、翼の名前も出してたけど、なんでまた同居すること言ってくれなかったんだよ~」
「なんでお前なんかに、いちいち報告するんだ」
それだけだ。たったそれだけ。実に簡潔だ。そういう奴だこいつは。冷てぇ~奴だんだ。
「まぁ、良い。でも昨日の朝『俺は転校しないよ。そんなにショックだったのか』って言ってただろ。やっぱ俺騙くらかし作戦に参加してたんじゃねーのかッ?」
「ああ言ったね。だってお前、翼が遠くに引っ越すと勘違いしてただろ? 言わないでおいた方が面白いじゃないか。当たり前のこと聞くなよ。佐々良くん」
うーぬ……。こいつはこいつで楽しんでた訳か。悪びれもなくシレーっと言いやがって。つーか、それが一番ムカつくんですけどーっ!
「まあいい。お前はグレーだ」
「お前の頭の中はグレイ(宇宙人)だけどな」
どういう意味だ? グレイだけどな? どうせ『黒でもなければ白でもない』グレイです。とか言いたいんだろ? このシャチハタ野郎めっ!
「あっ、もぉお前行っていーぞぉー。クラス違うから先に片付けただけだから。ぷぷぷ。早くその薄汚い弁当持って去れ。シッ、シッ」
俺の勝ち名乗りを耳にしてタジタジな様子の涼が、なにやら捨て台詞を吐こうとした。はいはい。負け犬にもう用は無いっての。
「へー、薄汚い弁当なんだ? 酷いことを言うねぇ、佐々良くんは」
「酷いことを言ってるんだよッ! へっ。バーカバーカ」
とうとう遠吠えしだしたか、このワンころちゃんは。ザマーミロ。
「だってさ? 翼。ご感想は」
へっ? どゆこと? まさかね……。
「はは……。もっと上手に作れるようになるよ、佐々良……」
「え? うそ。なんで。お前が? 作ったの? なんで~?」
「お父さんと、お母さんは、ホラ、色々と、ネッ? あるから忙しいから。ジャンケンで決めたんだぁ……」
あぁ……ぁぁぁ。先に言っといてくれよ~。
クソっ! にへら、にへら、気持ちの悪い顔しやがって、涼のハゲ!
「いや、ちが、違う! ほら、実に芸術的で、非の打ち所の無い、高級ランチ並みのお弁当でも、なっ? 分かるだろ。涼が持てば台無し。って意味だよ~。な~。今度俺にも作ってくれよ~、翼シェフ!」
「うわ~悲惨。ひどぉ~。もう破局目前じゃーん。あはははは」
「テメェ~が、一番のA級戦犯だろがっ! なに笑ってんだッ、戦勝国のつもりか! 都合の良い野郎めぇ~」
この性懲りも無さ無さな、あはは女は、もちろん如月だっ! こいつの辞書には『反省』という文字がないらしい。テメェはどっかの小島にでも幽閉されてろッ。
「基本、あんた馬鹿だもんね~」
「なにをー! ワインボトルに詰め込んで出荷してやろうかぁ~ッ」
「まぁまぁ。話があるんだろ。落ち着け」
今頃喋り出したか? 阿久津の奴めぇ。なーにが『みゃみゃあ。ひゃなしがやぁるんでゃろ。ぉつぃけへぇ』だ! 歯抜け野郎っ。糸こん野郎。
もったいつけて大物気取りかよっ。こいつ如月に気があんじゃねーか? 馬鹿阿久津っ。いや、お前は今日から悪津だッ。
「転校とか言ってる時点で、頭おかしいよねぇ~」
出た。はーい出ましたよ~。如月お得意の、知ったか上目線。自分で隠しておいて、あとから出してホラみなさいよ発言。お前はマジシャンかッ!
「何でだよッ。そんな遠くに引っ越すとは思わなかっただけだろ。俺に教・え・な・か・ったしなッ! 俺を好きになりすぎて引き裂きたかったんだよねぇ~。如月さん」
俺は涼の嫌味言語を使い、如月さんと最後に嫌みったらしく付け加えてやった。
こいつぅぅ。なんでそういう話に詳しいんだよッ! あはは女の分際で。
あれ? そういや如月の奴、転学とか言ってたなぁ…………、転校……と、どう違うんだ……ろ? えぇ~…………。
と、いつもの如くブツブツ言いよ淀んで考え事してたら、
「ぉんなじ」
ヒソヒソと翼が教えてくれた。
「えっ? そうなの?(初耳だわ)」
さっすがは俺の彼女だ! 俺の物知らなさがバレないよう~に翼君がアシストしてくれた。あとは俺が大空に向かってゴールを決めるだけだ!(了解ッ、キャプテン!)
「大体さぁ、一年の一学期で、この時期に? そんな早く受け入れ先が見つかるとでも思ってるのぉ? バッカじゃ~ん。あはははは」
「えっ? そうなの?(それも初耳だわ)」
「そ、普通はね。難しいよ」
また翼君がツーアシストを僕にくれた。
ったく、同じ女とは思えねぇーな(男だけど)この繊細な心配りを如月の奴にも見習わせたい。翼の爪の垢でも────もったいない。もっと汚い物でも煎じて飲ませてやり──い~や翼には汚い物なんか、ひとっつもない! 俺のヘソのゴマでも煎じて飲みやがれっ!
「可哀想じゃない? こいつ黙り込んでしまってるよ。無い頭を使ってしまったから。お姉さんとは大違い」
涼の奴まだいたのかっ。俺がちょっとおしとやかに黙りこくっただけで、す~ぐこれだ。お友達居ないから帰れないんだろ~バーカ。
「入ってますか~? あはははは」
「触んじゃねーっ! バカ如月ッ。こぼれるだろーが。お前らとは量が違うんだ!」
涼も如月も性格似てる者同士寄り添っちゃってキモっ、悪い奴同士は決して争わない。結託する。強国同士は戦争しないもんだ。二人ともお姉ちゃん良い姉説を信じちゃってる信仰者だし、末恐ろしい。
「い、一学期とか、一年とか、そ、そんなの関係ねぇ~じゃん? 漫画とかアニメだと即効転校別れとか、あんじゃん……」
あれ? れ? はれええ? なんか、俺、変なこと言った? 全員、固まっちゃってるじゃん。時空停止?
その時、予鈴が鳴った。
よく見たら席を貸してくれた奴らも困った顔してる。
なんだよ~! お前らよりも、俺の方が常識人だ! こいつらの存在にいち早く気づくって点だけは。
「よーし! ひとまず解散な~。次の会議は、放課後だっ!」
俺がそう言うと案の定一番苦言を呈したのは如月だった。
テメェが一番の本命だよッ!(もちろん別の意味だ。うぇ気分わるぅ)覚悟しとけッ! ヒーヒー泣かしてやるからな!(もちろん別の意味だ。オナラぷぅだ)
俺の頭の中では丁度、如月のおっぱいに人差し指を荒々しく突き立てて、牛糞女と叫んでるところで、翼の可愛い顔が目に入り平穏を取り戻した。危うくアノ領域に踏み込んでしまうところだった。魔闘気が溢れ出すぎてたようだ。助かったぜ。まだ人を危めたくは、無いッ。だって、お前を残してはゆけないッ。
なっ? つ・ば・さッ。LOVE
「キモ~っ。あんた何その顔ぉ~。正直今のマジキモかった。吐きそ、気持ち悪ぅぅ~」
「はいはい。独り身は寂しいですなぁ~。ケヘへッ。俺に振られて頭でもやられたか?」
「あ、そう。ふーん」
何だよ? 何があるんだ? こいつ──。なにかとんでもねぇ~隠し玉でも持ってる顔つきしてるな。気のせいか?
「楽しみにしててね~。あはははは」
俺は、着衣の乱れが無いかを確かめた(うん、大丈夫。まだ操は守られてる)