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肌の刺さらない翼  作者: もーまっと
■本編
32/45

翼が三十二羽

 この休み時間で前半戦の半分だ(その言い方はまた分かりにくいが)

 つまり、二時間目と三時間目の間に、小学校の時のようなハーフタイムがあれば良いんだが、という話だ。そうしたら、もう少し翼に喋りかける準備が整う。もしくはドッジに誘ってそれとなく会話、などという小学生の時の作戦も使えるんだが、非常に残念だ。

 翼のことばかり考えてたら、今日は時間を有意義に使えてる気がする。もちろん授業はそっちのけだが、それは他の三百六十四日で補習すればい。


 そして俺の回想パトロールもクライマックスする! 回想警備隊としての任務を恙無つつがなく執り行えて、感慨も……ひとしよっ!


 ∽∝∽∝∽∝∽∝∽∝∽∝∽∝∽


 泣いている翼との再会で感動的に、一組のカップルが愛を深める手前で、俺は無意識に「この嘘つき野郎」などと言ってしまってた……。

 自分の中では「どの口が言ってる! この口か! この口が悪いんか!」と反省した。そしてその翌日──。


 俺は柄にもなくセンチになった……。


 その日のランチタイムで翼は「阿久津君、ボク、あんな人とご飯食べるの嫌だ」と言って俺を拒絶した。でも、俺としては、酷く落ち込んでる翼を見るよりは、怒るだけの元気があって正直ホッとした。本当だ。嘘じゃない。


 その放課後、俺は初めて涼と喋った。


 嫌味な奴で、抜け目のない奴だと思った。もうこの時は涼のネタ晴らしがあったけど、もう分かってた。だって、ホテルでも、パーキングでも、翼は「ボク」だし、あんな泣き虫だもの。涼のような抜け目のない奴とは全然違う。それが初めて喋った涼の印象だった。

 まさか、こいつが、涼が……、女だったとは。後日、俺の手に胸が当たって初めて気づくまでは、この時点ではまだツユほども知らなかったが……。


 そのあと阿久津を取り逃して、如月には「さっさと仲直りすれば良いのに」「嫌いあってるわけでもないのに」などと言われ、如月が自転車に跨り、そのまま去っていきかけ、校門の近くでこう言われた。


「良いじゃん? 好きあってるんだし。みんな知ってるんだから」


 みんな知ってるってのは大袈裟だろうが、如月なりのエールだったんだろう。

 思えば、俺が誰かと話する時って結構、翼がらみが大半を占めてる。


 その日の帰宅後、お姉ちゃんから──。


 小六の時に俺が翼を家に呼んだことや、翼が権田藁岡先生の漫画を読みたそうにしてて、俺が自分の漫画をあげた。って話を聞いた。

 俺の記憶が間違ってるのか? これには今でもまだ納得がいってない……。


 俺の記憶では、隣のクラスの女が、イジメられてて泣いてて、たまたま学校に持ってきてた漫画をあげたって記憶だけど、お姉ちゃんの記憶では、俺が家であげたと言っている。


 どっちが正しいのか? 俺と、お姉ちゃんの記憶……。


 そりゃあ、俺だろう(僅差で!)


 もし、お姉ちゃんの記憶が正しければ、それ以前から俺は翼と知り合いだったってことになるぞ? だって家に連れて漫画をあげたんなら、そうなるだろ?

 翼は、学校であげたって俺の話に異論を挟まなかったぞ? まぁ、こいつはそういう細かい事はあえてツッコマナイとこもあるからな、どっちの記憶が正しいんだろ。


 ∽∝∽∝∽∝∽∝∽∝∽∝∽∝∽


 三時間目が始まった──。


 翼は時々チラチラ俺の方を見るようになっていた。半分は俺と視線が合った。嬉しいが……、嬉しい半面、俺はなんだか翼がこのまま遠い存在になっちゃうのかと思うと(事実そうなるが)、かなりヤバイ。もう涙が出てきそうになっている。


 でも、三時間目だもの。まだ早いじゃん?

 お別れは笑顔でッ。────だろッ? へへっ……。


 なぜか隣で如月がクスクスと笑っている。何が可笑しいのか? こんな時に! 全くもって不謹慎な! それよりもちゃんと撮ってるのか! 翼の雄姿を!


 俺はまた、回想の世界に転送された。


 ∽∝∽∝∽∝∽∝∽∝∽∝∽∝∽


 お姉ちゃんの話では、小六の頃に翼を一回家に連れてきたって言ってたが、あの言い方は何度も連れて来たニュアンスだ。阿久津も、お姉ちゃんも、他にも混じってたみたいなこともほのめかした。

 翼はそのあと転校したことを、お姉ちゃんに教えて貰った。けど、事情に関しては後から涼から聞いた。性同一性障害で母親が転校させた。

 お姉ちゃんは転校した後のことは知らないって言ってたけど、実際はどうだったんだろう?


 俺が翼の名前を覚えてなかったのは、中学にあがるまでは、俺は女を名前で呼んだことがなかったからだ。これはお姉ちゃん情報だが、俺にもなんとなく心当たりがある。うむ、新たな記憶のピースをハメてくれた。


 そして、お姉ちゃんはその後、ゴキゲンなナンバーを聴かせてくれたっけ~。


 クソゴリ姉「男の子が、男の子を遊びに誘うのに、男だと言って何が悪いの」

 イケメン弟「確かにそうだけどさぁ姉貴(キリリ!)だが来たのは女の格好をした翼なんだが。それは一体どう説明をするのかい?(ふっ……)」

 ゴリ女「心に乙女を持った男の子が、ちょっとお洒落してデートしたいのが、そんなに変?」

 人間様「まどろっこしい! なんで最初から女の格好で来ないんだよ!」

 ブ女「あっはっはっは。智也が、今から女装してデートするから来てねッ。って言われて行くと思う? 自分で──。 Don’t think, feel」


 と、こんな感じだ。脚本風に回想すると(ちょっと脚色ついたが……)


 そのあと、霊長目のゴリ族メスは『織原って奴を頼れ』ってRPGの村人みたいなこと言われたけど、……ああ、あれか? 忘れてた。アハッ。


 で、数日後、委員長と秘密会議をして、職員室の寄った時に、涼が引越しの話をしてるのを聞いた。


 あれ? でも……。おかしいぞ?


 別居中の(ちょっと語弊があるが)双子なのに、なんで引っ越さない涼が先生に話つけてたんだろう?


 ──まぁ、涼は出しゃばりだからなぁ~。


 そんでもって、その次の日に、阿久津に翼の引越しの話を聞いたら、ケロッとして「あら、そーお? じゃ、手伝ってあげれぶぁ~?」とかなんとか、小憎たらしい小童顔こわっぱがおで阿久津が言ったので腹が立った!


 いやっ、違うな……。


 正確には『ちょうしてくへると、はすはるんじゃにゃいのきゃ~? ちゅぶぁさみょを』とかなんとか、小憎らしい顔で言ってた! あの野郎は。


 また俺も、もしかしたら翼の引越しを知らないの俺だけ? クラスからハブにされてる? って疎外感をすぐに感じてしまう繊細な心の持ち主さんなので、俺からの信用度が一番高い八木さんに聞いて(同率で委員長も良い線いくんだが)ついでに日頃お世話になってるから、マクモを奢るために向かった先で……。あんなことになって。


 俺はいつもチャラいと思ってた如月に助けられ、きつく説教されて、でも全部正論で、珍しく反省という未知のものを経験してた。


 だから、翼は、翌日。


 俺に何かあったのか雰囲気で察して、喧嘩中なのに、俺の席の前をチョロチョロ歩いて……、多分、俺のことを心配してくれてたんだと思う。

「何だよ? 見るなよー。すり減っちゃうだろ」なんて、照れ隠し、今なら可愛いなと思える。

 つい俺も、別に見てねぇーだろ、俺の前をチョロチョロするな、なんて心にも無いことを言ったら、翼の奴も咄嗟に上手い言葉が見つからず、尻すぼみなことを言っていた。


「ふ、ふーん……佐々良が悲しそうな目でジロジロ見てたから……。一人ぼっちで寂しいね~、へへへ」


 本当に、可愛い奴だ。顔だけじゃない。性格まで可愛い。俺のように。


「如月さんのことばっかり見て……。なんか佐々良……、いやらしい~」

「佐々良────。 バーカ」


 この日、俺は家で、お姉ちゃんの言葉で、俺が本当は翼に異性として魅かれてたのを、誤魔化してた事実を言い当てられた。


 つまり、ホテルのことも、翼を恋愛対象として見てるから、騙されたと思いたくなかった、でも異性として見てる自分を否定したくて、騙されたと思いたがってた。とかほざく哲学的な ”愛の調べ” だ。


 やっと自分の心に正直に向き合えた俺は、愛ゆえに~! と、せっかくのクソゴリラの後押しで翼と仲直りする決意を固めたのに、俺は、如月の家の事情を聞いたりしてたもんだから、屋上で話を付けることになった。

 ──いや、まぁ、如月がモジモジしてたから、てっきり愛の告白を受けると勘違いしただけだけど、それは内緒だぞ?

 翼は心配そうな顔で俺を見ていた(喧嘩してる最中なのに)それを俺はもっと心配すれば良いのになんて思ってた。

 そして、屋上で初めて見せた如月の、恰好悪く泣き崩れる姿。全部俺が悪かった。背中をポンポンしてたら、思わずハグしてしまっていた。別に異性としてそういうつもりじゃなかった。


 でも、それを翼は見てしまった。


 そう、本当は俺と如月の、ただならない雰囲気を心配して、様子を見に来てくれてたんだ。それをまたグッドなタイミングの悪さで火星風に見た!

 そのことは、日曜日に、偶然会った涼に言われるまで知らなかった。


 あの日は、涼がいつになく感情的な態度を取って、俺もうっかりと胸倉を掴んだ!


 その時に、どんな音がしたと思う?(いや正確には音じゃなく感触だ)


 ”むにゅうん” だぜ?


 胸の膨らみを感じ、涼が女だったと初めて知ったのだ。テメェ女子かよっ!


 そして、小六の時に突然転校した理由も知った。

 女みたいだとイジメられてたのを見かねた翼の母親が、性同一性障害を受け入れてくれる小学校へ転校させた。同じく中学も、翼はずっと「女」として過ごした。


 でも、父親は高校からは男として育てたい。意見の分かれた両親は喧嘩し、そして離婚して、裁判になり、母親の方が負けた。必然的に、父親は翼を引き取り、「息子」にしか興味が無い父親は、涼は引き取らなかった。だから、父親と翼、母親と涼。


 涼の話では、小六の俺が同じ高校だったこともあるけど、俺とのあのデートは、父親への反抗もあったという。

 高校からは男として育てられるはずだったけど、俺と会ったことで女の部分がまた開いたのかも? と思うのは俺の自惚うぬぼれだろうか。本当に可哀想なことをしてしまった……。


 そのあとは、ご覧の通りだ。


 ∽∝∽∝∽∝∽∝∽∝∽∝∽∝∽


 一昨日おととい、月曜日。


 翼と仲直りしようと、俺には珍しく、随分と折れて辛抱強く言葉をかけたけど、今思い返してみると、そんなものは一日だけの話だ。翼なんかはずっと俺を気にかけていた。喧嘩中にも……。


 翼の我慢も限界を超えていた……。



「軽いんだね……」

「もう……いいよ」

「佐々良には、如月さんがいるもんね……」

「いつまでも! ボクが居ると思うなよッ!」

「なぁ佐々良…………」

「ボクも、いつまでも、君の側に居てやれないんだぞっ?」

「佐々良は、ボクが引越しするかもしれないって話聞いても、平気みたいだしね」

「ボクが引っ越しするって聞いても、八木さんとマクモ行ったり、女子ランキング付けて楽しんだり、真鍋さんとボールペンで何か書きあったり、如月さんと……屋上で抱き合ったり。ボクだって君の席の近く何度も通とおったりしてたんだぞ……」

「ボクのこと……好きだ。みたいな態度してるけど。ボクと口聞かなくなっても、他に楽しいこと見つけたら、すぐフラフラして忘れてんじゃん!」

「あんまりボクを軽くみないでよ」

「もう────、お前なんか、振り回されたくないっ!」

「へぇ~。お遊びなんだ? ────ボクを馬鹿にするのも、いい加減にしてよっ!」

「なんでも、佐々良を中心に回ってるんじゃないんだからね!」

「そんなに良いなら、如月さんと、付き合っちゃえば?」

「もう……いいよ」

「佐々良なんか…………………………いらない。……って意味」

「もうっ! 遅いんだよッ!」


 ──翌日・火曜日は時空の狭間をパトロールして一日無駄に過ごし、そして、今日に至る。


 簡潔に回想しようとしたが、長々と申し訳ない。マジでだ。



 あっ、チャイムが鳴ってらぁ……(なんて都合の良い)



 とうとう、翼と過ごせる午前の授業は、あと一回しかない。


 どうする俺! 強いぞ俺! 負けるな俺!


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