翼が三羽
──翌々日・憩いのデジュネ
今日の昼食は、いつも通り、俺と阿久津と弁当だ(いつもと言ってもまだ入学して間もないが)
──の筈なんだが、もう一人、そう、ちまっこいのが一人入ってる。阿久津の後ろで弁当箱抱えて待ってる。女みたいなナヨッとした奴だから、もしかしたら俺の席を狙って譲れとか言うのか? 阿久津、ダメだぞ! 絶対に引くな。
「俺はぜってぇ~人に席なんか譲んねーからなー!」
「分かってる、分かってるって」
と、俺をとりなす阿久津。
「それに、他の奴の席なんかもゴメンだ! 誰が座ってやるもんか」
そう、俺は人に席を貸すのも、他人の席を借りるのも嫌だ。
──と言うのも、昨日、阿久津が休んだもんだから、女に『一人なんだから、この席貸してくんなーい?』とか言われたけど、嫌だ。と言ったら、後ろの方で別の女が「うわぁ……痛い」とか言っていた。だから、もうそいつらとは口聞いてやんねー。
「ごめんね。ボク、阿久津君にお昼誘われちゃって、佐々良クンには迷惑だった?」
と、この女みたいな顔した茶坊主が、俺に気を利かせて正論を吐いたのに、阿久津の奴は、
「ああ~いい、いい。気にしなくても。こいつ自分の席さえ使われなきゃ、危害加えないから────。佐々良、昨日は悪かったな」
なんて言い草だ。それじゃあ俺は野犬か、捨て犬だ。同じか……
「それにしてもお前、女みたいな顔してんなー? あれだろ? よくある」
茶坊主は『うん?』と小首を傾げて、何か言いたげだったけど、俺は話を続けた。
「本当は女だけど、男の格好で学生生活を送ってるって、やつあんだろ?」
確かアニメ化されてたよな? 今じゃ映画なんかもバンバンと出して、大傑作を次々にあみ出してる、権田藁岡先生の、知られざる初期の頃の作品。そう、あの名作だ!
「違うよ~。よく言われるんだけど」
「え? よく言われるの?」
阿久津が辛気臭い顔で、しんみりと同情の声で聞き返すと、茶坊主は、
「うん……。あんまり嬉しくは無いんだけどね」
ホラみろ! さっき俺が権田藁岡ワールドを披露してやった時は、何を馬鹿げたこと言い出すんだ。って顔してた阿久津の鼻を明かしてやった。
「お前、権田藁岡先生の漫画とかアニメ知ってる~?」
俺がそう聞くとパッと顔を輝かせた茶坊主、きっとコイツもファンなんだぁ~。
「知ってるよ!」
「知ってる!」
阿久津もハモった(茶坊主は声が高いから)
「いや、お前が知ってるのは分かってるから、ハモるな。俺が漫画貸したんだし」
すると不服そうに口を尖らせる阿久津。こういう時の阿久津はチョー可愛い。
「茶坊主。お前、弟か兄貴かいるだろ?」
「ちゃ、茶坊主~?」
俺が茶坊主と呼んだら、すっとんきょうに阿久津が声を裏返らせた。
「だってよう。俺、こいつの名前知らないし~。髪も茶髪だろう?」
「茶坊主はないだろう~! ごめんな、こんな奴で。悪気は無いんだ」
阿久津がいらん肩を持つから、茶坊主も調子こいて、俺をムッとした顔で見てる。
「ボクの名前は、肌野翼! クラスメイトの名前くらい覚えててよね!」
えっ! そこ~? 俺も阿久津も唖然とさせられた。怒るとこがズレてんな。危ない奴だ。もう少しおとなしくしとこう。こういう奴が一番危ない。
「肌野~? どういう漢字書くの? お肌の肌に、野原の野か? もしかして」
あまりにヘンテコな名前だったから俺が笑ったら、阿久津がキッ! と睨んできた。
「本気で名前知らなかったんだな~? 隣だぞ! お前信じられないな」
阿久津まで茶坊主の肩を持ちやがる。
「いーよ、いーよ、ボク慣れてるから」
茶坊主は、色白で、顔がしゅっとして、でも頬がぷくっと柔らかげで、目がパッチリと大きく、まつ毛が長い。口は小さく、鼻はそんな高くなくチョコンとついてる。そして茶髪の短い髪。といっても女子のショートカットみたいな髪だ。
そりゃあ間違われるな。女みたいな顔だから、野郎もついつい女みたいな感覚を持ってしまい、茶坊主を男同士とは見れないんだろう。かと言って女は同性と話してる感覚で空気みたいに接する──違うか! どうだ?
俺が名推理を働かせたようにそう言ったら、茶坊主は目を爛々と輝かせて言った。
「凄いよー! 佐々良クーン! なんでそんなに分かるの~?」
本当は権田藁岡先生の漫画のことを言ってたんだが、あまりに俺を羨望の眼差しで見るから、俺もついつい調子こいた。
「バカだな~、翼君。僕はね、人の心や痛みが、よ~く分かる善人なんだ。みんなボクを勘違いしてるんだ。粗暴なだけの奴だとかさー」
俺のからかいが度が過ぎるぞと言って、阿久津が、権田藁岡先生の漫画の話をしてるんだよ。と説明しても、茶坊主は耳に入っていないらしく、興奮していた。
「そうだよねー。勘違いされるって、キツイよねー。ボクも分かるよ佐々良──ク……」
とうとう阿久津も諦めた。俺の言葉にここまで喜んでるだからと、説明するのは止めて、あーあという顔で途方に暮れてる。
「ご……ごめんね」
ん? なに? 俺も阿久津も茶坊主の顔を覗き込んだ。
「ボクだって、勘違いされて、嫌な思いしてるのに……。佐々良クンを勘違いして、怖い人だと思ってて……」
さすがの俺も、ここまで勘違いして謝られるといたたまれない。
「いーってことよ。これからは茶坊主なんて、誰にも呼ばせねー! なっ! 翼! 俺はちゃんとお前のことを名前で呼んで向き合ってやるからな! あと俺のことは男らしく佐々良と呼び捨てで、呼べ! なんなら智也でも、トモクーンでもいいぞ」
なーにを言ってんだか、という顔の阿久津だったが、茶坊主は違った。
「ありがとうー!」
両手で俺の手をキツク握り、なんだか目も、潤んでるぞ……。ちょっとやりすぎたか。
「あー……。そ、お友達だからね。うん」
そのあと、権田藁岡先生の作品の話で、俺と翼は盛り上がった。
俺としちゃあ、どっちが先輩なのかは切実な問題だから、いつからファンなのか聞いてみたら、小六の時に隣のクラスの友達に漫画を貰って、それ以来ファンを続けてるようだ。俺の方がちょっとだけ先輩だな。
しかし、小六と言やあ、まだマイナー時代だ。その頃から権田藁岡先生のファンが同じ学年に居たとは、こいつめ、なかなか恵まれた小学校だったんだな……。ちっとも寂しくないけどな。
お友達とか言ってたが、恋人か? ガールフレンドか? ステディか? と詰め寄ったら、ポッなんて赤くなってやがった。ませた小学時代を過ごしてたんだな……。ちっとも羨ましくなけどな。
こいつには双子の兄貴がいるようだ。でも男のフリをして、この学校に入学したのか? なっ? そうだろ? と俺が聞いたら、額に汗をにじませ苦笑していた。
阿久津からは、もうその辺で良いだろう? と俺の権田藁岡ワールドの世界観をそろそろ引っ込めるように注意された。
この茶坊……いや茶髪は地毛らしいし、顔も女みたいだけど、権田藁岡先生の話は俺と抜群に合う。阿久津でもそこまで知らないぞ、という作品まで知っているので、恐らくはこの学校で俺に次ぐ権田藁岡マスターだと思う。
なかなか良い高校じゃないか~。この学校は。
◇◇◇
──翌日。
俺はまた迷子になって、今日は気づいたら体育館に来ていた。
キュッ、キュッ、キュ、床をスレる俺の上靴の音だけが響く静かな体育館、そこに先客が二人居た。きっと俺みたいにまだこの学校に慣れてなく、迷い込んだ口だろう。二人も居て方向音痴とは可哀想に。俺より酷い奴がいたとは…………なかなかの朗報だ。
ここできっちりと方向が音痴な先輩として、迷った時の対処法なんかを教えてやれば、威厳を見せれるチャンスだ。
俺から十二メートルくらいか? 多分それくらい離れた所で、髪の短い方がバスケの球をゴールに投げた。ポーンといって失敗させてる。コロ、コロ、コロ。
俺は腹を抱えて笑いそうになったが、ここは紳士的にポーカーフェイスを崩さなかった(心の中では『ぎゃはははは』だ)
もう一度ボールを掴んだけど、ポンと離して、二人して歩いていった。方向は定まっている。なんだ……迷子じゃなかったのか。髪の短い方はチラリと俺を振り返った。けどまた向き直り、七三分けの奴と二、三言、話をしてから、七三が俺の顔を見て、行こうぜーっ。と短髪を引っ張って行った。
ん? あれ? よく見ると翼じゃないのか? その時、また俺の方を振り向いた短髪……いや、違うな! ショートカットだが片側がちっと長い、何個かの三角形に飛び出てる。散髪失敗してたんだな。憐れな……。
三角形の部分にワックスでも塗ってもっと寝かせろ。そうしたら、まあ指摘しなきゃ誰も気づかんだろう。たぶんな。
……ちっと違うな。
あーっ! そうか、あいつ兄貴がいると言ってたなー。そうかそうか、どおりで顔が似てるはずだ(髪型が微妙に違うけど)兄弟揃って女顔とはついてない奴だぜ~(付いてるだけに)
すると、翼兄がまた振り向いてコッチへ歩いてきた。まさか『うちの弟がお世話になってー』とか何とか言って、小遣いとかくれたりしてな。金一封みたいに。
しかし、翼兄はボールを拾い上げると、ボールが沢山入っているネットの中に投げ入れて、またそそくさと七三のところまで戻って行った。なんだ。ボール片付けただけかよ。それにしても無愛想な奴。仮にも弟の翼君の親友だぞ! と思ったが気が変わった。そういや翼の友達だなんて知らないかもしれないし。
それよりも──────。これから、どう帰る?
さっきの奴らについて行きゃ~良かった!