翼が二十二羽
──お昼~ッ・コフレダムール
ああ~、テス、テス、テス……。チェック・ワン・ツー。
んん、んーん……。
あ、ぁ~…………。ん。ッ。
俺は教室でも良いと言ったんだが如月の方で、気恥ずかしいオトメチクが発動したのか、場所を移して話し合おうと、まるで果たし状のような照れ隠しを言ったので、俺はちょっと待ってろよ、と早くも俺様ムード漂わせて、弁当を胃の中へ高速ワープさせたあと『それではどちらまで? お嬢さん』と言ったら、唇をかみ締めながら憂いの表情で『屋上で』と言ったので、そんな心配げな顔をするなよ。と気遣いも見せつつも、屋上は恐らく九十八パーセントくらいの確率で閉まってると思うぞ。アニメじゃないんだから実際そんなもんだと妙に背伸びして大人ぶって諭したら、お昼はいつも解放してあると如月が断定的な顔で言うもんだから『ならお前に従おう』と、ならは関西の方の名前じゃなく、お前がそう言う”なら”の『なら』だぞ。という注釈を交えつつも、集合場所に二人で向かった。いや二人で行くんだから集合場所と言うのもおかしいが。
俺にとっては屋上は未開の地だ。初めての経験ってやつさッ。
如月との、ただならぬ雰囲気をいち早く察したのか? 翼と阿久津は心配げな表情で俺の方を見ていた。いや俺と如月を見てた。
良い機会だ、そこで存分に心配してろッ。今から如月が俺に愛の告白をするとも知らずに、勝手に勘違いして”ただならぬ空気”を吸い違えたお前らがマヌケなんだ。
翼と阿久津セットは、日頃から俺を邪険にしてるから、俺も深刻そうな表情を作って教室を出てやったら、翼なんか可愛い顔で眉毛をハの字にして更に心配げな表情を募らせていた。
教室を出ると、如月が先にズイズイと歩くもんだから、俺は、やはり告る方がエスコートをするもんなんだぁ? へぇ~。と『告り作法』の厳しさに思いを馳せながら、あとをついて歩くと、最上階まで来たところで一瞬、二瞬、いや三瞬かな? 俺の方をチラチラ見ては挙動を探るような仕草を見せつつも、威風堂々とした如月の立ち居に思わず『アッパレ!』と大名の口癖のような言葉が頭が過ぎったけど、それも止むを得ん、余は何ゆえそのようなことを考えたのかは分からぬが、教室を出てからずっと無言だなぁ、いや、それよりも今日のお昼はこいつの友人たちが居なかったなぁ、なんでだろう? ああなんでだろう? まあいいや。こういう特別な日はいつもと違う日常に身を投じたくなるものさ、もしかしたら験担ぎか何か? まさかなフフフと意味ありげにニヤリとすると、その顔を、如月はキリリとした凛々しい眉を引っさげ、あたかも挑むかのような目つきで睨まれ、あれ、今ドキっとしたでしょ~、なんて面持ちに、お前も仕様が無い奴だなぁ、困った子猫ちゃんだ。なーんて、そこも含めて可愛いぞッと、俺は、その目線に既にメロメロと吸い寄せられてフラフラとなりつつ……
……屋上のドアを開いた(いや厳密には如月が開けたが)
鍵は掛かってなくて、如月の言うとおり屋上は解放されていた。
しかし、掃除など殆どされてないようで、地面は結構汚れていた。人は殆ど居ないけど、それでもチラホラくらいは見かけたので、人が居るけど良いのか? と聞いたら『良い』と言う。
「やっぱ、お前の言った通りだな。よく知ってるな、屋上が解放されてること。いつも? たまたま?」
俺としては結構気になる。と言うのも翼と仲直りした時用に、密会ポイントとしてストックしときたいからだ。
「あっちで話すから……」
如月は俺の方へは顔を向けずに、階段のドアを右手曲がり奥の角へと進んで行った。俺からは後頭部しか見えない。
俺もそのあとを付いて歩き、突き当たりまでくると、如月はクルリと振り返った。俺も如月の前で立ち止まった。
「まだ人が居るけど、いいのか」
と言う俺の言葉を無視して如月が口を開いた。
「私のこと聞いて回ってるみたいだけど、何がしたいワケ~?」
片眉だけ下げた不機嫌そうな顔つきだ。告るまでの道のりで、ツンとして、成就後はデレっとするのが、ひと昔前の定番みたいだったようだが、その前振りか何かだろうか? でも言ってることは過激だな、如月……。
「べ、別に、ナニかしたい訳じゃないけど。まだ早いし。ほら、まだその……」
俺たちまだ付き合っても無いだろ? 恋は始まったばかりッ。そういう大人な関係になるのにも順序ってもんがあるし。ま、まあそんなもん、すっ飛ばしたいって言うんなら、先に、す、済ませてやっても良いけど~? オネガイします!
でも、俺には翼がいるし。ん…………。まっ、喧嘩中だしなッ。ぉぃぉぃ。
「早い? ふーん。早いとか……、遅いとか、考えてるんだぁ? キモっ。あんたって、最低だよねぇ~」
「いけないのかよっ」
「別にぃ。そうやって焦らして、楽しい?」
どうも如月的には、早いだの、遅いだの、と言うのは最低なことのようだ。女心は本当によく分かんねぇ~っ。一体どっちなんだろう。焦らして楽しい? おまっ! ば、ばっか! 考え過ぎだろう~、如月~。いや、それよりも付き合うとかの話は?
──って言うか『私のこと聞いて回ってるみたい』ってのは何だろう。俺が如月のことを好きだから、趣味とかスリーサイズとか聞いて回っ────たことなんて無いぞッ! それに好きとか無いしッ! ひっどい言いがかりだなぁ~。
俺は両手の人差し指を交差してバッテンマークを作り、口を3の形にして『ぶぶーっ』とNGマークを出すして──る姿をイメージした。ホント、□3ぶっぶーっ。だよッ。
「どこまで聞いたの? 私の友達にも聞いてたみたいだよね。私んトコまで回らないとでも思ってたワケぇ? ばっかじゃーん」
友達、友達……。こいつ確か友人B、C、D達のことは名前か苗字で呼んでたよな。俺が名前知らないの知ってて「友達」って言い方したのかぁ。あぁ馬鹿にしてるぅー。
……んまっ、Bとか、Cとか言ってるもんな俺も。
ん? C、D、昨日? 話したような記憶がある。確か教室の移動ん時に。あぁ、その話か! と、ここまで一秒の早業で思い出した。
「確かにお前の、ご友人C、Dとは話……。いや会話はしてない!」
「うそつけよッ!」
だって、あん時、C、Dは顔見合わせたり、手を挙げたりで、実はあいつら一言も喋ってねぇ~じゃんか。言いがかりにも程……。
あぁ思い出した。そうだ、俺は昨日、そう。「退学」「お前みたいな馬鹿みたいな喧嘩」とかなんとか……。そうか、マクモの時のことを聞こうとしてた。そのことを言ってるのか。
しくじった。俺ってばお姉ちゃんにも家に帰って聞いてたよなぁ~。でもなー、お姉ちゃんからは普段から、人様のご家庭のことは安易に立ち入らないこと、ってあれだけ言われてるし。どうしようか?
「一コ上とか、同中かとか、去年なのか? とか──。聞いたんだよねっ!」
先に言われたしッ。
「そ、それは──」
ほら、俺焦ってるしッ。
「したんだよね? だから何がしたいワケ~? ほんっと! ウザイんだけど! 佐々良っ」
如月、なんか超怖いしッ。
もう告白どころの話ではない。如月の顔が徐々に険しくなっていく。
こいつが退学という言葉に過剰に反応したことや、俺みたいな喧嘩じゃない! って(意味までは分からないけど)とにかく、こいつはそういう話をしてたから、俺はてっきり一度どこかで退学になって、編入だか、転入だか、よくは分からないけどそういうのになったんだと思ってた。でも、お姉ちゃんの話ではウチの高校では──。
そうかっ。こいつが退学になったんじゃなく、兄だか姉だか……、兄貴だ! 去年同じクラスに如月って男子生徒が居たって言ってた。しかも自主退学したとも。
ここまで三秒ほどの瞬考だ(たぶんな)
「言えばー? 言えばいいじゃん」
ふと俺が昨日のことや、家でのことを思い出したら、それを見て如月は俺が何かに気づいたことを察したようだ。でも俺はその先を喋って良いものかどうか迷った。
だから、お姉ちゃんは、あの時、話をはぐらかしたんだ……。
「どこまで知ってる……? なぁ。────ハッキリ、言えよっ!」
おぉ怖ぇ~。如月の口調は、今、マクモの時のような男言葉になっていた。
「言って良いのか……? 俺、お姉ちゃんに『人様のご家庭のことは安易に立ち入らないこと』って言われてるし……」
俺が今更そんなことを言っても、如月の目は、本気で怒っている。
「もう、立ち入ってるんだよッ! あんたのお姉さんなんかどうでも、あんたはもう、踏みにじってるんだよ!」
正直、それは途中から分かっていた。だから顔を正面から見るのが恥ずかしくなっていた。さっきまで如月が俺に告ろうとしてたなんて思ってたのが、超恥ずかしい(如月はお姉ちゃんのこと知ってるんだろうか)
如月が人が居ても良いと言った理由は、ここが殆ど誰にも使われていないからだ。床が汚く誰もお弁当なんか食べに来ない。今は如月と俺しかいない。友人だちと昼につるんでなかったのも、こういう話をすると知ってたからだ。
黙ってる俺に、吐き捨てるように男言葉で促す如月。
「だから、言えよッ」
如月は怖い目をしていたが、俺からは少し潤んでるように見えた(あくまで見えただけだ)
「ああ……。だから、お前の兄貴だか、その、た、退学になって……。その」
どう言って良いのか分からずに、俺が言葉につっかえていると、大真面目な顔をして如月はこう言った。
少し震え気味だけど絞しだすような、切羽詰った疑問の声で、語気を上げ。
「私っ、なんかしたぁ~?」
言葉が途中でかすれて裏返るような声だった。まるで本気で「私が一体、何をしたの?」と困ってる顔にも見えた。への字眉で、弱々しい。全然如月らしくない。
「ねぇ? 私、なんかした~? あんたに、そんな酷いことしたかな~?」
まただ。かすれる声。今にも泣き出しそうな顔を作ってる。冗談でやってのかと一瞬思った。
「そりゃあ、私はいつも、あんたのことを『ぼっちくん』とか、馬鹿にしたり、してるけど────」
やっぱしてたんだ? こいつぅ~。だからこんな必死なんだな?
「こんなこと言ったら、なんだけど……。だって、あんた……助けたじゃーん! 私っ、あんたに何かしたっけ~? ねぇ」
確かにマクモでは俺を助けてくれた。その時の言葉が発端だけど……。如月はなんか変な顔で、声がかっこ悪く震えてる。
「そっっッんなにッ! 私っ、あんたが……怒るような、ひどいこと、したかなぁ…………」
なんだか泣き声に近い声だ。なんでそんな喋り方をしてるんだろう? 意味が分からない。そんなことくらいで。
「ねぇ佐々良っ? ね、なんで? ねぇなんでぇ? ……なんとかぃぇょ」
こんなにも『ねぇ』って言ってる如月は初めてだ。まるで女の子みたいな口の聞き方だ。最後の方は聞こえないような小さな声だった。
「なんっで! そんなことッ! 今更。聞い……!」
そう言うと、如月は、俺が一番、想像していなかったことをした。
ああああっと泣き出したかと思うと、顔を抑えてしゃがみ込んで、如月にしては珍しく、格好悪く泣き崩れていた。
”ぅぅぅぅ……”
その場にしゃがみ込んで、”あの如月が”、泣いていた。
正直、話の流れは薄々は気づいていた。でも兄弟が退学になったとして、そんなに落ち込んだり、気にしたり、ましてや、ここまで大袈裟に泣き崩れたり、普通するかー? しないだろ~?
しかも、他の奴ならともかく”あの如月”が、こんなことで?
せめて立ったままだったら少しマシだったけど、しゃがみ込んで泣いてるから、その背中を上から見てるしかない。どういう反応をすれば良いのか俺には分からない。如月は普通の女子みたいに泣いたりするような女じゃないと思ってたのに、如月じゃないみたいに格好悪く泣いてる。
瞬時にお姉ちゃんがもし退学になったらというのを想像してみた。
いつもイジメられてる奴を、お姉ちゃんが庇う。喧嘩になる。たまたま、なのにイジメてた奴が変な転び方をする。その先は知らないけど……。お姉ちゃんは退学になる。全然お姉ちゃんは悪くないのに。でもイジメてた奴はのうのうと学校に来てる? もしかしたらゲラゲラ笑いながら、まだイジメを続けているかもしれない。お姉ちゃんは正義感を出したばっかりに、善意損をする……。お姉ちゃんはクソゴリラだけど、やっぱ考えただけでもムカムカするなぁぁぁ。
いや、俺とお姉ちゃんは特別だ。こんなエラッソウ女の如月なんかとは──
──いや、違わないよな。
人様ん家のことを……、自分の感覚で置き換えても、所詮他人だもの……。俺に分かるわけねぇ。如月の気持ちなんか……。
こいつは俺を助けてくれたもんな。その時にポロッと出た言葉で俺がヤな思いさせてたら、如月こそ善意損だ……。そして俺はイジメっ子と同じ無神経な男。
俺が悪いのは……確かだよな? 今更だけど居た堪れない……。何回こうやって無神経に他人を嫌な思いさせといて『格好ばっかつけた反省』を俺はしてるんだろう……。つい俺もしゃがんだ。嫌だろうけど如月の背中をポンポンとした。でも反応はない。当たり前だ……。
ぱたっと足音がして、屋上にはまだ一人生徒が残ってたようだけど、そいつも階段を下りて行くような音がした。いつもなら人の目を気にする如月が、泣いてる。俺は馬鹿だから思わず肩に手を回して、多分、変態扱いされる。ちょっとだけハグをした。さすがの俺もこんな時に変な意味はない。同情でもない、図々しくもそうしたくてたまらなかっただけだ。
”パチーン!”と大きな音がした。
痛くはないけど、俺は如月に思いっきり頬を引っぱたかれたみたいだ。頬がピリピリする感じに残ってる。女の力だから痛くはないけど、引っぱたかれた感覚が大袈裟にほっぺたに残ってる。
二人並んでしゃがんでたけど、俺を引っぱたいた如月は、少しだけよろっとしてから、そのあと立ち上がってた。俺だけがあとに残された形で、なんとも無様だ……。一応、俺も立ち上がったけど、俺は外側、如月はドア向きという立ち位置だ。
そして、そのままで、如月がポツリと俺に言った。
「気持ちワルぅ~……」
さっきよりは普段に近い喋り方だ。
「そうか……。気持ち悪いかっ」
俺は咄嗟にそう返した。なにを返して良いか分からない。咄嗟に出る言葉なんか、大抵は大した意味も無い。
如月はそのままドアの方まで歩いて行くのかな? と思ったけど、意外にも口を開いた。
「誰かに喋るの」
そんな訳はない。けど、俺が如月の友達たちに聞いたりしたから、信用が置けないんだろう。当然だろうな。確約を得るまでは、如月いわく「気持ちワルぅー」な俺との用はまだ済んでないってことか。
「いや、喋らない。けど────聞いていいかな」
如月は無言だ。くちばしを突っ込まれたくない如月に、聞いてもいいかなんて、そんなことを聞いてどうするんだよ……。
でもマクモで俺が「退学」って言葉を安易に出した時の、あの怒り方が気になっていた。途中で遮られないような早口で聞いてみた。
「ちょっと聞いてくれな。勘違いしないで聞いてくれな、まずは最後まで。そんな長話じゃないけど、お前、なんでそんな怒ったり、気にしたりするんだ? 悪く取らないで欲しいんだけど、俺、お前が、そういうこと気にするような女に見えないし──」
瞬時に如月がこっちを見た。俺の話が終わらない内に、キッ! と、まるで汚らしい奴でも見たような本気で見下げた目で睨んできたので、慌てて話を進めた。
「いや、最後まで聞いて欲しいんだ。その、そういう風に見えたけど、そこまでショックだったんだろ? いや、俺もさっきお姉ちゃんがって、置き換えて考えたら、その──俺もショック受けると思ったし……」
如月は『お前んとこの姉弟なんかと一緒にするな』何も知らないで、お前のとことは違うんだよ! と言ってるような目で俺を見てた。さっき「俺とお姉ちゃんは特別だ」と俺が思ったのと同じように。いや、それ以上かもしれない。
そりゃ、そうだろうな、俺のは想像。如月のは現実だ。