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肌の刺さらない翼  作者: もーまっと
■本編
18/45

翼が十八羽

 ざわざわと人が集まってくるのが雰囲気で分かった。んあ? 誰だ?

 俺は(多分)殴られてないけど、興奮してたので視界がかなり狭い。何も目に入ってない状態だ。ふぃっと八木さんを見たら静かに座ってるだけだ。あぁ、悪いことをしてしまった……。

 殴った奴を見た。ぐったりしてるザマーミロ! すっとした。取り巻き連中を見た。そいつらは、えへら笑いで仲間同士顔を見合わせていた。ザマーミロだ。でも八木さんを二回は見れなかった……。


 店員もすっ飛んできてるような感じがした、お客さま? とニコヤカそうな声で、退去して欲しい旨を話してる(ような口ぶりだ)いつもの定番だ。こういう場合は時間的にも、そろそろ店が警察に電話をする頃だ。大体は似たり寄ったりだ。


「すみません! こいつバカなんです。脳みそスカスカで、ただの馬鹿なんです。あとで言い聞かせるんで、すみません」


 この声は! ついさっき「佐々良ッ!」と呼んだ声だ。声の主を見た。如月だ!

「なにやってんのよー! バッカじゃないの! あんた正気~?」

 若干、声のトーンを落としてるが、かなりキツイ感じで、まるで言い聞かせるような口調だ。


 時間の感覚が無い、どうなってるのか周りの状況もまだ完全には把握できてない。

 リーダー的な奴は友達に付き添われトイレの中にいるらしい。他の連中もトイレ側を向いて固まって立ってる。


「ほんっと、マジ頭悪かったんだね。なにしてんのよ~?」

「あ、あぁ、そうだな」

 俺はまた八木さんの方を向いた。いつもの八木さんだ。こんな筈じゃなかったのに……。八木さん、ごめんな(それにゴールデンルールにも反するな。店員もごめん)


 店内は、時間が元に戻ったような感じになっていた。ふっと見ると横にいた筈の如月はもう居なくなっていた────と思ったら友達の所へ行って何やら話をしていた。よく分からないけど、そそくさと帰り支度をしている。グループの中の一人だけが帰り際に愛想笑いで一秒か二秒だけこっちを見た。


「あっ、八木さん……」

 如月が八木さんを見て、そう言った。俺の位置と八木さんが座ってる席と、その雰囲気で、俺と八木さんが一緒に来たのは理解出来た雰囲気で、続けて如月が俺にこう言った。

「あんた、八木さんと一緒に居るのに、よくあんな真似出きるよねー!」

「あぁ……そうだよな」

 八木さんはまだ普通に座っている。俺はバツが悪くて席に戻る足取りがもたついてる。


 トイレからリーダーみたいな奴が肩を借りて出てきた。足元を見た限りフラフラで肩を借りてるんじゃない、のは分かった。そもそも鼻と、デコしか強くはやってない。ふら付くとしてもそんな長い時間ふら付くような箇所でもない。きっと格好がつかないのでツレに肩を借りて酷い有様のように体裁をしてるんだろう。血も、まだべたべたで固まりかけてないし。

 一人の取り巻きが仲間を気遣う表情のまま一瞬チラッと見ただけで、グループは全員マクモを出て行った。


 その様子を黙視して、出て行くのを確認してから如月が口を開いた。

「アンタさぁ。自分が何やったか分かってる?」

 そう言うと如月は、急かすように八木さんにも、この場は帰るように言った。八木さんは俺と来たのに……。

「なんでお前がそんなこと決めるんだよ」

「うるせーよ! ばかテメェ! 黙れ」

 有無も言わせない男言葉で普段とは違う怒り方だ。本気で怒ってる。如月はあとで説明するからと、八木さんに何やら話していた。俺はまださっきの余韻でぼっとなっている。

 少しして八木さんが俺の所へ来て、ごめんね。と言った。なんで八木さんが謝るんだ。

「いや、俺の方こそ、ごめん」

 俺の方こそじゃない。上手い言い方が出来なかったけど、こんな所で喧嘩なんかして、本当は俺が悪いんだ。ごめんよ八木さん。

 よく分からないけど、如月が急いでる風に早口で八木さんに何か言っている。言葉からは既に八木さんを帰らせるような流れになっている。何か事情があるみたいで、俺は呆気に取られてしまい全部如月の言うとおりにことが運んでいる。

 そして、八木さんが帰ったあとに、如月が俺に一言だけ言った。

「行くよ。 ────ばーか!」

 それだけだ。あとは黙って店内を出て行こうとした。俺がどうなってるのか把握出来ないでいると、如月は”うっとおしそう”に、無言だったけど、早く来なさいよ! という仕草を見せた。


 外に出たら、ドアを出たすぐの所に如月が立っていた。

 大きな道路沿いだったので、一気に車のガソリンと匂いで俺はふわっと我に返った。どうしたら良いのか途方に暮れた。

 如月は、無言だったけど、もう先を歩いていて、何となくついて来いといってるような感じがしたので、俺はトボトボと如月が歩く後ろを歩いた。付いて行って良いのか? もうここいらで別れた方が良いのか……。


 丁度、今、学校の校舎の裏手側を歩いている。どこに行くんだろう?

 何分なんぷんもしない内に小さな公園を見つけて、如月はその中に入っていった。蛇口を捻ったけど土が入ってるようで長らく使われてないようだった。奥の方の蛇口のところまで行った。

「ハンカチ持ってる?」

「あ……あぁ」

 如月はよこせという感じで、俺がハンカチを渡すと、水に濡らしたあと、また雑に返してきた。何も言わないけど、その所作からは、自分でしなさいよッと言ってるようだった。

 まるで俺は、山かどっかに行った時に、保護者があれこれやり、それを意味も分からないまま言うことを聞いてる小学生みたいだ。


 よく見ると俺の手が血だらけだった。もちろん俺の血じゃない。それは如月も分かってる。俺はコンクリート製の長椅子に座り手に付いた血を拭いていいた。如月は俺の前にしゃがんで座ってる。かなり怒ってるのが分かる。

 椅子をポンポンとして、如月座るか? という手振りをすると、如月はため息とともに、言った。


「ほんと、どうしょうもない奴だな、お前」


 本物の男口調だ。如月の口癖の「あんた」という呼び方はしなかった。

 俺をかなり馬鹿にしたような表情を浮かべて、椅子には座らずに、そのまま俺の前にしゃがんでる。

 いつもの俺なら怒ってワーワー言ってるところだけど、そうはしなかった。如月の怒り方がいつもと全然違うし、本当に自分が正しいと確信に満ちた態度だったからだ。


「まだ中学生の感覚のまま高校に来てるだろ」

 意味が分からなかった。中学生みたいな幼稚な感覚で、というニュアンスじゃない。もちろん教師がよく言う意味合いとも違う感じだ。どこかで聞いたような意味合いとは全然違う意味で言ってるのは俺でも分かるけど、どういう意味なんだろう……?

「佐々良、あんた分かってるの?」

 俺を名前や苗字で呼んだのは初めてかもしれない。……いや、店内で一回「佐々良」と呼んでたな。一応知ってたんだな。ぼっちくんとしか呼ばれたことが無い。

「ああ、八木さんに悪いことした」

「あったりまえだろ! 馬鹿か!」

 まるで男口調だ。でもやっぱり、いつもの如月じゃなく、本気で怒ってる。本気で馬鹿だと思ってるようだ。

「八木さんのこともそうだけど、あんたが馬鹿だって言ってるの。分かる? 私の言ってること」

 如月の言い方は、八木さんと一緒に居る時に喧嘩をしたこともだけど、むしろ俺自身が馬鹿なことをしたような口ぶりだ。

「俺が喧嘩したことか? そんなの……」

 と言ってる側から、俺の言葉を掻き消すように如月は馬鹿にした。

「警察来るよ? どうすんの?」

「分かってる。そんなのは俺は、分かってるから、あのあと、すぐに……」

 また俺の言葉に被せて、馬鹿にした口調で喋る如月。

「なに? 自慢してるの? 馬鹿すぎるだろ。すぐに逃げる? 八木さんはどうするの」

 ハッとした。そうだ。すぐに逃げるも何も八木さんが居た。だから慌てて自分の友達も帰らせて、そのあと八木さんも帰したんだ……。

 やっと如月が怒ってる訳が理解出来た。なんて馬鹿なんだろう。


 こいつがさっきから馬鹿・馬鹿言ってる意味が、ようやく分かった。そして、俺はその通りだ……。如月の言う通り、馬鹿だ。


 如月は大きく、ため息をついた。

「あんたね。学校のすぐ裏のマクモであんな喧嘩して、分からないなんて、超馬鹿な奴じゃん」

 その通りだ。こいつは俺よりも冷静で頭が良い奴だ。勉強の成績がどうとかじゃなく、人間的にだ。俺は何か喋ろうとしたけど言葉が浮かんでこない。すると如月は更に続けて言った。

「あんた高校入学早々退学にでもなりに来たの?」

 入学早々でもないけど、まだ一学期だ。長く感じたけど、まだまだ入学早々という言葉が通じる時期だ。

「あんなとこでモタモタしてたらさ、停学には確実になるよ。学校の裏マクモで、他校の生徒殴って、あんなに大騒ぎして、それで何もないとでも思ってた?」

 一瞬ギクっとした。考えてもみなかった。停学とか、退学とか、すっかり忘れていた。あの言葉はそういう意味で言ったのか……。如月はただの生意気なだけの奴じゃなかった。

「ああ……。ごめん。……ありがとう」

 情けない……。別にいつもガサツで嫌味な如月に、まるで言い負かされたような感じになったから、情けない気分になったわけじゃない。俺がいつも、この野郎! っと思ってた如月の方が、俺なんかよりずっと大人な考え方なのを見せ付けられ、俺はそれに助けられたからだ。

「ごめんじゃねーんだよ! 迷惑なやつ!」

「ああ、そうか、悪かった。如月の友達も、悪かったな。──お前も」


 暫くして、俺は拭い終わったハンカチを手でコネコネ、手持ち無沙汰でキョドってたら。さっきよりは幾分普通のトーンに戻った如月の声で、はっと我に戻った。

「もう帰るからねッ。お店は警察呼んでないみたいだし、でも一応明日様子みたら? 制服見られてるから、学校に通報されてるかもしんないし」

「そうだな。でもまぁ退学は無いだろう。ははは」

 俺のその言葉に、いや~な物でも見たかのような顔で如月は言った。

「本当、ばっかじゃない! 最低~! 死ね」

 さすがに死ねはないだろう。そこまで言われる筋合いも無い。ちょっと腹が立った。

「なんでそこまで言われなきゃなんないんだよ!」

 如月は俺を無視して行こうとした、けどその前に、言おうかどうか迷ったあと、超早口で言った。

「──お前みたいな馬鹿みたいな喧嘩じゃないけどな! 死ねっ!」

 完全な男言葉で、如月はイライラしてそう言ったあと、スタスタと一回も振り向かないで、最初から俺がそこに居なかったように帰っていった。公園を出て左の建物で見えなくなるまで俺は如月を見てた。


 なんのことなんだろう?


 ──暫くは安堵感もあってか、俺は椅子に座ったままでいた。


 さっきから頭が痒かったので、そこを指で触った。なんかゴミかなにかがついてたので、指でそれを取った。もしかして喧嘩の時にジュースかハンバーガーか何かがくっ付いて、そのまま固まったんだろう。


 ツー。


 暖かいお湯みたいなのが両方の耳の前あたりを流れてる。それを両側を同時に指で拭おうとして、足元の砂利だらけのコンクリ床に、何かがポタポタ落ちてるのが分かった。赤い色をしている。指で両方の左右のアゴを触って、手を見たら、びしょびしょに濡れた赤い手が見えた。


 あぁ……。多分、拓っくんに頭突きした時に歯が当たったんだと、ようやく気づいた。頭は皮膚が薄いから、歯が当たったとかそんなことくらいで、簡単に大袈裟な量の血が流れる。表面だけの問題なら治りはそんな遅い方じゃない部分だから良いけど、制服を血で汚したら買い換えるのが高い……。

 俺は、中腰で立ち上がり、頭だけ前のめりに、お尻を引いた九十度お辞儀みたいなマヌケな格好のまま前進という、恥ずかしい歩き方でさっきの蛇口まで歩いていった。その間もポタポタじゃなくボタボタという感じで血が流れてる。

 見る見る内にコンクリではない方の、砂利の地面が赤く転々と、いや所々ぼたぼたと血が落ちて滲んでる。さっきの乾ききってないハンカチを頭のてっぺんに押さえつけながら歩いたけど、歩きにくいし、スピードを上げて行った方が早いような気がしたので、九十度お辞儀姿勢のまま早歩きで蛇口まで進んだ。


 蛇口に辿り着くと、全開に捻って頭の血を洗い落とした。

 ──けど、俺はかなり馬鹿なんだろうな、と気づくハメになった。洗ったら余計に血が大量に流れ落ちた。半分以上は水に合わさって量が多く見えてるだけなのは分かるけど、また同じ九十度お辞儀姿勢のまま、さっきのコンクリ椅子の所まで戻るという二度手間をした。自分で自分が阿呆すぎて、腹が立つよりも笑ってしまった。


 また椅子に腰掛けて九十度お辞儀姿勢を維持してる。

 どうしたものかな~……。血はまだポタポタ落ちてるし……。


 応急処置とか知らないので、俺はずっとハンカチで押さえるしか出来ない。押さえてる間に、もうボタボタ血が落ちてないのに気づいた。それでもハンカチをズラすと、ボタボタはおさまったけど、まだポタポタ落ちるので、退屈だけど更に押さえ続けた。

 今更だけど、ハンカチの上から歯でも刺さったのか? と指で確認したけど、そんな感じじゃなかった。拓っくんも歯が折れたんじゃないんだろう。いや折れてどっかに落ちたのかも? まあ、あんな奴どうでも良い。


 誰か通りかかってくれないかな? と一瞬甘い考えが浮かんだ。委員長? 鉄男? 翼と阿久津は嫌だな~。特に翼にこんな姿見られるのは。阿久津だけなら良いけど……(喧嘩してなきゃ翼の太ももで介抱されたいッ)如月はまた激怒するしバツが悪い。まああの帰り方じゃもう近くには居ないだろう。

 氷室とかなら……いや、あいつはいいか。八木さんはとっくに帰ってるし、一番バツが悪い。

 お姉ちゃん? 違う意味で一番嫌だ。絶対にツベコベ怒られて、いつまでも、そりゃーいつまでもグチグチお説教されるし。一番良いのは委員長だな。

 俺は本当に甘ちゃんだ…………。


 実は、最初は、誰か通りかからないかな? と思ったけど、本当はやっぱり誰にも見られるの嫌だな~という気分にもなっていた。

 それに、騒ぎを見た奴とかに電話されないかも心配だった。学校のすぐ側だし。


 ──と、そんなことを考えていたら、十分じゅっぷんくらいだろうか? ハンカチを少しズラしても、ちょろっと流れてくる程度まで落ち着いていた。血を見てアドレナリンが分泌でもしたんだろうか? そこまで長く感じなかったので、退屈って程でもなかった。


 …………。



 あっ! 自転車をマクモに止めたままだ!


 しくじったぁ~……。

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