翼が十五羽
──帰宅部(帰宅活動中)
俺はまだ考え事をしていた。しかもチャリを立ち漕ぎしながら帰宅活動中に。
そうだ。最初に待ち合わせした時はどうだったんだろう?
なんで翼が女の格好をして、ましてや兄貴の涼という名前で、俺を呼び出したのかは分からない。でも、あいつは楽しそうだった。兎さんマークのTシャツを着て、俺が怒るのを楽しそうに茶化してた。
俺が男だと思ってやって来たのも知ってるようだった。それを茶化して楽しんでた。だけど俺はそれをクラスの全員が結託して、俺を笑い者にしてるんだと思った。
でも違った。
考えただけでも鳥肌が立つが、もし阿久津が女の格好して俺を茶化したらどうだろう? 多分、俺は怒らない。むしろ俺の方が茶化して冷やかして笑い者にするだろう。だから翼が同じことやっても怒る理由は無い。
そのあとのホテルはどうだろ? あれは俺が勝手に気を失って運ばれただけだ。あの小さな体でどうやったんだろ? 人に助けを呼んだのかな? そんなことはどうでも良いか。
これも気味悪い例えだが、あいつの体を触った時と同じように、もし仮に、それが阿久津だったと仮定して(気分悪ぅ……)女だと思ってたのが実は阿久津の女装だと気づいたとしても、俺はきっと馬鹿笑いして、逆に次の日のネタにしたはずだ(その前に確実に気づくだろうが)同じ友達なんだから、翼の場合だけ怒る理由も無い。
誰にも言わないでと翼は泣いていた。
俺を騙して笑い者にするなら、始めから人に言いふらすのが目的だ。言わないで欲しいなんて言う筈が無い。ホテルは計算外だったんだろうな。俺に倒れる予定はその日、入ってなかったもの。
もしかして、ただ一緒に遊びたかっただけなのか? ならなんで女の格好をする理由があるんだ。それに翼の名前を始めから使えばいいし。それに……。
ホテルで俺がキスしようとしたら目を瞑りやがった。俺の自惚れで判断すると、あいつ、俺のこと? どうなんだろう。あの時、いや、今、いや……。
──うーん。
嫌だけど、お姉ちゃんに「も」聞いてみるか。一応あんな奴でも女だからな。
◇◇◇
──帰宅部活動終了。自宅
俺は今、部屋の前で正座をしている。お姉ちゃんに真面目な話を聞く時のスタイルだ。これが姉弟の鉄の掟だ。
お姉ちゃんの話す言語はさっきから突拍子の無い話ばかりで、外国語を聞いてるみたいだ。
「──だから、結局、おねいちゃんは翼のことを前から知ってたってことだよな」
「前からも、後ろからも、ないよ。一緒に遊んだこともあるよ?」
その言いようは、また誤解を招くが……。
まさか。そこまで言うと脚色を加えすぎだろう。職業病か?(まだ高二だけど)
「誇張し過ぎだろ。俺、覚えてねーもん。そんなの」
「本当に忘れたんだぁ。まあいいけど、その話は……。智也に権田藁岡先生の漫画を勧めたの、お姉ちゃんなんだけどなぁ」
それは俺も覚えてる。なんせお姉ちゃんは、その当時は友達が少なくて漫画ばっかり地味に毎日とりつかれたように描いてたもん。だから男子生徒のふりした女子ってストーリーの権田藁岡先生の名作漫画も持ってたんだから。でも?
「あいつは女っぽいからって”小六の時”クラスの奴にイジメられてたんだよな? なんでそのことを、中一のおねいちゃんが知ってたんだよ」
「智也、本当に覚えてないの? あの子一回ウチにも来たことあるんだよ。智也が連れてきて。それに阿久津君も混ざって三人で遊んだり、お姉ちゃんも一緒の混ざったこともあるんだけどねぇ……」
うーん。難解だ。そんな記憶、俺には無いけど……。もう少し黙って聞いていよう。
よく考えたら、あいつ、俺がチャリで振り切る時ついてきてたし、帰り道も右回りしたよな? 多分。だから追いつけなかったのか?
「そこで、あの子が、私の机の漫画を読みたそうな顔をしてて、あんたが、お姉ちゃんの持ってる権田藁岡先生の漫画を勝手にあげるって約束しちゃって」
「うっそだー。俺は学校で翼に漫画あげたもの」
これは譲れない。間違いない記憶だ。でもお姉ちゃんは無視して話を続ける。
「私は嫌だって言ったら、じゃあ俺のをあげるよ。って言って一冊あげたよね」
この際、まあ、細かい話はいい。とにかく、俺が翼に漫画をあげたのと、俺が翼を女の子だと思ってたのは確かみたいだなー。
「もうその話は良いから──。あいつその後どうなったの」
「んん?」
「だからー。その後、卒業まで遊んでたのか、中学ではどうだったのか、そのあとの話だよ」
これもまた、お姉ちゃんは、なんで覚えてないの? とむしろ不思議がる表情だ。これだけ意見が食い違うとねじれ国会だ。お姉ちゃんは俺を洗脳しようとしてるのか?
「卒業も何も、そのあと少しして転校して行ったし、中学校も、どこに行ったのか、お姉ちゃんも知らないよ」
でも、ここで肝心な疑問が浮かんだ。そっちの方が俺には、ある意味では重要かもしれない。
「俺は最初、翼を女だと思ってたけど、そのあと転校していくまではどうだったんだ? 男だと気づいたのか」
「どうなだろうねー。よくコソコソ智也の方が、お姉ちゃんに隠れて、なにかやってたもんね」
そう言ってニッコリと笑うお姉ちゃん。
冗談で言ってるんじゃなさそうだ。この時から既にお姉ちゃんの凶暴さは開花してたからな。また何か逆鱗に触れないようにビクビク遊んでたんだろう。
最後には男だって気づいたんだろうか? たかが四年前のことじゃねぇか。なんで俺はこんな記憶力悪いんだろう。
「なあ、小六から、高一までって、四年だよな。正直に言ってくれ。俺って記憶力悪いのか? 普通の高校一年生って、どの程度六年生の頃のこととか覚えてる?」
「どうかなぁ。お姉ちゃんは漫画のことは、よ~く覚えてるけど、それ以外は……。人によりけりじゃないの」
「あ~、もう。いい、いい」
お姉ちゃんの場合は男同士がイチャイチャする漫画とか、パロディのホモ漫画だろ? 本屋さんで売ってない系の。脳内それしか興味ない女に聞いたのが馬鹿だった。
人によりけり……お姉ちゃんがこういう古い言葉使うから俺も感染させられたんだ。変なパロディ漫画ばっかり八月とか大晦日に大量に売ったりしてるから、そういう古い言葉を知ってるんだよ、こいつ。
「ところで、俺は翼のこと、その当時なんて呼んでたの?」
「お前とか、あいつ、とか」
おいおい冗談はやめてくれよお姉ちゃん。いくら俺でも……。俺でも……。
「あいつで分からない時もあるよな? そういう時は別の言い方すんだろ」
「全部あいつ。お姉ちゃんが『あいつって?』って聞いたら、漫画のあいつ。男子は名前で呼んでたけど──。そもそも智也に女子友達なんか居なかったでしょ」
そういやそうだ……。どうりで名前を思い出せなかった訳だ。
女もちゃんと名前で呼んでやるようになったのは中学からだ。それも気を許した奴だけだ。
その後は、非常に恥ずかしい話だが……。
お姉ちゃんは野郎みたいなもんだから、気にせず涼とのことも(脚色を加えながら)聞いてみたら──
「──ふ~ん。いっつもヘタレ攻めな智也にしては、なかなかもやるもねぇ~」
「感心してる場合じゃなく、ちゃんと教えてくれよ~。 ──つぅか俺様だけど?」
なんで翼が男と偽ってクラスLINEなんか使って俺を呼び出して、女の格好で来たのか。それが知りたいんだ、俺は。
「智也の場合は、まずLINEっていうのから説明しないと……って感じだけど。智也の考えてるクラスLINEは、かなり偏って理解してるね。お姉ちゃん一から百まで説明するの面倒くさいなぁ……」
「掻い摘んででいいよ」
すると、お姉ちゃんは、またツベコベと長話をセリフ調に話しだした。
「あのね、クラスLINEって仲の良い子同士でも招待されてなかったりするよ。忘れてたり、特に意味が無かったり、クラス以外でも招待されれば入れるし、それにクラスLINEとは別に、男子専用とか女子専用とかもあるし。あと全部公開しても、しなくても、設定でね……ん~、智也には難しいかぁ。
智也の場合は、お姉ちゃん思うんだけど。クラスLINEじゃないと思うけどなぁ。
あっ、お姉ちゃん? んー、お姉ちゃんの場合は一度無理やり誘われてねえ。あんまりそういうの苦手だからすぐに辞めたくなったんだけど、お姉ちゃんの場合は、気づかれないように退会したいって思ったくらいだもん。あははは。気にしないけどね~。お姉ちゃんは学校じゃ、おすましさんだモン。えへへ。あ、そうそう智也の話ね。そうねぇ、そもそも聞いてると智也はLINEそのものを理解してないみたいだから、どこから説明していいのか。最初はどうしたの? IDは自分で取ったの? んー……。それってチャットみたいな感じだった? それとも?
確実に言えるのは智也の勘違いだってこと、大体さぁ智也だけ無料って阿久津君がからかっただけだよ。それ全員無料だし──」
こいクソゴリラ! 何しれーっと自分語り挟んでんだよ……。それに、やたらと自分と俺の名前の連呼は止めろっ! それで無くても(数少ない貴重な)読者が読みにくいだろ。
「あぁ! もう分かったから。そんなのすっ飛ばして、なんで翼は男のふりして俺を遊びに誘ったんだ」
「男の子が、男の子を遊びに誘うのに、男だと言って何が悪いの」
お姉ちゃんの、この何でもご存知よ、という態度が俺をイライラさせる。
「確かにそうだけど~ッ。でも来たのは女の格好をした翼だぞ。それはどう説明するよ」
「心に乙女を持った男の子が、ちょっとお洒落してデートしたいのが、そんなに変?」
ハァ……。これだから、同人誌作家は……。
「まどろっこしい! なんで最初から女の格好で来ないんだよ!」
言ってて俺もハッ! とした。愚問だ。もう答えなくて良いよ……。
「あっはっはっは。智也が、今から女装してデートするから来てねッ。って言われて行くと思う? 自分で」
分かった。男の翼が、俺は男ですってったのは当然だ(としよう)この際、女子魂の翼が女装デートを企てたのも正常だとしよう。でも……。
「智也~、もっと上手に考えなさい。ホテルに行ったのも最初から予定してなかったんでしょ? 計算外だったんだよね。『誰にも言わないで』って泣いていたくらいだからねぇ。翼くんは最初は普通にデートするつもりだったのよ」
「男同士でか……?」
俺がそう言ったら、プスっ! と笑ってお姉ちゃんが、からかうように言った。
「男の子に姉のスカート穿かせてニッタらしてる子が何言ってるのよ~。あっはははは」
「うっせ! クソゴリラ」
「なぁに? 智也ちゃん」
やばい智也ちゃんになっている。
「わ、分かったよ。もーいーよ! もーいい!」
「今後の参考に、腐臭のする智也の実話リア充(リアルでどこかを充血)話をまた聞かせてねぇ~ッ」
こいつの言語はたまに翻訳不能になる。この乳お化けが! まぁいい(この変態ッ)お姉ちゃんありがとう。
──と、この話は切り上げようとしたら、お姉ちゃんが付け加えるように言った。
「ああ、そうそう。何かあったら、織原君にでも相談してみたら? 中学一緒だった」
話が済んだと思ったら、思い出したかのように、お姉ちゃんがそう言った。
織原……そんな奴居たかな? 聞いた覚えはあるけど、ハッキリとは思い出せない。
「何年の時? 同じ組だったんだよな」
「同じクラスだったと思うよ。でも学年は二年だったか、三年だったか、どっちかだけど、お姉ちゃん分からないなぁ~」
二年か。三年か、結局全然分からないってことだろ。まあ同じクラスだったことは確かみたいだ。
「阿久津君と、織原君と、あと……田中君? 何人かで遊んでたこともあるから、阿久津君にでも聞いてみたら?」
「ああ……阿久津は。翼と喧嘩してるから、阿久津も形式上翼側についてる──」
そう言うと、お姉ちゃんは大笑いしやがった。馬鹿にされたようで気分が悪い。
けど、なんで相談なんだろう? 中学の時のクラスメイトに今更何を相談すると?
「相談ってなんだよ。俺と翼の場合はデリケート(って言うんだよな?)な問題だから、そう易々とは相談できるような、初級編の恋愛相談と一緒にして欲しくないんだけどぉ~」
俺のその言葉に、だから織原君なのよ、とでも、まるで言いたげな顔をした。
「そこ子も、智也と同じ人種だから、話が合うんじゃないかなぁと、お姉ちゃん思ってね」
「どういう人種だよ。方向音痴なのか? それとも一族の呪いに関係あるのか?」
「その子は方向音痴じゃないよ。それに一族の呪いって智也しか言ってないし、って言うか智也しかそんな子は居ないし」
あははははと大笑いして、一瞬止まってから、また言い直すお姉ちゃん。
「智也が大袈裟に言ってる一族の血とかいう馬鹿な話、そういえば織原君もその気があったから。二人とも時々ポロポロと脳内言語がこぼれる癖があるみたいだし、ホモだし、今会ったらもっと話が弾むかもよぉ~」
からかってるのか、本気なのかよく分からないけど、一族の呪いを受け継いでるなら、親戚かなにかなのか? 聞いたことないぞ。そもそも苗字も違う。その場合はどっちが本家(家元)になるんだろうか。
「って言うーかっ! ホモじゃねぇーし!」
とりあえず、翼の隙を見て阿久津に今度聞いて見るか。
もうクラスLINEとか、どうでもいい~。お姉ちゃんの話では、結構、入ったは良いが抜けたがってる子が多いみたいだし、スタンプとか面倒そうだし(意味知らないままだけど)大体、話したい奴とだけ話すメールがあれば十分だ。強制チャットみたいだもんなー。無理に話す雰囲気があるとか、気を遣うだとか、世の中可笑しいんじゃねぇーか。それでも続けてるんだろ? 不思議な現象だね~(阿久津はそういうの上手く捌いてそうだけど)
翼のことは、大体分かった。
──あとは、どう仲直りするか、なんだけど。今の俺にはそれが一番悩ましいタネだ。