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肌の刺さらない翼  作者: もーまっと
■本編
11/45

翼が十一羽

 ──マノワール、俺と翼(その他一匹)


 俺と翼がそうやってチチクリあっていると、ふいに、俺の机に目を向けた翼が、即座に感嘆の声を上げた。


「うわぁ~。権田藁岡先生の幻の作品だ~!」

 翼は俺の机に並べられた漫画の中の一冊を見て、嬉しそうに声を上げた。

「おう、これな。初対面ん時に話したあの作品だ」

「手にとっても良い?」

「お前だけ特別な」

 そう言って俺は、翼がグッと来るようなエレガントなウインクをしてやった。

「ああ、懐かしいなぁ~」

「わ、悪いんだけど、つ、翼君? それは……」

 ちょっと焦った。そりゃあ翼なら何でも与えてやりたいが、これは特別だ。入手困難な一品だ。

 まあ……き、き、キス? それ、させてくれるんなら、考えてやっても、良いけど?

「分かってるよッ。こんな大事なもの欲しいなんて言わないから」

 そういって翼はまた机の棚に、その漫画を丁寧に戻した。

「悪いな」

 ちょっと惜しいことしたぞ。その……翼の、き、き、キ……。

「大丈夫、ボクも持ってるから」

「へ? そうなの? 持ってるのに大袈裟に喜ぶんじゃねーよ。俺には、そういうおだてみたいなの要らないからな。……まっ、翼が俺を良い気分にさせたいのは分かる、けどぉ?」

 いや、もっと良い気分にさせても良いけどな、翼なら。

「ボクも持ってるけど、佐々良のは綺麗だったから。状態が良いよね。確かこれってオレたちが小六くらいに出てなかった?」

 興奮して『オレたち』な~んてこと言ってやがる、翼もう、チョー可愛いなぁ~。

「それな、うん。前に人にやったんだ」


 一瞬、えっ! という顔をした翼。そりゃあな、今となっちゃビックリもするわな。その状態見たら分かると思うけど、何年か前にオークションで買ったけど、そん時でも高かった! あげたの後悔したもんな~……。なんであげたんだっけ?


「なんであげたの? そんな大事なものを」

「んー……。ちょっと記憶が曖昧だけど、確か小六の時だったかな? 隣のクラスの女にやった」

 いつも方向を音痴にさせる俺だけど、記憶の方はそこまで迷子ではないらしい。なんとか思い出して、どーでもいい思い出を語って聞かせると、翼が微妙な表情をしてたので、一応、俺が小学生の時から紳士だったことも、ちゃんとほのめかした。

「ほら、俺は女には優しいとこあるだろ?」

「どこが?」

 すまん翼、気ぃ悪くしたか? でも、俺は男にも優しいんだぜ? 特におめめパッチリの茶髪ショートカットの男子なんかには、特に優しい。心配するな。

「まさか後で幻の一品になるとは思わなかったからな~」

「じゃあ、どうしてあげたのさ?」

 語気が強い。翼は怒っているのか? どうして?

「怒ってるのか?」

「あーごめんごんめん。そんなつもりじゃないんだ。その女子が好きだったから? あげたの?」

「いや、そいつイジメられてたのか、いつも泣いてたし。昼休みの時に見たらまた泣いてるな、って思って。権田藁岡先生の作品は、エンターテインメント性のある漫画、アニメ、実写映画、実写ドラマって流れで今じゃ有名だけど、初期の頃のマイナー時代は女の子みたいな男子とかも人気だったけど、俺はデビュー当時のも好きだったんだ、友情とか、人生とか、勇気を奮い起こさせる作品が多かっただろ? マイナー時代の作品は」

 ああいい。こんなに権田藁岡先生の話をスラスラ喋らせてくれる奴は、楽しいぜ~。

「そうだね。でも──この作品は」

 と言ってクスクス笑う翼。ちがいねー。分かる。お前の言いたいことは。

「ま~な。泣いてる女に、男子生徒に化けた女子が同級生の男子と恋愛、ってな作品をチョイスしたのは失敗だった。ははははは」

「あっはははは~」


 翼も、俺の阿呆な想い出を共有してるかのように楽しそうに笑った。権田藁岡先生の作品を知らない奴には、この連帯感は生まれない。二人で一緒に笑った。

 だってたまたま学校に持って来てたのがそれだったんだから、しゃーねーよな。


「その女もあとで捨てたんじゃないか? こんなもん! って。嫌がらせだと思われたら俺はあげ損だよ~」

 そう言ったら、翼はまじまじと俺を見て言った。

「そんなことないよ」

「そ~かな~……」

 正直、自信ない。他人の心の中までは、さすがの俺でも分からない。

「嬉しかったんじゃないかなー?」

「なんで分かる。お前も、適当なこと言うようになったな~(俺みたいに……)」

「ボクだって、人見知りで、一人ぼっちだったのを佐々良のお陰で、漫画やアニメの話で溶け込めたし」

 そうか? こいつ人見知りなのか? 一人ぼっち? まだ入学して数日だろ?(どんくらいだ?)大袈裟な翼ぼっちゃんだな。先が思いやられる。

「それは、そもそもが阿久津が翼のこと弁当に誘ったからだろ」

 そういえば、あの時は俺も『こいつも俺の席を狙ってる奴か?』と焦ったものだ。俺の席を貸してくれとか言って、さもそれが当たり前だと決め付けて、独占しようとした変な女たちと同種だと勘違いしていた。

「本当にそう思う?」

 え? どういう意味? 席の独占……は俺が頭の中で考えてたことだし……。

 なんだか今日の翼は感じが違う。だって、挑むような目で俺を見つめているもの。

「おいおい。本当にそう思うって、どういう意味だよ? 実際に連れて来たの阿久津だしな」

 翼は、俺の言葉を無視してジーッと観察するように俺の目の奥を見てる。

「六年生の女の子の時みたいに?」

「なに?」

 なんの話をしてるんだ? 翼よ。

「誰にでも、優しくしてたんじゃない?」


 俺の勘違いだったら嬉しいけど、嫉妬? ヤキモチ? ジェラシー? 今日の翼はどこか雰囲気が違う。いや、同じだったのか? 帰る時に、田んぼの土手で青春について語らってた時は、まぁ普通だ。その後、俺と翼のチャリのデッドヒートがあった。

 次に……そう、遠野が翼の制服の上だけ見て俺の彼女だと勘違いした。そこでスカートを穿いて見ろよという話になった。約束ではズボンの上からという約束だったけど、違った。俺は翼のスカート姿の見てドキーンとした。生脚スカートだったから……。しかもデカイお姉ちゃんのを穿いて、まるでミニスカ制服姿だった。


 そして、今、こんな状況だ……。

 ──数秒前から、俺たちは妙な緊張感に包まれている。

 権田藁岡先生の作品の話で、翼が漫画を手に取ったあたりから距離が縮まってた。でも男同士だからこのくらいは普通だ。


「ねぇ?」

 ねぇ? 女みたいな口をきく奴だ。ねぇなんだよ? どういう意味だ?

「そこ子は、その後どうなったの?」

「そのあと……?」

 正直、そのあとのことは覚えていない。記憶に無いんだ。昔のことだから──。


 俺が妙な気分になっているからなのか? 心なしか口同士が近ずいているように感じる。思い過ごしだという気もするけど、吐息をここまで近くに感じるのは気のせいだけだとは思えない。一瞬また、あのホテルで騙された時のことを思い出した。

 でもあれは涼だ。翼の双子の兄の涼。


 お互いの唇同士が近すぎて、翼が喋ると息がふぅーっと、優しい感じにかかって、ぞくぞく、ぞくぞく、する。翼もこの雰囲気に違和感を抱いてない様子だ……。

 小六の女子の話をしてる時、その距離を保ったままだった。当たり前だ。別にその距離から離れる理由も無い。「六年生の女の子の時みたいに?」その辺りからなんだか雰囲気が妖しくなってる。翼のくせに妙に色っぽい感じだ。

 しかし、俺はまた嫌な予感が頭をよぎった。涼の奴が俺を邪魔してるような気分だ。これも俺を、からかってるんじゃないか? そんな考えがさっきからずっと頭をかすめる……。


「もう、そんな話いいんじゃね? なぁ……翼?」

「よくない──。教えて」

 正直、俺はなんかヘンな気分になっている。

 翼は俺の思い違いじゃなければ今、挑発的な感じだ。顔と顔が気のせいか更に近づいてるようだ。俺から? 翼? どっちが動いてないと顔同士は近づかない。

 翼か? 俺も自然に動いてる? 唇と唇が近い、もうちょっとで触れ合いそうだ。翼の吐息があったかい。胸の中の方がゾワゾワザしている。


 涼みたいに俺を騙す? まさか、翼がそんなことする訳がない。この妙な雰囲気は俺の思い過ごしじゃないような気がしてる。もしそうなら、試してみようか……?

「じゃあ……。教ええたら、き、き、キスさせるか?」

「佐々良ぁ…………」

 OKって意味か? よく分からない。さすがの俺も勘違いして許可なしにチューは出来ない。礼儀に反するし……。でも、俺も我慢するの、無理かもしれないぞ? でも安心しろ俺は我慢してるから。


 だけど、顔が近いのはどうやら俺の勘違いじゃないみたいだ。翼の目も、近くを見る時みたいな目元になってるから、少し寄って物を見てる時のような、なんとも言えない目だ。

 口と口、目と目が近い。俺と目が合って翼がニコリと笑った……。この笑いはどういう意味なんだろう? もしかして……?


「さーなぁ。もう忘れた」

 また涼との一件を思い出した。こいつは翼だ。なんで涼のことなんか思い出すんだ? もしかすると? 翼も俺をからかってるのか……?

「ほんとに……?」

 そう聞き返す翼──。どうもおかしい。翼じゃないみたいだ。こいつがこんなに大人みたいな色っぽさを出したりするわけがない……。どういうつもりなんだ?


 さては……、そうか、そういうことか。こういう話をして試してるんだな? 翼は翼だ、涼じゃない。あんな奴みたいに俺を騙して笑い者にするような奴じゃない。

 少しだけ安心した。けど少しだけ残念な気持ちもある。まあいい翼なら。そういう危ないオイタはヤケドするよ? 翼ちゃん? 俺を試そうだなんてこいつもやるようになったな。


「あぁ、忘れた。そんなもんだろ?」

 わざとそっけなく答えてやった。へへっ。笑い飛ばしてやらないと、翼も引っ込みが付かなくなっているみたいだから。

「昔の出会いとかそういうのって、本人が気にしてるほど、実際には相手は覚えていないもんだぜ。世の中そういうもんだ。ははははは」


 すると翼はパッと表情を変えて、俺から離れた。

 次にニヤリとした顔をして、大きな口を開けてケラケラと笑い出した!

「佐々良、途中まで、その女の子がボクじゃないかって勘違いしたんでしょ」

「へっ?」

 分かってはいたけど、ちょっとだけ期待してた部分もあったみたいだ。思わず「え?」って顔になってしまった。やられた!

「ホント、まぬけ面~。もぉ、単純だな~。そんな訳ないじゃん。俺は男だぞ」


 やっぱり担がれてたか!

 薄々は気づいてたけど、それでも少しは期待した部分はあったもんな、あー。上手く俺を手玉に取りやがって、腕を上げやがったコイツ。俺も危うく『危ない人』になるところだった。

 さっきの態度を考えたら恥ずかしくて顔が赤くなりそうになったので、俺も最初から分かってた素振りを見せて、少しばかり本気で期待したことを隠した。俺はゲラゲラ笑ってやった。さすがにこれは俺も恥ずかしかったもん。でも、他の奴だったら許さないけど、翼の可愛い吐息を口元で受け止められたから、実を言うと、俺はそれだけでもラッキーだったと得した気分になっていた。俺が期待した通りに何でもかんでも現実に起こるわけでもないだろう?


「まーそんなもんだろ? 小学? その後のことなんか知らねぇ。中学もな。高校なんか、もっと知らないよ」

 翼も腕組みして「そうだ、そうだ」という顔で頷いている。

「漫画やアニメじゃないだからな~。そりゃそうだろー。そんな昔のことなんか覚えてるわけねぇ」

 実際はこんなもんだろうな。俺の言葉に素直に頷く翼を見てもそうだ。俺だけその気になってたみたいで恥ずかしくなったので、またゲラッゲラと腹を抱えて馬鹿みたいに笑い転げた。そうやって笑い話に持っていくから、翼もあんまりツッコむなよ? 察してくれ。


「バッカでぇ。うぃひひひひひひ~!」

 腹を抱えてゲラゲラ笑った。翼も笑った。

「あー、おかしい。ホント、お前も、”俺も”なかなか恥ずかしいことをしちゃったよな。こんな話、クラスの誰にも言えないな、阿久津にも恥ずかしくて言えねぇ。あーひっひっひー」

「あっはははは」

 俺と翼は、たまにこういう遊びをして笑いあってる、マヌケなどこにでもいる高校生だ。こえこそ青春の王道パターン!


「うぃひひひひひひ~! ひ~。ひ~……。お前もなかなか腕を上げたな、なっ?」

「そうだねー」

 そろそろこのネタも飽きてきたな。これだけ笑えばもう十分だろう。

「ひゃはははは……はぁ~。っと──」

「ふーん」

 なにが、ふーん、だよ。俺だけ恥ずかしい思いはさせんなよな。


 ──と、そう思った時。


「帰る」


 えっ? え? なんだ。急に?


 いきなり翼は帰ると言い出した。

 折角の馬鹿騒ぎの後なのに、白ける奴だ。そこが翼ぼっちゃんの可愛いとこでもある。翼は既に玄関の方へ歩き出していた。

「なんだよー? 急に~。もう終わりだ、このネタはお開きだから、さあ帰ってこ~い。翼ちゃ~ん。よ~ぅ」

 まだこのネタ続いてるの? 翼も意外に根に持つタイプだなぁ。俺が手首を掴んで呼び止めたら、意外にも翼はむこうを向いたままで俺の手を振りほどいた。

「んだよっ! お前から始めたんだろう? 怒るのはお門違いだぞ。俺だって途中まではちょろっとだけ本気にしそうになっいたんだから、おあいこだろ?」

 俺の方も正直言うと、少しだけカチンときていた。けど、心の中では「すぐにムキになるんだからなぁ翼は。あ~あ、俺から折れてやるか」まるで可愛い弟がむくれたような、こそばゆい気分になっていた。

「そんなに帰りたいって言うんなら、茶ぁ一つまだ出してないけど、一応、遠くまで来たから迷子にならないように、途中まで送ろうか?」

 まさか、そのまま帰る訳でも無い。自分の方向音痴ネタで自虐な笑いを取った。すぐに吹きだして笑いそうな雰囲気が翼から感じ取れた。

 と思ったのに、俺がそう言うと、翼は意外な一言を返してきた。

「方向音痴は、お前だけだろっ!」

 キツイことをサラッと言ってくれるよ。ちょっとは気にしてるんだぜ? もう。

「お~怖っ」

 翼のことだ、またすぐに機嫌も直るだろう。少しだけ翼のちょっと怒った面も見れて、可愛い所があるんだなと微笑ましく思い、俺もドラマのように、またを追いかけて翼の手首を掴んでこう言った『いい加減にしろよ』優しい感じで言った。恥ずかしいけど、実はちょっと自分に酔ってる部分もある。というかこの二人の間のやりとりに酔っていると言った方が正しいか? けれども翼は、信じられないことに、俺が全く想像もしてなかった言葉で────俺を拒絶した。



「もう! 触んないで!」


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