翼が十羽
はっきり言って。お姉ちゃんはクレージーな奴だ。
お姉ちゃんは、普段は俺のことを「智也」と呼ぶ。
機嫌が悪くなると、それが「智也ちゃん」になる。
更にレッドゾーンを振り切れると「智也チュン」だ。こうなると、もう手がつけられない。ただ黙って歯を食いしばり、じっと制裁を慎ましく受け入れて、羊を数えてシープがスリープに聞こえるまで待つのみ!
時々機嫌が良い時には「智くん」になる。これはこれで気持ちが悪い……。
今はもう、お姉ちゃんの口調が、第三形態ある中の第一形態、つまり普段のエレガントの女性の口調に戻ったので、嵐が去った安心感に、俺は優しく包まれた。
不思議なのが、意外にきれい好きな面もあるのに、ずぼらな点だ。
外出したら必ず着替える、例え五分でも十分でも。そして寝る直前に必ずお風呂に入る。もしその後にやることが出来たら、それが終わった後にまた入る。つまりキレイ好きだ。
それなのに、なんで、いつも制服とかは脱ぎ散らかしてるんだろう。机の上もさっき俺を痛めつけた時のような凶器で一杯だ。またまた、はっきり言おう。奴は凶器マニアだ。やたらとペンが多い。そして机の上は腐女子なみに散らかしている(お姉ちゃんは腐女子ではないが)
──翼は既にお姉ちゃんのスカートを脱いで返却していた。
「智也のクラスメイト? 翼くん?」
お姉ちゃんが、興味津々で尋ねると、それに翼が答える。
「あ、はい。ボクは佐々良クンと同じ、一年三組の、肌野翼です」
「いつも迷惑かけてるでしょ~? もうホントにねぇ~」
お姉ちゃんがハの字眉の困った顔で、母親口調で社交辞令を言ってると、お着替え中のお姉ちゃんの胸をぽーっ見ながら、翼も同じく社交辞令を返す。
「大きいですねぇ~」
「シリコンだぜ」
「えっ?」
「違う違う~。この子すぐそーゆう冗談言うのよ~」
お姉ちゃんに『アイシー』と書かれた分厚い原稿用紙の束で殴られた……。
「天然だかこそキモいんだよ。酔ったら怖いっていう奴より、シラフで怖い奴の方がより恐ろしいだろ? お姉ちゃんはいつもシラフで俺を血だるまにするからよー」
俺がそう言うと、お姉ちゃんは、まぁ驚いたわ! という顔をした。
「智也……。あなた、いつからそんな口に聞き方するようになったの? どこでそんな言葉を覚えてきたの?」
まるで心当たりが無いような言い草だ。いかれた女だ。
「お姉ちゃんに虐められた影響で俺は不良でもないのに『○○だからよ~』とか『テメー』とか口が悪くなったんだよッ!」
俺がそう言うと、目線を逸らせて「私わかんな~い」という顔でシラをきるお姉ちゃん。グズグズまだお着替え中のお姉ちゃんが、上を全部脱ぎブラジャーだけになった時、また翼が大袈裟に声をあげた。
「うわ~。おねいさん。おっぱい大きいね~。羨ましいな~」
普通のオッサンが言うと「すげぇ。ネエチャン。乳でけぇなー。羨ましいぜ」となる所だけど、翼が言うとHな感じに聞こえないから不思議だ。お得な奴だぜ、俺も今度如月で試してみるか?(フルボッコで瞬殺だろうな……)
「馬鹿っ。翼! こんなもん。ただ乳がデカイだけの乳牛だぞ。騙されるな。さっきの戦慄を見ただろう?」
翼も野郎ってことだ。やはりデカイ乳には目がないらしい。気持ち悪い! 何センチあるんだ? 百? 十? 二十? 俺は翼のような華奢で守ってやりたいタイプしか女と認めてねぇから~(ま、女じゃないけども)
「あら智也ちゃん。なんて言ったの? 牛? が何?」
やばい──、智也ちゃん、になってる。チュンになる前に、俺は少しの間口をつぐんだ。
「おねいさんは、智也クンの前で着替えても平気なんですか?」
よーし! よく言った! やるじゃん翼ッ、ナイス。やったぜぇぇー!
翼は、俺とお姉ちゃん、二人とも佐々良だから、区別をするために、初めて俺を”下の名前”で呼んでくれた! まるで恋人同士みたいだ……。その調子だ! 翼。
「だって、智也だよ?」
どういう意味だ、クソゴリラ! まるで「のび汰の癖に~」みたいだなぁ。このジャイオン女が! 腐れ外道めッ。
「んー……ちょっと意味分かんない」
「ホラみろ! 翼が引いてるジャマイカ」
「ね?」
「うん」
もう二人で女子同盟を組んでいる。
どう分かったんだ? ったく。女同士の感性は俺には理解不能だ(いや雌一匹・雄二匹だが……)
「でも、ホント可愛いわねぇ~。あっそうだ。夏コミに間に合うかな?」
「はい? え?」
意味が分からないでいる翼だった。
「もうお姉ちゃん! 黙れ。おぅ翼~? 男と男が好きあう、抱き合う、ような絵描きの言うことなんか無視しろよ~。こいつ変態だから~」
さすがの俺も、翼が、変態お姉ちゃんに、弄ばれるのは、見てられない。
「智也~。あんたに言われたくないわぁ~。それに絵描きって言い方やめて」
「どういう意味だよ!」
「そういう意味よ? 智也はこの子が好きなんでしょ?」
な、なぜ、分かった……。
意外とこういうことには鋭い女だ、お姉ちゃんは。クソゴリラだからか?(野生の勘ってやつか?)
「ま、まーな、どーして分かったんだよ?」
「だって、ほら、スカート、うふ」
きぼーっ! まじキモい通り越してるんですけど(何が、うふっ。だよ)
「ねー? ねー? なんの話~」
翼はまだ寝返りも打てないベイビーだから、分かってないらしい。
「またこれから原稿上げないといけないから、共著作なの。ひとっ風呂浴びたら、また出るから~。でも、もうスカートとか──。つ・か・わ・な・い・で、よねぇ~」
絵描きの用事があるようで、また汚っならしい小部屋で、何人も大人が、鉛筆でせかせか書いたり、ペンでなぞったり、塗り絵みたいにペタペタ書いたり、小学生みたいなことをして銭を巻き上げてるらしい。ったく! どんな高校二年生だよッ!(最後だけ、ドスの聞いた声で釘を刺された)
「まっ、二人とも程ほどにね~──。あっ、あと、ちゃんとつけるのよぉ~。分かった?」
人差し指を一本だけ立てて可愛く言い放つお姉ちゃん。
「俺たちは男だ!」
その言葉も耳に入ってないのか? 既に全裸でタオル一丁という準備万端なお姉ちゃんは、どこかのセレブ姉妹以上にドデカイ牛乳を、ぶるん・ぶるん、振り回しながら、オタ柄タオルでオマタを何度もパチーン! パチーン! と締めながら、お風呂に消えていった。
「凄いお姉さんだね~」
「ヘン! 凄いものかよっ」
そうだ、あれ聞いとこう。クソゴリラが水浴びしてる間に。
「お前、お姉ちゃんの脂肪玉を見てよぉ、凄~いとか言ってたよな? で、羨ましい……ってのは何だ?」
普通、凄いとは言っても(凄かねぇけど)羨ましいとは、男は言わないものだ。
「え~、ボクそんなこと言った~?」
「言った言った。ヨダレじゅるじゅる言わせて、言った」
こんな可愛い翼が、じゅるじゅるは言わせてないけど、羨ましいは言ったぞ。
「だって、あんな大きな胸をしてる女の人見たこと無いし、ウエストだって超細いのに、凄いな~って。とてもボクより一つだけしか違わないって思えないよー」
ほーぉ翼君。いつになく饒舌じゃないか。うーん……。羨ましいってのは「ボクもそうなりたーい」って意味なのか? 本当は女だから? それとも女になりたい願望か?
しかしまあ、ぬふふ。翼が超とか言ってる。こいつが言う時だけは可愛い。翼にしか口に出せない言語として商標登録しちまおうか?(非営利でも出来るよな?)
「佐々良は正直、お姉さんのことどう思ってる?」
「クソゴリラ……」
「えっ?」
お前の方が五百万倍可愛いッ!
翼