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93話 仮の仲間

 本部に戻された翌日。

 テグスたちは、今までと同じように《大迷宮》へと足を踏み入れた。

 だが昨日までと違う点が一つ。


「あのー、よろしくお願いします」

「いえいえいえいえ。こちらの事は勝手に歩いて喋る荷台ぐらいに思って下さいませませ」


 ぺこぺこと頭を下げる、ティッカリよりも大きな背負子を背負った、二十を超えた辺りの男性が、テグスたちに付いているのだ。


「でも、あなたは本部の職――」

「しーーしーー。ダメダメですよ、正体を小声でも言っちゃちゃあ。こちらは新しく仲間に入った、うだつの上がらなそうな荷物持ちなんですです」

「は、はぁ……」


 確かに傍目に見ると、その男性は気の弱そうというか、嫁の尻に敷かれ続けたような雰囲気が染みついているというか。

 そんな見る人全てが、ついつい下に見がちになってしまいそうな印象を抱かせる人だった。


「でも、何であなたを仲間に入れて《大迷宮》を行くのが、《強制依頼》なんでしょう。しかも仲間を入れたいと打診をしていた、ガーフィエッタさんとは違う人が担当だなんて」

「それは秘密なのですです」


 茶目っ気を出してそう言うのを見て、ハウリナの眉が少し上がる。


「なぜか聞くとイラっとくるです」

「その喋り方はわざとしているの~?」

「勿論、演技です。こんな喋り方の人が、普通にいるはずがない」

「証明するのは難しいものです、その喋り方をする人がいるかいないかは」


 などと喋りながら《大迷宮》の一層へと下りたテグスたちに、ここ最近良くあるように《探訪者》が八人連れだって近づいてきた。


「おい、お前らだろ。仲間探しているっていう、ガキどもは。丁度こちらも探していた所だったからな、下に付くなら入れてやるぜ?」

「お断りします。おととい来て下さい」


 にべもなくテグスが拒否すると、喋りかけてきた男が不愉快そうに顔を歪める。

 そして怒声を放とうとしかけた所で、隣にいた親しげな女性に止められ。続いて何やら相談事を始める。

 テグスが耳を澄ませて聞いて見ると、なにやら「人数が違う」とか「三人のガキの見た目は」とか言い合っているようだった。


「教える義理はないですけど、こちら新しく入ってもらった荷物持ちの人です」

「はいはい。新しく仲間に入らせて頂きましました、レッガーという者ですです」


 ぺこぺこと頭を下げて、偽称としてテグスにも教えていた、レッガーと名乗った荷物持ちの男を、相手の《探訪者》たちは侮った視線を向ける。

 ちなみになぜテグスが親切にも態々彼の事を教えたかというと、これも《強制依頼》の内容の一部だからに他ならない。

 その理由は勿論教えてもらっていないので、テグスは何でこんな事をしなければならないのかは、分かってはいない。


「荷物持ちを入れたから、もう仲間は探してねーってのか?」

「いいえ、探してはいますよ。ただあなた方とはソリが合わなそうなので、仲間にしたくないと思いまして」

「こっちを下に見やがって、何様だこのガキ」

「単なる《探訪者》の一人ですよ。そちらだって同じでしょう?」


 睨みつけてくる背の高い相手でも、テグスは怯まずに馬鹿にしたような言い方で返す。

 一触即発の空気に、睨み合いをしているお互いの仲間たちにも、段々と緊張感と戦意が高まって行く。

 しかし戦端が開かれる一歩前で、テグスを睨んでいた男は、急に呆れたような表情を浮かべて顔をそらす。


「ケッ、馬鹿らしい。お前みたいな生意気なガキ、金を積まれたって仲間にしてやるかよ」

「そうですか。こちらも、あなた方に《魔物》の素材を分配するなんて考えただけで、気が滅入りますから。お互い様ですね」

「うっせえ、《魔物》にやられて野たれ死ね。このクソガキ」


 行くぞと、男とその仲間たちは通路の奥へと消えて行った。

 テグスは途中で彼らと出くわすのも嫌だからと、少し遠回りになる道を選んで進んでいく。


「あのあの、いつもいつもあんな感じに絡まれますのですか?」


 すると誰もいない事を確かめるようにしてから、レッガーはテグスに尋ねてきた。


「仲間探しをしている、と言った途端にですね。実力行使に出てくる人もいます――って、これは本部にも言いましたよ?」

「ええ、ええ、窺っておりますますよ。それで言葉の返し方は、いつもいつもあんな風に?」

「そうですよ。下に見ようとして来る相手には、そうするのが効果的だって教わりましたし」

「ちなみにちなみに、それは何方かお教え頂いてもよろしいのでしょうしょうか」

「レアデールさんからですよ……いい加減、他に誰もいない場所では、その喋り方止めません?」

「いえいえいえいえ。誰だれがどこここで聞いているのか分かりませんですのですよ」


 何でこんな人を連れて行かないといけないのかと、テグスは頭を抱えたくなった。

 それはハウリナやティッカリにアンヘイラもそうなのか、少しレッガーに苛ついた視線を向けている。

 しかしレッガー自身は止める積りがなさそうだとも分かったので、テグスはもうこれ以上、彼の話し方に付いて言う事は止めたのだった。



 そうしてレッガーを連れ歩いて、テグスたちは順調に《大迷宮》を九層まで進んでいた。

 

「荷物は重くありませんか?」

「もち勿の論ろんで、大大丈夫ですよ。この位の程度は、軽い物です」

「テグス、もっと乗せてやるです。重さで口を塞ぐです」

「ハウリナちゃん、あまり重たい思いをさせるのは、ちょっと可哀想なの~」

「多数持ってもらっていて今更ですね、《捩角羚羊》と《角突き兎》の肉に、勧誘を断られて逆上した《探訪者》から得た武器などを」

「今日に限って、なんでか襲ってくる人が多いんだよね……」

 

 テグスの言葉通りに、何故だか勧誘してくる《探訪者》がやけに多く、逆上して襲ってくる人も多かった。

 勿論襲ってくる全てを殺して、換金できそうな物を全て剥ぎ取っている。 

 そんな中でも、ここまでレッガーは、荷物持ちが本分だと言って、一度として戦闘に参加していない。

 しかしその埋め合わせかのように、率先して重量がある物を引き受けて背負って歩いている。

 それでも重量のかからなくて価値のある魔石は、テグスとハウリナにティッカリやアンヘイラが分けて集め持っている。

 それは本部からの《強制依頼》とはいえ、まだ良くは知らない相手に預けるのは、不安だからだった。

 だがそんなレッガーを連れていく目的地の《中町》は直ぐそこだと、テグスは通路を進む足を速めた。

 すると十層への階段の前で、バッタリと別の《探訪者》の集団と出会ってしまった。

 お互いに警戒するようにしばらく観察し合う。

 だがこのままではらちが明かないと、テグスは自分から声を掛ける事にした。


「こんにちは。随分な大所帯ですね」

「お、おう。そっちは随分と少ないな。しかも若い」

「いえいえ。もう何度もここら辺は来てますから」

「ほう、それは見た目に似合わず、とは失礼か」


 と代表者らしい白髪交じりの男へと話しかけつつ、テグスは彼らの姿をそっと観察する。

 二十人を超えてそうな数の男女の集団の中には、テグスよりやや上の、ティッカリと同年代程度の少年少女の姿もある。

 しかしその集団の格好は、革鎧だけかと思えば木や金属の鎧があったりと、全然統一感はなく。持っている武器の品質の程度も、人によってまちまちで上下の幅が広い。

 少年少女の集まりは、全て荷物持ち役になっているのか。全員が身につけている貧弱な装備と対比するような、不釣り合いなほどに大型で確りとした背負子がある。

 その集まっている人のちぐはぐさが、テグスにはどうしても腑に落ちない。


「人が多いですから、そちらから先に進んでください。こちらは後ろからでいいですから」

「そうか。そうして貰えると助かる。なんせ《階層主》への前室は、この人数が入れるかというほどの広さだからな」


 テグスが譲った階段を、二十人以上の集団が十層へと下って行く。

 その最後尾に続いて、テグスたちも階段を下り始める。

 すると集団の最後尾にいた荷物持ちの少年少女の中から、一人のテグスより少し年上そうな薄汚れた人間の少年が、近づいて話しかけてきた。


「すまないが、君はこの先の《階層主》と戦った事がおありか。あるのならば、少し教えては貰えないだろうか」


 以前であった馬鹿貴族を思い起こさせる口調だったため、テグスは思わず黙って彼をマジマジと見てしまう。

 だが服装は安物の古着で、その上から着ている鎧は木で出来ているし、武器も朽ちる寸前のようなボロボロな短剣だけしかない。


「お兄ちゃん、だめだよ。ひぅ、ごめんなさい、ごめんなさい」


 するとテグスが不機嫌だと勘違いした様子で、彼を兄と呼ぶ気弱そうな少女が近寄ってきて、急にペコペコと謝り始める。

 彼女も服装は着潰す寸前の薄汚れた古着で、こちらは鎧も武器も持っていない。

 そんな小さい体躯と心もとない姿の少女が頭を下げる度に、背にある大きな背負子が中身の重さできしむ音を聞いて、テグスは思わず大丈夫なのかと心配してしまう。


「いや、怒っている訳じゃないから」

「お兄ちゃんが、言いがかりを付けてごめんなさい。偉そうな言葉使いで、ごめんなさい」

「俺は将来騎士になる男だ。ならば若い時から、口調はそれらしくならねばならんのだ。そんな俺の妹であるアンジィーも、相応しい口調をせよと教えていると言うのに、なぜ謝り癖が直らんのか……」


 そんな愚痴のような言葉を聞いて、テグスは名前をアンジィーと少女に同情的になった。


「バカがいるです」

「騎士に憧れるのは良いの~。でもその馬鹿っぽい口調はどうかな~」

「下が苦労しますね、上が馬鹿な夢を持っていると」

「誰が馬鹿か! 俺の名はスページア・エンター・インサータス。将来の騎士団長の名だ、覚えておけ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい。お兄ちゃんの名前は、本当はジョンなんです。勝手にそう名乗っているだけなんです」


 えばり散らすように胸を張る兄であるジョンに対し、妹のアンジィーは謝罪するように腰を追って頭を下げる。

 気が強そうな兄と気弱そうな妹。見事なまでに正反対な兄妹だった。

 そしてそんな二人に、テグスが気になることが一つ。


「二人とも、本当に《白銀証》を持ってるの?」


 そう二人とも――特に妹のアンジィーの方は、《大迷宮》に挑める実力があるとは、テグスには思えなかったのだ。

 それはハウリナたちもそうだったようで、問い詰めるような視線を二人に向けている。


「ふん。無論、持っているとも」

「はい……ちゃんと持ってます」


 ジョンは誇らしげに、アンジィーはおどおどと、テグスたち四人の目の前に、それぞれの《白銀証》を取り出してみせる。

 確かにそれは《白銀証》だった。しかもアンジィーの方は、《鉄証》と《青銅証》まで一くくりになっている事から、テグスやハウリナと同い年のようだ。

 つまりは偽造品ではなく、列記とした本物であるという証だった。

 以外に実力者なのかと少しだけ思ったテグスだが、それは違うだろうとすぐに考えを否定する。


「となると数で力押ししたか、さもなきゃ『連れ回し』かな」

「数押しはわかるです。連れ回し、です?」

「実力のある人が弱い人を戦わせずに、連れて《迷宮》を回っていくことなの~」

「力が弱くても証が手に入りますね、確かにそうすれば」


 テグスたちの物言いが、一種避難するようなものだったので、ジョンは臍を曲げたのか口をとがらせている。


「ふん。その何が悪い。将来的に見合った力がつけばよかろうなのだ」

「ううぅ……だからこんな真似したら、馬鹿にされるって言ったのにぃ……」

「いや、馬鹿にしているんじゃなくて。数押しや連れ回しできた人たちは、この先の《階層主》が関門じゃないかなってね」


 そう言葉にして、なんで《大迷宮》に来れる実力があるはずなのに、コキト兵に挑まずに待っている《探訪者》たちが居るのかという理由について、テグスは納得がいった。

 つまり彼らは、数任せの力押しでここまで来て。そして入って来た人と同数現れるコキト兵相手に、手酷い被害を受けてしまったのだろうと。

 

「矢張り、君はこの先の《階層主》と戦った事がおありのようだな。ならば教えてくれても――」

「いや、もう十層に着いたから。自分で直接見た方が早いよ」


 テグスの言った通りに、下っている階段の最後もう直ぐそこにあった。

 そして二十人ほどの《探訪者》と組んでここまで来たのだから、ジョンとアンジィーがどんな目に会うかもしれなくても自業自得で、口を挟むべきではないだろう。

 そうテグスは、この時は思っていたのだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 「すまないが、君はこの先の《階層主》と戦った事がおありか。あるのならば、少し教えては貰えないだろうか」 かなり丁寧な口調で聞いているんですが、なぜ前の馬鹿貴族思い出すんでしょうか? 全く違う…
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