92話 面倒な事態
テグスたちは主に《中町》を拠点に、《大迷宮》の十一から十三層で戦って実力を付けつつ。三・四日に一度《探訪者ギルド》本部へと行き、ガーフィエッタに仲間に出来そうな人がいないかを尋ねつつ、魔術や魔法を本から学んで過ごす事が続く。
それを半月ほど続け、もうそろそろ十四層にて新しい《魔物》と戦う自信がついてきた頃。
テグスたちは、人に絡まれることが多くなってきた。
その人たちの第一声は、大体意味が似通っていて。
「お前ぇら、仲間を探しているんだってな。だったら俺らの下につけよ」
といった感じの事を言ってくるのだ。
テグスとしては、その言ってきた相手がマッガズ程に実力があれば、実力を上げるために喜んで従う気はある。
だが《大迷宮》の雑魚にも苦戦しそうな、言ってしまえば弱そうな雰囲気の相手の下になったところで、テグス側に何の利益がない。
「ご遠慮します。あなた達の下についても、お互いの為にならないでしょうし」
だからそう言って断ると、相手側は大まかにこんな風に言うのだ。
「お前ぇ。年下の若造が、イキがってるんじゃねーぞ!」
テグスたちの見た目で侮った上に、《大迷宮》に入れる実力があるという自負から、テグスたちを暴力で言う事を聞かせようと、武器を向けて脅しを掛けてくるのだ。
ここでテグスたちが応戦するように武器を構えると、反応が二つに分かれる。
「チッ、怪我してもつまらねえ。だが生意気なその態度。精々、背後には注意する事だな」
一つは、こんな捨て台詞を吐いて、立ち去っていく。
彼ら彼女らは、テグスたちの実力を見抜いて、敵わないと逃げたというより。テグスたちや自分たちが怪我をすると、《大迷宮》を行くのに支障が出るから引くと判断したようだ。
だがこれは《探訪者》らしい、賢明な判断といえる。
なにせ――
「敵うと思ってやがんのか、生意気な。やっちまえ!」
と襲いかかって来る、実力が下だと分かっている相手に、テグスたちが遠慮する積りなど微塵も無いのだから。
「ひッ、ひぃい。た、助けてくれ。お、お前の下で働く。文句は言わねえ。だ、だから」
「駄目ですね」
「ひぐィ――――」
片刃剣の切っ先を、目と目の間に突き刺された男は、ビクリと体を硬直させて命を散らした。
そんな男の死体の周りには、首を捻り折られた中年男と、陥没した喉に手を当て苦悶の表情で息絶えた痩せ型の男に、顔と胸元がめり込んで死んでいる筋肉質の男があった。
そこからやや離れて、背の高い優男と少し年かさのある女性が、手をつないだ状態で後頭部に矢を受けて、地面にうつ伏せで倒れている。
「さてちゃっちゃと使えそうなものを奪おうか」
「追い剥ぐです」
「回収~回収なの~」
《魔物》が近寄ってきてないかを確認して、テグスとハウリナにティッカリは、倒した彼らの装備品や金目の物を、手早くはぎ取って行く。
「容赦ないですね、相変わらず」
「襲いかかって来る相手に、遠慮はいらないからね。でも《大迷宮》に来れるんだから、人相手じゃなくて《魔物》と戦えば良いのに、とは思うけど」
「……ふと不思議に思います、これを見る度に。なぜ仲間に誘ってもらえたのか、敵として相対した私が」
矢を頭から抜く前に、死体が反射で動くのを抑えるために足で踏みつけながら、アンヘイラはポツリとこぼすような声で疑問を呟いた。
それを聞いたテグスは、背負子の中に戦利品を入れる手を止めて、少しだけ理由を考えてみた。
「うーん……運が良かったんじゃないかな。アンヘイラたちが奴隷にしようと連れ去った人たちは、見も知らない他人だし。再会した時に攻撃してこなかったし、こっちはちょうど遠距離攻撃出来る人を探していたし」
「危うかったのですね、一歩間違えていたら」
「でも今は仲間だけど。もし将来に敵として出会った時は、手心は期待しないでね。僕の信条は『来るは拒まず、去るは追わず。敵対するは皆殺し』ってやつだから」
人狩り仲間の療養費を稼ぐのが目的で、アンヘイラが仲間になったのだと思いだしたテグスは、あっさりとした口調でそう忠告した。
その事に驚いたように、アンヘイラは細目を剥いて、テグスの方を見る。
「平然と言いますね、随分と衝撃的な事を。それと聞いたことがありませんよ、後半の『皆殺し』という件は」
「そう? レアデールさん――僕の養母さんが、《探訪者》はこうあるべきって、小さい時からよくそう言い聞かせて貰ったんだけど?」
テグスはキョトンとした顔をしてから、視線をハウリナとティッカリに向けて、知っているかどうかを目で尋ねる。
だがハウリナは良い事を聞いたと頷いていて、ティッカリは何を子供に教えているのかと言いたげな引きつった笑みをしている。
その仕草で、どうやらあれはレアデールの創作らしいと、テグスは理解した。
「まあそんな訳で、敵に回った時は心しておいてねって話だよ」
「テグスと敵になんて、絶対ならないです!」
「不満は無いから~、別れる気はまだないの~」
「……これは足を洗った方が良いのでしょうか、稼業の人狩りから」
そうまとめながら、テグスたちは戦利品を回収してから、《中町》を目指して《大迷宮》の中を進むのだった。
テグスたちは試しに入った十四層にて、新しい《魔物》相手に戦っていた。
襲ってきた《魔物》は、《跳躍山猫》と《無謀熊鼬》に《飛針山嵐》の三匹に加えて。
「たあッ!」
「シャキィーーー!!」
いまテグスが片刃剣で仕留めた、《歩哨蜥蜴》という無理矢理に大きなトカゲが人の形にされて武器を持たせたような相手だった。
「ふぅ。《跳躍山猫》の爪は木工細工の道具に、皮は楽器に使う革。《無謀熊鼬》は滋養が富んだ食肉だったっけ。《歩哨蜥蜴》の武器は回収して、皮は何かに使えるのかな?」
「わふわふ。猫肉は初めてです。楽しみです」
「《飛針山嵐》は厄介だったの~。鎧が傷だらけかな~」
「確か無視して進んできましたよね、針の雨の中を同行した時に出会った《硬毛狒々》は。作った方が良いのかもしれませんね、その毛皮で外套などを」
「それより先に、薄暗い通路の先を照らす道具が必要かもね」
会話をしながら素材の回収をしつつ、テグスはこっそりと今の戦闘での被害を観察する。
元気に素材を剥いでいるので、もちろん全員に怪我はない。
だがハウリナの鎧の胸部には、《跳躍山猫》の爪の跡が四筋くっきりと刻まれていて。ティッカリの複層鎧と突撃盾には、《飛針山嵐》から飛んできた針から、仲間を守った代償として多数の擦過傷が。
テグスとアンヘイラの防具には傷らしい傷は無いが、それは《魔物》の攻撃に上手く対処しきれずに、ハウリナとティッカリに被害が集中したという証しでもあった。
「この感じだと、防具も新調した方が良さそうかな」
「でも猿以外に、良い感じのがないです」
「十七層から出てくる《魔物》が、防具に良さそうな感じなの~」
「このまま行くしかないでしょう、ならばそこまでは」
そうするしかないかと納得したテグスは、直ぐに引き返せるようにと、十四層から上がる階段に近い場所での戦闘を、無理をしない範囲で繰り返す。
その間に、《跳躍山猫》の動きの癖、《無謀熊鼬》の安全な倒し方、《歩哨蜥蜴》の武器の威力、《飛針山嵐》の針の届く距離、《硬毛狒々》へ刃を突き入れる毛皮の場所を、実践の中で掴んでいく。
そんな激闘の結果として、全員が四肢の何処かに、血が薄らとにじむ程度の怪我を負っていた。
更にはテグスの平硬虫の胸当ては、《跳躍山猫》の爪の跡だらけにされ。ハウリナの右脛当てには、《無謀熊鼬》の歯型が刻まれ。ティッカリの複層鎧の傷は、より多く深くなり。アンヘイラの黒い皮鎧は、ボロボロすぎて廃棄処分に。
「あのトカゲ。トゲネズミを投げるなんて、ずっこいです」
「《跳躍山猫》が上から《無謀熊鼬》が下から来るのを、同時に相手するのは無理なの~」
「射線を塞ぐなんて、《硬毛狒々》が前に出て」
「まあまあ。最後の方は、どんな事されても対応できるようになったんだから。良かったと思おうよ」
十三層に戻る階段の中で一休みしながら、口々に愚痴を言う面々の怪我に、テグスは背負子の隠し箱の中から取り出した傷薬の軟膏を塗っていく。
軽い怪我には十分な治療を終えて、倒した《魔物》の素材で重くなった背負子を担ぎ直して、四人は階段を上り始める。
そうして十三層へと戻ったテグスたちを、待っていたかのように、七人の武装した男女が近づいてきた。
また無茶な勧誘をしてくる人たちかと、疲れからテグスが思わず剣呑な雰囲気を孕んだ目を向ける。
すると警戒するように一定距離を保って、彼らは立ち止まった。
「人間の少年と少女に、棍を持つ獣人と厳つい装備の頑侠族の、若い四人組。間違いは無いな」
「……何の用ですか。ボロボロな見た目の通りに疲れているので、早く《中町》に戻りたいんですけど」
相手が十三層まで来れている事と、見てくる目に侮りがない事から、今までの相手ではないとテグスは判断した。
なので、さも疲れから注意が散漫であると装いながら、テグスはいざとなったら投剣で先制攻撃を与えられるようにと、右手を投剣の近くへと移動させて準備をする。
テグスの隠した緊張感が伝わったのか、ハウリナとティッカリは少しだけ武器を持ち直す。アンヘイラはこっそりと半身になって、筒から抜いた矢を素早く番える抜けるような体勢に。
すると七人の先頭に居た槍を持った男が、テグスたちの行動を咎めるような視線を向けてきたた。
「いきなり見知らぬ人たちに、声を掛けられて警戒するのは分かるし、警戒するなとは言わん。だが君らを本部まで連れてくる事が、我々が受けた《任務》なのでね。大人しく従ってもらいたい」
「……《任務》というからには、証明書を持ってますよね」
「勿論だ。見ると良い」
槍を持つ男がテグスへと、何かが書かれた木簡を緩い軌道で投げてきた。
それをテグスは左手で受け取り、視線を落とすようにして読み始める。
「『以上の者たちは、《探訪者ギルド》に不利益をもたらしているという嫌疑あり。弁明を聞く為に生かして連れてくる事。尚、相手が抵抗した場合は死亡させても構わない』だってさ」
自分たちが関係がありそうな部分だけ口に出して、テグスは仲間へと内容を教えるのと同時に、何やら面倒な事態になっているらしいと、顔をしかめながら溜息を吐き出す。
そして七人組みに連れられて、本部までやってきたテグスたち。
そこで担当者とだけ名乗った、ガーフィエッタとは別の女性職員に色々と尋ねられ、テグスたちはすべて正直に答えた。
だがテグスたちの言い分を全て信じる訳にもいかないのか。
その『不利益』とは係わりがないと証明するのに必要だと、一風変わった《強制依頼》を受けさせられる羽目になってしまうのだった。