91話 十一~十三層までを経験して
テグスたちは一度《大迷宮》から脱出し、日が沈み始めた《中心街》にある一軒の飲食店に座って食事をとっている。
だがもう大半は食べ終え、《大迷宮》で感じた事を話題にしながら、残ったものを突いている所だった。
「まだ見知ったのしか出てこない十一から十三までなのに、一気に面倒臭くなったよね。そこで出てきた中で、三人は何が一番嫌だった?」
「《角突き兎》に《蛇腹巨虫》がくっ付いていたことです。殴って虫を潰しても、兎が大丈夫だった時があったです」
「《捩角羚羊》の背にコキトが乗ってたやつなの~。《捩角羚羊》を受け止めた時に、跳びかかってきて焦ったかな~」
「判別が苦労しましたね、《大腕猿》が石と共に《降下蝙蝠》を投げつけてきた時は」
三人が視線でテグスは何かと問いかけてくるので、少し上を見上げて考える。
「そうだなあ。マッガズさんたちと行った時以外には出会ってはないけど、《騒呼鼠》と出くわしたら面倒かなって思うよ。あの他の《魔物》を引きつれての大行進なんて、絶対に手が足りずに命の危険があるし」
「あれは大変そうです」
「全部が連携してきたらと思うと、ぞっとするの~」
「……真っ先に狙いましょう、《騒呼鼠》に出会ったら」
その光景を想像したのか、全員がお互いの顔を見合わせて意思を確かめて頷き合う。
「それで、今後どうするかなんだけど」
「どうするって、なんです?」
「言われてたでしょ、仲間を増やした方が良いって」
「確かにもう手一杯なの~。これから先を考えたら、誰か入れた方がいいかもしれないかな~」
「でも誰でも良いというわけでもないでしょう、一番の新参が言うのもなんですが」
「それもそうなんだけど。仲間を入れるには、時期的には丁度良いんだよね」
なぜ仲間を入れるのに時期が関係あるのかと、ハウリナとティッカリにアンヘイラの三人は不思議そうな目を向けている。
その事を説明する前に、テグスは皿の上に乗っているから揚げ肉をフォークに刺して口に運び、良く噛んでから飲み込む。
「本格的に冬が始まると、品物や宿代が高騰し始めるから。その前に安い借家を借りて、買い込んだ飲食物を備蓄して、冬の間はお休みする《探訪者》たちもいるんだけど。そういう人たちはこの時期に無理に進んで、怪我や死んだりして欠員が出る事が多いんだよ」
「食べ物が不足するです?」
「でも《迷宮》で賄えるはずなの~」
「外から来る品物は、街道が雪で塞がれちゃうから少なくなるんだ。だから皆が《迷宮》産の物品を購入するようになるから、全部の値が上がる訳だね」
「値を釣り上げますからね、需要が多ければ商人は」
ここには法が無いため、この街にある商店は自由に値段を設定出来る。なので昨日売られていた倍の値段で翌日売る、なんて真似も出来たりする。
それに《外殻部》と《中心街》の商店は交わし合った協定で雁字搦めで。値が上がる時は全ての商店が同時に一気に上がる。なので食料品が満足に買えないなんて事もあったりする。
「僕らはもう《中町》まで行けるから、宿の事とか気にしなくても良いんだけどね」
「それはなんでです?」
「《中町》だけじゃなく、《中三迷宮》にある十層までの町は、冬でも全然寒くないんだよ。だから野宿する事も出来るんだ」
「食べ物だって必要なの~」
「そこは《迷宮》で賄えるよ。《仮証》の時に《大迷宮》で取った魔石と交換に、《中三迷宮》で作られた野菜を購入して。それを《中町》のお店に卸したりして、お金稼いだ事があるぐらいにはね」
「《外殻部》の商店が買い占めたりは、新鮮な野菜があるのならば?」
「アンヘイラは知らないかもしれないけど。《中三迷宮》は物凄く広いんだ。だから商店の息が掛かった農家は、精々が三層ぐらいまでで。そこから先は、野菜や穀物が余っている感じだね。でも《中三迷宮》の中の町だと、長期滞在用の借家と食糧の代わりに《依頼》を毎日安値でやらされるから、割が合わない感じだね」
「実感がこもっているです」
「孤児院よりは新鮮な食事が出ると思って、《中迷宮》に行き始めた時に一回だけね」
テグスは含みを持たせた言い方をしてから、口を紡ぐ代わりに木杯に口を付けて水を飲み始める。
「話を戻すの~。仲間を入れるとしても、何処で探すの~?」
「先ずは《探訪者ギルド》本部で、二・三人になった人をかな。良い人がいなさそうなら、《外殻部》の支部まで戻る必要が出てくるかもね」
「戻るぐらいなら、戦って力つけて先に進むです!」
「加入する人との実力差が危惧されますね、どちらで見つけるにせよ」
どうやらアンヘイラは、《大迷宮》で下手を打った人や、《中迷宮》でくすぶっているような人を、仲間に入れる事が心配なようだ。
ハウリナとアンヘイラの意見を受けて、テグスは少しだけ考えを巡らせる。
「マッガズさんたちでさえ六人組だったから、先に進むには人を入れるのが必要だよ。でも戦えてないわけじゃないから、ハウリナの意見も尤もだから。
――《中心街》で仲間を探しつつ《大迷宮》の二十層まで実力をつけながら進む。仲間が見つからずに《階層主》を倒せた時は、《外殻部》に戻って《中迷宮》の二十層以下に行きつつ探す、って事にしようよ」
「わふっ、鍛えて力つけるです!」
「良い人が見つかればいいかな~」
「《中迷宮》に挑む必要があるのでしょうか、話は分かりますけれど《大迷宮》に行けるのに」
アンヘイラは知らないんだったと、テグスは思い出した。
なので席代替わりの軽めの注文を追加してから、《中迷宮》に戻るのは力の指標の為だと言う話しを始めるのだった。
節約のため宿代が高い《中心街》から移動して、一晩を《外殻部》の平均的な設備の宿で過ごしたテグスたち。
翌日はまた《中心街》へと戻り、《大迷宮》に行く前に《探訪者ギルド》本部へと足を運んだ。
「おや、守衛に心配されて十一層以下に行く時に止められたらしい、テグスさんではありませんか。熟練の《探訪者》にお守をされてその先に進んだらしいテグスさんが、本部に何の御用でございましょう」
「相変わらず底意地の悪そうな物言いをありがとうございます、ガーフィエッタさん」
相変わらず人を敵に回しそうな言い方のガーフィエッタに、テグスは安心するような表情を浮かべながらも、応戦するように言葉を繋げていく。
「態々礼など不要でございます。それなりの長さの間柄ではありませんか。なので可能な限り速やかに、御用をお話しいただけませんでしょうか。暇そうに見えるやもしませんが、テグスさんに長々と構える程に、作業が少ないわけはありませんので」
「こちらも話を長々するぐらいなら、《魔物》を倒した方が身入りが良いので、提案を有り難く聞き入れさせてもらいます。それで――」
「お話は耳に入っております。新しい御仲間をお探しとの事ですね。三人も女性を相手にしていてまだ足りないとは、野に居る発情期の獣以上の貪欲さですね。いえいえ、勘違いなさらないで欲しいのですが感心しているのですよ。彼氏が出来ないこちらの当てつけなのかと」
「何で入れるのが女性なのを前提で話しているのか分かりませんが、確かに新しい仲間を探してます。なので誰か心当たりはありませんか。出来れば二・三人を一気に入れたいんですけど」
「最大で六人を同時に相手になさるとは、驚愕の余りに開いた口が塞がる事を忘れてしまいそうになります。両手両足に口までお使いになられるわけですね、ええ分かります。しかも男性相手でも大丈夫だと仰られるとは、こちらの思考の埒外でございました。ですがこの事を女性の同僚に教えれば、歓喜の悲鳴が上がり、菊の花が咲き乱れる事でしょう」
「そんなガーフィエッタさんの感想は求めてないので、さっさと居るかどうかだけ教えてください」
相変わらず発言が一々長いなと思いつつ、テグスはガーフィエッタに質問に答えるようにと迫る。
しかし横合いから、アンヘイラがテグスの肩を指で突ついてから、顔を寄せてきた。
「テグスはちゃんと理解してますか、彼女が何を言っているのか」
「ガーフィエッタさんの長い話を、一々理解しながら聞いてると疲れるので、大半を聞き流しながら話してるけど?」
「……この質問は忘れてくださいね、興味本位に聞いただけなので」
アンヘイラが言いたい意味が分からなかったテグスは、結局言われたとおりに気にしない事にした。そしてガーフィエッタに顔を向け直す。
「ご要望は分かりました。ですが《探訪者》が無茶をし始めるのはもう少し先ですので、時期尚早でございます。一先ず気には留めておきますので、これからは素材を売りに来たついでにでも、お尋ねくださいますようお願いいたします」
「分かりました。でもこちらも独自で探しますから、見つかった時はお教えします」
「……女性のみを加入させるお積りならば、他の男性《探訪者》たちから、石を投げられる覚悟をお持ち下さいませ」
「なんで仲間を増やしただけで、石を投げられるのかわかりませんが。もしそうなったら、返り討ちにしておきます」
そんな風に会話を終えて、テグスはハウリナたちを引き連れて、買い取り窓口にて《大迷宮》で得た魔石を換金し。それを均等に頭割にするのだった。