90話 身支度と十一層
マッガズたちから教えてもらった事を生かして、テグスたちは先ず自分たちの装備を調整する事から始めた。
具体的に個別に記すと。
テグスは片刃剣と二本の小剣に、《補短練剣》と短剣一本に加えて多数の投剣という、多数の武器を収める為の、新しい剣帯と合った鞘を《中町》の防具屋に頼んだ。
ハウリナとティッカリは、新しい武器を収めつつ直ぐに取り出すための仕掛けを、道具屋に依頼している。
一方でアンヘイラは、自分で増えた装備品を収める物を作り。必要分を引いて余った資金で、新しい弓と矢を購入した。
「力不足を感じましたから、前のは人間用なので」
と選んだのは、黒色なのは同じだが、一回り以上大型の引きも強い弓だった。
矢の鏃の換装の為のちょっとした加工も、アンヘイラはちょちょいと済ませた。
その装備品が出来上がるまでと、アンヘイラが新しい弓と矢に慣れるための時間を、九層でコキトのオンボロな武器を集める事と、二層で《木人動像》から木材を集める事で費やした。
「漸く出来たよ、新しい剣帯」
そうして待ちに待って出来上がった物を、テグスは早速身に着けてみた。
腰回りの帯と肩までの紐で固定するこの新しい剣帯の色合いは、黒が主体ながらも照り返すとこげ茶に見えるという、一風変わった物で。《円月熊》という《魔物》の革で作っているので、丈夫で長持ちする物なのだそうだ。
テグスが軽く体を捻ってみたり伸びたりしてみると、紐は軽い伸縮性があって動きを阻害する事は少ない。かといって、腰の上の剣帯が動くような事も無い。
満足のいく出来を確認した後で、テグスは武器を収めて行く。
先ずは二本の小剣を左右の腰に一本ずつ。左側の小剣の横に設けてある穴に片刃剣を鞘ごと収め。右側にある二段式の平たい鞄状の腰袋に、一段五本ずつで合計十本の投剣を入れる。後ろ腰にはVの字状に、右側には普通の短剣を、左側には《補短練剣》を配置する。
「うん。かなり動き易くなったね」
その場で軽く回転したり、左右に動いて剣帯に入った剣がどう動くのかを確かめ。流石は《中町》の職人が作ったものだと感心したテグスは、思わずそう感想を口にしてしまう。
「こっちも新しく作ったです」
「身体に合わせて作ったから、軽く感じるの~」
テグスに見て欲しいとばかりに、ハウリナとティッカリが新調した部分を見せる。
二人の後ろ腰に、テグスのと同じ意匠の新品な短剣が装備されている。
それ以外ではハウリナの方は、腿の部分に括りつけている革鞘が目立つ。
それにはとび跳ねたりしても中身が飛び出ないようにと、留め金付きの覆いがされている。その中にはクテガンから貰った、鋼鉄製の短棒が入れられているようだ。
確りと寸法を取って製造したものたらしく、ハウリナがその場で蹴りを放つなどの激しく動いて見せても、鞘からは短棒が動く物音すらしてこない。
そしてティッカリの方はというと、あの鋼鉄製の三本棘は背負子の左右の横に一つずつ、吊り下げられた状態になっている。
「見ているの~」
テグスに実演を見せようと、ティッカリが後ろ手に右側の三本棘を掴むと、簡単に背負子から外してしまった。
しかもよくよく見ると、あの三本棘に何やら付属品が追加されているのが分かった。
それをティッカリが左の突撃盾に上から合わせる。するとパチリと何かがはまったような音がして、あっという間についてしまった。
「ふふ~ん。背負子に下げられるようにして~、不器用でも直ぐに付けたり外したり出来るようにしてもらったの~」
えっへんと、ティッカリは豊満な乳房が収まった鎧の胸部を張って、職人の成果を何故か自分のもののように誇ってみせる。
どう反応していいのか困ったテグスは、取り敢えず視線をアンヘイラの方へと向ける。
「見せましたよね、新調した弓は?」
そう言いながらも、律義に新しい弓を軽く引いてから、弦から指を放して見せる。
一弦琴のような綺麗な音色を奏でる、前のよりは大きいとはいえ、標準的な弓の大きさのその黒い弓。
動物系の《魔物》の腱と、《大迷宮》産の鉱物を張り合わせて作られた物だと、アンヘイラが以前に熱っぽく語っていた。
テグスがその時に試しに引かせてもらった時に、弓を三分程まで引いただけなのに、普通の弓で全開に引いた時のように、矢がすごい勢いで飛び出す強弓だった。
そんな使う人を選ぶ弓をアンヘイラが購入した事に、テグスは少しだけ失敗なんじゃないかと思っていた。
だが常時は半分引いての運用で、全開に引くときは身体強化を用いるなどと使い分けて次々に戦果を上げ、それは直ぐに杞憂に終わったのだった。
「無視するなんて酷いの~」
そんな事を思い出していると、ティッカリが赤銅色の肌の頬を更に赤くして恥ずかしそうに、テグスの服を控えめに引っ張る。
とはいえティッカリは力が強いので、控えめな力加減でも常人では強すぎるので、テグスがよろめいてティッカリの胸元へと跳び込む形になってしまう。
「……硬くて痛い」
「それは鎧の上だから、仕方がないの~」
《突鱗甲鼠》の殻で作られた複層の鎧は、テグスにとっては思い浮かべた以上に硬かった。
なので思わず、鎧を脱いでくつろいで食事をとっている時の、ティッカリの柔らかそうな豊かな胸元を思い浮かべそうになり。テグスはいけない事をしている気がして直ぐに身体を離す。
するとハウリナが近づいてきて、ぐいぐいとテグスの服を引っ張り始める。
「変な事で対抗意識出さなくていいから」
「わふっ。もっとなでて欲しいです」
求めに応じて、テグスはその茶と白が混じった髪を乱暴に撫でてやった。
構ってもらえる事が嬉しいのか、ハウリナはキャッキャと子供のような笑い声を上げる。
「参加した方がいいのでしょうか、テグスを誘惑するのを」
「……止めてください。収集がつかなくなりますから」
自分の黒い皮鎧の胸部の感触を確かめるように、アンヘイラが手を当てているのを見たテグスは、そう釘を刺したのだった。
新しい仲間をこの短い時間で得ることなど出来なかったので、テグスたちは四人のままで十一層へと足を踏み入れる。
「守衛の人に止められなかったです」
「マッガズさんたちに連れられて入ったからね」
「身支度もちゃんと整えたの~」
「万端ですからね、出来うる準備は」
そうして進んでいると、先ずは罠が出てきた。でこぼこの床の一部に偽装してあって、その部分を踏んだら罠が飛び出す類のものだ。
テグスは四人にその場所を教えて、それを回避するように歩いて進んでいく。
二度ほど角を曲がり、出てきた薄暗くて見辛い糸の罠を解除していると、ハウリナの耳がピクリと動く。
「テグス、近づいて来るです」
「了解。罠はこのままにして少し下がるよ」
解けかけの罠から離れて、テグスは二本の小剣を両手に、ハウリナは黒棍を握り、ティッカリは突撃盾を掲げ、アンヘイラは弓に矢を軽く番えて構える。
やがて薄暗い通路の先から現れたのは、武装コキト一匹と《木人動像》三体だった。
武装コキトの方が足が速い筈なのに、移動の速度は《木人動像》の動きに合わせて遅い。
「全員接近武器だから、アンヘイラの弓に期待だね」
「言いませんよ、任せて欲しいとは」
ゆっくりと大きく弓を引いて、アンヘイラが狙いを付け始める。
すると《木人動像》は移動しつつ木の盾を構え、更には武装コキトをアンヘイラから隠すような配置に変化した。
構わずにアンヘイラは引き絞った弓を放ち、矢は間をすり抜けるようにして一直線に武装コキトへと向かう。
しかし当たる直前に《木人動像》の一体が足を上げて、その矢を代わりに受けた。
単なる木で出来ている《魔物》だからか、足に矢が突き刺さった状態でも、《木人動像》は構わずにそのまま近寄って来る。
「別種で組むと、また違った変化があるとは分かってたけど」
「テグス、突っ込むです?」
「あいつらが罠に突っ込むから、ちょっと待ってて」
《魔物》たちはそのまま通路を進んで、糸の罠をその身体で切った。
期待してテグスが見るものの。しかし罠が発動せずに、一歩一歩確実に近づいてくる。
「《中四迷宮》とは違って、あっちに側には罠は発動しないのか……」
目論見が外れたと知ったテグスは、視線でハウリナとティッカリに合図を出して。同時に《魔物》たちへと向かって、駆けだした。
その動きに合わせるように、《木人動像》は間隔を開けて迎え撃つ構えをとり。ここまで護衛して貰っていた武装コキトは、ここからが本領だと意気込むように、手にある粗末な槍を掲げる。
「こう言うべきでしょう、所詮は《魔物》と」
だが無防備な姿を見逃さず、射線が通るのを弓を引いて待っていた、アンヘイラの放った矢が武装コキトの額へと刺さった。
後ろに傾いでいく武装コキトが地面へ到達する前に、テグスにハウリナとティッカリが接敵する。
「あおおおおおん!」
黒棍を振り回し、その勢いを生かした打撃を、ハウリナは繰り出した。
《木人動像》一体が木盾でそれを受ける。だがその盾だけでなく、肘から先が吹き飛んだ。
黒棍を引きつつ、追撃の蹴りを放とうとするハウリナに、横合いから別の一体からの木剣が突き出される。
ハウリナが蹴りを繰り出すのを止め、足の脛当てで木剣を受けようとする。
だがハウリナに当たる前に、テグスが抜いた小剣が翻り、木剣の柄の部分から先を切り飛ばす。続いて逆の手の小剣で、手を突き出して首元が開いている、その《木人動像》の首から上を斬り離した。
木の首が宙に浮き、武装コキトが地面に倒れる。
「とお~~~やあ~~~~」
そこにティッカリが近寄り、突撃盾を真っ直ぐに一振りして、盾を失った《木人動像》の胴体部を殴って吹き飛ばす。
殴りつけた反動で数瞬止まざるを得ないティッカリに、残った二体の《木人動像》が木剣を振り上げて打ち据えようとする。
「させるわけないでしょ」
「あまいです」
テグスは小剣で、一体の振り上げている腕の肘を狙い。ハウリナは黒棍で、別の一体の振り上げた二の腕を狙う。
振り下ろしかけていたその二本の腕は、加えられた二種類の力の作用で、通路の奥へと吹き飛んでいく。
「い~く~~よ~~~」
二人の援護で攻撃の機会を再度得たティッカリは、振り上げた右の突撃盾で一体の胸部を粉砕。その反動で引いていた左の突撃盾を繰り出して、もう一体の脇腹部分を殴りつけて吹き飛ばし、壁へと叩きつけた。
「ふう。一から九に比べて、明らかに厄介さが増しているよね?」
「頭がよくなっている気がするです」
「かばうなんて行動、初めて見たの~」
「手強さは上がった気がします、断言は出来ませんけれど」
これは気を引き締めないと怪我をしかねないと、テグスはもう一度気合を入れ直した。
そしてその気合を保ったまま、倒した《魔物》を一まとめにしたテグスは、魔石化の《祝詞》を上げるのだった。