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89話 熟練《探訪者》の戦闘

 踏み入った《大迷宮》十一層。

 十層までと広さと雰囲気は似ているが、地面がでこぼこしていたり、時々天井に鍾乳洞が垂れ下っていたりと、天然の洞窟のような見た目だ。

 天井にある光りの玉の間隔も広く取られていて、あまり遠くを見通す事は出来ない暗さが広がっている。

 そんな中を、マッガズとその仲間たちは気にする様子も無い平気な顔で、ずんずんと先へと進んで行ってしまう。

 その後ろをテグスたちは追い掛けるのだが。追いつけるはずの速さなのに、道がでこぼこしているという歩きにくさで、思うように速度が上がらない。

 だが置いてかれそうになる頃になると、テグスたちを待つかのように、マッガズたちは立ち止まる。そして仲間の特定の一人が地面や壁で何かの作業をして、テグスたちが追いつきかけると、また先へ進むと言う事を繰り返していく。


「あの人たち、歩くのはやいです」

「あれでも、きっとこっちの歩く速さに合わせているんだよね」

「そうです?」

「出てきた罠の解除を待つ間で、こちらが追いつくのを計算に入れているように見えるしね。それにしても罠の出てくる頻度がかなり高いな」


 ここまで《魔物》に出会うことはなかったのに、今さっきマッガス一行が解除したので、合計六つ目の罠だ。

 これは《中四迷宮》の通路並みの頻度で、罠が設置されているという事だ。


「その割には、罠に《魔物》が掛かっていない事が気になるけど」

「テグス、あの人たちが呼んでるの~」


 考えに気を取られた一瞬を見破られたかのように、マッガスたちから近くに来るようにと身ぶりが飛んで来ていた。

 急いで近くに行くと、マッガズはテグスの耳に顔を近づけた。

 

「直ぐ先に《魔物》がいる。だが十一から十三までは、一から九層までのやつらがまた出てくるだけだからよ。倒したら、何も取らずに先に行くからな」

「……わかりました」


 どうやらマッガズたちにとっては、まだまだ出てきた《魔物》を魔石化する手間すら無駄に感じる場所なのだろうと、テグスは納得して頷いた。

 そして同じ事をハウリナやティッカリにアンヘイラへと伝えた。


「もったいないです」

「マッガズさんたちについて行っているだけだから、仕方がないの~」

「お金になるというのに、多少なりとも」


 そんな反応が返って来たことで、テグスは自分たちとマッガズたちの実力差を再度認識する事となった。

 テグスたちの心構えが出来たと見て取ったのか、マッガズたちはまた先へと進み始める。

 先ほど彼が行っていた通りに、薄暗がりの通路のほんの直ぐ先に、三匹の《魔物》がいた。

 しかしその姿を見たテグスは、思わず驚いてしまう。

 確かにその三匹は、《大迷宮》の一から九層までに出てきた種類だった。

 だが《双頭犬》に《角突き兎》と《捩角羚羊》という別種で集まって、しかも仲よく連携を取っている様子で向かってくる光景は、テグスにしても初めて見るものだった。

 ハウリナやティッカリも驚き、《迷宮》に来慣れていないアンヘイラも困惑した目を向けている中。

 マッガズたちは、さも当たり前かのように迎え撃ち。一匹につき一撃で命を絶っていった。


「そんじゃあ、進むぞ」


 という号令と共に、マッガズたちはまた素早く移動し始めた。

 混乱や疑問をその場に置いて行くようにして、テグスたちも慌ててその後を追っていく。



 そうしてマッガズたちの後ろについて、十一、十二、十三と層を下りて行くと、色々と今までの常識とは違う光景に出くわす。

 例えを出すと。武装コキトが《捩角羚羊》の背に乗って近づいて来たり。多数の《蛇腹巨虫》を《木人動像》がその身に這わせていたり。終いには《騒呼鼠》が鳴いて呼び寄せた、十数匹の《魔物》全てが連携して攻撃して来たり。

 そんな初見で相手したならば、面食らう場面が何度も存在していた。

 だが一番驚いたのは、それを苦にすることもなく、羽虫を手ではたき落とすかのように、マッガズたちがあっさりと全ての《魔物》を仕留めて見向きもしない事だ。

 テグスが脳裏で想像するに、ここまでで出会った別種で連携してくる《魔物》には、ここまで一方的な戦いにはならないはず。

 マッガズの事を強そうとは思っていたテグスだが、ここまで実力に差があるとは思ってはいなかった。


「うーし。十四層からは新しいのがでてくるから、楽しみにしとけ」


 軽く水分補給と小腹を満たす小休止を階段の上で取ってから、マッガズたちは十四層へと足を踏み入れた。

 さらに通路が薄暗くなり、人によっては明かりが欲しくなる光量しかない。

 ここまで暗いと、不意打ちや待ち伏せが厄介な気がしてきて、テグスはここから先は魔術を常時使用する事が必要なのかもしれないと考えていた。

 その悪い予感が的中していたかのように、マッガズが通路を左に曲がった所で、通路の上から何かか飛びかかって来るのが見えた。

 テグスが思わず投剣へと手を伸ばしかけるが、マッガズはさも当たり前のように、手に持った剣でソレを両断してしまう。

 地面に落ちたソレを見たのか、天井から次々に《魔物》らしき影が出てくる。

 しかしそれをマッガズの仲間たちが、槍で、細剣で、盾と鉄球付き鉄棍で仕留めてしまう。


「出てきたのは《跳躍山猫》と《無謀熊鼬》が二匹ずつか。おいテグスの坊主たち、《跳躍山猫》は《中迷宮》で見たかもしんねーが、《無謀熊鼬》はここが初だから、ちょっと良く見てみろ」

「お言葉に甘えまして。でも、《跳躍山猫》というのも初めて見るんです」

「こいつが出てくるのは、二十一層以下だったけか?」


 首を傾げているマッガズから離れ、テグスたちが近寄って倒されたばかりの二種類の《魔物》を見る。

 大型化した猫のように見える《魔物》は、《跳躍山猫》の方だろう。その後ろ脚が異常に発達しているのと、前足から延びる爪が太く鋭いのが特徴の、二色と三色の毛で覆われている。

 毛色の色彩に違いがある事から、普通の猫のように黒猫や白猫がいるかもしれない。もし本当に黒色の《跳躍山猫》が出た場合、この薄暗さでは認識するのに手間取るかもしれないと、テグスは感想を抱いた。

 続いて《無謀熊鼬》というらしき方を見る。大型犬並みの大きさながら、名前に『鼬』が付くだけあって、こげ茶色の細長い胴体を持った、短めな四足をしていた。

 だが絶命して広がった口から見える牙は、ノコギリを思わせる尖った歯だらけで。特に人間で言う所の犬歯あたる四つの歯は、研がれた鉄杭のような鋭さで。例え一噛みされたら、大穴が開くだけでは済みそうにない印象だ。


「十四、十五、十六層だと他に、《歩哨蜥蜴》と《飛針山嵐》に《硬毛狒々》ってのが出てくるな」

「十七から先は全て新種だね。じっくり観察させてあげるから、楽しみにしてなよー」


 マッガズとミィファから軽い調子で言われて、テグスだけでなく他の三人も少し楽しみにしている様子が窺えた。




 先に進んで、マッガズたちの後について行くテグスたちだったが。

 《大迷宮》に潜り慣れた熟練《探訪者》だとこうなるのかという、先頭をまざまざと見せつけられる結果になってしまう事になる。


「《飛針山嵐》が棘針を飛ばしている間も、《硬毛狒々》だと近寄って来るぞ!」

「ルーカス、防御はよろしく。他はちゃちゃっと片付けちゃうから」

「…………」


 金属製の大型盾を装備した無口そうな男性が先頭に立ち、《飛針山嵐》からの針をその盾で全て防いでいく。

 その間に近寄って来る《魔物》はあっという間に全て倒してしまい。そして針が無くなって丸裸になった《飛針山嵐》に、ルーカスという名らしい盾持ちの男が近づいて、手に持った先に鉄球が付いた鉄棍で叩き潰してしまった。


「おい、スガルティ。《円月熊》と《長牙大猪》の肉は確保しておいた方がいいのか?」

「さほど美味しくもない。食糧には余裕がある。結論、邪魔になる」

「せっかく《装鉱陸亀》が出たのに、宝石持ってないじゃない」


 マッガズたちの中で調理係りらしき小柄な女性のスガルティは、どちらも首を両断された《魔物》を見ながら、そう短い言葉を出した後で首を横に振る。

 その先に転がる亀型の《魔物》の甲羅に、楔を金づちで打ち付けていたミィファは、甲羅をぼこぼこにした後で、労力の無駄だったと表情をしていた。


「《投付猩々》ってのは相変わらず見境なしだな。投げてきたクソと岩が、味方のはずの《重鎧蜥蜴》に直撃してたぞ」

「また《装鉱陸亀》が出てきたわ。後ろのボクたちのお陰かしら。でも宝石が入った鉱物は、糞塗れなのよね……」


 近寄って来た馬ほどの大きさの、全身に硬質化した鱗を持つ蜥蜴の《魔物》を、マッガズやミィファに盾持ちのルーカスが相手している間。

 通路を歩く間は、罠の解除を担当していた男が、物を手当たり次第投げてくる人大の猿型の二匹の《魔物》を、投剣をその顔中を埋める程に投げつけて仕留めてしまう。

 その間に残った人たちが前に出て、適度に《装鉱陸亀》に攻撃を与えて顔を甲羅から出させないようにして。最後は全員でタコ殴りにして終わらせる。

 文字や言葉で表すと戦闘時間が長い印象だが。実際に《魔物》一匹あたりの戦闘時間を平均すると、剣を二振りする程度の経過しかしていない。

 それほどにマッガズの仲間たち全員が、突出した戦闘力を有している事が、見ているだけでも良く分かる。


「ぜんぜん参考にならないです」

「攻撃する場所は分かるけど、動き方とか参考にならないよね。特にハウリナは、同じ長尺の棍を使う人はいないわけだし」

「盾での防御の仕方が参考になったの~」

「実に見事な物です、彼らが持っている武器も」


 そんなマッガズたちの後ろに付いて歩くテグスたちは、余りにも自身たちと実力が離れているので、感心や参考にするより先に呆れてしまう程だった。

 そんな調子であっという間に、二十層の《階層主》の間にまでやってきてしまう。


「ここの《魔物》は《集猟蜥蜴》っていう、後方に居る人を狙いたがるヤツからな。坊主たちも確り気を引き締めておけよ」

「気にしないでも、大丈夫よ。危なくなったら助けてあげるし。なんならルーカスを付けてあげる?」

「……いえ、自分の身ぐらいは自分で守れますから。大丈夫です」


 テグスはハウリナにティッカリとアンヘイラの顔を見回して、彼女たちの意見をひょ上から読み取ってから、ミィファの提案を断った。

 それを受けてマッガズはそうこなきゃという表情を、ミィファは少し心配そうな表情を浮かべていた。その他の人たちは、テグスたちの意見を尊重したような、優しい目で見ている。

 そして全員が装備の点検を軽くした後で、《階層主》の間へと入りこんだ。

 出現した二足歩行で人大の四匹のトカゲ――《集猟蜥蜴》との戦いはというと。

 マッガズが剣で両断し、ミィファは細剣を目から脳天までを突き通し、ルーカスが盾で押しとどめてからの一撃を脳天に、残りの人たちで残った一匹をタコ殴りと、《集猟蜥蜴》の見せ場が全くない状態であっという間に終わってしまった。

 余りの早技に、テグスとハウリナはぽかんと口をあけ、ティッカリは理解しきれない様子で首を傾げ、アンヘイラは矢を番えた状態で固まってしまっている。

 そうしている間に《集猟蜥蜴》の魔石化を終わらせ、全員がこの先にあった《蛮行勇力の神ガガールス》神像――盛り上がった背筋を誇るように背中を向けながら振り返る横顔に笑顔を浮かべている――の前で立ち止まる。


「うっし、これで坊主たちの見学は終了だ。どうだ参考になったか?」


 そこでマッガズのこの一言を合図にして、質疑応答が始まった。


「……まだまだ足りない部分があるとだけは」

「あー、そうよね。私たちが何時も通りに戦っちゃうと、ボクたちの参考にならないわよね」


 人にとっては侮蔑されていると受け取られかねないミィファの発言だが、テグス自身もそう思っていたので素直に頷いてしまう。

 それを見たマッガズは、しまったという表情を少しだけ浮かべてから、誤魔化すように口に拳を当てて咳を一つ。


「ごほん。まぁよぉ、つまりは坊主たちには色々と足りない。先ずは人数だな」

「人数ですか?」

「戦いは数が多い方が有利なのはわかるだろ。通路に出てくる雑魚な《魔物》となら、一対一に持ち込めば後れを取る事は少ねえしな」

「新しい人を入れるのに抵抗があっても、せめて荷物持ちは入れた方がいいわよ。私たちもそうしているし」


 ミィファが指差す先にテグスが視線を向けると、確かにマッガズたちの荷物持ち役らしき、大きな背負子に荷物を満載して背負う筋骨たくましい男の姿があった。

 だが身に着けている装備は、マッガズたちの中でも一番質が低そうで。そして厳つい見た目の割には、その表情は威圧感が少ないというより、優しげな雰囲気が漂っていて、あまり戦闘が得意ではなさそうだ。


「荷物持ちが居れば、身軽な状態で《魔物》と戦える。予備の武器とかを持たせておけば、武器の破損も怖くねえぞ」

「このおバカは武器の扱いが下手だから、一度行って帰っただけなのに、いっつも鍛冶屋のおやじさんに怒られているのよ」

「こいつの言う余計な事は聞き流せ。そんでな、坊主たちは身に着ける武器の配置を、取り出しのしやすさで考えた方がいい。一瞬の判断と行動が命を分ける事がある」

「そこら辺を《中町》で防具職人にお任せしちゃってから、体に動きを馴染ませるっていう方法もあるわね。大体の希望は聞いてくれるし、こだわりが無いのならこっちの方を取る人も多いわ」

「欲を言えば、剣技に足場の悪い場所での動き方なんて、こまごまとしたのも足りねえが。そこら辺は時間が解決するところだしな」

「まだまだ若いから、成長も早いでしょうしね。ねえ、マッガズ。なんで『若い』の部分で私を見たのかしら?」

「いやいや、他意はねーよ」

「……怒らないから正直に言いなさい」

「人を若いっていうには、自分が歳をとったって自覚が――痛ェ! 怒らないって言っただろうが!?」

「怒ってないじゃないわ。殴らないとは約束してなかったからか、唐突に殴りたくなっただけよ」


 そんな風にマッガズたちから色々な部分に指摘を受けた後、テグスたちは《中町》へと戻る《祝詞》を教えてもらう。


「それじゃあ、皆さんありがとうございました」

「おっちゃんたちとお姉さんたちに、きっと追いつくです!」

「その時まで、さようならなの~」

「何時か教えてください、その武器の購入場所を」

「おーおー、生意気言ってくれちゃってよ。なら俺らが《大迷宮》を攻略しきる前に来いよ」

「立派になって会いに来てね」


 そんな別れの言葉を交わした後で、マッガズたちは先へと進み、テグスは習ったばかりの《祝詞》を神像に唱える。


「ワレ、この場を離れ、安息の地へとの帰還を望む者なり」


 そうしてテグスたちは、二十層から一躍、十層の《中町》にまで戻って行ったのだった。


 


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